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大田区池上の本門寺は、日蓮終焉の地に建立された大寺と聞くから、いつか行ってみたいと思っていた。私は信仰心が乏しいのでお参りをしようというわけではないのだけれど、多くの信者が心の拠り所とする「場」の神聖な雰囲気は嫌いではなく、敬意を払うべきだと思っている。だから伝統的な神社仏閣には神妙に立ち寄る。大森貝塚遺跡庭園を見物し終え公園前のバス停に行くと、ちょうど池上行きバスが到着し、私を本門寺へ運んでくれた。
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池上本門寺は日蓮宗の大本山だというから、さぞや巨大な伽藍が林立しているのだろうと予想していたら、受けた印象は「簡素」であった。市街地に囲まれた丘陵全体に占める寺域は確かに広大だが、本阿弥光悦の筆だという扁額を掲げる総門にしても、身延山久遠寺の三門を知る眼には、いたって簡素だ。96段の石段を登って境内に至ると、空襲で焼失後再建された大堂は堂々としているものの、全体にあっさりと清々しさを覚える聖域である。
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日蓮は1282年、病気療養のため身延山から常陸国へ向かう途中、池上の信者の館に滞在し没した。61歳だったという。墓は遺言に従って身延山にあるというけれど、終焉の地・池上は宗門にとって特別な聖地であろう。全国の信徒数は330万とも385万とも言われ、日本仏教の巨大宗派のひとつである日蓮宗は、身延山久遠寺を総本山(祖山)とし、全国5104寺が宗門史上の由緒などによって大本山、本山、由緒寺院などと組織されている。
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宗教団体は巨大になればそれだけ複雑な組織と歴史があり、伝統宗教では教義を巡って分派・分裂が繰り返されていることも多く、解説書など何度読んでもよくわからない。鎌倉時代に日蓮が興した日蓮宗も、波乱万丈の歴史を経ている宗旨のようで、門外漢には理解が難しい。ホームページによると僧侶は7617人いて、宗教活動は活発に行われているようだ。池上の長栄山本門寺は霊跡寺院の大本山で、宗門全体の宗務院が置かれる拠点寺院だ。
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私の中学時代のクラス担任は、新潟市の日蓮宗のお寺の住職で、私たちが卒業すると程なく教員を辞め、本門寺にある宗務院で重要な立場に就いていると聞いた。東京でお会いした際、どのような仕事をされているのか訊ねたものの、「お前に教えても分からんだろう」とはぐらかされた。「それよりも一度、俺を銀座に連れて行け」と言って笑う先生だった。本門寺の境内に感じるさっぱりとした雰囲気は、先生に似合っていると思ったのだった。
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五重塔が建つ墓地を抜けて丘を下ると、「馬込文士村」のオブジェがある。井伏鱒二の『荻窪風土記』に「新宿郊外の中央線方面には三流作家が、世田谷方面には左翼作家が移り、大森方面には流行作家が移って行く」というくだりがある。昭和2年ころの描写で、大御所と呼ばれる作家や画家の多くは大森から池上にかけて居を構えたようで、当時の井伏はそこまで原稿料を稼げなかったのだろう。池上界隈は、そうした面影が残る街のようである。
新参道を抜けて本門寺を後にする。名物・久寿餅を売る店や蕎麦屋、石材店など、参道らしい佇まいだが、成田山新勝寺参道の雑踏を思い起こすと、まるで閑散としている。大田区は戦後、大森区と蒲田区が合併して誕生し、両区を合わせて新名称の「大田」になったのだが、本門寺の近くには那須与一を祀る「太田」神社があったりしてややこしい。池上駅に続く道は庶民的な商店街で、流行作家でなくても十分に暮らし良さそうな街である。(2023.6.23)
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池上本門寺は日蓮宗の大本山だというから、さぞや巨大な伽藍が林立しているのだろうと予想していたら、受けた印象は「簡素」であった。市街地に囲まれた丘陵全体に占める寺域は確かに広大だが、本阿弥光悦の筆だという扁額を掲げる総門にしても、身延山久遠寺の三門を知る眼には、いたって簡素だ。96段の石段を登って境内に至ると、空襲で焼失後再建された大堂は堂々としているものの、全体にあっさりと清々しさを覚える聖域である。
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日蓮は1282年、病気療養のため身延山から常陸国へ向かう途中、池上の信者の館に滞在し没した。61歳だったという。墓は遺言に従って身延山にあるというけれど、終焉の地・池上は宗門にとって特別な聖地であろう。全国の信徒数は330万とも385万とも言われ、日本仏教の巨大宗派のひとつである日蓮宗は、身延山久遠寺を総本山(祖山)とし、全国5104寺が宗門史上の由緒などによって大本山、本山、由緒寺院などと組織されている。
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宗教団体は巨大になればそれだけ複雑な組織と歴史があり、伝統宗教では教義を巡って分派・分裂が繰り返されていることも多く、解説書など何度読んでもよくわからない。鎌倉時代に日蓮が興した日蓮宗も、波乱万丈の歴史を経ている宗旨のようで、門外漢には理解が難しい。ホームページによると僧侶は7617人いて、宗教活動は活発に行われているようだ。池上の長栄山本門寺は霊跡寺院の大本山で、宗門全体の宗務院が置かれる拠点寺院だ。
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私の中学時代のクラス担任は、新潟市の日蓮宗のお寺の住職で、私たちが卒業すると程なく教員を辞め、本門寺にある宗務院で重要な立場に就いていると聞いた。東京でお会いした際、どのような仕事をされているのか訊ねたものの、「お前に教えても分からんだろう」とはぐらかされた。「それよりも一度、俺を銀座に連れて行け」と言って笑う先生だった。本門寺の境内に感じるさっぱりとした雰囲気は、先生に似合っていると思ったのだった。
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五重塔が建つ墓地を抜けて丘を下ると、「馬込文士村」のオブジェがある。井伏鱒二の『荻窪風土記』に「新宿郊外の中央線方面には三流作家が、世田谷方面には左翼作家が移り、大森方面には流行作家が移って行く」というくだりがある。昭和2年ころの描写で、大御所と呼ばれる作家や画家の多くは大森から池上にかけて居を構えたようで、当時の井伏はそこまで原稿料を稼げなかったのだろう。池上界隈は、そうした面影が残る街のようである。
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新参道を抜けて本門寺を後にする。名物・久寿餅を売る店や蕎麦屋、石材店など、参道らしい佇まいだが、成田山新勝寺参道の雑踏を思い起こすと、まるで閑散としている。大田区は戦後、大森区と蒲田区が合併して誕生し、両区を合わせて新名称の「大田」になったのだが、本門寺の近くには那須与一を祀る「太田」神社があったりしてややこしい。池上駅に続く道は庶民的な商店街で、流行作家でなくても十分に暮らし良さそうな街である。(2023.6.23)
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