マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。 そして 『道』

2016-05-21 23:14:31 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

居間から眺める『葡萄の赤ちゃん』


整列して大きくなるのを待っています。           今日も一時間で終了です

『イエスは言われた。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。
人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、
その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」』
                    
ヨハネ福音書 15章5節


確かに。
眺めていると・・・『イエスの御言葉』の意味がよくわかります。
葡萄の赤ちゃん枝は、ぶどうの木に、しっかりとつながっています。
葡萄の木から栄養も水分ももらって、どんどん大きくなって、甘い葡萄の実を結ぶのです。

イエスは語るのです。
「皆さん! 私はブドウの木です、私につながっていて下さい。
私につながっていて下されば、私が栄養も水分も十分に送ります。
必ず、私があなた様の実を結びます!」 と。

『神の御言葉』に豊かに養われて生かされる者は、
主イエスがそうであられたように、神様から離れることなく、つながって、
望むものを何でも求めることが出来るし、神はそれを豊かに与えてくださるのです。


絵画。
『一年の計は5月19日にあり』は、三日坊主の三回目までは、無事に続きました。
ていねいに時間をかけて描くと、もうちょっとうまく描けるのかな?。
技術も才能もない私としては、『毎日1時間の絵画』を続けることで、回数と経験で腕をあげていくしかないでしょう!? 


そして。
今日は5月21日。年間第七土曜日。

今日は、朝ラン途中で、プロテスタント教会の掲示板チェック。

    『今週の一言』『道』 でした。

『道』といえば・・・
思い出します。

一つ目。旧約聖書から。

『神はこう言われる。
「見よ、わたしはお前たちの前に命の道と死の道を置く。」』 エレミヤ書 21-8


二つ目。新約聖書から。

『イエスは言われる。
わたしは道であり、真理であり、命である。
わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。」』 ヨハネ福音書 14-6


私達は・・・
この世で、『人生の道』を歩んでいます。 
『人生の道』はどこへつながっているのでしょう? 『道の終着地点』はどこなのでしょうか?

イエスは・・・
答えます。
私は道であり、その終着地点は御父・神、『御父・神への道』=『命の道』なのです。』と。


『イエスの道』こそ『神に至る道』=『命の道』であるなら・・・
私達が歩むべき道は、はっきりしています。
それは、イエスがそうであったように、
『私達の道』は、『人に仕える道』であり、『人のために大きな苦しみの道』かもしれません。

しかし
大丈夫です!安心していましょう!


三つ目。こんなのもありますものね。

『全ての道はローマに通ず』  (「All roads lead to Rome.」)
   目的までの手段や方法は、何通りもあることのたとえ。

必ず、
『私達の道』は、どんな道であっても、『御父の元に通ず』るのです!
安心して、日々の自分の道を、しっかりと生きましょう!

    以上。
    家に帰るまで、走りながら考えた事でした。お粗末様です

 

『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
枝である私達は、しっかりと栄養源の木につながって、素敵な実をつけましょう!

******
ラン記録。 今日・5月21日・10㎞

6時。 走りも、長続きのために少な目、10㎞で終えることにしました。

               5月ランニング合計距離 34㎞


二十四節気 小満…ボルドーと忠臣蔵。 そして 『エッサイの株から一つの芽が萌えいで、一つの若枝が育つ』

2016-05-20 23:25:08 | ワイン。おいしいもの。お勧めスポット。

ボルドーワインと山廃純米清酒


忠臣蔵さん!酔っぱらったの?体が傾いていますよ!
                               今日も1時間の絵画

今日は小満。(NHKラジオからの新知識。調べました。なるほどね。)
陽気が良くなって、万物の成長する気が次第に長じて天地に満ち始めました。
私には、酒を格別に味わえる、良い陽気になりましたということです。


昨夜は、
『西武2-1ロッテ戦』は、六回の中村のソロが決定点の勝利
観戦に燃えて燃えて…ボルドーワインが進む進む。ほうれん草キッシュもベストマッチ!
そして。
今夜は花金。
私の頭の中は、朝3時半~夕4時まで、一日中詰め込んだ聖書の言葉で一杯。爽快な疲労です。
夫が準備してくれたイワシの甘露煮で・・・濃醇な
山廃純米酒のおいしいこと!
先日、夫と赤穂へのドライブで仕入れてきた1升瓶。米の豊かさが感じられるような・・・


