職員室通信・600字の教育学

小高進の職員室通信 ①教育コミュニティ編 ②教師の授業修業編 ③日常行事編 ④主任会トピックス編 ⑤あれこれ特集記事編

狼のわたしはどこへ行ったのか?

2010-02-11 15:17:23 | Weblog

04.02.11 狼のわたしはどこへ行ったのか?

◆ここ数年、「過去を生き直す」ということにこだわってきた。
 旅行記は決して現時点を記述しているのではない。
 過去の紀行を「生き直す」という作業の集積の所産である。
 その旅行記を書くように、過去の短い記述や、かすかな記憶の中を「生き直し」てみたい。
 いや、生き直さなければ生きている意味がないのだと思っている。
 しかし、その手法の選択に逡巡し、ずっと苦しんできた。 
 
◆昨日、1998、99と勤務した是川中時代の自分の記述を、ソファーに寝転がりながら、拾い読みしているうちに、とめどなく悲しい気分に陥ってしまった。

 理由は、粗く3つある。 
 
◆1.記述の中に「悲しんでいる自分」がいる。その「悲しみ」がfollow upされずに凍結されている。
 
 2.記述の中に「緊張している自分」がいる。その「緊張感」がkeep upされずに切断されている。 

 3.記述の中に「創造している自分」がいる。その「創造性」がgrow upされずに中断されている。 
 
◆一中、根岸小、根城中、白銀中、大館中、鮫中、是川中、市教委(現在)と勤務してきたが、みんな同じ「悲しみ」の断絶を有している。 
 
◆きょう(2/9)は午前中、
 ①青少年問題協議会。
 午後、②ISO内部監査、
 引き続き、③市町村合併に関わる市教委組織の検討会。

 一日中、会議だったが、会議における「わたし」の自己評価 ①=× ②=△ ③=大×。最悪の日だったよ。
 北の狼・南の虎! 狼のわたしはどこへ行ったのか?(けど、狼に戻るつもりはない)

[2004年02月11日]


にほんブログ村 地域生活(街) 東北ブログ 八戸情報へ
にほんブログ村

★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ


★わたしのWEB無人駅線のページにも、ぜひ、来てください。あっというまに、魂が無人駅線の世界に、全身、移動できます。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆WEB無人駅線ページへ





かなえられるものなら、この日本空間、40W電球の下で、おっさんと2人で安ウィスキーやジンを飲みたい

2010-02-11 14:34:45 | Weblog

10.02.11 youtubeで紀元節を聴く



◆拝啓 同人雑誌創刊の計画とお誘い、並びに伊東静雄・庄野潤三などの資料提供、ありがとうございます。
 いつも、いつも、ホンマにありがとうございます。
 おっさんからお便りをもらうと、いつも、
「返事を書かなければ……」
「返事にはあれも……」
「これも……」
 と考えながら、もらった書簡を、毎日、毎日、紺色のmont・bellのショルダーバックのポケットに突っこみ、あちこちへの行き帰り、常に、持ち歩いています。
 きっと、もらった書簡と、「対話」をしているや……と思いますね(*^_^*)。
 これが、結構、豊穣な時間なんですよ。

 念のために補足しますが、この「書かなければ……」の「~なければ」は、おっさんに対する義務感ではなく、むしろ「書きたいという強い気持ちが自分にある」「書きたいという内容が自分にある」ということに対する、大きな喜び、ワクワク感……という意味です。

 なのに、日々の仕事の強圧(特に原稿書き)に負けて、結局、いつもうやむやに終わってしまいます。
 ここ数年間、ずっと、この繰り返しです。

 どうかどうか無礼をお許し下さい。

 アイロニカルにいえば、「持ち歩く」という行為は、おっさんの椅子の傍らに存在しているという感覚に、自分をマヒさせながら、つまるところ、返事が書けていない「申しわけなさ」「はずかしさ」という感情を、そろそろと取り払う、いわば「儀式」のような行為といえるかもしれません(>_<)。

 でも、それにしても、それにしても、「返事を書かなければ……」「返事にはあれも……」「これも……」の中味、すなわち、書こうとして文字にならなかった、たくさんのことばは、いったい、どこへいってしまったのでしょうか(>_<)(>_<)(>_<)(>_<)(>_<)。

 


◆年末から年始、そして、この2月と、おっさんのほうもそうだったと思いますが、これでもかぁというくらい、忘年会、新年会、それに関連する諸々のイベントなどが、休みなくつづきました。

 それが、やっと途切れ、きょうは、建国記念の日。
 国旗掲揚を忘れてはいけないと、昨夜のうちに、旗竿を組み立て、頭に金の国旗玉をつけ、日の丸を結びつけ、玄関内のはなむけ号(折りたたみ自転車)のハンドルに立てかけておいたのを、早朝、玄関先に掲揚し、youtubeで紀元節を聴いて気持ちを引き締めたあと、こうして、おっさん宛の手紙を書いているところです。

◆さて、同人雑誌創刊の件ですが、結論的には、参加は見送りたいと考えています。

 理由を2点。

(1)最近は、雑誌を、自分の表現活動の場として考えなくなりました。
 インターネットの自分のホームページやブログを活用して、1人か2人の読者(ひょっとしたら、その1人も2人も存在せず、WEBという虚空に向かい、虚像の1人か2人の読者)に向けて、ポツリとポツリと書いていきたいと考えています。
 今、計画しているのは、わたしが、これまでに手に入れた教育に関する膨大な素材・資料という事実の断片(もちろん、これにはわたしの「経験」も含まれます)を、惜しみなく使い^^;^^;、かつ、ていねいに構成し組み立てて、ひとつの世界を構築していくつもりです。

 存在しないもの(出来事&人物)をゼロから創出することはやりませんので、分類すれば、ノンフィクションのジャンルに属します。
 今、登場人物策定段階ですが、おっさんも重要な登場人物です(^_-)。

