柳蔭書翰

徒然なるままに、音楽関連の話題に拘らず、常ならんこの世の事々書き散らし諸兄のお耳汚しに供したく思います。

悪意

2007-09-28 08:40:55 | Weblog
ミャンマーの軍事制圧、いかがなものか、ですが、しかしスーチーさんも軟禁が長いですねぇ。北京と同じく民衆蜂起というのはなかなかできぬことなのでしょう。私達にはフランス革命、ジャンヌダルクのイメージが強いからでしょうか、なんだかはがゆいことですが、ベルリンの壁は落ちましたが、天安門事件はすっかり制圧されましたからね、鉄砲打ってくる奴ら相手に、いきなり「屍を超えていけ!」ってならないでしょうし。こっちが戦車用意できるまでの時間、用意しようとする奴がいるか否か、そここそが律速問題なんでしょうけれど。文化度、民度、国民性、どれでしょうね、私は国民性が一番の鍵と思います。むろん国民に情報がどこまで伝わっているのかという国力の問題も大きいでしょう、情報網などのインフラの問題です。先進国、後進国の違いでどこまで線を引けるのか。ミャンマーの出来事を、あのレベルの事柄と整理してしまうのが普通ですから。スーチーさんも歳をとっていくんです、いつまでも花飾りを髪に挿していられないでしょう。これも天の時待ちでしょうか。この人に天が微笑むのでしょうか。どちらが先に疲弊しましょうか。関連して、NHKが盛んに報道するのはいいのですが、僧侶に向かって発砲を、ずっと「僧りょ」と表記します。これは明らかに恣意です。新聞は全て(朝日も日経も毎日も)僧侶と表記していますから。醜い、見難い、不細工、漢字文化の冒涜・・なのですが、それよりもNHKの悪意が見えます。当用漢字、常用漢字がああのこうのという理由付けてくるんでしょうが、漢字とはそうじゃないですよね。一つ一つに意味があって、組合わさってまた別の意味を加える。それが日本文化の根幹をなしているんです。難しい漢字にはルビを振って、知らぬ者に教えてやる。先に書きましたが、携帯電話やワープロの漢字変換の功罪の功の方、こういうときにはこういう漢字で表すのだと教えていく。新聞やらTVやら、読む見る情報媒体にはそういう役目が必ずあると思うんです。それを十分に知りつつ、逆手にとる、一種の愚民政策です。悪意でしょう?そう思うのです。
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