負け続きの応援チームの久しぶりの勝利。聖書三昧の満足。 そして 気候は小満。
お酒を飲むためのコンディションもテンションも上々・・・お酒の味わいは格別ですね。


そして。
今日は5月20日。年間第七金曜日。
今日の聖書通読会・聖書100週間の通読範囲は『イザヤ書8章~12章』。

  『イザヤの預言・平和の王の預言』

エッサイの株からひとつの芽が萌えいで、その根からひとつの若枝が育ち、王となる。
その上に主の霊がとどまる。彼は主を畏れ敬う霊に満たされる。
弱い人のために正当な裁きを行い、貧しい人を公平に扱う。』 イザヤ書 11章1-10

イザヤの力強い『預言』は・・・
種のような言葉となり、
人々は、『神から遣わされる優れた王・メシアの姿』を、その預言の中に見出すようになりました。

そして。
実際に。
『イザヤの預言』は、預言から約750年後、イエス・キリストにおいて実現し、完成します。

   私達を救う神・メシアは、必ず来ます。 平和の日の到来です。
   わたしたちは、信頼して、恐れず、私達の『その日』を待ちましょう!

 

『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
今日から、聖書通読会に新しい仲間が加わりました。神に感謝!感謝!
お仲間のご主人様が心臓手術後の入院中・・・
毎日、病室で、ヨハネ書を少し読んで、分かち合いをしているのですって!素敵ですね。


一年の計は5月19日にあり。 そして 『若者は幻を見、老人は夢を見る。』

2016-05-19 22:56:08 | 私のこと

母の薔薇


                        1時間で描き上げました。

今朝3時半。
夢かうつつか。電光が走る如くに、”そうだ!”と言いながら、目が覚めた。
”そうだ!”
『石の上にも10年』。以前に読んだ本の『言葉』を、夢の中で思い出していた。

 『技術を磨くためには・・・
とにかく、毎日(一生懸命でなくても)十年続けたらものになる。

自分がこれはもしやと思うことがあったら、
それだけを考えて十年毎日やってみる。 毎日ってことが大事なんです。』


ということで・・・
一年の計は5月19日にあり。
『今日から、毎日1時間(一生懸命でなくても)、描く!』と決めました。ひらめきました。

『論語読みの論語知らず』になるところでした。 
一年の計は三日坊主が通常です。 さて私はどうなるかな?公言はモチベーションになるかな? 
というより・・・
物事の実証には、仮説を立てて後、10年かかるということですね。
何事も、研究は覚悟と忍耐が要るということだと、改めて気づきました。即決は判断が間違いやすいということでもあるのかしら?


そして。
今日は5月19日。年間第七木曜日。
教会でお仲間と、『聖書の言葉:ペテロの説教』の分かち合いでした。

  『ペテロの説教』 聖霊が降ると・・・。

『これこそ預言者ヨエルを通して、神が言われていたことなのです。
「終わりの時に(五旬祭・聖霊降臨の日)、
わたしの霊をすべての人に注ぐ。
すると、あなたたちの息子と娘は預言し、若者は幻を見、老人は夢を見る。」』
                使徒言行録 2章14-21

確かに・・・

私も。
4日前の聖霊降臨の主日に、
教会の皆さんと、「豊かな聖霊に満たされますように!」と祈りました。
その結果
確かに、神は私にも豊かな聖霊を注いで下さり・・・『老人は夢を見た』のでした!

『毎日1時間・・・
自分がこれはと思った絵画やランニング、それだけを考えて十年毎日やってみます!
と。

『聖書の言葉』は、面白いように、グットタイミングの言葉となって、せまってきますよね。
今朝の私は、『御言葉』=『老人は聖霊が降ると夢を見る』の実証だったというわけですかね

 

『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
聖霊は、幻や夢で、語りかけてくれるのですね。 聖霊は良いアドバイスを下さる神です。

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ラン記録。 今日・5月19日・12㎞

5時半。 恐ろしや! さぼりにさぼって、2週間ぶりのランニング。
走りだけは、それだけを考えて長年、それなりに毎日のように続けてこれた私です。感謝!感謝!
確かに・・・私のような者でも、『石の上にも10年』、ランニングも10年続ければ力がつく。こちらは実証できました。
               5月ランニング合計距離 24㎞


『仮装したフランス人形』 そして 『人がなすべき善を知りながら行わないのは、その人にとって罪です。』

2016-05-18 22:52:42 | 絵画。写真。

 カーニバルへ行くの?