(2)清貧、清貧といってるんですが、要するに、極貧の生活に陥っています。
 40Wの電球1個で暮らしています。
 自分では、炉端焼きのお店風、闇に支えられている雰囲気が嫌いではないのですが、他人(来客)には、
「暗いですね」
「気持ちが沈みますね」
「なにかが出てきそう……」
 と、まったく理解してもらえないようです。(笑)
 何年も前に切れたままになっていた玄関灯は、退場記念に、新しい電球型蛍光灯を購入しました。
 ガスコンロは20年前のもので、先日、魚焼き器が腐食し、蓋の取り付け部分が落下してしまったので、業者に修理を依頼したら、もう部品がないという話でした。
 やってきた業者はあきらかに、こういう製品がまだ使われていることに驚いていたようです。
 現在、蓋の部分はガムテープで貼り付けて使用しています。
 TV(もちろんアナログ)は、色が青いです。
 FFストーブは不揃いの金属音を立てます。
 先日、ずっと使用してきた携帯電話がダメになったので、大型デンキ店に行ったら、明るい照明の下で、薄型TVだとか、ミニコンポだとか、複合プリンターだとか、とてもとても自分には想像もできないものが、キラキラと並んでいて、まぶしく、クラクラしてしまいました。

 


 もし今夜、わたしの家の前の凍結した道路で、若者の自転車が転倒し、はずみに彼のアパートの鍵とか財布とかをまき散らしてしまい、
「懐中電灯を貸してくれませんか?」
 と……わが家を訪れる。

 ……天井からぶらさがった、昔ながら電灯が、4隅の闇を引き立たせるように、さびしく照らしている空間。
 壁の鳩時計の振り子が振れる音。
 黄ばんだ壁。
 不揃いな床板。
 大小の傷跡を黒く残した木の柱。

 わたしはなんとも感じていないませんが、若者にとっては、すべてが、一時代前の日本。
 古い写真や映画の画面を通じ、記憶の一部となってしまった日本。

 かなえられるものなら、この日本の空間、40W電球の下で、おっさんと2人で安ウィスキーやジンを飲みたいですね^^;^^;^^;^^;。

 ということで(^_-)(^_-)(^_-)(^_-)、わしは、おっさんの同人雑誌創刊計画に対して、とても応援できる「位置」&「角度」には存在していません。
 お許しください。
 
 きょう、これでやめます。
 後日に、また、つづきを書きます。

 添付の『職員室通信』「中丸大輔T・道徳の授業 生徒を包みこむあたたかな表情」「参観日・親はわが子を見に来る」「わたしの教師修業」は、2/9に作成したものです。
 これからはじまる、「わたし」という1人称視点で展開していくノンフィクションの重要な材料です。
 ご高覧くださればさいわいです。


★画像は、本文とは、なんの関係もありまヘンが、久慈駅ステーションプラザ。駅に不似合い。画像を選んでしまってから、反対側の立ち食いそば屋のほうをアップすればよかったと後悔しています^^;。


★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




なんか、お好み焼きを語っているうちに、このわたしが、だんだん元気になってきたみたいですね

2010-02-10 15:42:32 | Weblog

10.02.10 わたしという1人称の分裂

◆本日は、起床の直後から、やや失速、そして鬱屈状態に。

 起床して、これまでに手に入れた膨大な教育に関する素材・資料(=事実の断片)を、もっと惜しみなく使い、しかし、もっとていねいに構成し組み立てて……と、つぶやきながら、天井にまで届くラックを見やっているうちは、むしろプラスの感情で、ワクワク感すら伴っていたのに、突如、失速、鬱屈……。

 ホンマ、どないなってマンネンやろ?
 ホンマ、分カリマヘンわ(>_<)(>_<)(>_<)。

 たぶん、わたしという1人称の存在の分裂……(1)膨大な資料から構成され組み立てられる世界に存在する自己と、(2)その世界の外に、ここに、こうして存在する自己との分裂が原因かも……?

 ラックを見あげ、「もっと惜しみなく……もっとていねいに」までは、いい感じやったんですけど……ね(^_-)。
 ホンマ、もったいないですね。

 ただ、1点だけ確認して、このことに関するグチは、もうやめます。
 1点というのは、存在しないもの(出来事&人物)をゼロから創出することは、絶対にしないこと。

◆ま、こういう失速&鬱屈のときは、お好み焼きに限りますね(*^_^*)。

 
 



 これが、現在のお好み焼き用器具です(*^_^*)。
 鉄板は、南部鉄器(内寸28×24cm )。
 コンロは、イワタニのカセットコンロ・フーBO。

 ホンマは、お好み焼き大会(お好み焼きパーティ)がやれるような専用のお好み焼き台があったらいいのですけれど、この器具程度が、わたしの実力(=財力・鉄板磨き力・お好み焼き技術等)です。

 最近の傾向として4点。

(1)コンロの火力が安定して、コントロールしやすいこと。

(2)鉄板が、焼いて磨いて、焼いて磨いて……をくりかえしているうちに、だんだんいい感じになってきたこと(ま、これは、まだまだよくなると思いますが)。

(3)以前やっていた、キャベツの水飛ばしを、最近、またていねいにやりはじめたこと。

(4)豚肉の量を減らし、かつ、先に軽く調理するようにしたこと。

◆この(1)~(4)によって、安定して、見た感じのきれいなお好み焼きが焼けるようになりました。

 しかし、理想とする「外サックサック、中ホッカホッカ」には、まだ距離があります。

(1)焼き方が、まだおとなしい。
 もっともっと、「ああ、焦げてしもたわ」の寸前まで。
 この寸前までの勇気に欠けている、わしは……(>_<)。

(2)キャベツと生地の混ぜ方の修業が不足している。
 これは、人によって、店によって、ま、ホンマに、いろいろあるんですよ。
 諸説に振り回される……どっちつかず……ま、わしの腰が据わってないということやね……(>_<)。

