WALKER’S 

歩く男の日日

今年歩き残した道

2016-09-15 | 日記

 今年足を痛めて断念してしまったバラ大師(歯長峠を下ったところから明石寺と反対方向へ12km)と香積寺(松山市、西林寺から東へ5km)もう歩くことはないと諦めていたのですが、再来年の計画を調整しているときに閃くものがあって、計画の中に入れることにしました。香川県の最初の宿を青空屋にすると、来年は金刀比羅宮に行くのでちょうど良いのですが、再来年は距離が余ってしまうので、番外砥石観音、長福寺、霊芝寺も行くことができる。とすれば、番外で残りの道はバラ大師と香積寺だけ、これはそのままにはできないと練り直し。
 来年は磯屋に泊まった翌日、すぐそばの長崎の停留所から鴨田までバスに乗って、そこから山越えの道で満願寺まで、その後は野井坂越えで宇和島へそして龍光寺、仏木寺をお参りして民宿兵頭に泊まる。翌日バラ大師まで歩いて復路はバスに乗ります。そうすれば冨士山にも登り直しができてときわ旅館にも泊まれます。
 香積寺は再来年、長珍屋から北条のシーパMAKOTOまでなので、香積寺の近くの駅から浄土寺の近くの駅まで伊予鉄に乗ればそんなに無理のない距離で行くことができます。
 これでへんろ地図の紫のページの道も総て踏破することになります。そのあとは英語の地図の緑の道をぼつぼつ押さえていきたいと思っています。


夏ばて

2016-09-14 | 日記

 ラジオを聞いていると、朝日放送でも毎日放送でもパーソナリティやアシスタントが夏ばてで身体がだるいと言っていました。いずれもエアコンが原因だと認めています。25℃の屋内の生活が長いといきなり35℃以上の屋外に出ると身体の対応力が付いていかない、何より汗をかく機会を無理矢理少なくしてしまっている。NHKでも電力供給可能量と消費見込み量の棒グラフ表示することもなく省エネを呼びかけることもなくなった。むしろ熱中症予防のためにエアコンを使うことをすすめるのが常となった。関西電力も値上げして原発が動かなくても利益が出るようになったので省エネを呼びかけるのを聞いたことがない。ラジオ番組でアナウンサーが今月の電気料金はとんでもないことになったと言っていました。一世帯の電気料金は1ヶ月、8000円前後だといわれる。とすればとんでもない数字はその倍かあるいは2万円以上か。うちの1年間の電気料金は13000円前後です。それを1ヶ月で消費してしまうのだからとんでもないことに違いありません。


関西マーチングコンテストのチケット

2016-09-13 | 日記

 マーチングコンテストのチケットが今日の10時から発売、雨が降っていたので12時過ぎにセブンイレブンで購入、指定席は売り切れていましたが自由席はだいじょうぶでした。自由席は当日券もあるので売り切れることはないはずですが、座奏のコンクールより何倍も分かりやすくて楽しいから本当ならマーチングの方が人気が出ていいはず、近いうちに当日券もなくなりそうな気がしています。


16km

2016-09-12 | 日記

 今日は月曜、イオンの中はかなり空いていたので、思い切り歩くことができました。土曜日曜はお客さんをかき分けながらの歩きになってスピードは出ない。ウォーキングというよりは散歩になってしまいがち、今日は少しスピードも意識しながらイオンの中だけで12km、往復の道のりを含めて16kmも歩けました。歩数計の中では間もなく20巡目も完結するところ、85番八栗寺を出たところです。


来年の計画

2016-09-08 | 日記


 7ヶ月も先のことになりますが、11巡目の予定がほぼ確定しました。今年は初めての宿が優先でワープしたところも多くなってしまったので、来年は全歩きにしようと思ったのですが、またいくつか飛ばすことになってしまいます。薬王寺の手前の由岐から北河内まで、岩本寺の手前の安和から土佐久礼まで、そして宇和島の手前の松尾トンネルを出たところから宇和島駅までの3ヶ所です。でも。番外などそれ以上に歩くところも多いので自分としては全歩きのつもり、もちろん遍路大使のバッジもいただきます。
 初めて泊まる宿は18軒、これでぼくがあげているおすすめ宿でまだ泊まっていないのは6軒ぐらいになりました。その内これから先泊まれるのは三原村のくろうさぎくらいになるかもしれません。
 素泊まりで泊まるのは7軒、素泊まりだけの宿が5軒で、長珍屋と民宿みまは食事はあるけど素泊まりにします。長珍屋は団体が多いので落ち着かないし、みまは前に泊まったとき半分以上口に合わなかったし部屋食でもあったので。
 初めて歩く道は16ヶ所、結構意識的にいろんな道を試していてもまだこれだけの道が残っているし、英語の地図の緑の道(四国の道)で歩いていないところはまだまだ残っています。


いい天気

2016-09-07 | 日記

 昨日の予報では、今日は一日中雨,大きな傘マークだけで曇りもなかったのに、何ということでしょう、朝からよく晴れています。1日前の予報でこれだけ見事にはずれるというのはあまり例がない。さすがのスーパーコンピューターでも安定しない台風の動きは全く読めないということでしょうか。今日から11巡目のお遍路を始めた家田荘子さんも、そのおかげで大変な目に遭っています。雨具の用意はしていたけれど帽子菅笠は持たずに出てきてこの猛暑。帽子があったとしても10km歩くのも相当辛いはずです。