優しい目。
今にも話しだしそうな、フランスの男の子。
私の感動を伝えることのできる絵を描きたい。


今日は、我が家で絵画教室。
私は、『仮装したフランス人形』。まだ未完成。

描く者に任せて、あれこれとは教えない先生が、
「限られた時間で描き上げることも大切です。」
そして
「限られた時間なので、描き終わる前に背景を塗るのですか?」とも言われた。

描くことが目的の私。
ていねいにていねいに、絵に命を与えていきましょう。
今日も無心に、自分自身に戻る楽しいけれども苦しいひと時でした。
今日もまた、力足らずの我が身を思い知ります。


そして。
今日は5月18日。年間第七水曜日。

   『今日の第一朗読 使徒ヤコブの言葉』 厳しく そして正しい言葉です。

『(愛する皆さん、)よく聞きなさい。
あなたがたは誇り高ぶっています。そのような誇りはすべて、悪いことです。

人がなすべき善を知りながら、それを行わないのは、その人にとって罪です。」』
                           ヤコブの手紙 4章13-17

厳しく・・・
愛するがゆえに、
『あなたがたは自分の命がどうなるか、明日のことは分からないのです。
あなたがたは、わずかの間現れて、やがて消えていく霧に過ぎません。』
(同4-14)


手遅れにならないように・・・と。

人々に警告する・・・   『ヤコブ』

             エル・グレコ作品。ニジニ・ノヴゴロド美術館

ヤコブ自身は、
ユダヤ人の歓心を買おうとしたヘロデ・アグリッパ1世によって捕らえられ、44年に殉教。  


絵が上手になるためにも、人生の達人になるためにも、
先生や師との忠告を、
我が身に言われたことと自覚し、素直に忠実に聞き従うことが大切なのですね。

 
『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
上野の国立西洋美術館が、世界文化遺産登録の推薦を受けたようですね。 
そんなに素晴らしい建築物だったとは知りませんでした。
世の中知らないことばかり。手遅れになる前に、再訪の日が楽しみです。


庭仕事…一人では瞑想。二人ではおしゃべり。 そして 『だれがいちばん偉いかと議論していた』

2016-05-17 23:13:18 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

庭仕事


11袋。
午前中:夫と4時間。午後:私一人で3時間。合計:4×2+3=11時間の庭仕事。頑張りました。

   『庭仕事とは、魂を開放する瞑想である。』 ヘルマン・ヘッセ


庭仕事が好きな私です。
一人で・・・『魂を解放する瞑想』の時間が大好きです。沈黙の中で無心に時が流れます。

今日。
午前中。
夫がめずらしく、”手伝うよ!”と。
二人で・・・『おしゃべり』です。あれこれと議論話し合いながら、楽しい時が流れました。4時間。

そして。
午後。
いつものように。
一人で・・・『魂を解放する瞑想』の時間を楽しみました。3時間。
 


薔薇が大好きな私です。


先日、『散歩の途中に買った薔薇』
庭の柵にそって、咲いてね。 道を歩く人も楽しんでくれるかな?