 今夜は、この(2)について、ある店から盗んできた、ホンマでっか?というような、荒っぽい方法で、実験するつもりです。

 なんか、お好み焼きを語っているうちに、このわたしが、だんだん元気になってきたみたいですね(*^_^*)(*^_^*)(*^_^*)。



★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




PC98VU45L/1。人生の隅っこで、ひそやかに、教育哲学をやりたいときには最適ですよ(^_^)v

2010-02-09 16:04:14 | Weblog

10.02.09 学校付作者のための学校の創出



◆この画像は、結構、広い部屋の、また、その中にある、結構、大きなデスクの隅の隅に「創出」(*^_^*)した、教育哲学空間(*^_^*)。

 パソコンは、PC98-NXシリーズ・ ValueStar・VU45L/1(Windows98)。

 1999年の終わりに、前機種のWindows95の、突然の故障により、店で「展示品限り」と表示されていたのを、バタバタと購入したものです。

 購入以来、3つの職場を転々としました。

 インターネットには、もう危なくて接続できませんが、ワープロしては、まだまだ健在。

 人生の隅っこで、ひそやかに、教育哲学をやりたいときには、最適ですよ(^_^)v。

 ただ、困るのがデータの移送です。
 CDは、読めますが、書き込めません。
 フロッピーは、わたしのノートPCにディスクがないから不可。
 また、インターネットに接続していないから、WEB移送も不可。
 現在は、両方に接続可能なIODATA・EasyDisk Cute EDC64MA(64MB)だけが頼り^^;。

◆きょうは、このVU45L/1(Windows98)で、「職員室通信」を3つ作成。
 「中丸大輔T・道徳の授業 生徒を包みこむあたたかな表情」
 「参観日・親はわが子を見に来る」
 「平成元年からのわたしの教師修業」

 作成しながら、頭の中で、ブレスト的に行ったり来たりさせたことの、その柱を、アトランダムに4点。

(1)(2/6の記述と重複しますが……)「仏教=お寺」でないように、もちろん「教育=学校」ではありません。
 「教育=学校」という意識が、明治期以降の日本人にあり、学校教育を最優先に考えてきたために「学校の教育丸抱え体制(学校の教育独占体制)」につながり、今の教育危機につながっているわけです。
 この「教育=学校」をぶち壊し、学校の教育と家庭の教育と地域社会の教育のバランスをよくして、日本を再生しよう……というのが、わたしのライフワークです。
 にもかかわらず(ここが微妙なのですよ……)、わたしにとって「教育」とは「学校」のことです^^;^^;^^;。

 わたしは、日本の教育全体を見据え、「学校の教育と家庭の教育と地域社会の教育のバランスをよく……」と言っているのではないのです。
 学校が独占している教育を、家庭や地域に再配分しようと言っているのです。
 再配分することによって、学校の荷を軽くして、教職員は、学校本来の仕事、すなわち「知的で楽しい授業の創出」に、粉骨砕身、刻苦勉励しよう……と主張しているのです。

 ですから、わたしの軸足は、学校にあります。

 劇場付きの作家のことを、座付作者といいます。
 わたしは、学校付作者なのです。

 今、学校付作者のわたしのための「学校」を、大至急、創出しようとしています^^;^^;^^;^^;^^;。
 3つの職場を転々とした、先のPC98-NXシリーズ・ ValueStar・VU45L/1(Windows98)でいうと、この「学校」は、4つ目の職場になるというわけですね(*^_^*)(*^_^*)。

(2)わたしは、教育については、一般の人にくらべて、膨大な素材・情報を入手できる位置にあります。
 でも、位置にあっても、その気になるかならないかで、入ってくる情報量は、まったく違ってきます。
 これまで、わたしに、その「気」が欠けていたのではないかと深く反省しています。
 もったいないことをしました。

(3)上の(2)と関連するのですが、わたしの場合、なかなかその「気」にスイッチが入らないのは、その情報をどう組み立て、どう発信するかという技術的な問題が解決できていないことと密接な関係があります。
 このWEBページも同じですが、これは難問です。

(4)学校付作者のわたしのための「学校」が、そんなに簡単に創出できるとは思いません。
 また、情報の組み立て方法&発信方法も、これまでずっと苦しみつつけてきましたが、苦しんだだけであって、まだまだ見通しは立っていません。
 ただ、きょうの通信「中丸大輔T・道徳の授業」のようなものを書きつづけ、かつ(次が大事なのですが……)WEBページ、すなわち、600字の教育学に組み込む工夫をするうちに、なんとかなるかもしれない……と思いはじめています。

◆という流れで、このあと「中丸大輔T・道徳の授業」をアップするつもりだったのですが、いったん完成したものを、一部、バラしたら、こんどは元に戻らなくなってしまいました^^;^^;。

 やはり「組み立て方」というのは、難問ですよ^^;^^;^^;。



★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




教え子への怒濤の激励メール。真言坂・源聖寺坂・口縄坂・愛染坂・清水坂・天神坂・逢坂から見る朱色に震え

2010-02-08 10:50:52 | Weblog

10.02.08 ディジャブ。教え子への怒濤の激励メール



◆昨日、JR大阪環状線の森ノ宮駅から、日生球場跡に向かう道の画像をアップしたとき、妙な感覚が、自分のうちを走り抜けました。
 既視感。
 既視感にも、視覚・聴覚、触覚……いろいろありますが、そのときの既視感を、ムリムリことばに変換すれば、「既に語った感覚」(*^_^*)とでもいうものでした。

◆気になったので、早速、外付けHARD DISKに向かって、検索文字「森ノ宮」で駆け入ると、ある教え子宛の返信メールが、ひっかかってきました。

 わたしが教師になったばかりの頃の教え子で、仙台在住。
 その彼に、突然、大阪への転勤辞令。
 「楽天イーグルスが見られない」「ベガルタ仙台の年間チケットも無駄に」「何よりも愛しい人にも逢えなる」……もう「頭が真っ白です」……と嘆くに彼への、ま、わしなりの激励メールでした。

