絵本が目をさますとき(承前)

「絵本が目をさますとき」(長谷川摂子 福音館書店 2010)

さて、この本の内容について──。

24章から成っていて、全編、K子ちゃんという新米のお母さんからのお便りに著者がこたえるという仕掛けになっている。
そのためか、文章は語りかけるように柔らかい。
加えて、著者の子育てや、保育園での勤務、家庭文庫での経験をふくよかに披露してくれる。
本書に評論集ということばがふさわしくないと思うのは、この文章のため。
じつに得難い文章だ。
前半は特にそう。

でも、後半、著者がいう「長新太・スズキコージ問題」にとり組むあたりから、文章が理屈っぽくなってくる。
みずみずしさを失い、固くなり、こわばり、とっ散らかってくる。

この本がどんな内容をもっているかは、K子ちゃんの質問を引いてくるのがいいかもしれない。
K子ちゃんが訊いてくるのは、たとえばこんなことだ。

「1歳の男の子にどんな絵本を読んであげたらいいでしょう」
「絵を手でつまんで遊んでいたら、近所の家庭文庫を長く続けている人に、「絵本でままごとなんかしちゃいけません」といわれました」
「歌や詩の絵本ってどう読んだらいいのでしょうか」
「物語のある絵本にどう橋渡ししたらいいのでしょう」
「ユーモアやナンセンスがわかるってどういうことですか」
…………

などなど。
どの質問にも、著者は自身の経験を土台にしながらよくこたえる。

後半、本からふくよかさが消えるのは、著者が「長新太・スズキコージ問題」や「童画問題」、「アンパンマン・ノンタン問題」について、壁に頭を打ちつけるようにして考えはじめるからだ。

それにしても、「アンパンマンやノンタンを絵本としてどう評価するか」という問題に手をつけたのは、本当に素晴らしい。
おかげで、アンパンマンやノンタンの評価のむつかしさがよくみえてきた。
これらの絵本の評価がむつかしいのは、絵本についての体験と美意識とのあいだにへだたりがあるためだと、よくわかった。

著者は、自分の子どもたちにノンタンを読み聞かせて、子どもともども、とても楽しんだそう。

「「ノンタンぶらんこのせて」は構成、文章ともに、子どもらしい心理をよくつかんだ傑作だと思います」

けれど、いまは手放しではほめられない。

「ノンタンの絵は、ばらばらのイメージの寄せ集めではありませんが、絵から立ちのぼる上質の音楽や香りが感じられません」

ところが、講演会で著者がノンタンの絵を批判したところ、あとで初老の婦人がやってきて、「孫の誕生日に「ノンタン」を買ってやろうと思っていたんですが、やめます」というと、著者は反対する。

「私は即座に「やめないでください。絵のよさよりもおばあちゃんとお孫さんが楽しい時間をもてるかどうかの方がずっと大切ですから。絵についての私の意見ぐらいで「ノンタン」の楽しみを簡単にひっこめないで」といいました」

いっていることとやっていることがちがう。
このあたりが、ノンタンやアンパンマンを評価するときのむつかしさだろう。

さて、ところで、子どもはノンタンやアンパンマンのどのへんが好きなのか。
「自動車や電車が好きなのと同じように、アンパンマンが好きなのではないか」
と、著者は考える。

「子どもにとって大切なのは、絵に描かれている主人公に感情移入できるかどうかであって、絵全体は、物語の進行にともなう状況が読み解ければ充分なのです」

というわけで、大人と子どもの好みにはギャップがある。
では、大人が子どもに、「上質な音楽や香りが感じられる」絵本を読み聞かせる、その根拠はなんなのか。
物語の進行を読み解ける絵が描いてある絵本を読んでやれば、それで充分なのではないか。
この疑問にたいし、著者はこうこたえる。

「私が好きな絵本を選ばなければ、読むのに気合いが入らず、態度がいいかげんになってしまう」

「私を酔わせる絵の力が子どもに無力であるはずがない」

──これは居直りというものだろう。
しかし、これがなければどうしようもないし、なにもはじまらなというたぐいの居直りだ。
大げさにいうと、絵本を読む現場から生まれた戦訓であり、真理。