    
    
3年前の 『娘の母の日のプレゼントの薔薇』
    小さな薔薇の花。たくましい大株になりました。
     

 
 『私の亡き母の薔薇』
 母が私と同居する時に、東京の母の家から我が家に移植した薔薇。
 美しい大輪。 大輪を咲かせてくれる度に、涙が出る私です。

      『たそがれの白薔薇』
  『おまえの小さな魂は不安げに
    言葉では言い表わせぬものを求める』 ヘルマン・ヘッセ

 

そして。
今日は5月17日。年間第七火曜日。

  『今日の福音 イエスの言葉』 世界一偉い人ってだれかしら?と議論です。

『イエスは弟子たちに、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになった。
彼らは黙っていた。途中でだれがいちばん偉いかと議論していたからである。
イエスは座り、、十二人(の弟子)を呼び寄せて言われた。
「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」』
                      マルコ福音書 9章30-37

生前に・・・

イエスは『イエスの身分』を弟子達に表していました。

『「人の子(イエス・キリスト)が来たのも、
仕えられるためではなく、かえって仕えるためであり、
また、多くの人のための、贖いの代価として、自分のいのちを与えるためなのです。」』
               マルコ福音書 10章32-45

同様に・・・

イエスは『イエスの弟子の心構え』を、
『最後の晩餐』の席で、弟子たちの足を洗って模範で示しました。

『イエスは、弟子たちの足を洗ってしまうと、上着を着て、再び席に着いて言われた。 
『私があなた方にしたことが分かるか。
主であり、師であるわたしがあなたがたの足を洗ったのだから
あなたがたも互いに足を洗い合わなければならない。
私があなた方にした通りに、あなたがたもするように、模範示したのである。」』
                    ヨハネ福音書 13章12-15


イエスは・・・
弟子たちに、模範を示して、『一番先になる人』は『人に仕える人』ですと教えました。
同様に。
今の私達をも、教育して『真の弟子』=『一番偉い人』になるように導いて下さいます。

 『本当の一番偉い人』になれるように、議論より実践、で頑張りましょう!

 

『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
お人の足を洗えるかしら? 洗えれば、世界一偉い人です!
庭仕事で汚れた足を、まだまだ未熟な私達夫婦は互いに洗い合わず、自分で洗いました。
そんな話ではないのか?!


復活節の終了…雀の巣立ち。 そして 『いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。』

2016-05-16 23:44:10 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

雀の巣立ち


                                 写真はネットより拝借
昨日。
教会の石畳に雀の巣を発見。糞が周りに散らばっているが、姿は見えず。
あたりに新聞紙を敷いて応急処理をしました。
赤ちゃんがうまく巣立ったのでしょうか! 頑張って~!

雀はこの季節、巣立ちを迎えます。
卵からかえって約2週間ほどで飛び立つことができるそうです。
誤って巣から落ちてしまったりすることもあり、なかなか成鳥になることも大変なようです。


雀も人も・・・
親や師の教えを我がものとして、親や師から巣立つのは、難しいことです。一大仕事です。

親の仕事は、子供を育てて・・・最後は放りだす。自立させる。
子を親から自立させる。そこで、やっと、親の仕事の完了ですよね。
雀もライオン達も、動物は、時が満ちると、容赦なく子供をつき離し、子育てを完了します。

ところが・・・
人間の親は、子の自立の大切さを分かっていても、子が切り離されていく痛みが親が耐えがたいことであったりもするのですよね。

子の自立は、親にとっても一大仕事であると、雀から教えられた昨日でした。


そして。
今日は5月16日。年間第七月曜日。
昨日の『聖霊降臨の主日』で、2016年度の復活節の終了です。

『復活節』は、復活祭から聖霊降臨までの期間。その50日間を『復活節』といいます。
『復活祭』は、キリスト教典礼暦の中で最も大切な祝日で、磔刑で亡くなったイエス・キリストが三日後に蘇った記念日です。
『聖霊降臨』の『ペンテコステ』は、ギリシャ語で50番目という意味でもあり、この日に教会が誕生しました。


  『今日の福音 イエスの言葉』 ”何と信仰のないことよ!”と嘆くイエスです。

『群衆の中のある者が言った。
「息子に取りついた霊(悪霊)を追い出して下さるようにお弟子たちに申しましたが、できませんでした。」
イエスはお答えになった。
「なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。
いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。
その子をわたしの所へ連れて来なさい。」

霊はイエスを見ると、すぐにその子を引きつけさせた。
霊は叫び声をあげ、ひどく引きつけさせて出て行った。

弟子たちはひそかに、
「なぜ、わたしたちはあの霊を追い出すことができなかったのでしょうか」と尋ねた。』 
                      マルコ福音書 9章14-29