 その3000字を超えるメール(←わしは、メールも、ダラダラと長い^^;)の終わりに「森ノ宮駅」が登場。

◆昔、大阪環状線の森ノ宮駅の近くに近鉄のフランチャイズ日生球場がありました。
 子どもの頃から、随分、通いましたよ。
 もう、入り浸り状態。
 日没時、日生球場の上に広がるコバルトブルーの空は、この世のものとは思えない、超日常的な、夢曼荼羅の世界で、あの、自分の心が吸い込まれるような、溶解していくような感覚は、今でも、わたしのうちに、他の感覚とは別枠で残存していますよ。
 試合には勝っても負けても(「お荷物球団と言われていましたから、常に負けていましたけど)、戦いのあとの森ノ宮駅のプラットホームは最高でした。
 あああ、近鉄バファローズはええなぁぁぁぁぁ。
 あああ、大阪はええなぁぁぁぁ……という感じが線路を挟んだ両側のプラットホームに、特に天王寺方面行側に充満していました。(しかし、反対側は、ややガランとしている。ま、2つの大阪があるということやね^^;^^;^^;。)
 おおお、ここ(森ノ宮駅)は、おすすめ、おすすめ。
 もちろん、森ノ宮駅だけではアレヘンよ。
 大阪環状線の森ノ宮駅から天王寺駅に向かって、玉造駅→鶴橋駅→桃谷駅→寺田町駅→天王寺駅、この間の眺め&下車した世界がおすすめでっせぇぇぇ。。
 鶴橋駅のコリアタウン。
 桃谷←くくくくっっ。口では言えまへん。
 若者がめちゃめちゃおもろいですよ。
 わしの若い頃がジョロジョロしています。
 寺田町←この駅の近くにわたしが住んでいました(T▽T)ノ_彡☆バンバン!
 駅付近からつづく生野本通商店街の下町のかおり。
 ああ、涙出る~っ(*^_^*)。

 そして、天王寺。

 ♪大阪みなみの玄関口は、
 通天閣がそびえ立つ天王寺。
 坂を下って新世界、動物園に茶臼山。
 おっちゃん、おばちゃん、アベックさんと、
 家族連れまで気楽に過ごす。
 これがおいらのふるさと、天王寺♪

 大阪の生野区生まれ、生野区育ちのわたしにとって、天王寺は宇宙への出口、あるいは入口でした。
 わたしのうちにある、あこがれ、あきらめ、幻滅、自棄、絶望、希望……人生の感傷の原点でっせ^^;^^;^^;^^;^^;^^;^^;。

 天王寺駅で下車して、上本町にかけての高台から、特に天王寺七坂(真言坂・源聖寺坂・口縄坂・愛染坂・清水坂・天神坂・逢坂)の上から見る、ルルルルルルルルルルルッと朱色に震える夕陽は絶品でっせぇぇぇぇ。
 なかでも、わたしのおすすめは、源聖寺坂・口縄坂からの夕陽。
 それに、愛染坂の脇にある大江神社の石段からの夕陽。
     ★
 そろそろ、わしのエネルギーが尽きかけました。
 大阪へいったら、おもろいデジカメ画像、わしの掲示板に怒濤のアップ、たのんまっせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ←少し、酔っている。スンマヘン。・°°・(>_<)・°°・。
 許してください。
 お元気で。





◆この既視感が「This is my大阪環状線でんがなぁ~の旅」の記事をアップ時(昨日)ではなく、旅のさなかに現れていれば、もう少しいい画像が撮れたのではないか……と、弁解ぽく、ブツブツつぶやいています。

◆画像は、上から、源聖寺坂・口縄坂・愛染坂の脇にある大江神社の石段。


★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




どこか、セカセカ感&さびしさのある「This is my大阪環状線でんがなぁ~」の旅(*^_^*)

2010-02-07 12:37:23 | Weblog

10.02.07 大阪環状線の旅でんがな



◆DAKA古書店内の、天井に近い書架を眺めていたら、ふと、『2004/6:鉄道ファン』「特集:山手線と大阪環状線」が目に止まりました。

 これは、たしか、乱氏の推薦だったと思います。

 乱氏の推薦で、自分が購入したのか? いや、これ、乱氏のものなのか?

 最近、「絶対にそんなはずはないよ」と思ったことが、実はそうだった……ということがよくあるので、ちょっと自信がありません。

 ま、たぶん、前者で、わたしが購入したのだと思いますが、どこで購入したのかが、まったく思い出せません^^;^^;。

 やはり、怪しいですね(^_-)。

◆大阪環状線を、この前は、グルグル、グルグルと旋回、旋回、途中で、たとえば鶴橋(住んでみたい駅ランキング15位/19駅)のプラットホームにあるコーヒーショップで休憩し、またグルグル、グルグル、大阪の人の顔を見、大阪弁を聞き……という乗り方をしました。

 今回は、そういうグルグルという気持ちにはなれず、

◇寺田町(この駅の近くに住みたい度合い13位/19駅)→◇桃谷(11位/19駅)→◇鶴橋→◇玉造(5位/19駅)→◇森ノ宮(12位/19駅)→◇大阪城公園(16位/19駅)→◇京橋(5位/19駅

 ……に限定し、一駅、一駅、プラットホームに降りて、ホームを何度も往復したり、デジカメで撮影したり……(本当は、改札口から出て、そのまま街に消えたり……という気持ちもあったのですが……時間がなかったので断念)という「This is my大阪環状線でんがなぁ~」の旅(*^_^*)。

 デジカメ撮影は、気持ちが、なぜか? どこか? セカセカしていて、なにも考えないでパチパチやったので(←弁解^^;^^;^^;^^;^^;)、いい画像は1枚もゲットできませんでしたが、まず、寺田町駅・森ノ宮駅間の7枚をアップします。


 
 



 いちばん最後の画像は、森ノ宮駅ホームからの撮影。
 日生球場への道です。
 今は球場も、近鉄バファローズも存在しません。
 ホンマ、さびしいものですね。

 ああ、そうか、「気持ちが、なぜか? どこか?」と記述しましたが、背後に、こういう「さびしさ」があったのかもしれません。



★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




乱氏と異なり、わたしやレオンは、こういうことに、人生のウンを使い果たしてしまったのかもしれませんね

2010-02-07 06:13:30 | Weblog

10.02.07 乱氏、デジカメを当てる

◆わが畏友・乱氏が、デジカメを当てたようです(*^_^*)。



 乱氏が、季刊誌「ワンダーJAPAN」のアンケートに答えたらなんとデジカメ当選。
 それも、当選者は「1名様」という話です。

 


