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大森駅東口から平和島循環という路線バスに乗る。東京湾の人工島である平和島は、羽田空港に向かうモノレールで通過したことは何度もあるけれど、バスという地上目線から眺めるのは初めてである。巨大な物流基地だとは承知していたものの、1200万都民の欲望を満たす迫力と言ったらいいか、倉庫群の規模は私の想像を超えている。20分ほどかけて島を循環したバスは運河に近づき、私は下車する。「大森海苔のふるさと館」に行くのだ。
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海苔の養殖は、江戸時代に大森の海辺で始まった。だから大森は「海苔のふるさと」なのだということで、大田区は2008年、海苔生産に関する民俗資料を展示・解説する専門博物館「海苔のふるさと館」を開設した。かつての養殖の海に臨む「大森ふるさとの浜辺公園」の一角で、住所は「平和の森公園」になる。本土側からの埋め立てで造成された公園は、平和島とつながっている。従って平和島は「島」ではなくなったのだが、それはどうでもよろしい。
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わが家は海苔をよく食べる。特に妻は海苔好きで、食卓に海苔が置かれないことは少ない。しかもその銘柄は決まっていて、その海苔問屋の海苔以外は食べない。昔、実家に縁のある女性がその問屋に嫁ぎ、贈ってくれたものだから、子供のころからその海苔に親しんできたのだという。私は銘柄にこだわることはあまりないのだが、妻の影響で海苔はやはりその海苔だ。確かに美味いのである。海苔に美味い不味いがあることは、この銘柄で知った。
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嫁ぎ先は「大森のあたり」だという。それが今回の大森散歩につながってもいて、海苔を知るいい機会だと出向いたわけである。そして私はあまりにも海苔養殖について無知であったことを痛感させられたのである。海苔は、海面に張られたネットのようなものに、自然と絡まった海藻を干したものだろうと、この歳になるまで勝手に思い込んでいた。しかし実際は、夏の間に胞子である「糸状体」を牡蠣殻に植え付け、秋の殻胞子の放出を待つ。
(大森海苔のふるさと館 展示パネルより)
この殻胞子こそが海苔のタネであり、網に採苗して2週間ほど育てると20センチくらいの海藻になる。それを収穫して洗い、ミンチ状に裁断して乾燥する。昔、近所に住む米国人宣教師さんが「日本暮らしが長く日本食は大好きなのだが、海苔だけは食べられない。それは養殖場を見に行って海のゴミを干したものだと思い込んだからだ」とこぼしていた。知恵の結晶である養殖海苔を誤解していた無知な私も、宣教師さんを笑うことはできない。
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250年ほど続いた大森の海苔養殖は、東京湾の水質悪化や埋め立ての拡大で漁業権が放棄され、1963年に終焉する。戦前に着手された平和島の造成が、竣工したのはその4年後である。「平和」の名称には時代の思いが込められている。海浜公園は近在の人々の憩いの場らしく、ママチャリに子供を乗せたママさんたちがやって来る。南方の空では羽田空港を飛び立った飛行機が、次々と上昇して行く。拡張された滑走路は、格好の海苔場だった。
ふるさと館の受付で、我が家のこだわりの問屋さんを訊ねる。若い男性職員は知らないようだったが、奥から出てきたベテラン女性が「ああ、糀谷の問屋さんですね。よく美味しいと聞きます」と言った。大森村と糀谷村の海苔業者は、養殖場の線引きをめぐって幕府に訴訟合戦を展開したのだと、展示室で学んできたばかりである。大森沖の海苔養殖は途絶えたけれど、問屋が磨いてきた目利きは重要で、今も多くがこの地に残っている。(2023.6.20)
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海苔の養殖は、江戸時代に大森の海辺で始まった。だから大森は「海苔のふるさと」なのだということで、大田区は2008年、海苔生産に関する民俗資料を展示・解説する専門博物館「海苔のふるさと館」を開設した。かつての養殖の海に臨む「大森ふるさとの浜辺公園」の一角で、住所は「平和の森公園」になる。本土側からの埋め立てで造成された公園は、平和島とつながっている。従って平和島は「島」ではなくなったのだが、それはどうでもよろしい。
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わが家は海苔をよく食べる。特に妻は海苔好きで、食卓に海苔が置かれないことは少ない。しかもその銘柄は決まっていて、その海苔問屋の海苔以外は食べない。昔、実家に縁のある女性がその問屋に嫁ぎ、贈ってくれたものだから、子供のころからその海苔に親しんできたのだという。私は銘柄にこだわることはあまりないのだが、妻の影響で海苔はやはりその海苔だ。確かに美味いのである。海苔に美味い不味いがあることは、この銘柄で知った。
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嫁ぎ先は「大森のあたり」だという。それが今回の大森散歩につながってもいて、海苔を知るいい機会だと出向いたわけである。そして私はあまりにも海苔養殖について無知であったことを痛感させられたのである。海苔は、海面に張られたネットのようなものに、自然と絡まった海藻を干したものだろうと、この歳になるまで勝手に思い込んでいた。しかし実際は、夏の間に胞子である「糸状体」を牡蠣殻に植え付け、秋の殻胞子の放出を待つ。
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この殻胞子こそが海苔のタネであり、網に採苗して2週間ほど育てると20センチくらいの海藻になる。それを収穫して洗い、ミンチ状に裁断して乾燥する。昔、近所に住む米国人宣教師さんが「日本暮らしが長く日本食は大好きなのだが、海苔だけは食べられない。それは養殖場を見に行って海のゴミを干したものだと思い込んだからだ」とこぼしていた。知恵の結晶である養殖海苔を誤解していた無知な私も、宣教師さんを笑うことはできない。
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250年ほど続いた大森の海苔養殖は、東京湾の水質悪化や埋め立ての拡大で漁業権が放棄され、1963年に終焉する。戦前に着手された平和島の造成が、竣工したのはその4年後である。「平和」の名称には時代の思いが込められている。海浜公園は近在の人々の憩いの場らしく、ママチャリに子供を乗せたママさんたちがやって来る。南方の空では羽田空港を飛び立った飛行機が、次々と上昇して行く。拡張された滑走路は、格好の海苔場だった。
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ふるさと館の受付で、我が家のこだわりの問屋さんを訊ねる。若い男性職員は知らないようだったが、奥から出てきたベテラン女性が「ああ、糀谷の問屋さんですね。よく美味しいと聞きます」と言った。大森村と糀谷村の海苔業者は、養殖場の線引きをめぐって幕府に訴訟合戦を展開したのだと、展示室で学んできたばかりである。大森沖の海苔養殖は途絶えたけれど、問屋が磨いてきた目利きは重要で、今も多くがこの地に残っている。(2023.6.20)
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