それから、絵本の登場人物のキャラクター化について。
風景がおざなりに描かれていて、絵としての統一感にとぼいしいアンパンマンは、キャラクターになりやすい。
しかし、ノンタンはキャラクターになれないのではないかと著者は指摘する。

「物語の吸引力が強い分、ノンタンを絵本から単独に引き剥がしにくいのではないでしょうか」

「それに、物語にそって表情が変化しすぎるのも、キャラクターになりにくい一因ではないかと思います」

では、ミッフィーちゃんとなった、ブルーナの「うさこちゃん」はどうか。
ブルーナの絵本には、「幼い子の心をときめかすストーリーのダイナミズム」がいまひとつ。

「そうなると、物語世界の背景を色濃く背負わない「うさこちゃん」が、かわいさとセンスのよさで、絵本から剥がれ落ちてキャラクターになるのもむべなるかな、です」

ところが、著者の娘さんは、うさこちゃんがミッフィーちゃんというキャラクターになっているのをはじめてみたとき、「うさこちゃんが遠いところに行ってしまったような気がしてショックだった」と述べたそう。
ひょっとしたら、ブルーナの絵本にある「上質な」なにごとかが、娘さんに届いていたのかもしれない。
そして、こう思ったひとは案外ほかにもいるのではないか。

というわけで。
先にもいったけれど、本書の後半はまとまりが悪くて読みにくい。
でも、絵本を──特にノンタンやアンパンマンといった絵本を──どう評価するかといった問題をとりあげている、大変誠実な本だ。
個人的に大いに興味がある問題がだったので、これがとりあげられていたのは嬉しかった。
絵本を評価する視点というかモノサシについて、考えさせてくれたのもありがたい。

読みにくさも、今後何度も同じことを語っていけば、自然に論点が整理され、読みやすくなるだろうと思っていた。
でも、著者にその時間は残されていなかった。
そのことだけが、本当に惜しい。


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絵本が目をさますとき

「絵本が目をさますとき」(長谷川摂子 福音館書店 2010)

本書は、絵本についての評論集。
いや、評論という言葉はふさわしくない。
絵本について考えた本くらいがいいかもしれない。

この本は、図版の大部分がカラーで紹介されている。
文章と図版のバランスがよく、素敵な編集なのだけれど、索引がないのが惜しい。
仕方がないので、紹介された絵本をつまみ上げてみた。
ただ、絵本以外の本ははずしたし、絵本でもあんまり古いものははずした。
それから、著者の絵本もはずした。
だいたい紹介順になっているので、絵本に詳しいひとがみれば、本書の構成が察せられるかもしれない。

