katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

キウイ教室

2016-03-24 07:25:44 | モザイク教室
今日はキウイ教室。それが朝、何やらバタバタしたらしく、ちょっと遅れるって連絡があり、そんな訳でそれまでの間はイベント下地のペーパー掛け。
まぁ何せ300ともなると、時間の合間にちょこちょこやらないとね・・・。

さてそんなこんなでキウイがやって来て・・・・・今日、お雛様は終わらせます・・・・って。何かいつまでもいつまでも掛かり過ぎぃぃって。
あらまっ・・・ただ確かにキウイのような実力者が終わらせます・・・・なんて言い出せば、そりゃいよいよ終わるんだろうな・・・って思うのね。

何しろ本人も言うように、大作はサークルに持って来るには色んな支度の荷物が多いから、運ぶのに大変・・・そんなこんなで始めたお雛様作品だから、ついついのんびりしていた・・・・確かにそうなのね。ただ、それだけの理由じゃなくて、やっているうちにどんどんと凝ったのも事実。

でもこうして完成すると、例え子供も切れるぺきぺきって素材であっても、大きさが手のひらサイズであっても、これだけの作品が作れる・・・って、結果を見せて貰ったって話でもあり、上級者は何をしでかすか判らないのね・・・・あはははは。お見事です。お疲れ様でした。

そんな中、クラブを終えたキウイの娘が珍しくやって来て・・・・一緒にお昼を食べる事になって・・・・。何かこんなに近くで食べているのを見るのは久しぶりで・・・・俺の知っているこの子は、まぁちょっとしか食べなくて、背も低くて、一番前で一人だけ違うポーズで整列している印象。

それが中学に入ってどんどんと大きくなって、あれよあれよと何だかお姉ちゃんになっちゃってね・・・・それが、食べ始めると・・・・えっ?こんなに食べるの?・・・・って思う位で、なるほどね・・・・そりゃ大きくなるわっ・・・・って。まぁ、ビックリしたのね。

ただよくよく思い出すと、かぐやの子供達も中学に入ったら食欲が大きく変わったのを見たから、確かにそうだった・・・と思い出したが、何しろ少食な子だったんでね・・・・ただ恐らく、この子が一番アトリエに来た回数が多いから、そんな風に思えちゃうのかな?・・・・

それが今日は珍しく最後まで一緒にいて・・・・退屈になっちゃうかな?・・・・と思って、吹奏楽繋がりで、かぐやの娘が演奏しているのをネットで探して見せたのね・・・・そしたらこれがkatsuさん泣いたやつ・・・・って話になり、そうそう・・・ただ画像が小さくて別人で泣いちゃったのね。

まっこの子にしても、もしそんなもん見せられたら、同じなのね。結局、あの子が・・・・って思うからね。先日、ネットでマツコさんが歳取ると、涙腺が弱るのよ・・・・って言ってたってあったが、若い時は明日・・・なんていつでも来るって感じで、来るとか来ないすらも思わなかった。

それがいつしか50も過ぎると、歩んで来た道よりも終わりが近くなっている事に気が付く。やって来るものよりも去って行くものの方が多くなる。
大事な事に気が付かないと、大切なものはあっと言う間なもので、とてもはかない。気が付くも気が付かないも己次第。

無くしてから後悔をしないように・・・と思うと、俺にはこの子との会話1つだって残り少ない事の1つに感じたりする。たわいも無い事と笑う人もいるだろうが、そのたわいも無い時間は俺自身では作れない。それが俺にはとても大事な事で、こう言う感情を抱かなくなったら作家としてはおしまい・・・

感性だの感受性とはそんなもん。あの子がアトリエから外を見て、雨?・・・・って言った瞬間、お姉ちゃんの受験の日にアトリエで2人でお教室して留守番・・・になって、雨が雪に変わって・・・ラジオからなごり雪が掛かって・・・・雨の1文字でそこまで思い出す。

走馬灯のように・・・って言うのは、こんな事をもし結婚でもする・・・・なんて言われたら、潮干狩りの帰りによちよちやって来た事から思い出せたりして・・・・キウイも忘れてたエピソードが話せれば、俺は近所のおじさんりもずっと良く見て来た事になる・・・・。

これがモザイクをやっててくれたら、モザイク先生だけれど、この子には私を良く知っているおじさん・・・・くらいにはなりたい。
まっ、本人はうっとうしいだろうけれどね・・・・そんな事言うなよぉぉぉいけずぅぅぅってな話。

こんな話が何それ?って思う人には関係の無い話が、これを知っていて・・・キウイがもし娘の・・・・なんて言い出したら、俺の知っている知識は生かされる話で、あの子だったらこんなのもアリじゃない?・・・ってね。それを色だの素材だのなら、単なる好みの話になる。

情緒とは?もしかするとそう言う事なのかもね・・・・。そして、このお雛様もいつか1枚ずつこの子達の元に行くものなのだから、情緒を教える事は大きくは間違ってはいない事だとは思うが・・・・そしてそれが受け取った子がそんな気持ちなのかな?・・・って考えてくれた時、

俳句じゃないが、字のままの意味を受け取る人と、その奥にある真の意味を判る人とに分かれるんじゃないのかな?別にどちらでも良いんだけれど、そう言う事が出来た時、人は評価として、その作品を美術、芸術と呼ぶような気はするんだけれどね・・・・。

そんなこんなお教室の後は・・・・

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