拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

ヴィヴァルディ礼賛

2021-08-29 17:22:09 | 音楽
例によって古い録画を視聴していたら出てきたのがヴィヴァルディ特集。ヴィヴァルディはいいねぇ、斬新で。だが、ヴィヴァルディ好きなひとー、と言って挙がる手の数は、発表されるコロナの陽性患者数と同様、実際の数より低くなるものと思われ、隠れキリシタンならぬ隠れヴィヴァルディ・ファンが実は相当数存在するものと思われる。そうした隠れファンを生むきっかけとなったのは近年亡くなった某音楽学者である(というのが私の見立てである)。その学者先生が著書の中で、個人的にヴィヴァルディの音楽をお好みにならない旨をお書きになった。先生ご自身は、その原因を先生個人とヴィヴァルディとの相性の悪さであると書いておられるのだから、ヴィヴァルディの好き嫌いは個々が判断すればよいはずなのに、そこは権威に弱い日本人。偉い先生にあやかろうと少なからぬ若者が先生をだしにしてヴィヴァルディの悪口を言うのを聞いた。かくいうワタクシだって、かつて合唱団の曲決めで誰かが「ヴィヴァルディのグローリアがきれいだったからそれをやったらどうか?」と提案したとき、その先生のお顔が浮かび、えーっ、ヴィヴァルディ?と一瞬思ってしまった自分を恥じたものである。いまは、すべてのしがらみから解放され、身も心も自由となったワタクシである。それこそ、シュッツの会でヴィヴァルディを歌ったっていい(楽器付きで)。そのヴィヴァルディがヴェネチアの人だってことは前から知っていたはずだが、今回あらためて、へーっと思ったのは、近年ヴェネチアを旅したからだろう。それは、私にとって初めてのドイツ語圏以外の国の旅であり、人生観が変わるほどの感銘を受けた。是非また行こうと思っている。当然、一人旅である(と言いつつ、なんとか太郎も鬼ヶ島に行くとき最初は一人だったよな、後から連れができたんだよな、だどと言い訳(何の?)を考えている。そもそも、鬼ヶ島に行ったのが金太郎だったか浦島太郎だったか桃太郎だったかを思い出せない(ホントは思い出してるのかもしれないが、文脈を維持するためあえてそのことについての思考回路を切断した))。ヴィヴァルディは、孤児院で女子にヴァイオリンを教えたことは知っていたが、当時ヴェネチアに孤児が6000人もいたことは初耳だった。それだけ、子作り行為が盛んに行われていたのだろう。商業で栄えた自由都市の側面をみた気がした。ふーっ。全部書き終えたのでもういいだろう。ここで切断した思考回路をつなぐ。鬼ヶ島に行ったのは?(行ったのは?)スタミナ太郎である!

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1 コメント

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Unknown (ふさこ)
2021-09-09 22:00:21
ヴィヴァルディはいいですよね。洗練されているもの。
声楽曲はズバリ日本人好みだと思うけど、あんまり知られていなくて残念です。Stabat MaterやらNisi Dominusやら、アルトのための作品は本当にすてき。
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