雀も人も・・・
親や師の教えを我がものとして、親や師から巣立つのは、難しいことです。一大仕事です。

弟子たちは・・・
イエスから悪霊を追い出す力を、すでに与えられていました。
それでも、実際には、子供から悪霊を追い出すことができませんでした。
イエスからの自立が、未完成だったということです。


イエスは・・・
育てた弟子たちに、この世でのイエスの働きをまかせて、磔刑の後、御父の所へ帰るのです。
時間のないイエスは、信仰の薄い弟子たちを見て、
まだまだ弟子たちが自立できていないことを嘆き、厳しい言葉をかけます。

『なんと信仰のない時代なのか。いつまでわたしはあなたがたと共にいられようか。
いつまで、あなたがたに我慢しなければならないのか。』 と。

弟子たちが・・・
悪霊に取りつかれた青年から悪霊を取り出すためには、神への強い信仰が必要なのです。
悪霊を追い出す力をすでに受けていても、追い出せるのは自分の力ではなく、神の力によるのです。


『イエスは、「祈りによらなければ決して(悪霊を)追い出すことはできないのだ』と言われた。』
                                    マルコ福音書 9-29
神に祈り求めることをしなければ、神に頂いた力を発揮することは出来ないのです


私達も・・・
イエスの仕事=愛の分配を続ける使命を受けています。
それは、自分の力で出来ることではなく、
イエスとつながって、神の力で出来ることを強く信じることができるように祈りましょう!

 

『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
私は我が子をしっかり巣立たせただろうか? その前に、私は一人前であろうか?
一人前の条件は、神の愛と力を信じて、自立することですね。


夏日…オーストラリアからモロッコへ。 そして 聖霊降臨…キリストから聖霊へ。

2016-05-15 09:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

私の室内履き 



『モロッコスリッパ』

モロッコ特産の山羊の鞣革(なめし皮)。
なめした皮に鮮やかなブルー糸の手刺繍が、クールなおしゃれさです。
甥のプレゼント。手作りの高級さが大のお気に入りです。夏用。

そして。もう一つ。

UGG・OAKOTAローファー』
オーストラリアのシープスキン(羊皮)。
靴中のふわふわムートンが足を暖かく包んでくれるのが嬉しく、冬の室内履きにしています。

ハワイで購入。暖かさは心までもほっこりしてくれて大のお気に入りです。冬用。


今日は、我が神戸も夏日となりました。
夏日を迎えて・・・
オーストラリアからモロッコへ。足の着地点を変えようかな?暖かさから涼しさへ。
どちらも羊の皮。だけど、仕上げはまるで違う。
遠い二つの国の違いを楽しませてくれる、私の大切な室内履きです。

 

そして。
今日は5月15日。聖霊降臨の主日。

 聖霊降臨
 

               聖霊降臨を描いた15世紀の写本
  
『今日の第一朗読』
『五旬祭(過ぎ越し祭から50日目)が来て、一同が一つになって集まっていると、
突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。
そして、
炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。
すると、
一同は聖霊に満たされ、”霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話し出した。』
                            使徒言行録2章1-4

その前・・・
イエスは、我が身に磔刑の時が近づいたのを悟った『最後の晩餐』の席で、
弟子たちに『聖霊を与える約束』をしました。


『あなた方の心は悲しみで満たされている。

しかし、実を言うと、
わたしが去って行くのは(御父の元へ帰る)のは、あなたがたのためになる。
わたしが去って行かなければ、弁護士はあなたがたのところに来ないからである。
わたしが行けば、弁護者をあなたがたのところへ送る。
その方が来れば、罪について、義について、また、裁きについて、世の誤りを明らかにする。』  
                         ヨハネ福音書 16章6-9


イエスが去っていく。

イエスが、十字架上で死す。
それらが成された後に・・・聖霊が降る。


『今日の福音 イエスの言葉』
    
(最後の晩餐の席で、イエスは弟子たちに言われた)
「わたしは、父にお願いしよう。
父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。

わたしを愛する人は、私の言葉を守る。
わたしの父はその人を愛され、父とわたしとはその人のところに行き、一緒に住む。』
                        ヨハネ福音書 14章1615-26