60年に一度の丙申の閏年

2016-09-06 | 日記

 4年前の閏年は区切りで別格を巡っただけだったので、そんなに多くの逆打ちの人とすれ違ったという記憶はなかったように思います。それでも薬王寺の7km先でトトロさんと8年ぶりの奇跡的な出会いがあったり。歯長峠で出会ったあごひげの男性と雲辺寺の手前で再会して立ち話することになったりということはあって、いつもの年とはちょっと違うのかなというくらいの感じでした。最後志度の表装の詠智会で別格の念珠の申し込みをするときに、奥さんが今年は辰年の閏年ということでバスツアーでごった返してると、こぼしていました。年内に終わるのならまだしも半分は来年にかかってしまうようなツアーもあってそれは理解できないことだと言っていました。閏年に逆打ちすると普通の年の逆打ちよりも御利益が大きいというのは聞いていたけれど、それが辰年だとさらに大きいのだということはそこで初めて聞きました。ところが、今年になると丙の申の閏年は60年に1回の御利益の大きな年と、ネットニュースで大きく採り上げられていました。おかしな話です。衛門三郎が21回目に逆打ちをしてお大師さんに会うことができたのは天長9年、832年のことだとそのニュースの上に注釈がありました。832年は子年で、辰年でも申年でもありません。お大師さんは831年に病気になって832年の夏くらいから高野山に隠棲するようになった、その頃四国を巡っていたはずはないしその頃88ヶ所が存在していたかも大いに疑問とするところ。
 宣伝文句に乗せられるのも悪くはないと思うけれど、初めて歩くという人はできれば順打ちで巡ってもらいたい。Aさんは8回目で初めての逆打ち、佐藤さんは10回歩いてもまだ逆は怖いという、ぼくは逆を歩かなくても200人以上の歩きの人に出会えるからその必要性は全く感じません。でも、ベテランの人に逆の風景は全然違うから一度は試してみたら、というのを聞いたとき初めてなるほどとは思いました。


9日ぶりの熱帯夜

2016-09-04 | 日記

 今朝の姫路の最低気温は25.1℃、夏がぶり返してしまいました。もうランニングシャツは使わないかと思っていたのですが、昨夜の室温は33℃あったので、ランニングで寝るしかありませんでした。昨年はお盆の数日後から一段と涼しくなって9月になっても残暑がぶり返すことはなくて、姫路では最後の熱帯夜が8月23日でした。2年前も3年前も最後の熱帯夜は8月23日、とはいっても9月に暑さがぶり返すのは珍しいことではなくて4年前は9月の熱帯夜は4回あって、最後は9月14日でした。5年前の最後の熱帯夜は9月1日でした。


四天王寺から一心寺へ

2016-09-03 | 日記


 法然上人が念仏修行をされた阿弥陀堂は靴を脱いで本堂の中に入ってお参りすることもできますが、ぼくは中には入りませんでした。報恩講寺でもそうだったし、勝林院の次にお参りした源空寺でも靴を脱いで本堂の中に入れてもらいました。こういうのは四国ではあまりないことです。


 四天王寺の西門から300m西へ行くと、一心寺です。超現代的な仁王門ですが少し前にテレビの旅番組で見ていたので驚きません。
 こちらでも靴を脱いで本堂の中へ入らせて貰います。

 ものすごくゆっくり丁寧に墨書していただきました。四国では寺の文字が草書ですごくぞんざいな感じがしていたのですが、このように一画一画きっちり分かりやすく書いていただくと本当に感激します。
 日想観というのは西方に沈みゆく太陽に念仏を称える念仏修行の一つ、法然上人が四天王寺に招かれて参拝したときにこの地で美しい夕日をご覧になって念仏を称えられた、その場所に草庵を作られたのがこの一心寺のはじまりだということです。


大阪の果てから四天王寺へ

2016-09-02 | 日記


 多奈川駅から55分歩いて報恩講寺に到着しました。山門の仁王さんは四国でもあまり感心することはないのですが、ここの四天王さんは大きくはないけれどとても均整のとれた美しい姿です。
 本堂の正面の扉を開けて中に入れてもらいました。中央には法然大師自らが刻まれた本人の木像が安置されています、およそ800年前の実物だということです。その左に本尊である阿弥陀様がおられます。住職は本来なら阿弥陀様が中央でなければということですが、やはり特に縁のある貴重な法然上人を中央に祀らせて貰っているということでした。3ヶ月前お参りした一宮寺近くの仏生山法然寺に流されていた上人が都に戻る途中遭難してこの近くの海岸に流れ着いて住民に助けられた、そのことにたいそう感謝して自ら木像を彫られたということです。


 多奈川からまた電車で引き返して新今宮で降りて、2kmほど歩いて四天王寺の前までやってきました。聖徳太子の飛び出し君はおそらくここだけ、思わずカメラを向けてしまいました。

 天王寺公園の方は2年ほど前に美術展があったので行ったけれど、四天王寺に来るのは初めてです。ちょっとした異空間が広がって驚きを隠せません。

 お大師さんがおられました。法然上人の念仏堂もあれば、このすぐそばには親鸞上人の像とお堂もありました。このお寺はいったい・・・

 まに車に般若心経が刻まれていたので、くるくる回しながら読み上げます。


大阪の果て

2016-09-01 | 日記


 南海本線みさき公園から支線の多奈川線に乗り換えて終点の多奈川駅に到着。雲一つない最高の快晴、気温は1週間前までとは違い大分落ち着いています、風も涼しい。

 駅から3.5kmほど歩いてくると大阪湾が一望、明石海峡大橋もくっきりです、写真ではさすがに捉え切れませんでした。

 駅から5.5km、ここが大阪府の南の端っこです。

 古い国境の碑も残っています。

 目指す報恩講寺の案内看板がありました。