まつたけ山復活させ隊運動ニュース

 松茸は奈良時代から珍重されてきたが、絶滅が心配される.松茸山づくりは里山復活の近道であり里山の再生は松茸復活に繋がる.

アカマツ林とマツタケ-4-

2005年07月23日 | マツタケの生理生態

アカマツ林の保全にはマツタケ増産が似合う
 絶滅の恐れのある生物が、深山幽谷の森に多いわけでなく、利用されなくなり変貌の激しい里山に多いことは先述した.多様な生物の生活する地球が望ましいとするなら、里山という生態系はきわめて重要といえるだろう.生物の多様性の価値を否定する人はいないが、「アカマツ林が極相林に変わってもいいじゃないか!」とか「樹を伐らなければ緑が豊かになるのだから!」と考える人が多い.「森林の放置による破壊が進行し、里山林の植物が絶え、そのために植物を訪れる昆虫が絶え、それを餌とする鳥類に影響が及び、鳥類を餌とする動物がダメージを受け・・・・・やがて、生物の量的アンバランスを生み出し、生態系の破壊に繋がる.」と考える人は少ない.これでは、「原生林の人為的な撹乱で登場した、しかも長期に渡って維持され続けた里山林、だからこそ、この生態系にさまざまな生物が適応し生活していた.これらの生物達を、当時の人はたった45年間で葬り去ったのだ.」と、後世において批判されることになるだろう.
森林保護や環境保全が声高に叫ばれているが、20世紀型の経済効率第一で解決しようとすると、それらは取り残されるように思えてならない.また、自然保護運動にも色々あって、森林の健全な生長に障害となる運動もある.森林の持続的利用とか生物の多様性の保全などの言葉が多用されるが、具体性に欠ける嫌いがある.どうしたら里山林を持続的に利用していけるのか、森林は誰が守るのか、その資金はどうするのか未だに国民的合意はない.里山林を保全するためには、その資源を活用する以外に方法はない.マツタケを増産してみてはどうだろうか!
現在のマツタケ主産地は、西日本にあるが,マツノザイセンチュウによるアカマツの枯損は想像以上に激しく、人はアカマツ林再生の意欲を失っている.また、中京圏では、伊勢湾台風による大規模なアカマツ枯損も重なってその面積が激減したが、林の再生意欲は同様に乏しい.そうなれば、近い将来,長野県や岩手県などにその主産地が移ることになるだろう.しかし,九州北部や中国・近畿・中京圏にもアカマツ林の復活が見られ、また、アカマツ林そのものを再生しようという運動も起こっている.今後のアカマツ林の手入れが望まれるところである.
全国のマツタケ産地を見る機会があるが、マツノザイセンチュウの被害激甚地であっても、これは大きな教訓にすべきと思うが、マツタケを採るために、昭和30年代のアカマツ林のように手を入れて、枯損をまぬがれた林が少なからずある.この事実は、あまり、生かされてないように思える.
マツタケが1本でも出ているアカマツ林では、昭和30年代のアカマツ林のように手入れをするのである.高等植物の密度調整と森林土壌に深く堆積した腐植層を取り除くことである.アカマツ林土壌の微生物には,マツタケの生活に有利なグループと有害なグループと無関係なグループとがある.アカマツ林に手を入れると、それらの関係がうまくコントロールされ,マツタケがアカマツ林(天然あるいは人工林)で栽培できるのである.その効果は100%である.
「昔は、マツタケの産地だったけどなー、今は松がない.」こんな話もよく耳にする.
アカマツ林の再生にチャレンジしてみよう!少しでもアカマツがあれば樹勢のよいものを残し、他を皆伐あるいは択伐し,地掻きして天然下種更新でアカマツ林を再生する.この場合,マツタケの菌根を保有していたアカマツがあると、若齢アカマツ林でマツタケの発生が始まることがある.群馬県太田市の金山御用林もこのようにして400年の間、まつたけを持続的に発生させていた.マツタケの発生が近辺にない地域では、マツタケシートなど培養菌糸の接種法も考えることが出来るようになってきた.
里山林保全と持続的森林経営のモデルケースとして、まつたけ栽培専業林家をもっと育てていく必要がある.
写真は、岩手県岩泉町のまつたけ研究所の試験林である.教科書どおりに手入れが出来ている.
終わり

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