職員室通信・600字の教育学

小高進の職員室通信 ①教育コミュニティ編 ②教師の授業修業編 ③日常行事編 ④主任会トピックス編 ⑤あれこれ特集記事編

行き当たりばったりで花巻の高村光太郎山荘

2004-09-26 13:46:43 | Weblog

04.09.26 行き当たりばったりで花巻の高村光太郎山荘

◆行き当たりばったりで花巻の高村光太郎山荘を訪れた。
 何日か前、学校の事務室にあった時刻表を開いて列車を調べかけたのだが、やめた。
 花巻観光案内所に電話をして山荘行のバス時刻を調べようと思ったが、これもやめた。

 そういう領域とはまったく異なる領域の物語に、全身の細胞を侵入させたかった。 
 
◆八戸08:56~10:54〈青い森鉄道 2,960円〉盛岡11:06~11:42〈JR東北本線 650円〉花巻 
 高村山荘行きのバスが午後2時までないので、12時30分発の新鉛温泉行に乗り、スケート場前で下車。 

 「山荘にいちばん近い停留所はここです」(バスの運転手) 
 「ありがとうございます」 
 「でも、山荘まではだいぶありますよ。ほんとうに歩くんですか?」(運転手) 
 「ええ、歩いてみます」 
 
◆昭和45年に1度来たことがある。
 往路はたぶんバスに乗ったのだと思うが、まったく記憶にない。
 帰路のことは古い手帳に「バスがないので歩いていたら、土地の人が自動車に乗せてくれた」とある。
 花巻市街を案内してもらったことがかすかに記憶に残っている。 

 あのとき、わたしはどの方向に歩き出そうとしたのだろうか。
 今、自分が歩いている道がその道なのだろうか。 

 13:45 大田村山口の高村山荘着。山荘、展望台、記念館。見学料550円。 
 
◆光太郎は昭和27年に帰京しているから、昭和45年というのは、光太郎が山荘を離れてから18年目だったのだ。
 きょうはそれからさらに34年たっている。
 展望台の椅子に座り、自分はこの2つの「時間」と、その向こうにある2つの足跡の「存在」を体感するために、ここに来たのだと思った。 

 15:06 岩手交通バスで山荘発。 
 花巻16:18~16:58〈JR東北本線 650円〉盛岡17:06~18:58〈IGRいわて銀河鉄道快速 2,960円〉八戸 
 
◆写真は光太郎山荘内部


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新聞記者っていい加減やね。朝の新聞をみて、ムカムカ

2004-09-23 13:43:50 | Weblog

04.09.23 新聞記者っていい加減やね。朝の新聞をみて、ムカムカ

◆人間として度量も雅量も小さいから(「小さいほうだから」ではない。「小さ過ぎる」と断言できる人間だから)、はっきり言って今回の「球界改革」には意気消沈している。

 わたしは、パリーグの、それもバファローズのファンである。
 大阪バファローズ存続のみを念願しつづけてきた。
 オリックスファン側はどうかわからないが、近鉄側としては統合チームを応援することはできない。 
 
◆その合併・統合反対が、いつの間にか、来年度からの新規参入問題にすり替わり、新聞も「プロ野球労使交渉・雰囲気変わった」などと、既に明るいトーンで記述している(←新聞記者っていい加減やね)。 
 
◆①大阪近鉄バファローズが単独で大阪に残ること、
 ②それが不可なら、「近鉄」が別企業にBu経営権を売却して単独で大阪に残ること。
 もう少しがんばると、②の目があると思う。

 がんばれ、大阪バファローズ! 
 
◆きょうはセカンド・ハウスのことを書くつもりでPCに向かったのだけれど、朝の新聞の見出しを見て、ムカムカし、大きくそれてしまった。 

 でも、せっかくその気でいたのだから、少しだけでも触れることにする。
 といっても、セカンド・ハウスについて、具体的に何か話が進んだというわけではない。
 まだ方向性がやや明確になったという段階だ。 
 
◆これまでは大阪と奈良の間、たとえば生駒山とか高安山とか信貴山とかにある廃屋を買い取り、リフォームする計画だった。
 が、これは断念した。
 諸般の事情で借金の返済が予定通り進んでいないからだ。(というところで600字を超えた。詳細は後日に書くことにする。) 
 
◆写真はMINAMI中の岬台側校舎3Fで見つけた作品の中にいる孤独な鳥。


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劣悪な問い。学生アルバイトが作ったのか 

2004-09-15 16:11:32 | Weblog

05.09.15 劣悪な問い。学生アルバイトが作ったのか

◆朝自習の教室をまわっていて、生徒が取り組んでいるプリントの中に、伊東静雄の詩「夏の終わり」を見つけた。

 夜来の台風にひとりはぐれた白い雲が
 気のとおくなるほど澄みに澄んだ
 かぐわしい大気の空をながれてゆく
 太陽の燃えかがやく野の景観に
 それがおおきく落とす静かなかげは
 ……さよなら……さようなら……
 ……さよなら……さようなら……
 いちいちそううなずく眼差しのように
 一筋ひかる街道をよこぎり
 あざやかな暗緑の水田の面を移り
 ちいさく動く行人をおい越して
 しずかにしずかに村落の屋根屋根や
 樹上にかげり
 ……さよなら……さようなら……
 ……さよなら……さようなら……
 ずっとこの会釈をつづけなから
 やがて優しくわが視野から遠ざかる