イエスは復活して御父の所へ戻られますが、

今度は、聖霊の姿となって、又戻って来ると弟子たちに約束なさったのです。

  今・現代は・・・
  キリストから聖霊へ。聖霊の時代です。

イエスは、聖霊に於いて一緒にいて下さるのです。
イエスの言葉を守る人、イエスの名によって集まる人たちと、イエスは一緒におられます。
イエスの姿が見えなくとも、大丈夫です。

  
  今・現代は・・・
  キリストから聖霊へ。聖霊が私達を導いて下さる時代です。

イエスは・・・
イエスが見えなくなり、絶望する弟子の所へ、聖霊を送って下さったのです。
悲しみと苦しみで打ち砕かれる人の所へ聖霊を送って、励まして下さるのです。

聖霊は・・・
イエスの十字架の償いを経て、初めて注がれたのです。

私達は・・・
イエスの十字架に感謝し、
キリストから聖霊へ。 聖霊と共に、この世に勝利してまいりましょう!


『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
さわやかな五月。足元も心も軽やかに、五月を楽しみましょう!


キルケゴール…『究極の選択だけが後悔のない選択だ』 & イエス…『わたしがあなたを選んだのである』

2016-05-14 22:33:15 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

セーレン・オービエ・キルケゴール


         1840年(27歳)のスケッチ
1813年 - 1855年。今から200年前のデンマークの哲学者、思想家。


人は、迷う存在です。
あれか?これか? 右か?左か? 
人生、迷いだらけ。そして選ぶのは難しいことです。

私は決断が必要で迷う時・・・『キルケゴールの言葉』を思い出します。

  『究極の選択だけが後悔のない選択である。』
    
究極とは何か?
物事のきわまったところ。きわみ。とどのつまり。はて。究意。広辞苑より。

物事を最後まできわめる。深く追及して、物事の本質や真相をつかむ。
その後は・・・然りか否かと、悩みもだえる必要はないのです。頑張りましょう!

 
そして。
今日は5月14日。復活節第七土曜日。

イエス・キリスト


       蝋画法によるイエス・キリスト(0年-33年)のイコン
6世紀頃。シナイ半島聖カタリナ修道院
所蔵。

 『今日のアレルヤ唱 イエスの言葉』 

『あなたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたを選んだのである。』
                      ヨハネ福音書 15-16

イエスは、
私達に神の愛を教えるために、この世に来られたのです。
私達は、神の愛を知りたければ、イエスの生き様を見れば分かります。

イエスの弟子たちは、
イエスと共に過ごし、イエスの愛を体験して、そこに神の愛を見い出し・・・
迷いからふっきれて、一筋、神の愛を証しする人となりました。
私達は、
イエスと共に過ごすことのない今、イエスが先に私達を『イエスの愛の対象』として選んで下さり、愛して下さったのです。
そこにイエスの愛を体験して、そこに神の愛を見い出し・・・
迷うことなく、神の愛をお人に分かち合うことができますように。頑張りましょう!


『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様は、人生の大きな決断の時に、何を基準に決断なさいますか? 難しいですよね。


使徒パウロの出廷…死んだイエスは生きていると、パウロは主張した。

2016-05-13 22:15:50 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

疲れを癒す花


今日・金曜日は聖書三昧の一日。
早朝は聖書クラス予習。午前中は聖書講義。午後は聖書通読会・聖書100週間。

一日の勉強を終えて、聖書で一杯の頭を休めるために、夕方散歩に出た。
花屋の店先に並んだ薔薇の鉢。2鉢買って、夫と一つずつ持ち帰った。
明日は、庭で、花々と戯れる一日を送ろう!