内容も濃い。
特に後半が濃いので、ぜひ触れたい。
でも、それは次回に──。


「くだもの」(平山和子/作 福音館書店 1981)
「バルンくん」(こもりまこと/作 福音館書店 2003)
「おつきさまこんばんは」(林明子/作 福音館書店 1986)
「おおきくなったら チェコのわらべうた 「こどものとも年少版」通巻33号」(ヨゼフ・ラダ/絵 内田莉莎子/訳 福音館書店 1979)
「こっぷこっぷこっぷ 「こどものとも0、1、2」通巻7号」(かいじょうゆみこ/文 渡辺恂三/絵 福音館書店 1995)
「たまごのあかちゃん」(かんざわとしこ/文 やぎゅうげんいちろう/絵 福音館書店 1993)
「おだんごぱん」(瀬田貞二/訳 脇田和/絵 福音館書店 1966)
「おおさむこさむ」(瀬川康男/絵 福音館書店 1972)
「三びきのこぶた」(瀬田貞二/訳 山田三郎/絵 福音館書店 1967)
「どろにんぎょう」(内田莉莎子/文 井上洋介/絵 福音館書店 1985)
「きつねとねずみ」(ビアンキ/作 内田莉莎子/訳 山田三郎/絵 福音館書店 1967)
「かばくん」(岸田衿子/文 中谷千代子/絵 福音館書店 1966)
「おおきなかぶ」(A.トルストイ/再話 内田莉さ子/訳 佐藤忠良/絵 福音館書店 1966)
「おやすみなさいコッコさん」(片山健/作 福音館書店 1988)
「てぶくろ」(エウゲーニー・M・ラチョフ/絵 うちだりさこ/訳 福音館書店 1965)
「おおかみと七ひきのこやぎ」(フェリックス・ホフマン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1967)
「三びきのやぎのがらがらどん」(マーシャ・ブラウン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1965)
「ぐりとぐら」(中川李枝子/文 大村百合子/絵 福音館書店 1967)
「ぞうのババール」(ジャン・ド・ブリュノフ/作 矢川澄子/訳 評論社 1987)
「がちゃがちゃどんどん」(元永定正/作 福音館書店 1990)
「ぬればやまのちいさなにんじゃ」(かこさとし/作 童心社 1978)
「いないいないばあ」(松谷みよ子/文 瀬川康男/絵 童心社 1967)
「ごろごろにゃーん」(長新太/作 福音館書店 1984)
「もこもこもこ」(谷川俊太郎/作 元永定正/絵 文研出版 1977)
「あそぼうよ」(五味太郎/作 偕成社 2001)
「めんどりのルイーズ」(ジャネット・モーガン・ストーク/作 いずみちほこ/訳 セーラー出版 1998)
「とりかえっこ」(さとうわきこ/文 二俣英五郎/絵 ポプラ社 1978)
「にゅーするする」(長新太/作 福音館書店 1989)
「キャベツくん」(長新太/作 文研出版 1980)
「つきよ」(長新太/作 教育画劇 1986)
「あかいはなとしろいはな」(長新太/作 教育画劇 1996)
「きゅうりさんあぶないよ」(スズキコージ/作 福音館書店 1998)
「ひつじかいとうさぎ 「こどものとも」通巻234号」(うちだりさこ/再話 すすきこうじ/絵 福音館書店 1975)
「すいしょうだま」(スズキコージ/作 ブッキング 2005)
「大千世界のなかまたち」(スズキコージ/作 福音館書店 1985)
「どんどんどんどん」(片山健/作 文研出版 1984)
「おなかのすくさんぽ」(片山健/作 福音館書店 1992)
「ふくろにいれられたおとこのこ」(山口智子/再話 堀内誠一/絵 福音館書店 1982)
「つるにょうぼう」(矢川澄子/再話 赤羽末吉/絵 福音館書店 1979)
「しろいむすめマニ」(稲村哲也/再話 アントニオ・ポテイロ/絵 福音館書店 1992)
「ねむりひめ」(フェリクス・ホフマン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1963)
「とんことり」(筒井頼子/文 林明子/絵 福音館書店 1989)
「あさえとちいさいいもうと」(筒井頼子/文 林明子/絵 福音館書店 1982)
「いもうとのにゅういん」(筒井頼子/文 林明子/絵 福音館書店 1987)
「わたしとあそんで」(マリー・ホール・エッツ/作 よだじゅんいち/訳 福音館書店 1968)
「くまのコールテンくん」(ドン=フリーマン/作 松岡享子/訳 偕成社 1975)
「海べのあさ」(ロバート・マックロスキー/作 石井桃子/訳 岩波書店 1978)
「サリーのこけももつみ」(ロバート・マックロスキー/作 石井桃子/訳 岩波書店 1986)
「しょうぼうじどうしゃじぷた」(渡辺茂男/作 山本忠敬/絵 福音館書店 1966)
「あんぱんまん」(やなせたかし/作 フレーベル館 1979)
「ノンタンぶたんこのせて」(キヨノサチコ/作 偕成社 1976)
「ちいさなうさこちゃん」(ディック・ブルーナ/作 石井桃子/訳 福音館書店 1964)



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松居直のすすめる50の絵本

「松居直のすすめる50の絵本」(松居直 教文館 2008)