 わしは、季刊誌「ワンダーJAPAN」というのが、まったくわからないので、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でチェックすると……。

☆ワンダーJAPAN

(1)ワンダーJAPANは、株式会社三才ブックスが発行する季刊誌。三才ムックの中での発行。発売は3・6・9・12月の17日。
(2)珍スポット、巨大建造物、大仏、珍建築、B級グルメ、工場、ダム、珍寺、地下空間、水門、廃墟、戦争遺跡など、通常の旅行ガイドブックが取り上げない、もうひとつの日本の姿を紹介する雑誌。
(3)「日本の《異空間》探険マガジン」。【工場萌】や【廃墟ファン】の先駆け的存在のホームページ管理人たちがライターとして参加している。
(4)「興味は有るが、関わり方がわからない」、また「気になっているのだが、近寄りがたい」など、誰もが抱く好奇心を探求する雑誌として注目を浴びている。
(5)廃墟や珍寺・大仏やコンクリート構造物など、一見するとカルチャー的な要素が薄いものなどに、多くのファンがいることもこの雑誌から窺える。(※一部表記を修正 修正者=わし 修正例「伺える」→「窺える」)

◆ワンダーJAPANの解説が、一部、乱氏の存在の仕方を解説したような格好になっているところが、おもしろい^^;^^;……と思いながら、Wikipediaをチェックしましたよ。

◆乱氏にくらべ、このわたしは、なかなかこういうウンには恵まれません。

 最近(といっても、だいぶ前ですが……)下の画像のようなモノが当たりました。

 



 「愛犬の散歩のお供に」……と説明があります。
 要するに、散歩中、愛犬の糞を処理するグッズです。
 しかし、あまりにも大きいので、こういうモノをもって散歩にでかけたくないし、そもそも、レオン(「愛犬のお供に」が当たったときは、レオンはまだ元気)は、オシッコも、ウンコも、自分のオマルにするので、結局、「愛犬の散歩のお供に」は、新品のまま、ラックの天井近くのスペースに放置されるハメに。

 



 乱氏と異なり、わたしやレオンは、こういうことに、人生のウンを使い果たしてしまったのかもしれませんo(T(●●)T)o。



★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




半身が夢に浸かった思考の一応のゴール。「なのに、今、わたしに『学校』がない。至急、創出しなければ」

2010-02-06 13:30:21 | Weblog

10.02.06 至急、学校を創出



◆けさ、遅刻し、職場の教頭Tから「いったい、何時に出勤するのか?!」と叱責の電話を受ける夢を見ました。

 他人の自動車を当てにしていたので、通常のバス出勤より、かなり余裕の朝を過ごしていたら、突然、その他人も、自動車も、行方不明に。
 すぐ他の手段に切り換えればいいのに、夢の中では、自動車の探索に必死になります。
 しかし、見つからず、判断のバランス感覚も、時間感覚も失い、疲れ果て、放心状態に陥っているときに、叱責の電話が……。
 やっと現れた人物に「そんな約束していましたっけ」と言われ、自己が溶解し、茫然自失……というストーリーでした^^;^^;。

◆現実には、遅刻は3回あります^^;^^;。
 1度目は、教師1年目、これは完全に寝坊^^;^^;。約1時間の遅刻。
 2度目は、3年目、出勤準備のプロセス中にトラブル^^;^^;。5分の遅刻。
 3度目は、10年目、バスの乗り間違い^^;^^;。5分の遅刻。

 生涯で3回の遅刻。
 3回というのは、多いのか? 少ないのか?
 少ないような気もしますが、わが畏友・乱氏とか前田Tとかが遅刻したという話は聞いたことがないので、多いのかもしれません。

◆この「夢」から覚めて、しかし、身体半分は、夢に縛られつつ、次の思考へ……。

 先日の粗い復習……。

 わたしは、教育の仕事をしながら、ずっと「自分は教育に逃げ込んでいる」という、ま、自責の念(*^_^*)に囚われつづけてきました。
 出勤途上、まだ夜が明けない道を、孤独にトボトボ歩きながら「自分には、歩まなければいけない別な道、進んでいかなければいけない別の方向があるのに……」と、よく思ったものです。

 これに対して、(よくよく考えると)自分は、人生の出発点において、もう、逆立ちするほど、悩みに悩んだあげくに、哲学とか文学とか宗教とかという専門分野ではなく、いわば非専門の、なんでも屋さんの「教育」を、あえて選んだのではなかってのか?と反問します。

 反問することによって、呪縛から逃れます。
 「居直った」といってもいいかもしれません(*^_^*)。

 話はそれますが、敗戦直後、たしか北海道大学は教育学部の創設にあたり、教授スタッフはあえて教育の素人ばかりを集めたはずです。
 こういう発想は、戦後の日本の教育にとって、大きな誤りだったと、今のわたしは判断していますが、人生の出発点における、わたしの発想は、カタチの上では、これに酷似しています。
 ただし、中味は、まったく逆ですが……。(「逆」の意味については、後日。)

 


◆本日の思考を粗く……。

 「教育に逃げ込む」、いや(*^_^*)、「教育を選択する」というときの「教育」とは何か?

 もちろん、「仏教=お寺」でないように、「教育=学校」ではありません。
 「教育=学校」という意識が、明治期以降の日本人にあって、それが「学校の教育丸抱え体制(学校の教育独占体制)」につながり、今の教育危機につながっているわけです。
 ついでですから、もう少しいうと、この「教育=学校」をぶち壊し、学校の教育と家庭の教育と地域社会の教育のバランスをよくして、日本を再生しよう……というのが、わたしのライフワークです。

 半身が夢に浸かった思考ですから、粗いです(*^_^*)。
 論の乱れは、許していただきたいと思います(*^_^*)。

 にもかかわらず、わたしにとって「教育」とは「学校」のことです^^;^^;^^;。

 わたしは、日本の教育全体を見据え、「学校の教育と家庭の教育と地域社会の教育のバランスをよく……」と言っているのではないのです。
 学校が独占している教育を、家庭や地域に再配分しようと言っているのです。
 再配分することによって、学校の荷を軽くして、学校本来の仕事、すなわち「知的で楽しい授業の創出」に、粉骨砕身、刻苦勉励しよう……と主張しているのです。

