マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

GW二日目・・・『再宣教150周年の巡礼』 そして 『信じる者になりなさい。見ないのに信じる人は、幸いである。』

2019-04-28 15:00:00 | 休日(GW。夏休み。冬休み。休暇。)

今日は4月28日。日曜日。一日中薄曇り。 10日間の『GW第二日目』

     今日も、昨日同様に『巡礼の旅』です。

   
   今日は、『巡礼指定教会』のうちの 『カトリック姫路教会』を訪問しました。
 

         『再宣教巡礼帳』を掲げて・・・
 『カトリック姫路教会 復活のイエスの御絵の祭壇刺繍布』と、記念撮影

    姫路教会から我が家の『聖書100週間』に通って下さった後に、 
     カナダに派遣された、今は亡きシスターを偲びました。            


『巡礼』
とは、
         
       日常的な生活空間を一時的に離れて、宗教の聖地や聖域に参詣し、
 
     聖なるものにより接近しようとする宗教的行動のことです。
 
    

   
    基本的に、ラテン語の「peregrinus ペレグリーヌス」を語源としており、
 
   その基本的な意味は「通過者」とか「異邦人」でも明らかなように、      
   巡礼の根本的なかたちは、『遠方の聖地に赴く』、というところにあります。

つまりは。

        日常空間あるいは俗空間から離脱して、         
       非日常空間あるいは聖空間に入り、そこで聖なるものに接近・接触し、    
 
    その後ふたたび、 もとの日常空間・俗空間に復帰する行為、
と言うこともできる。  
     
                         ウィキペディアより。

 

   今日は、       
       私は、朝の『復活節第二主日ミサ』に参加後、電車で姫路入り、姫路城あたりの散策・・・
    夫は、朝7時出発、ゴルフの一日・・・              
              その後。   3時。カトリック姫路教会に集合。巡礼でした。
             

     
       3時。姫路教会では『英語ミサ』の時間でして・・・
   
         夫と二人で、久しぶりに英語ミサに参加、『御聖体』を頂戴して、
    『聖体訪問』 と 『3つの祈り』:『巡礼課題』 を果たしました。

 

   『巡礼』により、
    信仰心が整えていかれる、そんな気のする私たち夫婦です。
      
    12教会の訪問で、巡礼の満願を果たしたのちは、
             
    私たち夫婦は、何を感じるのでしょう?何を悟るのでしょう? 楽しみです。
 
                          神に感謝!感謝!

 

 

   『今日の姫路城』  
          
   
GWを楽しむ人々、
      
   家族連れ、恋人同士、老カップル、欧米やアジアの観光客、私は一人、等々、 
          お人があふれていました。


そして。
 
今日は4月28日。   
        『復活節第二主日・神のいつくしみの主日』
 復活のイエス様は、復活の八日の後、弟子たちに二度目の顕現です。
 
今日の福音 イエスの御言葉』
 
     『その日、すなわち週(復活の週)の初めの日の夕方、  
     弟子たちは自分たちのいる家の戸に鍵をかけていた。
      
  そこへ、   
  イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。      
 そう言って、手とわき腹とをお見せになった。弟子たちは、主を見て喜んだ。
         
イエスは重ねて言われた。
      
     「あなたがたに平和があるように。
 父がわたしをお遣わしになったように、わたしもあなたがたを遣わす。」

     十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、
     イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。

   そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、
         トマスは言った。          
     「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、
 
    また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」

        
      
さて八日の後
       弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。

 イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた

    それから、トマスに言われた。  
     「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。
       
          また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。
                   
             信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
 
 
        

    トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。     

    イエスはトマスに言われた。     
  「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」』
 
                      ヨハネ福音書 20章19-31節

 

今日の説教。

            「復活したイエスは、今も生きておられます。  

  イエスは、私たちの『一言一句』まで、お聞きになられているのです。 
     イエスは、生きておられるので、聞き逃されないのです。   

その証拠に、         

            イエス様は、その席にはいなかったにもかかわらず、
   

   トマスの『あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、
     また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。』          
     ・・・との『つぶやき』を聞いておられたのです。

     
     復活の八日の後に、
          
     イエス様は、再び、弟子たちの真ん中に現れ・・・

             トマスに言ったのです。 

     『あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。
  
      また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。    
      信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」
と。

  更に。  

  トマスの わたしの主、わたしの神よ』 の言葉に応えて、イエス様は言いました。 
  「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」と。  
 

        『復活した神は今も生きておられる』 のです。        

   復活節の間、     
  『信仰』が深められますように、『イエスの命』が与えられますように、 

                 父なる神にお祈りしてまいりましょう。」    
      
              以上。今日の司式司祭の説教の一部でした。  

   
   イエス様は、トマスを愛し、大事に思っておられた、のがよくわかりますね。

   イエス様は、トマス同様に、世界中の人々を愛されているのです。感謝!感謝!


『今日の拝領祈願』

    『全能の神よ、          
     主の死と復活を記念する秘跡にあずかったわたしたちが、   
      いつもその恵みによって生きることが出来ますように。』

皆様!   
御訪問に感謝申し上げます。
いかがなGWをお過ごしですか?穏やかな日々でありますように。 お元気で!

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