今日は、この街にいます。

昨日の街は、懐かしい記憶になった。そして・・

1140 渋谷(東京都)渓谷かガラスタワーのスクランブル

2023-12-12 15:49:07 | 東京(区部)
雑踏を遠ざかって久しい年寄りには、師走・週末の渋谷はひたすら疲れる。100年に一度の大改造中だという街はガラスのタワーが林立して、その麓を交錯する人々が急流のごとく渦巻いている。そこは単なる「谷」というより、もはや「渓谷」である。知らない街に迷い込んだ心もとなさでビルをめぐり、かつて馴染んだ渋谷はどこに消えたかと目を凝らす。ようやくビルの谷間に張り付く微かな残滓を見つけ、ともに老残の身を労わるのである。



18歳で初めて渋谷に来て、ちょうど60年になる。当時、渋谷駅東口では区画整理らしい工事が行われており、以来、駅周辺はずっと工事が続いている。高層ビル群がオープンした今も、西口界隈はデパートが解体され、工事用クレーンが何本も首を伸ばしている。これでは「100年に一度」ではなく、そのまま次の100年の大改造に突入するのではないか。つまり街に工事が途絶えることはないということで、そんなところは街と言えるだろうか。



ビルは容積を増すために高層化され、鉄道は互いに乗り入れを競って地中に潜る。その結果は街にエスカレーターとエレベーターを溢れさせ、どこに行くにもその動力に頼ることになる。街を上下する人々は渓谷へ流れ落ちる滝の水しぶきのごとく、谷底の本物の川へと宙を舞う。新宿御苑から、都会の暗渠を渋谷駅まで下って来る渋谷川は、地表に顔を出して「リバーストリート」と洒落た呼び名になるけれど、漂うドブ臭は昔と変わらない。



渋谷駅界隈には「公園通り」はあるけれど「公園」はない。そもそも渋谷区は公園が乏しい。135ヶ所という区内の公園は、代々木公園があるおかげか面積合計では東京23区の中で10番目の広さだというが、数では16番目になる。山手線沿いの宮下公園はそうした渋谷の貴重な空間だったけれど、高級ブランドショップが入るビル屋上の「ミヤシタパーク」に大変身した。空中のコンクリートの上が、果たして公園と呼べるかどうかは疑問だ。



世界中の都市にはランドマークと呼ばれる景観がある。ニューヨークはタイムズスクエア、パリはシャンゼリゼ通りと凱旋門、北京は天安門広場といった具合だ。東京のそれは近年、渋谷のスクランブル交差点が紹介されることが多いらしい。信号が変わるたびに人波がどっと溢れ、ぶつかり合うことなく交差して行く光景が、もの珍しいのかもしれない。それが外国人旅行者の多くを引き寄せている一因だろうが、ランドマークとしては味気ない。



渋谷スクランブルスクエア14階から見下ろすと、交差点に満ちては消える人の群れが、極小の働きアリのように見える。さっきまで自分もその一部になって、公園通りから道玄坂を渡っていたのかと思うと、アリたちに親近感が湧く。そして思いついた。スクランブル交差点を「広場」にしてしまうのだ。宮益坂も道玄坂もその手前で車を迂回させ、中心に太陽の塔を屹立させる。人々が気ままに行き交いたむろする、東京の新しいランドマークだ。



「恋文横丁」は火事で消えてしまって久しいけれど、「のんべい横丁」は頑張っている。ミヤシタパークの整備ですっかり陽に晒され、怪しげな路地がいささか落ち着かない様子だが、昭和人種にはホッとできる生き残りである。60年前に漂っていたこの街の混沌は、焼き鳥の味や値段に引き継がれているだろうか。こうなったら渋谷はとめどなく工事を続け、超アバンギャルドな街を目指せばいい。ノスタルジーなど年寄りにくれてやれ。(2023.12.9)


























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