今日は5月13日。復活節第七金曜日。

   『今日の第一朗読』 使徒・パウロの件について言い争いが生まれました。

ローマ帝国がイスラエルを支配していたときの王の一人、アグリッパ王は、
ユダヤ人の王として、ガリラヤ地方を支配していたのですが、
ユダヤ・サマリヤ地方で新しく総督となったフェストゥスにあいさつするために、
カイサリアにやって来た時の話です。 2000年以上前のローマ帝国時代の話です。

アグリッパ王とベルニケが、フェストゥスに敬意を表するためにカイザリヤに来た。
彼らが幾日もそこに長く滞在していたので、
フェストゥスはパウロの件を王に持ち出して言った。


フェストゥスは・・・

来客の二人に、
自分がパウロの件について処理できないことを告白し、相談を持ち掛けます。

ここに、(前総督)フェリクスが囚人として(2年間の牢獄生活)残していった男(使徒・パウロ)がいます。
わたしがエルサレムに行ったときに、
祭司長たちやユダヤ人の長老たちが、この男を訴え出て、
有罪に判決を下すように要求したのです。

告発者たちは立ち上がりましたが、
彼について、わたしが予想していたような罪状は何一つ指摘できませんでした。
パウロと言い争っている問題は、彼ら自身の宗教に関することと、
死んでしまったイエスとかいう者のことです。
このイエスが生きていると、パウロは主張しているのです。
                         使徒言行録 25章13-21


フェストゥスは・・・

パウロの件についてよく知らず、
パウロが何か重大な罪を犯していると思っていましたが、
裁判をしてみて、そのようなものは何一つなかったことに気づきました。

彼らの言い争っている点について理解できなかったのです。
それは、フェストゥスには理解できない宗教に関することでした。
戦いの争点は、ローマの法律に関することではなく、神についてのことであることを知ったのです。
この言い争いは裁判の中で行なわれていましたが、本当は『宗教論争』だったのです。


フェストゥスは・・・
ユダヤ教のことについて知らなかったにも関わらず、
死んでしまったイエスという者を、パウロが生きていると主張しているから、ユダヤ人が訴えている。
  そのことを、知ったのです。

人の法律ではなく、神の律法によって解決しなければいけないものだ。とも思ったのです。

ユダヤ人は・・・
『イエスが生きておられる』と言うパウロに、激しく反対したのです。

パウロは・・・
神ご自身を義とする信仰によって生きるパウロは、
自分の義を神に持っていこうとするユダヤ人に迫害されたのです。
裁判のためローマに送られたのち、2年間も牢の中で裁判の行なわれないままに過ごし、

ローマ皇帝ネロのとき、60年代後半に、ローマで殉教します。

 
イエスの生涯も、使徒パウロ同様でした。
というより…
使徒パウロの『宣教活動の生涯』は、イエスのそれと同様でした。


イエスの場合。 

イエスを裏切ったユダの密告で、
一隊の兵士と千人隊長、およびユダヤ人の下役たちは、
イエスを捕えて縛り、まず、アンナスのところへ連れて行った。ヨハネ福音書 18章1-15

そして。
大祭司はイエスに弟子のことや教えについて尋ねた。

次に。
イエスは総監督邸に連れて行かれます。
そこで、
『ピラトが「どういう罪でこの男を訴えるのか」と言った。』 ヨハネ福音書 18-29

 
パウロの出廷の時と全く同様に、
ピラトは・・・
キリストの件についてよく知らず、キリストが何か重大な罪を犯していると思っていましたが、
裁判をしてみて、そのようなものは何一つなかったことに気づきました。

彼らの言い争っている点について理解できなかったのです。
それは、ピラトには理解できない宗教に関することでした。
戦いの争点は、ローマの法律に関することではなく、神についてのことであることを知ったのです。
この言い争いは裁判の中で行なわれていましたが、本当は『宗教論争』だったのです。

ピラトは、(ユダヤ人たちに向かって)、
「あなたたちが引き取って、自分たちの律法に従って裁け」と言います。
更に。
もう一度言います。
「あなたたちが引き取って、(律法に従って)十字架につけるがよい。
わたしはこの男に罪を見いだせない。


この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、
「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。』 ヨハネ福音書 18-30~19-30


イエスは・・・
自らをユダヤ人の王であると名乗り、また「神の子」あるいはメシアであると自称した罪により、
ユダヤの裁判にかけられた後、ローマ政府に引き渡され磔刑に処せられます。


イエスに従い、イエスを証しし、人々を司牧するイエスの弟子たちは、
イエスがそうであったように、

人々の理解を得ることが難しく、御苦労を重ねたのです。


そして。
『今日の福音書 イエスの言葉』


『はっきり言っておく。
あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。
しかし、
年をとると、両手をのばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。』
              ヨハネ福音書 21章15-19


