はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

ありがとう

2021-09-01 17:21:11 | はがき随筆
 病院で働き始めて3週間になる。「看護師さん」と声をかけられ、戸惑いを感じている。
 だが、その患者さんの病室へ行くと、すぐ声をかけてもらった。ついに名前まで覚えてもらえることが、こんなにもうれしいとは。仕事頑張ろうという気持ちになる。
 患者さんから元気をもらっているんだ。自分も患者さんを元気づけ、安心感を持ってもらえる看護をしたいと思う。
 実習看護師の私に「看護師さん」と信頼を寄せてくれる患者さんがいる。その気持ちを忘れずにこれから精進していきたい。
 熊本市東区 浦西里歩(18) 2021.8.21 毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島

再生

2021-09-01 17:15:04 | はがき随筆
 押し入れを占領しているだけでしまい込んだままにしている布団がある。両親を見送って久しいし、これから客人がうちに泊まることもないだろう。思い切って処分することにした。
 引っ張り出したかけ布団の色柄に未練たらしく心ひかれ、ついハサミで切り取った。糸くずを除き、洗ってアイロンを充てるとそれは想定外の光沢ある布に変身した。その渋い金茶色の花柄模様の布から小ぶりのクッションが二つとティッシュペーパー入れも数個できた。
 可燃物になるはずだったものが、よみがえるとはこのことかと心中、小躍りしている。
 宮崎市 藤田悦子(73) 2021/8/22 毎日新聞鹿児島版掲載

坂の上の家

2021-09-01 17:14:04 | はがき随筆
 坂の木坂は駅まで三里思い出すなア⏤⏤。
 青木光一が歌った昭和の名曲「柿の木坂の家」。中学1年の時のひょんな出会いから、50年近くも続いた友が愛してやまなかった歌です。
 「大きくなったら坂の上の家に住みたい」。筋萎縮性側索硬化症(ALS)という難病であっけなく旅立つまで、彼は何度となくそう言いました。
 その後、私は終の住処を求めてふるさとを遠く離れ、霧島連山のふもとで残生を送ることにしました。だらだらと続く坂の上にひっそりと居を構えて……。
 鹿児島県霧島市 久野茂樹(71) 2021/8/21 毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島

してやられたよ

2021-09-01 17:06:27 | はがき随筆
 「今朝、何度でしたか?」と私の体調を気にしている。ぶぜんとして「平熱」と答えたものの、気になり、測ってみたが、36度を少し超えている。妻は慌てて「喉は痛くない? ウガイしてよ」とうるさく言いだす。
 心配はありがたいけれど、毎日検温するのは行き過ぎじゃないかなあ。面倒だよ。ただ、コロナに感染したら、老いの身にはこたえるし、厄介になる。
 気晴らしに公園を散歩。帰りに、妻のメモした買い物をする。リュックに詰めると結構な重さだ。「また熱が出た」とおどけると「熱なんかない」と額をピシャリ。
宮崎市 原田靖(81) 2021.8.21 毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島

エールを再び

2021-09-01 16:59:31 | はがき随筆
 ピーンと伸びたその背筋は歳を全く感じさせず、持病がないと喜んでおられたのに。恩師が春から体調を崩された。ヘルペスの傷みに悲鳴をあげ、胃腸の変化にダウンされた。去年の夏、版画教室の皆と熊本県天草市に行ったことが信じられないほどの衰弱である。歳を重ねることの厳しさ、つらさ、悲しさが見えて、慰めの言葉を探す。「すぐにきつくなる」と弱々し声が寂しい。生ある者の定めと分かっていても受け入れがたいものがある。「頑張ってください」と握手する手が随分小さくなった気がしてならない。10月の版画美展をどうか待っていてください。
 熊本県八代市 鍬本恵子(75) 2021/8/21 毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島

白河夜船

2021-09-01 16:50:20 | はがき随筆
 庭奥の山際にヒメヒオウギの一群。雑草なのに存在感がしっかり。サルスベリもピンクの花を掲げている。梅の徒長枝も刈り込み時。そして藤づるも伸びて空をまさぐっている。事ほど左様に自然の営みは歩みを止めない。昼げを済ませ縁側でそんなことを考えていると、睡魔に襲われウトウト。30分ほどの午睡にけりをつけ家事に戻る。桃の砂糖煮と塩漬けを。籐椅子で一休み。するとまたもや睡魔。早寝早起きの私。しっかり寝ているはずなのに、のべつ幕なしに眠い。「永眠のリハーサルよ」と友人に言ってひんしゅくを買っている。
 鹿児島県鹿屋市 門倉キヨ子(85) 2021/8/21 毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島

鬼に金棒

2021-09-01 16:42:28 | はがき随筆
 玄関から「おーい、あれ」と叫ぶので行くと、夫はムカデから目を離さず、指で挟む合図をしていた。火ばさみを渡すと外で退治した。やれやれだ。
 別の日には風呂場の排水口に出没。台所から火ばさみを取ってきて、しっかり挟みコンロで真っ黒になるまで焼いた。
 翌日火ばさみを買い足しに行くと「火ばさみを4本もですか」と店員に不審がられた。前日のことを話すと苦笑いされた。
 2度もかまれて痛い目に遭った身にはムカデは恐怖である。新たに玄関、脱衣所、勝手口、倉庫にと配置した。護身用となり鬼に金棒で心丈夫である。
 宮崎県串間市 武田ゆきえ(67) 2021.8.21 毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島