副題は「大人のための絵本入門」。
紹介されている50の絵本は以下。

絵本の世界へようこそ
「はなをくんくん」(ルース・クラウス/文 マーク・サイモント/絵 きじまはじめ/訳 福音館書店 1967)
「もこもこもこ」(谷川俊太郎/作 元永定正/絵 文研出版 1977)
「おじさんのかさ」(佐野洋子/作 講談社 1992)
「みんなうんち」(五味太郎/作 福音館書店 1992)
「おおかみと七ひきのこやぎ」(グリム/原作 フェリクス・ホフマン/絵 せたていじ/訳 福音館書店)
「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ/作 まさきるりこ/訳 福音館書店 1980)
「ちいさいおうち」(バージニア・リー・バートン/作 石井桃子/訳 岩波書店 1979)
「ピーターラビットのおはなし」(ビアトリクス・ポター/作 いしいももこ/訳 福音館書店 1988)
「かにむかし」(木下順二/作 清水崑/絵 岩波書店 1980)

ことばの力をはぐくむ絵本
「ととけっこう よがあけた」(こばやしえみこ/案 ましませつこ/絵 こぐま社 2005)
「ちいさなうさこちゃん」(デイック・ブルーナ/作 石井桃子/訳 福音館書店 1992)
「はけたよ はけたよ」(かんざわとしこ/文 にしまきかやこ/絵 偕成社 1979)
「わたしのワンピース」(にしまきかやこ/作 こぐま社 1969)
「わにわにのおふろ」(小風さち/文 山口マオ/絵 福音館書店 2004)
「おおきなかぶ」(A.トルストイ/再話 内田莉莎子/訳 佐藤忠良/絵 福音館書店 1995)
「まりーちゃんとひつじ」(フランソワーズ/作 与田準一/訳 岩波書店 1980)
「きかんしゃやえもん」(阿川弘之/文 岡部冬彦/絵 岩波書店 1959)

親子のぬくもりを感じる絵本
「くまのコールテンくん」(ドン=フリーマン/作 まつおかきょうこ/訳 偕成社 1990)
「ラチとらいおん」(マレーク・ベロニカ/作 とくながやすもと/訳 福音館書店 1965)
「しんせつなともだち」(方軼羣/作 君島久子/訳 村山知義/絵 福音館書店 1987)
「ちいさなねこ」(石井桃子/作 横内襄/絵 福音館書店 1979)
「とべ! ちいさいプロペラき」(小風さち/文 山本忠敬/絵 福音館書店 2000)
「どんなにきみがすきだかあててごらん」(サム・マクブラットニィ/文 アニタ・ジェラーム/絵 小川仁央/訳 評論社 1995)
「こいぬのうんち」(クォンジョンセン/文 チョンスンガク/絵 ピョンキジャ/訳 平凡社 2000) 
「かいじゅうたちのいるところ」(モーリス・センダック/作 じんぐうてるお/訳 富山房 1975)

子どもの生きる力を刺激する絵本
「おおきなおおきなおいも」(赤羽末吉/作 福音館書店 1980)
「ガオ」(田島征三/作 福音館書店 2005)
「ひとまねこざるときいろいぼうし」(H.A.レイ/文,絵 光吉夏弥/訳 岩波書店 1980)
「木はいいなあ」(ジャニス・メイ・ユードリイ/文 マーク・シーモント/絵 さいおんじさちこ/訳 偕成社 1977)
「よあけ」(ユリー・シュルヴィッツ/絵 瀬田貞二/訳 1977)
「てぶくろ」(エウゲーニー・M・ラチョフ/絵 うちだりさこ/訳 福音館書店 1965)
「ふきまんぶく」(田島征三/作 偕成社 1973)
「パパといっしょに」(イサンクォン/文 ハンビョンホ/絵 おおたけきよみ/訳 アートン 2004)

絵を読む絵本
「ブレーメンのおんがくたい」(グリム/原作 ハンス・フィッシャー/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1980)
「あおくんときいろちゃん」(レオ・レオーニ/作 藤田圭雄/訳 至光社 1979)
「はらぺこあおむし」(エリック・カール/作 もりひさし/訳 偕成社 1976)
「おやすみなさいおつきさま」(マーガレット・ワイズ・ブラウン/作 クレメント・ハード/絵 せたていじ/訳 評論社 1979)
「ゆきのひ」(エズラ=ジャック=キーツ/作 きじまはじめ/訳 偕成社 1990)
「はじめてのおつかい」(筒井頼子/作 林明子/絵 福音館書店 1977)
「スイミー」(レオ・レオニ/作 谷川俊太郎/訳 好学社 1979)
「ハルばぁちゃんの手」(山中恒/文 木下晋/絵 福音館書店 2005)

