はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

海だけが

2011-01-26 21:32:50 | ペン&ぺん
 それはそれは、波穏やかな海のことでした。さざめく波間に、何か動く姿が見え隠れしております。潮風の中で目を凝らしますと、イルカが3頭おりました。
 身体が大きなイルカはお母さん、残る2頭は男の子でしょうか。子どもイルカは母親を口でつついたり、ぐるぐる周囲を回ったり。あたかも戯れているかのようにも見えます。
 でも、母イルカの様子が普通ではありません。自分で背ビレを動かすこともなく、尾ビレで水をかくこともないのです。そう、すでに息絶えているのです。
 命果て群れから外れた母イルカを子どもたちは力を合わせて運んでいるのです。まるで群れを追おうとするかのように。
 時折、人を乗せた船が轟音(ごうおん)を響かせて近づきます。すると、母イルカの上に、自分の身体を乗り上げ沈めようとします。「お母さん、早く海に潜って。さあ、泳いで」。そんな声が聞こえるようです。そして大急ぎで船から離れるようにと、以前にも増して母を押すスピードを上げます。
 やがて、母イルカの身体は、押し運ぼうとしても、くるくる回るばかりになりました。2頭のイルカが、いつ母のもとを離れたか分かりません。
 夕暮れの海岸。母イルカの身体が打ち上げられておりました。近くに、ほかのイルカの姿はありませんでした。
 2頭のイルカが、もとの群れに戻ったのかどうか。波穏やかな海だけが知っています。
   ◇
 以上は、おとぎ話ではない。昨年10月15日から17日にかけて錦江湾で実際に目撃されたイルカの行動を素材とした。執筆にあたり、かごしま水族館の1月12日付の広報資料を参照した。
 母が死んだ子の亡骸(なきがら)を運ぶ例はチンパンジーや他のイルカでも目撃されている。しかし、親と思われる成獣の遺体を運ぶ例は珍しいという。
 鹿児島支局長 馬原浩 2011/1/24 毎日新聞鹿児島版掲載

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