 だから、軸足は、学校にあります。

 劇場付きの作家のことを、座付作者といいます。
 わたしは、学校付作者なのです。

◆半身が夢に浸かった思考の、一応のゴール……。
 「なのに、今、わたしに『学校』がない。至急、創出しなければならない」^^;^^;^^;^^;^^;。

★画像は、粉骨砕身、刻苦勉励の逆の精神状態にあるときの、わしの視界。ホンマ、もうアキマヘンわぁ~という視界^^;^^;やね、これは……。


★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




きっといたはずでしょう。おおきにィ~!! 表には見えない、その人。そして、さらば、わが朝青龍

2010-02-05 14:58:54 | Weblog

10.02.05 さらば、朝青龍



◆これまでの人生で、相撲を見ていて1度だけ、涙を流したことがあります。
 朝青龍が、いわゆる仮病疑惑で2場所出場停止後、2008年の大阪場所で優勝し、館内の歓呼に応え「マイド、おおきにィ~!!」と謝辞の声をあげたときです。

 わが身の上の、どの部分だったかは、わかりまヘンが、朝青龍の「マイド、おおきにィ~!!」が、その部分に強く反響し、人前でボロボロと泣いてしまいました^^;^^;^^;。

 そのとき以来、この力士の最後は、大阪場所で(「大阪場所までは、なんとか持ちこたえるんだよ……生き延びるんだよ」)……と応援してきたので、今回のひと場所前の「退場」は、ほんとうに残念、無念です。

◆しかし、ここ(優勝25回、殊勲賞3回、敢闘賞3回、金星1個という成績)に至るまでの本人の志や超人的才能・努力、また、彼に対する、日本相撲協会の教育的努力を考えると、今は、もう何もいうことはありません。
 これが運命です。
 たしか、本人も、こう言っていましたね。

◆ただ、ひとつ、わたしの気持ちのどこかに^^;、一縷の望みとして……、高砂親方なり、あるいは武蔵川理事長なりが、これまでの育成的努力の「量」、もしくは教育の仕組みに問題を感じ、わが身をなげうち「わたしがやめるから許してやってほしい」とかばってくれるのではないか……という、わたし独特の甘い期待はもっていました。

 いや、表にはみえないだけで、こういう人は、きっといたことでしょう。

 おおきにィ~!! 表には見えない、その人。
 そして、さらば、朝青龍。

★画像は、先日、八戸駅構内で小唄寿司を購入したあと、ユートリーでゲットした八戸前沖さば缶!(^^)!。これまでに食べた魚の缶詰の中では、いちばんおいしい。


★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




わが師・江藤淳と初夢の中で大阪寿司を食べているうちに、八戸の押し寿司を食べたくなり、八戸駅構内で購入

2010-02-04 11:44:52 | Weblog

10.02.04 辻邦生が見た20世紀末




◆ここ、しばらく、新しい書物の購入は「禁止」ということにして、DAKA古書店内の書物&ネット情報だけで暮らしています。
 唯一の例外が、『辻邦生を見た20世紀末』(辻邦生・信濃毎日新聞社)です。

 これは、辻邦夫が、信濃毎日に掲載したコラム集です。
 1回の字数が900字程度で、毎週金曜日に掲載。
 1990/8~1999/7まで、合計433回。

 これだけ書きつづけるのは、辻邦生の仕事はこれだけではありませんから、たいへんなことだと思います。
 奥様が「金曜コラムは、いつまでつづくの?」とたずねたら、「死ぬまで」と答えたそうです。
 そして、その通りになりました。

◆どうしても『辻邦夫が見た20世紀末』が読みたかった理由を列挙します。

(1)わたしの座右の書の1冊が『モンマルトル日記』(辻邦生・1974年刊)です。

 これを読んでいるみなさん(……といっても、お一人かお二人ですけど……)に、『モンマルトル日記』の感じをつかんでもらうために、冒頭付近の一節を引用します。

 ぼく自身パリでは、現実の中に、この「甘美なすばらしさ」を味わい、生きることが1つの目的だった。
 リルケのように深く、身をその「詩的感情」の中に沈めるのである。
 「詩」を予感し、つくりあげる場所へ、旅すること、その「詩」を味わうこと、それが目的である。
 刻々に「詩」をつくりだし、それを「空間の冷たさ」や「階段のかげ」などに媒介させ、それら「イマージュ」を深く「詩的なもの」として味わう。
 この「詩」をつくり、「イマージュ」を媒介して現実の「感じ」として味わうのが目的である。
 素材となった「歴史的事実」や「伝説物語」などはシェイクスピアに「観念」を与えたのであり、それを、この「一般具体物」によって分解していったのだ。
 (「子を失った父」「父を失った子」等)……「主題」なり「当面の題材」(たとえば「北アフリカの古代都市」とか「頽唐期のローマ」とか)なりが必然的にそれの「感じ」をよびおこす。
 と、その「感じ」にふさわしい「一般具体物=イマージュ」を並べてゆけば、そこに、「感じの長さ」がつくれるのだ。
 つねに「出来事の動き」によって「感じ」を支える。
 「波」や「船」や「波止場」や「大都会の夕暮れ」を想像し、心のなかに思いえがき、そうした「気分」を味わってみる。
 またそうした「気分」を予想して「サン・マルタン河岸」に散歩にいったりする。

 『モンマルトル日記』評を、自分で創出すればいいのですが、自信がないので^^;^^;、帯の解説から抜粋します(*^_^*)。

 小説とは何か? 
 なぜ書くのか?
 「生のすばらしさ」一瞬現われるこの強烈な閃きを自己の中に定着させる精神の働きとは一体何なのか?
 1968年秋、モンマルトルに移り住んだ著者は、思索の深まりの中で作品の構想が息づくのを感じる。
 異国での思索の苦悩と喜び。
 その精神の軌跡を日記にまとめた熱い報告書。