◆わたしの卒業論文のテーマは「大東亜戦争下の日本浪漫派詩人たちの精神が、戦後の日本文学にどう継承されたか?」だった。
 浪漫派の中核に伊東静雄を据えた。
 静雄の戦前の詩集『春のいそぎ』と戦後の詩集『反響』の関係の中に、「継承」のDNAがあるというのが論文のツボだった。
 諸説をつぎはぎしたので、論の細かな展開は忘れた。
 しかし、詩集『反響』から「夏の終わり」をいったんリストアップしながら、なにかががっくりと折れたような詩人があまりに痛ましく、さしかえたことを覚えている。
 生徒たちの視線の前で頭がクラクラした。

◆だが、プリントの「問い」をみて、現実にひきもどされた。
 ①「それ」とは何をさしますか?
 ②「追い越して」いくものは何ですか?
 ③(表現技法を選択させる問題=省略)
 ④「夏の終わり」を感じさせる連続する2行はどれか?
 ⑤この詩の主題を15字以内で答えなさい。
 ⑥(詩の形式を選択させる問題=省略)
 オイオイ?と思った。
 劣悪である。
 学生アルバイトが作ったのだろうか?
 「わたし」の視点が、①地上から→②天上から→③地上からと変化していることに着目しなければ、いい問題は作れない。
 ②「天上からの視点」はいったいだれのものか? その視点の持ち主が③「わが視野から遠ざか」っていくのだ。


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堀辰雄はわたしの魂(精神的な魂+身体的な魂)の壁紙

2004-09-05 13:30:56 | Weblog

04.09.05 堀辰雄はわたしの魂(精神的な魂+身体的な魂)の壁紙

◆ゆみこさんは人を説得するのがすごく上手だなァと思って、カキコミを読みました。

 「突っ走って」あなたに「ハラハラ」されていた「わたし」が30年後の同期会の会場でも「健在」だった……という言い回し(表現)に接し、自分の気分が「納得」の域を飛び越え、驚喜のレベルの一歩手前にまで達しました。

 この上ない喜びの気持ちでいっぱいです。 
 
◆返信はいっぺんには書けないので、何から順に書くか迷っていますが、やはり気になる堀辰雄のことから書きます。

 その次に太宰治のことを書きます。 

 堀辰雄については残念ですが、やがては日本文学史から消えてしまう作家かもしれません。
 理由は簡単にいえば①彼の作品のほとんどが外国作家の焼き直し(パクリ)であるということと
 ②現実空間に正面から向き合おうとせず、ひたすら逃避しつづけたこと。…… 
 
◆と言いながら、古書店で一万円もする堀の『大和路・信濃路』を買ってしまって苦笑しているわたしです。
 
 棄てても棄てても棄てきれず、今でもやはり堀辰雄が大好きです。 
 
◆思春期、自分の魂が大きく揺らぎつつ形成される時期に、仮構の堀と堀の友人(たとえば神西清や立原道造)の間に、あるいは堀の愛した大和路や軽井沢という小宇宙に、自分を紛れ込ませながら成長したからだと思います。

 堀はわたしの魂(精神的な魂+身体的な魂)の背景です。 
 
◆大学では卒業論文で①を「外国作家との比較文学」という視点で、②を堀辰雄の「(農耕民に対する)遊牧民性」として取り上げようとしましたが、これは資料不足で断念しました。

 きょうはこれで終わります。 
 
◆写真はレオン。
 おしっこもウンコも自分のトイレにしている。
 立派だといつも感心している。
 親たちはあちこちのコンテストで優勝していたらしい。


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生まれ直してやり直すとしても……せっせと書いてバンバン押し出す胡堂としのぎを削りたい

2004-09-03 13:27:08 | Weblog

04.09.03 生まれ直してやり直すとしても……せっせと書いてバンバン押し出す胡堂としのぎを削りたい

◆同窓会でのわたしの退場ミュージック(実際には中座したため実現はしなかったわけですが)が「銭形平次」という話を聞いて、稲妻に打たれたように、自分のこれまでの人生の全貌がピカッと照らし出されました。
 
 銭形平次については2つの感慨があります。 
 
◆1つは大川橋蔵演じる、いわゆる「橋蔵平次」。
 これは一話完結で888回の番組が作られ、放映されています。
 毎週毎週、場末の小劇場の座付作者がせっせと書き続けるというイメージです。 
 
