マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

パンは、あなたがたのためのわたしの体。・・・「キリストの聖体 祝日』・・・すべての人が食べて満足した。

2019-06-23 09:30:00 | 聖書。聖書勉強会。教会。日常の信仰生活。

今日は6月23日。

           『キリストの聖体 祭日』
    

     聖体はキリスト教生活全体の泉であり頂点です。
     聖体はわたしたちの信仰の要約であるり、頂点なのです。


  今日は、『聖体』の秘儀について、学びましょう。
     それは、神の秘跡であり、人間が学ぶことは難しいことですが、
              よろしくお願い申し上げます
  


『今日の第二朗読 最後の晩餐

      『主イエスは、引き渡される夜、パンを取り、
        
感謝の祈りをささげてそれを裂き、

   
    「これは、あなたがたのためのわたしの体である。
 
     わたしの記念としてこのように行いなさい。」
               と言われました。』


      聖体祭儀によって、私たちはすでに天上の典礼に一致し、
  「神がすべてにおいてすべて」(コリントⅠ 15-28)となられるときに先立って、
      永遠の命に前もってあずかっています。

       
      聖体が『コムニオ(交わり)』と呼ばれるのは、

           この秘跡によって、
  私たちはキリストと一致し、キリストとただ一つのからだを形づくるために、
      私たちをご自分の体と血にあずからせてくださるからです。

 

      『また、食事の後で、杯も同じようにして、
  
     「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である。
 
    飲むたびに、わたしの記念としてこのように行いなさい」
                  と言われました。

    だから、あなたがたは、このパンを食べこの杯を飲むごとに、
     主が来られるときまで、主の死を告げ知らせるのです。』
           コリントの教会への手紙Ⅰ 11章23-26節


    『主の晩餐』と呼ばれるのは、
   受難の前夜にキリストが弟子たちとともになさった晩餐を再現すると同時に、
   天上のエルサレムで行われる『子羊の婚宴』に前もってあずかるものだからです。

    
      キリストの命令に忠実に従う教会は、

   キリストの最後の晩餐で行われたことを、記念として、
      その栄光の再臨の時まで行い続けます。

   
   パンとぶどう酒が精霊の働きによりキリストの体と血になることによって、

   パンとぶどう酒は、創造のわざのすばらしさを表すしるしともなり続けます。

        イエスはカファルナルムで予告されたとおり、
  ご自分の体と血を弟子たちに与えるために過越祭のときを選ばれました。

   
     イエスは言われました。
       『これを、わたしの記念として行いなさい』

       『ご自分が 「来られるときまで」 』 コリントⅠ 11-26 と。
 
  主の来られる時  『主の再臨』

     ご自分の動作と言葉を繰り返すようにとのイエスの命令は、
 イエスとイエスがなされたことを思い出すようにと求めているだけではありません。
        その目指すところは、
 使徒やその後継者たちがキリストの生涯、死、復活、御父のもとでの執り成しを
         記念する典礼を挙行することなのです。
  

 

『今日のアレルヤ唱』

アレルヤ、アレルヤ。
 『わたしは天から下ったいのちの糧。このパンを食べる人は永遠に生きる。』アレルヤ、アレルヤ。

 

続けて。

『今日の福音 イエスの御言葉

『そのとき、
   イエスは群衆に、神の国について語り、治療の必要な人々をいやしておられた。

      日が傾きかけたので、
イエスは(12人の弟子に)言われた。 「あなたがたが彼らに食べ物を与えなさい。」

彼らは言った。 
   「わたしたちにはパン五つと魚二匹しかありません。 男が五千人ほどいます。」

  
  群衆の中の一少年が差し出した 『パン五つと魚二匹』
     
       
 イエスは弟子たちに、「人々を五十人ぐらいずつ組にして座らせなさい」と言われた。

    弟子たちは、そのようにして皆を座らせた。

    すると、
      イエスは五つのパンと二匹の魚を取り、
    天を仰いで、それらのために賛美の祈りを唱え、
 

       裂いて弟子たちに渡しては群衆に配らせた。

      すべての人が食べて満腹した。
 

     そして、残ったパンの屑を集めると、十二籠もあった。』
                 ルカ福音書 9章11-17節


     多くの人々に食べさせるためにイエスがパンを祝福して裂き、
        弟子たちを介して配られたときのパンの奇跡は、
      御自分の聖体唯一のパンがあり余るほどのものであることを
             前もって表すものです。

 

     こうして、旅する神の民は聖体祭儀が行われるごとに、
         『主が来られるまで』コリントⅠ 11-26
       イエスの過越の神秘を告げ知らせながら、
    すべての選ばれた者が主の食卓に加わって行われる天の饗宴に向かって、
         『狭い十字架の道』を進んで行きます。


         以上。『カトリック教会のカテキズム』から学びました。感謝!感謝!
             ありがとうございました お疲れ様でございました

 

    私たちも、キリストの『御聖体』について学んだ今日、
       天の饗宴にあずかるその日まで、
        『キリストの道・愛の道』を
       困っている人と共に、歩み続けてまいりましょう。
             


『今日の拝領唱』

     『わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、
   いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。』
                    ヨハネ福音書 6章57節

そして。

『今日の拝領祈願』

『信じる者の力である主よ、
御子キリストの尊い体と血をいただいたわたしたちを、約束された永遠の命にあずからせてください。』


皆様!
御訪問に感謝申し上げます。
週末はいかがでしたか? 仕事でお忙しく過ごした方も多くおありのことと思います。
    皆様の新しい一週間が良い一週間でありますように。 お元気で!

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