 この『モンマルトル日記』の著者が、『モンマルトル日記』から約30年後、1990/8~1999/7まで、1回の字数900字で、合計433回、いったい、何を書いたのか? どうしても読んでみたいと思いました。




(2)奥様が「金曜コラムは、いつまでつづくの?」とたずね、「死ぬまで」と答え、その通りになったのですが、辻邦生は、何を見、何を感じ、そして、どんな最後を迎えたのか? どうしても自分の目で確かめたいと思いました。

(3)1990~1999というと、わたしの人生では、プロフィールをみていただくとわかりますが、激動期に当たります。
 その激動期と重ねあわせながら、433回のコラムを、ひとつひとつ、読んでみたいと思いました。

(4)『辻邦夫が見た20世紀末』が終わる、1999/7というと、奇しくも、わが師・江藤淳の自刃と同じです。
 両者が、クロスするポイントがあるのか? ないのか? これも、ぜひ、確かめたいと思いました。




◆ネット・日本の古本屋で検索し、ピックアップされた数軒から1つを選び、購入しました。

 2009と2010をまたがるように、ゆっくり、ゆっくり……というか、気が向いたときにポツリ、ポツリと読みつづけ、先日、読了。

 感想を、ここに、まとめるつもりはありません。
 胸がいっぱいになったものを、自分の胸のうちにしまっておくつもりです。

 ただ、読みたいと思った観点(1)~(4)に即して2点。

 (1)&(4)については、わたしの読む力とも関係すると思いますが、これといった内容に突き当たることはありませんでした。

 (2)&(3)については、読書前に想定した「感じ」を超える、もう、ことばでは言い尽くせない、精神的時空間を経験することができました。




★画像は、八戸駅・小唄寿司です。
 先日、わが師・江藤淳と初夢のなかで大阪寿司を食べた話を記述しているうちに、八戸の押し寿司を食べたくなり、八戸駅構内の駅弁売り場で購入(*^_^*)。


★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




JR八戸線の無人駅に下車した瞬間、自分の前に広がる、魂が宇宙に抜けるような感覚をホームページ上で再現

2010-02-03 12:31:15 | Weblog

10.02.03 WEB無人駅から宇宙へ



◆松ちゃんのパワーポイントスライドの刺激→コンテンツ「すこやかみなみネット」の再建。

 この「再建」が、うれしいことに、またまた刺激になって(*^_^*)、ホンマに、ホンマにひさしぶりに、コンテンツ「WEB無人駅線の旅」を更新。

 ま、といっても、(1)トップの背景画面の更新 (2)トップメニューからリンクしているブログ内容の更新……程度です。

 JR八戸線の無人駅に下車した瞬間、自分の前に広がる、魂が宇宙に抜けるような感覚を、ホームページ上でも再現できないだろうか?というコンセプトで作成しているページです^^;。

 ぜひ、ご覧ください。

 
★「WEB無人駅線の旅」へ

★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




今回、廃墟のひとつ、「すこやかみなみネット」について、工事が開始できたことを、ホンマに、喜んでいます

2010-02-03 09:03:49 | Weblog

10.02.03 廃墟をひとつ再建

◆昨夜と、今朝(午前3時くらいから^^;)の突貫工事で、わたしのホームページのコンテンツの1つ、「すこやかみなみネットページ」を改修しました。

 満足しているのは、次の2点です。

(1)すこやかみなみネットブログのデザイン。
 これは、600字の教育学ブログと、ペアーのデザインです。
 ぜひ、のぞいみてください。
 ただし、本日の内容は、ちょうど1年前の記事です。

(2)新たに、情報交換&作業のための掲示板を設置しました。
 情報交換も作業のためのデータ交換も、もちろん、メールでもいいのですが、メールの場合、受け取った人しか見ることができません。
 その点、掲示板は、アップした段階で、すべてのメンバーが見ることができますから、共同作業に向いています。
 メールと掲示板、それぞれの特性を生かして活用していきたいと思います。


 




◆あとは、課題ばっかりですm(_ _)m。

(1)「すこやかみなみネット通信」は、一応、開きますが、まだまだ工事中です。

(2)「地域の概況」「理念」「事業内容」「評価と課題」は、すべて過去の記事を、むりやりくっつけたもので、あくまで仮のものです。
 これから、いろいろ勉強しながら、しっかりした内容にするつもりです。

(3)穴ボコが2つあります。
 これは、特集記事のメニューになる予定です。

◆常々、ホームページのカタチは、自分の存在の仕方そのものである……と言いづけています。

 でも、これまで、コンテンツの「すこやかみなみネット」「職員室通信」「WEB無人駅線の旅」「プロフィール」、すなわち、「600字の教育学ブログ」以外は、すべて「廃墟」でした。

 ま、今回、その廃墟のひとつ、「すこやかみなみネット」について、工事が開始できたことを、ホンマに、喜んでいます。

 これは、やはり、昨日も、紹介した、松ちゃんから送られてきたパワーポイントデータの刺激によるものです。

★画像は、わたしに刺激を与えた松ちゃんのスライドからの1枚。顔の公開については、本人が出張中のため、まだ了解を得ていないので、念のためにお面をかぶせてあります。


★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




松ちゃんのスライドが、わたしに再出発の勇気を与えてくれました。松ちゃん、おおきにィ~イ!!(^^)!

2010-02-02 06:44:43 | Weblog

10.02.02 松ちゃん、おおきにィィ~!