◆「親分、てって、てぇへんだァ!」
 →「万吉親分の妨害」
 →ラスト「銭が飛ぶ」の型(パターン)に嵌めて、パンパンと押し出す。

 たえず書きつづける。

 書くことによってのみ前に進む。

 この感じにずっとあこがれています。 
 
◆野村胡堂は原作者で、せっせと書き続けたのは別人でしょうが、そのトータルの象徴としての「胡堂」としのぎを削りたいと思っています。

 昨年は紫波町の胡堂記念館を訪れました(写真)。 
 
◆もう1つは「橋蔵平次」と自分の人生のこと。
 別なところで、「いくら考えても、わたしにはもどりたい時代・場所がない」と書いたことがあります。

 しかし、あなたから「銭形平次」と聞いて、「おお! 毎週、銭形平次を観ながらビールを飲み、島田ピーナットをつまんでいたわたしも、ええやんけ」と思いました。 
 
◆おおざっぱな時代や場所の区分ではなく、「銭形平次を観ている自分」というように、限定して細かく探し出せば「ええやんけ」が、もっとあるかもしれません。

 そういう「ええやんけ」をみつけ、それらをつないでいくと、わたしの畏友のように「生まれ直してやり直すとしても、自分がやってきたことを、そっくりそのまま繰り返したい」と言い切れるようになれるかもしれません。


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無人駅では、通常、完璧無為だが、この駅では例外的にビールを飲む

2004-09-02 13:23:03 | Weblog

04.09.02 無人駅では、通常、完璧無為だが、この駅では例外的にビールを飲む

◆それは駅そのものではなく、こちら側の問題で、駅へのアプローチの方法に関してである。

 どう立ち寄るか? どう忍び寄るか? 
 
◆条件④=無人駅への往路か復路のどちらかが必ず鉄路であること。
 自動車や自転車で無人駅に直行し、そのままさっさと舞い戻るのは不可。
 自転車を(折りたたんで)往路と復路、またはどちらか一方を列車に乗せるのは可。

 この条件を満たすのであれば、自転車・徒歩での一、二の無人駅間の移動は可。 

 要するに鉄路と緊密につながった無人駅の訪問でないと「なにか」は決して見えてこない。 
◆「なにか」のつづきを書くことにする。 

 陸奥白浜駅=わたしの敬愛する詩人・仁科源一の「春彼岸」の詩句が聞こえる。 
 
 踏切を過ぎ
 野草の咲くホームに 
 電車は/青空は停まった 
 
 ホイッスルに
 風が走りだして 
 写真が/遠い日が散って 
  
 橋を渡り
 日没の水平線に 
 線路が/消えてゆく 
 
◆「青空」と「ホイッスル」が似合う駅である。
 前に無人駅では「完璧の無為」と書いたが、この駅では例外的にビールを飲む。

 写真は陸奥白浜駅とうみねこ号。


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わたしは既に老人か??=「健在」は、もう消滅してもおかしくないのに、まだ元気に存在という意味合い

2004-09-01 13:20:12 | Weblog

04.09.01 わたしは既に老人か??=「健在」は、もう消滅してもおかしくないのに、まだ元気に存在という意味合いがある

◆書いているときはそうでもないが、しばらくしてから「おお! うまく書けている」と自分ながら感嘆する表現が、たまにある。
 
 先日、ゆみこさんから掲示板にカキコミがあった。
 それに対する自分の返信の一部が、そうだった。

 うれしくてしようがないのでトップに転載する。 
 
◆〈返信の一部〉
 あなたの「自分の身の置き場が分からずに悶々と」というのは適切な表現だと思います。
 「悶々と」というところで、当時のあなたの「文字」……濃くて、太くて、常にダッシュしているような、それでいて「原稿用紙のマス目に収まらなくっちゃ、収まらなくっちゃ」と自分で自分に必死に言い聞かせているような「文字」を思い出しました。
 わたしは、あなたの存在と存在の仕方が濃縮された、あの「文字」が大好きでした。(返信以上) 
 
◆上手、下手の問題ではない。

 自分の思いが過不足なく記述できたということだろう。

 ただ、ゆみこさんのカキコミで気になる箇所がひとつあった。
 「先生が健在でいらっしゃることに感動して」という部分の「健在」という語だ。 
 
◆「健在」というのは「いまだに健在だ」という使い方からもわかるように、もう消滅していると思ったのに、まだ元気に存在したという意味合いがある。 

 すなわち、わたしは既に老人だということだろう。
 自分ではまだ若造だと思っている。
 だから、指定されない限り、常に末席に座っている。

 しかし、他人にそう見える自分だけが自分なのかもしれない。
 なお、このことについて、ゆみこさんにはまだコメントできていない。 
 
◆写真は、早朝の教育哲学空間(MINAMI中)


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