暁庵の茶事クロスロード

茶事が好きです。茶事の持つ無限の可能性に魅了されて楽しんでいます。2015年2月に京都から終の棲家の横浜へ戻りました。

北海道の旅-5 終章

2012年10月11日 | 2012年北海道の旅
9月26日、美味しく楽しかった三泊四日の旅も今日で終わりです。

朝食後、朝市から小樽観光が始まりました。
市場へ行くと地元の人が買い出しに来ていて、
鰈の一夜干し、ホッケ、花咲きカニがとても魅力的でしたが、
お茶事用の雲丹やカニは空港(佐藤水産)がお勧めだそうです。

小樽運河クルーズへ乗り込みました。
小樽市や運河の栄枯盛衰を、なぜかニュージーランド人のガイドさんから
拝聴しながらのクルーズも一興です。

            

            

小樽は、明治から大正にかけて本州の財閥や資本家が次々と進出し、
北海道の経済と物流の拠点として大いに栄えたのですが、
昭和20年の敗戦後はロシアという交易相手をなくし、
ニシンの漁獲量も少なくなり、商都・小樽は衰退していきました。

使われなくなった運河には廃船が浮かび、悪臭が漂うようになりました。
運河をどのように再生活用するかを決めるのに約20年の歳月が
かかったそうですが、運河の半分を埋め立てて道路やプロムナードが造られ、
今では小樽観光のハイライトになっています。

            

            

銀行や倉庫としての役目を終わった建造物は、ホテル、レストラン、ガラス製品や
オルゴールを売る店などに変わり、小樽独特の街並みを形づくっています。
中通りと呼ばれる観光客の溢れる通りをお店を覗きながらぶらつきました。

            

            
            中通りで見つけた小林多喜二の碑

帰りに運河で、とても悲しい光景を見ました。
遡上してきたサケが運河の末端で行き場を失い、
数十匹ほど留まって泳いでいました。
そこで運河は埋め立てられ、それ以上先へ進めないのです。
このサケたちはここで産卵をするのでしょうか?
それとも、産卵せずに果てるのでしょうか?
いずれにしても痛ましいことです。

イベントなどでサケの稚魚放流が行われていますが、
「帰ってきたサケがちゃんと産卵できる河川の環境なくして、
 安易に稚魚放流をしてほしくない!」
三人で異口同音でした。

            

            

旅の終わりのランチは、余市にある「Jijiya・Babaya(じじや・ばばや)」です。
名物の「ヘラガニのトマトクリームソース・スパゲティ」を注文しました。
ヘラガニスパゲティをほおばりながら、MHさんとMTさんのことを・・・。

お二人とも仕事を通して知り合った友人です。
MHさんとは近くはブータン、20年前のイギリス・テムズ河の旅もご一緒でした。
MHさんは今、複数のNPOに関わってボランティア活動に余念がありません。
MTさんは仕事で培った技術と知識を生かして、近々JICAの海外派遣へ
就く予定です。
そのためにも長年、嫌いな英語を勉強してこられた・・という話に感動しました。

最高のおもてなしを受けて、思い出深い旅となりました。
私もお二人に大いに刺激されて、「悔いのないようがんばろう・・」っと。
ありがとうございました! また、お会いしましょうね。

                                  

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