◆先日の講演会で松ちゃんが使用したスライド集が、松ちゃんから送られてきました。

 このスライドというのは、(以前にも紹介したように)松ちゃんやわたしが、あちこちで発表するたびに、松ちゃんとわたしのあいだを行ったり来たりして、加除・刷新・編集が加えられ、少しずつパワーアップしていく資料のことです。

 わたしの手元に届いたのは、昨日の夕刻でした。
 まず、驚いたのが、データの大きさです。

 90分講演に、なんと、123MB、168枚です。
 ウソだろう……と思うくらいの量です。

 発表&講演時間は、会の種類によって、15分、30分、60分、90分、120分等とありますが、データ量は、これまでのものを平均すると、12MB、スライド20枚~40枚くらいです。

 松ちゃんが「連休中(1/9~1/11)はパワーポイントで頭がパンクしそうだった」というのも、うなずけます^^;^^;^^;^^;^^;。

◆その松ちゃんのデータを、わたしは、昨夕、食事を忘れて見つづけました。
 感動しました。
 感動の内容をアトランダムに列挙します。

 


(1)松ちゃんの人生観が、クリアに、かつ、豊かに表現されています。

(2)松ちゃんの教育思想が、クリアに、かつ、情熱的に表現されています。

(3)その人生観&教育思想の反映として、教育コミュニティのカタチが、隅々まで、きちんと、丁寧に表現され、スライドには実にたくさんの人々が表情豊かに登場します。

(4)おそらく、今回の松ちゃんの講演を聞いた人(見た人)は、こんなふうに教育コミュニティづくりに人生をかけるのも、おもしろいものだなぁ~と感じた人が多かったことと思います。

(5)スライドづくりの技術に感動。もちろん、わたしのスライドも入っているのですが、とても同じものとは思えないくらい、デザイン(色、字体、レイアウト等)が一新(*^_^*)。

◆スライドを見終わって、わたしは、わたしが、わたしのホームページのコンテンツのひとつ、〈すこやかみなみネット〉(←みなみ退場後、更新がストップし、廃墟状態)を作り直そうと考えていることに気づきました。

 松ちゃんのスライドが、わたしに再出発の勇気を与えてくれた……といっていいと思います。

 松ちゃん、おおきにィィィィ~イ!!(^^)!


★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ




「寿司はやっぱり大阪寿司や」「センセにほめてもらうとうれしくなります」「わしは大阪寿司の皮目が好きや

2010-02-01 14:04:08 | Weblog

10.02.01 寿司はやっぱり大阪寿司や



◆散歩の途中にある、近所の花屋さんです。
 張り紙に「2月1日より営業致します」と書いてあります。
 撮影は、昨日(1/31)ですから、きょうは、もう営業を始めていることでしょう。

 花屋さんの営業再開……、プロ野球のキャンプイン……、大学など、早いところは、もう春休み……等々、これらに反応して、わたしの気分も、パーッと明るく、ウキウキと……(散歩の途中に、花屋さんを撮影したのは、パーッと明るく開かれていく気分の記述に添付しようという意図)……というのとはうらはらに、気分は、鬱屈へ、鬱屈へと、ドンドン、落ちこんでいきます(>_<)(>_<)(>_<)(>_<)。

◆別な作業中、過去の記述をひっくりかえしていたら、こういう記述を発見。

 2、3日前、自分の気持ちをひきしめようとして、過去の記述をのぞいてみた。
 20年以上前から自分の記述はすべてデジタル化しているので、こういうときは便利だ。
 小さなフラッシュメモリーに、フォルダ「97」、フォルダ「98」、フォルダ「99」というふうにすべて収まっている。
 どれでもよかった。
 フォルダ「00」を開いた。
 是川中時代だ。
 晴○T、戸○T、志○T、廣○T、斎○T、朝○T……などの名前が次々に飛び出してきた。
 しかし「自分の気持ちをひきしめる」ために、なぜ「過去の記述」を読むのか?
 これがよくわからなかった。

 きょうになって、ふと、過去の2月・3月がすべて「悲しい」からではないか……と思い至った。(過去の記述 以上)

◆「過去の記述」では、このあとに、「悲しい」理由が、ズラ~ッと並んでいますが、これをコピーすると、鬱屈への速度が一気に加速しそうなので、カットカット^^;^^;^^;^^;。

 ま、「悲しい」に、今は「はかない」をつけ加えたい心境ですよ。

 「悲しい」「はかない」ついでに、先日の初夢のつづきを書くことにします。

 わたしが、大阪生野区の寿し由で、師・江藤淳に語っている内容そのもの(教育行政・学社連携等)は、今から7、8年前のことです。
 ですから、初夢の舞台が、現時点ではなく、過去(自刃の2、3年のち)にずれていることになります。

 江藤淳の自刃は、1999年7月21日のことです。
 22日の朝、わたしは勤め先(是川中)に向かおうと、ネクタイを締めているとき、つけっぱなしのTVから「江藤淳氏が風呂場で手首を……」というニュースが流れました。
 ネクタイの手が止まり、自分のからだが、音のない、静まりかえった空間にはじき飛ばされるのがわかりました。
 予感がないわけではありませんでしたが、やはり大きな衝撃でした。
 その日の夕刊に遺書の文面がのりました。

 〈心身の不自由は進み、病苦は耐え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は形骸に過ぎず。自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。〉

 


◆画像は、師・江藤淳と食べた大阪・押し寿司です。

 「小高はん、寿司はやっぱり大阪寿司や」
 「センセに、ほめてもらうと、うれしくなりますね」
 「わしは、大阪寿司の皮目が好きや。ホンマ、なんともいえん、美しさやで、これは(*^_^*)(*^_^*)」
 「ホンマですね、センセ」
 アナゴ、エビ、小鯛が、盛り台の上に輝いています。
 「ところで、センセ、ピッチが、えらい速いですね。それ、ダブルより濃いですね。トリプルですか?」
 「フルや、ストレートや(*^_^*)(*^_^*)」

 こう言いながら、江藤淳氏がグラスを自分の目の高さにあげ、弾けるメガネの笑顔をわたしに向けたときでした。

 笑顔の一部が欠けはじめました。
 ドンドン、透明になっていきます。
 慌てたわたしが「センセ、センセ」と、身体を揺さぶろうとしますが、感触がありません。
 なおも「センセ、センセ」と叫びつづけ、「治者の文学は、どないしますねん! センセ!」と絶叫しているところで、初夢は終わります。

 


◆画像は、昨夜、この初夢を反芻しながら飲んだウイスキー。

 飲み過ぎました。


★わたしの公式ホームページにも、ぜひ、来てください。公式ホームページには、トータルの、全身の、わたしが存在します。待ってまっせぇ~ィ !!!!!!!!!! 
  ☆公式ホームページへ