読書力をつける絵本
「あおい目のこねこ」(エゴン・マチーセン/作 せたていじ/訳 福音館書店 1980)
「ももたろう」(まついただし/文 あかばすえきち/絵 福音館書店 1980)
「3びきのくま」(トルストイ/文 バスネツォフ/絵 おがさわらとよき/訳 福音館書店 1980)
「ロバのシルベスターとまほうの小石」(ウィリアム・スタイグ/作 せたていじ/訳 2006)
「フレデリック」(レオ・レオニ/作 谷川俊太郎/訳 好学社 1980)
「こびととくつや」(グリム/原作 カトリーン・ブラント/絵 藤本朝巳/訳 平凡社 2002)
「おしいれのぼうけん」(ふるたたるひ/作 たばたせいいち/絵 童心社 1980)
「白鳥」(マーシャ・ブラウン/絵 松岡享子/訳 福音館書店 1967)
「にほんご」(安野光雅・大岡信・谷川俊太郎・松居直/共著 福音館書店 1980)

それから、巻末に、「絵本と子どものこころ」という、講演会をまとめた文章がついている。

著者の松居直さんについては、説明は不要だろう。
福音館書店の創業にたずさわった、えらいひとだ。

本書は、松居直さんが50冊の絵本を紹介した、絵本入門書。
見開きに1冊が紹介されているので読みやすいし、選ばれているのはスタンダードなものばかり。
韓国の絵本が何冊か紹介されているのが今風だろうか。
紹介文のはしばしで、社会情勢について憂いているのも、えらいひとが書いた紹介文らしい。

長年絵本づくりの現場にいたひとだけあって、ときおり触れられる裏話が興味深い。
たとえば「ちいさなうさこちゃん」の話。
作者のディック・ブルーナが、大変な手間をかけてうさこちゃんを描いているのは、よく知られている。
でも、訳者の石井桃子さんも、とても気を配って訳文をつくったのだそう。

「この絵本を生かしきる日本語訳は、石井桃子先生以外は考えられず、お願いしましたら、先生はオランダ婦人の朗読で、オランダ語の音声やひびきやリズムを耳で確かめ、その美しさ楽しさを生かした日本語訳をされました」

また、技法からみた絵本の解釈も新鮮。
「スイミー」は、文章だけ読めば、小さな者が協力して大きな者を打ち負かすという教訓話に読める。
ところが、作者がどの場面にもっとも多くのページを費やしているのかみてみると、スイミーがひとりぼっちで海を泳いでいる場面が、全体の半分以上の8場面を占めている。
そこで、松居直さんはいう。

「作者はここを語りたかったのです」

さらに、作者のレオ=レオニのことばを引用する。

「眼になったからといって、スイミーは指導者になったのではない。他人にかわってものをみることこそ、芸術家の使命なのです」

というわけで。
本書の読みかたとしては、紹介されている絵本を一度全部読んでから読んだほうが面白いと思う。
そのほうが、いろんな発見があって楽しいだろう。
50冊なんて、絵本ならあっというまに読める。
その時間は、非常に充実してものになるはずだ。


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えほんのせかいこどものせかい

「えほんのせかいこどものせかい」(松岡享子 日本エディタースクール出版部 1987)

この本は、この版の前に東京子ども図書館から小さな冊子として出版されている。
手元にあるのは、赤い表紙のこの冊子のほう。
松岡享子さんについては説明不要だろう。
児童図書館のえらいひとだ。

冒頭に記された文章によれば、本書は「こどものとも」の折りこみ付録に、1968年4月から1969年3月まで「私の教室」と題して連載されたものを、まとめたもの。
子どもにはなぜ絵本が必要で、どうやって手渡したらよいのか。
このことについて書いてある。
「子どもにはなぜ絵本が必要か」といった問いについては、この本以前も以後も、いろんなひとがいろんなことをいっているだろう。
でも、それに対する回答は、この小冊子に尽きていると思う。

