今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

502 白水(熊本県)天空の花とミルクと外輪山

2013-04-14 17:32:13 | 熊本・鹿児島
春が近づくと飾る絵がある。群青が翠色と交わる空を背景に、画面の大半を満開の桜が埋めている。そこから無数の花びらが放たれ、下部に漂う深いブルーへと散って行く。作者はこれを「阿蘇の水源に咲いていた桜です」と言った。「眺めていたら風が吹いて来て、花びらが空を埋めるように舞ったのです」とも付け加えた。夢中で描き『天空の花』と名付けた。同じ場所かどうか、私もいま阿蘇にいて、大きな桜を前に外輪山を眺めている。



作者は牧野宗則という静岡在住の版画家だ。富士山中のアトリエに泊まり、木版の工程をつぶさに見せてもらったことがある。花びらの一枚一枚を木版に彫りあげる気の遠くなるような作業は、あの夢のような光景を描き出すために欠かすことができない過程なのだろう。彼が「現代の浮世絵師」と呼ばれたりする所以はそこにある。ただ「私は絵から彫り、刷りまで、すべて一人でやります」というのが、この版画家の自負なのだった。



私を「白水」に誘った力はもう一つ、「熊本の水の旨さ」がある。およそホテルの水道水など美味しいはずはないのだけれど、かつて熊本城近くで宿泊したそこは違った。熊本市の上水道構造は知らないのだが、熊本城下を囲む白川の流れが活用されているはずだ。その白川の水源が、ここ白水村にある。合併して南阿蘇村になったけれど、2005年までは美しい村名が残っていて、その白川という地区に水源が手厚く保全されている。



集落を貫く街道からわずかに山側に入ると、池というにはかわいらしい水たまりが広がっている。ただ尋常でないのはその水の透き通っていることで、周囲の木立を映し、底に生える藻の細々した様子が分かるほどだ。その中央に細かな波を立てて、モクモクと水が噴き出している。阿蘇のカルデラの南麓にあたるこのあたりは、あちこちに湧水があるらしいが、白川水源はそれらの代表格で、湧水量は毎分60トンにのぼると書いてある。



口に含んでみる。無色であるのは当然として、無味・無臭である。さらさらと、何の印象も残さず喉を通って行く。旨いといえば旨いのだが、わざわざ旨いというには物足りないほど特徴がない。その特徴=クセがないという特徴が、名水の証明なのかもしれない。



それにしてもこの南阿蘇一帯の開放感は何だろう。広々と実に気持ちがいい。緩やかな傾斜が続く風景が変化に富んでいるからだろうか。あるいは同じような高さの外輪山が、遠からず近からず、グルリと視界を囲んでいる安定感なのだろうか。物産即売所のウッドデッキで「山田さんちの牛乳」なぞを飲んでいると、そのまま自分も牛になって、草原に寝そべりたい気分になる。



「一心行の大桜」が咲き出していると聞いた。樹齢400年の巨木だから、行けばすぐに分かるということだった。教えられた道を行くと、なるほど巨大な花の塊が頭をのぞかせている。しかしそれ以上近づくには500円の駐車料金が必要だとある。私たちは遠望で我慢することにした。車を誘導しているおじさんおばさんは、近所の農家の人たちのようだった。大桜を維持して行くには、料金を取って管理して行くことが必要なのだろう。



あの大桜が満開を迎え、そして強い風が吹きおろして来る日、阿蘇に花吹雪が舞って「天空の花」が出現するのかもしれない。私たちは阿蘇南登山道(吉田線)を登り始めた。申し分ない阿蘇日和である。(2013.3.28)








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