経済安保法案 田村政策委員長に聞く
米国の対中戦略に動員
企業・研究を仮想敵国への「武器」に
米国の世界戦略と軌を一に、経済と科学技術を軍事に組み込もうとする経済安全保障法案。学問の自由や自律的な企業活動を壊すとして、市民、研究者、企業の批判・懸念の声が広がっています。法案を審議する参院内閣委員会は質疑終局となり、週明けに採決することを決めました。これに唯一反対した日本共産党の田村智子政策委員長に法案の狙いとたたかいの展望を聞きました。
(聞き手・日隈広志)
覇権争いの“力”に
法案は「経済安全保障」と言いますがコロナ禍や災害での物資の安定供給といった話でなく、経済政策を外交・防衛政策と並んで国家安全保障の一つの柱に位置付け、経済を“仮想敵国”への「武器」「力」にしようというものです。
岸田文雄首相は「特定の国を念頭に置いていない」と繰り返し答弁しました。しかし、参院内閣委員会の参考人質疑で、私が法案に賛成と反対の両方の立場の参考人にそれぞれ法案の背景を質問すると、両方の参考人がそろって米中対立だとして「(法案は)米国の動きと軌を一にする」と言明しました。政府の狙いは誰の目にも明らかです。
米中両国は電気自動車分野で両国の合弁会社が販売1、2位を占めるなど貿易関係を深めています。その一方で、米国は半導体など軍事や産業の中核を担う先端技術での中国の急拡大を脅威とみなし、覇権争いを深めてきました。バイデン政権は日本を含めた同盟国の動員の戦略を立て、今年1月の日米首脳会談は経済安保での緊密な連携を確認し、閣僚レベルの日米経済政策協議委員会(経済版2プラス2)の立ち上げに合意しているのです。
科学技術の軍事化
法案は、(1)サプライチェーン(供給網)の強化(2)基盤インフラの強化(3)官民技術協力の推進(4)特許非公開制度の導入―の4本柱からなります。政府は「特定重要物資」を指定し安定供給を図るといいますが、何が特定重要物資か具体的に示さず、国民生活に不可欠の食料とエネルギーの自給については触れていません。「外部から行われる国家・国民の安全を損なう行為」を防ぐとしていますが、何が当たるのか明示されていません。これらの重要事項は施行後に政省令で定めるとし、その箇所は138カ所に上っています。
はっきりしているのは、政府の直接介入を強め、科学技術の軍事研究化を推進することです。
政府が指定する「特定重要技術」の研究開発のための「指定基金」には2500億円もの「育成プログラム」が想定され、政府はその研究成果が軍事技術としての「活用」の可能性があると答弁しました。「指定基金」で必ず設置される官民の「協議会」では参加者に罰則付きの守秘義務を課します。これまでになかったやり方で研究活動に大きな制約を持ちこむものです。
特許出願の非公開制度は、政府が軍事技術を非公開の秘密特許に指定することを可能にし、公開を原則とする現行制度を根本から変え、軍事産業を促進し、軍産複合体に道を開くことになります。憲法9条と矛盾するとして廃止された戦前の秘密特許制度を復活させるものです。
首相が行うとする研究推進の調査は外部のシンクタンクなど「機関」に委託されます。このシンクタンクへの自衛隊、警察、米国防総省関係者の参加が否定されていません。委託を受けたシンクタンクは大学に対し、軍事転用可能な技術や軍事技術開発に対する大学の態度などまで独自に調査するというのです。
行き先は言論弾圧
参院の審議で自民党議員が軍事研究の推進をあおったことは重大です。自民党議員は日本学術会議の軍事的安全保障研究に関する声明を何度もやり玉にあげ、「国益に反する」と敵視して学術会議の改変を迫りました。「声明が大学に与えた影響を調査せよ」などと露骨な介入を主張しました。
戦前の滝川事件や天皇機関説事件など学問・研究への弾圧のきっかけは、議員が繰り返し議会質問であおったことがあります。その反省に立ち、日本国憲法は厳格に政治による学問への介入を禁じたのです。
法案の行き先が学問の自由や大学自治の侵害、言論弾圧につながっていることを明白に示すものです。
すでに冤罪事件が
政府が企業への介入を強化することも大きな問題です。
「基盤インフラ」を担う企業は設備導入などの際、納品業者や委託業者を事前に報告させられます。政府が審査し勧告、命令まで行えるとしています。しかしどこまで詳細な報告が求められるのか定かではありません。企業秘密の供給網を政府に報告させることは企業にとって死活問題です。経済界も「レッドライン(越えてはならない一線)を示してほしい」(参院内閣委員会、参考人の原一郎経団連常務理事)と表明したのは当然です。
「サイバー攻撃を誘発する」といって企業が捜査当局の捜査対象になる恐れもあります。
すでに「経済安保」の考え方に基づく施策推進の中で深刻な人権侵害の冤罪(えんざい)事件が発生しています。社長ら3人が1年近く勾留された大川原化工機事件(2020年)は、無許可輸出への罰則強化後の外為法違反容疑で、同社が中国に輸出する噴霧乾燥機が「兵器転用の恐れがある」とされて逮捕されました。地裁が全くの誤認逮捕だったとしたにもかかわらず、警察庁は委員会質疑で一言の反省もなく、経済安保分野での取り締まり強化の典型例にし続けています。
今後も同様の事件が起こる危険はぬぐえず、オンリーワンの技術などで輸出や調達を行う中小企業をより深刻な状況に追い込みかねません。
一方で、政府は「特定重要物資」の生産拠点を設けた場合などに助成を行うとしており、政府と一部企業の癒着を招く構造になっています。
経済の自律性破壊
政府は、今年末に策定を見込む「国家安全保障戦略」などで経済安保のさらなる推進を狙っています。国内総生産(GDP)比2%を超える軍事費の増額や「敵基地攻撃能力」=「反撃能力」の保有とともに、「戦争する国づくり」の一環として経済安保が進められているのです。
中国の覇権主義、中国からの組織的なサイバー攻撃、知的財産をめぐる問題などは事実に基づき批判し、外交的に解決すべき問題です。政府は「経済構造の自律性」の確保をいいますが、米国追随のやり方は日本の経済の自律性をさらに脆弱(ぜいじゃく)にし、破壊する道です。
経済の自律性というならば、米国の圧力の下で衰退させられた半導体産業をはじめ、日本経済の自律性を壊してきた自民党の失政こそ反省すべきです。中小企業を見捨て、大規模なリストラで研究者を流出させてきた大企業の責任が問われています。
参院選を転換点に
大門実紀史議員が質疑で紹介した、通商産業省産業構造審議会が1982年に刊行した『経済安全保障の確立を目指して』は、技術は「人類共同の財産」だとしています。最先端の技術開発や経済は本来、異なる宗教や国境をこえた共同の成果として発展してきたものです。
日本共産党の綱領が提起する東アジア平和協力構想にこそ展望があります。米中ロと北朝鮮を含む、紛争の平和解決、対話と協力の枠組みの形成です。東南アジア諸国連合(ASEAN)にならって紛争の平和解決と武力行使の禁止で、経済面でもみんなで発展していく道をつくりだすことが、平和な経済の安全保障づくりに生きてきます。
法案は重要事項の多くを政省令で定めるとしており、具体化までに国民の運動と世論で事実上の廃案に追い込むことは可能です。戦争か平和かが鋭く問われる参院選は、政策転換のチャンスだと大いに訴えていきたいと思います。
参院選での日本共産党の躍進こそ、軍事対軍事、力対力ではない、平和な国際経済の秩序づくりに貢献するものです。