さて、この本にも巻末に、「この本の中にでてくる書名」として、紹介された本がまとめられている。
以下に引用してみよう。

「ゆきむすめ」(内田莉莎子/再話 佐藤忠良/絵 福音館書店 1980)
「三びきのやぎのがらがらどん」(マーシャ・ブラウン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1979)
「かわ」(加古里子/作 福音館書店 1966)
「クマのプーさん」(A.A.ミルン/作 石井桃子/訳 岩波書店 2000)
「おおきなかぶ」(A.トルストイ/再話 内田莉莎子/訳 佐藤忠良/絵 福音館書店 1995)
「シナの五にんきょうだい」(クレール・H・ビショップ/文 クルト・ヴィーゼ/絵 かわもとさぶろう/訳 瑞雲舎 1995)
「ゆかいなホーマーくん」(ロバート・マックロスキー/作 石井桃子/訳 岩波書店 2000)
「かもさんおとおり」(ロバート・マックロスキー/作 わたなべしげお/訳 福音館書店 1980)
「ねむりひめ」(グリム兄弟/原作 フェリクス・ホフマン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1978)
「もりのなか」(マリー・ホール・エッツ/作 まさきるりこ/訳 福音館書店 1980)
「ひとまねこざる」(H.A.レイ/作 光吉夏弥/訳 岩波書店 1998)
「ちいさいおうち」(バージニア・リー・バートン/作 石井桃子/訳 岩波書店 1979)
「いたずらきかんしゃちゅうちゅう」(バージニア・リー・バートン/作 むらおかはなこ/訳 福音館書店 1961)
「ちびくろさんぼ」(ヘレン・バンナーマン/文 フランク・ドビアス/絵 光吉夏弥/訳 瑞雲舎 2005)
「百まんびきのねこ」(ワンダ・ガアグ/文 いしいももこ/訳 福音館書店 1980)
「ぞうのババール」(ジャン・ド・ブリュノフ/作 やがわすみこ/訳 評論社 1976)
「おかあさんだいすき」(マージョリー・フラック/作 光吉夏弥/訳 岩波書店 1983)
「はなのすきなうし」(マンロー・リーフ/文 ロバート・ローソン/絵 光吉夏弥/訳 1954)
「きかんしゃやえもん」(阿川弘之/文 岡部冬彦/絵 岩波書店 1959)
「ぐりとぐら」(中川李枝子/文 山脇百合子/絵 福音館書店 2007)
「わたしとあそんで」(マリー・ホール・エッツ/作 よだじゅんいち/訳 福音館書店 1980)
「はたらきもののじょせつしゃけいてぃー」(バージニア・リー・バートン/作 石井桃子/訳 福音館書店 1987)
「だるまちゃんとてんぐちゃん」(加古里子/作 福音館書店 1967)
「しょうぼうじどうしゃじぷた」(渡辺茂男/文 山本忠敬/絵 福音館書店 2007)
「のろまなローラー」(小出正吾/作 山本忠敬/絵 福音館書店 2007)

以上。
いずれも名高い古典ばかり。
出版年は、手に入る版を優先した。
また、本書では「ちびくろさんぼ」の版元は岩波だし、「ぞうのババール」は岩波から出版された「ぞうさんババール」がとりあげられているけれど、これも手に入る版元を優先。

さて、以下は余談。
本書のなかで、松岡さんは、「絵本のよしあしを見きわめる目を養うために、“満25才以上”の絵本を読みましょう」と記している。
この意見に、異論のあるひとはいないだろう。

でも、この文章が書かれてから、すでに40余年がすぎている。
そのあいだに、たくさんの絵本が出版され、なかには満25才をすぎたものもあると思うけれど、はたしてそれらの絵本はすべからく自動的によい絵本になるのだろうか。
そんなことはないだろう。
もちろん、いつもていねいなことばづかいをする松岡さんは、こんな乱暴な断言はしていない。

「1冊の絵本が、25年間――ということは、5つの子どもが、同じ年の子どもの親になるくらいの年月――つづけて出版され、子どもたちからかわらぬ愛着をもって読まれたとすれば、それは、古典となるべき可能性を多分にもっているということがいえましょう」

