拝島正子のブログ

をとこもすなるぶろぐといふものを、をんなもしてみむとてするなり

ひえ~!グルベローヴァもルチアポップもあった~~~(馬)

2013-11-20 17:05:47 | インポート
馬名遊び、止められない。リヒァルト・シュトラウスを深く掘り下げよう。出世作のサロメからは「サロメダンサー」と「ダンスオブサロメ」。やっぱり、サロメはダンスですか(ストリップですが)。次作のエレクトラから「エレクトラ」はあるけど「クリテムネストラ」はない。で、バラの騎士。おおっ、「マルシャリン」があった!「ゾフィー」もあったけどこっちはウルトラマンから来てるかもしれない。「オクタヴィアン」はない。ナクソス島のアリアドネはどうだ?「アリアドネ」はあるけど「ツェルビネッタ」はない。だめだなー、ツェルビネッタにすれば天高く駆け上がって一着間違いなしなのに。ツェルビネッタときたんで、あるわけないよな、と思いながら「グルベローヴァ」で検索。ひえ~~~!あった~~~!じゃ、「ルチアポップ」は?ひえっ、ひえっ、ひえ~~~(あった)。オペラの役柄に戻って。影無き女の「バラクノツマ」なし。アラベラの「アラベラ」はあったけど「ズデンカ」「フィアカーミリ」はなし……なんか、グルベローヴァとルチアポップがあってびっくりして放心状態。他の作曲家では「イェヌーファ」がありました……けど、放心状態。

走るのは国民性?しかし、変わった?

2013-11-20 08:47:20 | インポート
競馬の大きなレースの発送前、ファンファーレが演奏され、観客が手拍子を合わせる。この手拍子がいっつも走ってファンファーレとずれずれになってた(馬が走らないで客が走ってどうすんの?)。古楽の大家のM大先生が主催する某中世音楽合唱団の演奏会では最後に聴衆がカノンを歌うんだけど、先生、必ず1回歌を止めて、走っちゃいけないと言って、聴衆の自嘲笑いを誘ってた。これに対し、ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートで最後に演奏されるラデツキーマーチ、聴衆の手拍子は決して走らない(指揮者が観客の方を向いて合図を送るけれど、走らないで、と注意する必要はない。)。これは国民性の違いかな、と感じたのは、和太鼓の生演奏を聴いたとき。ドーン、ドーン、ドンドンドンドンドンドンと、どんどん早くなる(和太鼓の音にはたまげた)。と、ところがです。最近、競馬で手拍子が走らない。某中音合唱団の聴衆のカノンも走らない(だから先生に注意されない。)。国民性が変わったか。高齢化が急速に進んだし(カノンが走らなくなったのは、同じ聴衆が数十年の間に学習したせいかも)。