柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

恩讐

2016-05-28 08:16:43 | Weblog
on a bright cloudless morning,death fell from the sky 読めばわかる英語ですが、聞いている時にはそれぞれの単語が頭の中で繋がるのを待つ状態、言葉は待ってくれませんから結局話す姿と表情と声のトーンで想像するだけ。同時通訳がありました、その後のニュースには日本語訳がテロップに出ます。聞き入りましたね。そうじゃありませんでしたか。大演説です。謝罪はしない(できない)、核兵器は無用だが自らに廃棄はできぬという現実、となれば核兵器の使用云々ではなくて戦争そのものを悪と言うしかない、そういう配慮が十分に感じられました。各紙に識者がそれぞれに意見を載せてます、もちろん両論あって然るべきでどう表現してもいいのですが、奇をてらうものあり、衒学趣味のモノあり、上から目線あり、相変わらずの従米ポチがいて、怒りはどうしたという勇ましいのもあり、主義立ち位置の違いというよりどう目立ってやろうかという、人と違うことを言うてやろうという思惑が透けて見えて、これだけ並ぶと食傷ではあります。もとよりどれが正しい間違いではないのですが甲論乙駁というよりも言いっ放しの感です。しかし、あの演説は聞かせましたね。内容がないとかの批判文も何本か読みましたが、あれ以上のモノは無理でしょう。何よりもこちらの胸を打ったのは、あれを見ていた被爆者達の涙です。怒りじゃないです、よくぞ来てくれた、よくぞ言ってくれたという涙です。いかに彼らの心に響いたのか。あの涙が物語ります。どうしてくれようという憾み怒りが、70年の苦しみへの恨みが爆発するかもしれぬときっと本人さん達もわからなかったんじゃないんでしょうか。そこにあの涙です。父を母を兄弟姉妹を亡くした記憶、差別されて生きてきた来し方、それがああいう融け方する。顔一面にひどいやけどの跡を残しているお婆さんが涙して手を叩いておられる。ここを私たちは感じ入らねばならぬのだと思います。恩讐の彼方に。ヒトの感情の深さだと思います。サミット?予想されたことですが吹っ飛びました。共同宣言が出てますが、そっちのけ。仕方ないことですが。くどいですが、名演説でしたねぇ。
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