出版され続け、子どもたちに愛着をもって読まれ続けていている絵本は、よい絵本の有力な条件ではある。
でも、それは絶対の条件ではない。
そうであれば、「ノンタン」シリーズ(偕成社)だって、よい絵本として紹介されているだろう。
でも、いまのところ「ノンタン」を紹介しているガイド本はみたことがない。
とすると、よい絵本とはなんなのか。

よい絵本というのは、たしかにあると思う。
でも、それを、子どもに人気があるといった理由だけではなくて――だから、児童書のガイド本はしばしば「子どものとりあい」になるのだが――納得できるようにことばにするのはとてもむつかしいことだ。



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親子で楽しむこどもの本

「本を紹介する本」というのは、世の中にたくさんある。
それらの本は、どんな本を紹介しているのか。
書名だけでも抜き出したら面白いぞ、と先日宮崎駿監督の「本へのとびら」についてメモをとったときに思いついて、今回やってみることにした。
でもまあ、面白いぞと思うのは、書名をみているだけで愉快な気持ちになる、ごく限られた幸福なひとたちだけかもしれない。

方針はいつも通り。
完璧を期さない。
調べない。
手元にある本だけを相手にする。
この3点を重視。

で、今回はこの本。
「親子で楽しむこどもの本」(谷川澄雄/編著 にっけん教育出版社 1996)
タイトルどおり、児童書についてのガイド本。
著者も出版社も聞いたことがない。
1996年に出版された本なのに、紹介している本の画像がひとつもない。
こういう、素性のわからない本のほうが、本の選びかたがオーソドックスな気がするけれど、どんなものだろう。
内容は、章ごとにテーマをもうけ、それに見あった本を紹介するというもの。
目次から、章立てと書名を引用してみよう。

自立する心
「はけたよはけたよ」(かんざわとしこ/文 にしまきかやこ/絵 偕成社 1979)
「ぐりとぐら」(中川李枝子/文 大村百合子/絵 福音館書店 1980)
「くまの子ウーフ」(神沢利子/作 井上洋介/絵 ポプラ社 1979)
「目をさませトラゴロウ」(小沢正/作 井上洋介/絵 理論社 1979)
「ちびくろ・さんぼ」(ヘレン・バンナーマン/文 フランク・ドビアス/絵 光吉夏弥/訳 1979)

冒険だいすき
「いたずらきかんしゃちゅうちゅう」(バージニア・リー・バートン/作 むらおかはなこ/訳 福音館書店 1961)
「ぞうのホートンたまごをかえす」(ドクター=スース/作 しらきしげる/訳 偕成社 1985)
「エルマーのぼうけん」(ルース・スタイルス・ガネット/作 ルース・クリスマン・ガネット/絵 わたなべしげお/訳 福音館書店 1989)
「おしいれのぼうけん」(ふるたたるひ/作 たばたせいいち/絵 童心社 1980)

平和の尊さ
「トビウオのぼうやはびょうきです」(いぬいとみこ/文 津田櫓冬/絵 金の星社 1982)
「一つの花」(今西祐行/作 中尾彰/絵 あすなろ書房 1985)
「チロヌップのきつね」(たかはしひろゆき/作 金の星社 1972)
「かたあしだちょうのエルフ」(おのきがく/作 ポプラ社 1970)
「かわいそうなぞう」(つちやゆきお/文 たけべもといちろう/絵 金の星社 1970)

深い愛の心
「おかあさんだいすき」(マージョリー・フラック/作 光吉夏弥/訳 岩波書店 1980)
「ねむりひめ」(グリム兄弟/原作 フェリクス・ホフマン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1978)
「幸福の王子」(オスカー・ワイルド/原作 小野忠男/文 井上ゆかり/絵 にっけん教育出版社 1994)
「マッチうりの女の子」(ハンス・クリスチャン・アンデルセン/作 スベン・オットー/絵 乾侑美子/訳 童話屋 1994)
「ごんぎつね」(新美南吉/作 深沢省三/絵 大日本図書 1991)

民話を楽しむ
「やまんばのにしき」(まつたにみよこ/文 せがわやすお/絵 ポプラ社 1967)
「三びきのやぎのがらがらどん」(マーシャ・ブラウン/絵 せたていじ/訳 福音館書店 1979)
「三びきのこぶた」(瀬田貞二/訳 山田三郎/絵 福音館書店 1967)

