ゲド戦記の世界

「ゲド戦記の世界」(清水真砂子 岩波書店 2006)。

岩波ブックレットの一冊。
「ゲド戦記」の翻訳家、清水真砂子さんの講演をまとめたもの。
本というより、小冊子といった体裁。

「ゲド戦記」がとても好きなので、これも読んでみる。

内容は、清水さんの経歴や、翻訳の苦労話、ル=グウィンさんとの交流などなど。

清水さんは、高校の先生をされていたそう。
でも、「ゲド戦記」と出会い、翻訳をするため退職する。
ここで、ただ経歴を述べるだけではなくて、先生をやっていたころのエピソードをそえるところなど、じつに話上手。
また、このエピソードが印象的。

さて、翻訳の苦労話。
最初、「魔法使い」ということばをつかうかどうかで相当迷ったそう。
「ゲド戦記」の魔法使いは、これまでの物語の魔法使いとはちがう。
「賢人」などとも訳そうと思ったけれど、最終的には魔法使いにした。
本がでてまもなく、こういう魔法使いがあったのですね、という声を聞いてほっとしたとのこと。

また2巻の話。
幼少のテナーが神殿の階段をのぼるということが、うまくつかめなかった。
後日、訳し終えてからメキシコにいく機会があり、テオティワカンの遺跡の階段をのぼりながら、テナーの苦労を思ったそう。

翻訳するということは精読することなんだ、ということがよくわかる。
清水さんいわく、「いつもいつも考えていた」。

まあ、だからというか、ぜんたいにディティールについての話が多い。
それが楽しいのだけれど。

世間では、4・5巻の評判は悪い。
でも、清水さんの評価はそれとはちがっている。
4巻は清水さんにとって近しい世界で、訳しながら、「私はからだぜんたいが解放されていくのをおぼえていました」。

ル=グウィンさんについてのゴシップのような話もファンにはうれしい。
ル=グウィンさんは、あんがい植物に触れていない、とか。

清水さんが、作中の通りの名前についてたずねたところ、ル=グウィンさんからこんな返事がきた。
「それは、どこそこの島の、どの通りの、どの路地です」
つまり、たとえ物語に出てこない場所であっても、アースシー世界の路地の名前まで頭のなかにあるらしいのだ。
これはすごい。

清水さんはル=グウィンにたいへん敬意を払っている。
ひとが自分の好きなものについて話すのを聞くのは楽しいなあと、思いながら読了。

もうひとつだけ細かい話を。
「アンナ・カレーニナ」の冒頭の話がでてくるのだけれど、引用が北御門二郎訳だったのが、なにやら面白かった。
これもこだわりがあるのだろうか。
深読みのしすぎかな。



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