キリスト教に限らず、新しいことが世の中に浸透する時は、
理解の不十分ゆえの、迫害が起こります。

先人たちの御苦労の上に、私達の今があります。
私達の今の努力が、次に続く人達のためになることでありますようにと、祈ります。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
明日は週の終わりです。 ゆっくりとときめきの時間をお過ごしください。              


夫婦のそれぞれの土産。 そして 『大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。』 

2016-05-12 12:00:00 | 日々のこと。 世界のこと。

 昨日、夫は『奈良・長谷寺探訪』&私は『いけばな展』。 そして夫婦それぞれの土産。

夫の土産。


夫の土産は、奈良名物づくし。私の好きなものばかりです。

そして。
私の土産。


夫の好きな料理の食材ばかりです。     食材でも、夫を思って買ったので、お土産ということです。はい。

夫婦といえども、いつも一緒の外出ばかりでなく、それぞれの友達と出かけたり、一人で出かけたりです。
別々の外出の時は、必ず外出先の『御当地名物』の土産を、ちょこっと買って帰る。

昨日は、夫は奈良名物。私は大阪街中で名物は見つからず、デパ地下の食材ばかり。
結局は、夫婦ともに、伴侶の喜びそうな土産ばかりです。ラブラブ
  ラブラブと云えば・・・私達夫婦の互いの『自動車ナンバー』は、夫が始めた、『伴侶の誕生日』です。当たり前のことなのかな?

 
今日は、昨日のお土産で食事です。

御馳走様です。昼食。

『柿の葉すし』
おいしい。私の大好きな奈良の柿の葉すし。夫の心意気が嬉しい。

お食後

『草福餅』
おいしい。大好きなよもぎ餅。こしあんも美味。幸せです。


そして。私の土産。

新鮮な魚屋で『真鯛のアラ』があると、必ずゲットします。昨日もゲット!ラッキー!

夕食。

『真鯛のアラ』で、夫の好きな『鯛めし』を作ります。


鯛に塩をして・・・グリルで、香ばしさが出る程度に、浅く焼きます。 
新鮮なアラを捜す。決して妥協はしない。アラの新鮮さが、決め手です。


料理のおいしさは、新鮮な食材で、ていねいに料理をする。これにつきますよね。
食べて下さる人の笑顔を想像しながら、料理の工程を、ていねいに!ていねいに!


出汁醤油少々と酒と出汁の元と水に浸けた米の上に鯛をのせて・・・
強火で沸騰したら、赤子泣いてもふたを開けずに弱火で15分。10分ほど蒸らす。


鯛の骨を取って、身をほぐして、ざっくり混ぜて出来上がり! 

土産の『あおさ』は、海の香りで、『鯛めし』のお味をワンランクアップしてくれます!
「おいしいね!」ですと。 笑顔が見れて、大成功!


私は食べることが大好きで・・・おいしく食べるために、料理も大好きです。
『鶴橋キムチ』『福岡めんたい』『高級スペイン・アンチョビ』そして『愛媛産ちりめん』
さて・・・
韓国料理・・おにぎりもって新緑の遠足・・イタリアン・・そして和食。腕が鳴ります!


そして。
今日は5月12日。復活節第七木曜日。

  『今日の入祭唱 ヘブライ人への手紙』 イエスは時宜にかなう方です。

『神の子イエスは、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、
あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。

だから、憐れみを受け、恵みに預かって、時宜にかなった恵みをいただくために、
大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。』 ヘブライ人への手紙 4章4-16

私達は、
お人の痛みを理解し、お人と親交を結ぶためには・・・
お人と同じような経験をしていることが大切なのかもしれません。

イエスは、人としての一番の苦しみ・十字架上での磔刑を経験なさいました。
そんなイエスこそ・・・
私たち一人一人の哀しみと苦しみを理解して、時宜にかなった恵みを下さいます。

イエスを、そして 友人を信頼して、大胆に近づき、親交の喜びを味わいましょう!


『熊本地震』の被害に遭われている皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
皆様は、お土産に何を頂いたら嬉しいですか? ちょこっとお土産…生活愛情の潤滑油ですよね。