以上。
このあと付録として「絵本36選」がついている。
年長・年中・年少と分け、それぞれ12冊ずつが選ばれている。
これもタイトルを引いておこう。

年長児向け
「まちんと」(松谷みよ子/文 司修/絵 偕成社 1983)
「てんぷくちふく」(渋谷勲/文 松本修一/絵 ほるぷ出版 1991)
「八郎」(斎藤隆介/文 滝平二郎/絵 福音館書店 1980)
「花さき山」(斎藤隆介/文 滝平二郎/絵 岩崎書店 1978)
「ねずみのでんしゃ」(山下明生/文 岩村和朗/絵 ひさかたチャイルド 1982)
「いのちのろうそく」(渋谷勲/文 前川かずお/絵 フレーベル館 1991)
「おこんじょうるり」(さねとうあきら/作 井上洋介/絵 理論社 1974)
「かさこじぞう」(いわさききょうこ/文 あらいごろう/絵 ポプラ社 1978)
「びゅんびゅんごまがまわったら」(宮川ひろ/作 林明子/絵 童心社 1982)
「ぼうさまになったからす」(松谷みよ子/文 司修/絵 偕成社 1989)
「きかんしゃやえもん」(阿川弘之/文 岡部冬彦/絵 岩波書店 1959)
「チムとゆうかんなせんちょうさん」(エドワード・アーディゾーニ/作 せたていじ/訳 福音館書店 1994)

年中児向け
「14ひきのあさごはん」(いわむらかずお/作 童心社 1983)
「どろんこハリー」(ジーン・ジオン/文 マーガレット・ブロイ・グレアム/絵 わたなべしげお/訳 福音館書店 1964)
「おばけのバーバパパ」(アネット=チゾン/作 タラス=テイラー/作 やましたはるお/訳 偕成社 1989)
「わたしのぼうし」(さのようこ/作 ポプラ社 1994)
「ゆきのひ」(佐々木潔/作 講談社 1980)
「白雪姫」(高津美保子/文 山本容子/絵 ほるぷ出版 1992)
「かにむかし」(木下順二/文 清水崑/絵 岩波書店 1959)
「おおきなかぶ」(A.トルストイ/再話 内田莉莎子/訳 佐藤忠良/絵 1995)
「ちいさなちいさな駅長さんの話」(いぬいとみこ/文 津田櫓冬/絵 新日本出版社 1973)
「やぎのゆきちゃん」(桜井信夫/文 田沢梨枝子/絵 草土文化 1979)
「ちからたろう」(いまえよしとも/文 たしませいぞう/絵 ポプラ社 1977)
「ひとまねこざる」(H.A.レイ/文,絵 光吉夏弥/訳 岩波書店 1980)

年少児向け
「いないいないばあ」(松谷みよ子/文 瀬川康男/絵 童心社 1990)
「おっぱい」(みやにしたつや/作 鈴木出版 1990)
「タンタンのぼうし」(いわむらかずお/作 偕成社 1993)
「スイミー」(レオ・レオニ/作 谷川俊太郎/訳 好学社 1979)
「しろくまちゃんのほっとけーき」(わかやまけん/絵 森比左志/文 わだよしおみ/文 こぐま社 1980)
「おばけとモモちゃん」(松谷みよ子/文 中谷千代子/絵 講談社 1980)
「ルラルさんのにわ」(いとうひろし/作 ほるぷ出版 1990)
「てぶくろ」(エウゲーニー・M・ラチョフ/作 うちだりさこ/訳 福音館書店 1995)
「おばあちゃん」(大森真貴乃/作 ほるぷ出版 1987)
「ちいさいパピーちゃん パピーちゃん絵本」(メイト)
「かばくん」(岸田衿子/文 中谷千代子/絵 福音館書店 1966)
「えんにち」(五十嵐豊子/作 福音館書店 1994)

「ちいさいパピーちゃん」は正体不明。
出版年はかなり適当に記した。
ほとんどの本がいまでも手に入ることに驚く。
もちろん、版はちがったりするけれど。

児童書は、長く読み継がれていく本はずっと残るけれど、そうでない本は一瞬で消えてしまう。
ほんとうに厳しい世界だ。


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