深夜放送

2021-09-01 16:32:20 | はがき随筆
 寝るのは10時ごろだが、ラジオのスイッチをつけてから横になる。11時5分に始まる深夜放送の頃はまだ目覚めている。健康や食事、そのほか覚えておきたいことはメモしている。日本だけに棲んでいる鳥は? 日本の国鳥はキジだそうな。豆類はたんばく質に富み、ビタミンB2を豊富に含んでいて、エンドウ豆を塩ゆでにし、ご飯にまぜると美味しそうだとか。3時台の「日本の歌こころの歌」を是非聴きたいが、熟睡していてほとんど耳にしたことはない。5時ごろに目覚めてニュースなどを聴いていると、やがて6時半にラジオ体操が始まる。
 熊本市東区 竹本伸二(93) 2021.8.21 毎日新聞鹿児島版掲載鹿児島

1日遠足

2021-09-01 15:05:04 | はがき随筆
 新型コロナワクチンを接種した高齢者4人組。7月、肥薩おれんじ鉄道で1日乗り放題750円の切符を見つけた。イカンナソンソンと目的地を津奈木に決め即実行。駅前の千代と馬の彫刻に感動したが、美術館は休館。ついてない。温泉で、持ち上げ引き締めのヨロイを脱ぐと、引退した関取の衰えた体形に変身。川柳もどきが飛び出す。「ウエストはこの辺りかと線を引く」「ばあちゃん何でおなかが二つあるのと孫が言う」。コロナが入る余地もない楽しい1日。ハモづくしの食事も大満足。また行こうねと言ったもののスッタイダレタ旅でした。
 鹿児島県阿久根市 的場豊子(75) 2021.8.20 毎日新聞鹿児島版掲載

はがき随筆7月度

2021-09-01 14:24:20 | はがき随筆
 はがき随筆7月度の受賞者は次の皆さんでした。(敬称略)

月間賞に川並さん(宮崎)
佳作は太田さん(宮崎)、東郷さん(鹿児島)、川嶋さん(熊本)

【月間賞】
16日「サプライズ」川並ハツ子=(宮崎県延岡市)
【佳作】
3日「され上手」太田充=宮崎県延岡市
17日「手紙」東郷久子=鹿児島市
24日「小学1年絵日記」川嶋孝子=熊本市

 「ご時世が恨めしい」と大腿骨骨折で入院、手術した母を思う川並さんはその心配をつづられた。一人ベッドで過ごす母は足の不自由さに加え認知症を患っていると。面会ができないことを理解したうえで着替えを届けに行った時に思いもかけない計らいを「サプライズ」という言葉にこめられた。サプライズ(surprise)は英語で、不意打ちとか驚きという意味を持ちますが日本では他人を驚かせた後にその人を喜ばす計画を示す言葉として使われるようです。ハツ子さんの喜びは、会えないと思っていた母に会えた。そしてその日は100歳の誕生日だったのだ。花籠を抱えた母と数分の面会。「母さんよかったね」。無表情の顔だったのに、手を握ると黙って握り返してきた。これこそがサプライズ。よかったね、ハツ子さん。
 勉強会で学んだ言葉は「介護され上手」。人はいつか旅立つ。その前に人さまのお世話になる。その平均は女で12年、男で8年。介護現場の生の声を知った太田さんは心が折れる言葉を自戒として心に刻み、お世話になる介護職のお方との幸せな関係の模索の中から二つ記された。介護され上手な秘訣は「ありがとう」と「笑顔」。その日のために私も心がけます。
 いつ終息するかもしれないコロナ禍の昨今。自粛の日々の中、東郷さんは「手紙」を受け取る美しい交流を、美しい言葉とともにご披露。手製の封筒、詩的なリズムの明快な文章。読むと高揚感と憧憬。86歳の東郷さんはコロナが終息したら会いたいと願われている。そのためにまず生きていなければ……。パンデミックが収まりますようにと祈る思いです。
 終戦の翌年の昭和21年、75年前に書かれた夏休みの絵日記の思い出は「平和」である事の大切さを伝えてくれます空襲警報もなく焼夷弾も降ってこない小学1年生の夏休み。物資不足の中にも戦争がないだけで穏やかな日々だったと振り返っています。感染を意識して手洗いマスク装着が義務化の学校生活も夏休みに入りどこにも行けない今、「知恵を絞って、穏やかな夏休みになることを信じて、乗り切れますよう祈っています」。大切にしたい平和のメッセージ、受け取りました。
日本ペンクラブ会員 興梠マリア


アブラゼミの歓声

2021-09-01 12:05:10 | はがき随筆
 夏休み真っ最中の子供たちの歓声が遠く聞こえた気がした。
 アブラゼミがジージーと鳴いている。額から浮き出た汗が頬をつたう。今年の夏もとにかく暑い。虫捕り網を手に野山に分け入った少年時代を思い出す。
 空を見上げれば入道雲が立ち上がっている。目の前には大きなクヌギの木だ。
 「うわあ。カブトムシ」
 「えりに捕らせてよ」
 せがむ末っ子の妹に「いいよ。がんばれよ。爪でひっかかれたらいてぇぞ」と見守ったっけ。
 今、病と闘う妹へのアブラゼミのエールに思う。ふるさとや君を引っ張るかぶとむし。
 宮崎県都城市 平田智希(45) 2021.8.19 毎日新聞鹿児島版掲載