死者の百科事典

「死者の百科事典」(ダニロ・キシュ 東京創元社 1999)。

訳は山崎佳代子。
簡にして要を得た、訳者あとがきが素晴らしい。

作者はユーゴスラビアのひと。
フランスに移住し、そこで亡くなったそう。

この本は短編集。
九つの短編と、「ポスト・スクリプト」という名の、作者による解説がついている。

作風はアイロニカル。
一面的なものの見方を拒絶する。
物語にぎゅうっと力を加えたあげく、べつの物質に変形してしまったよう。
幻想的というより、非世俗的といったほうがいいような書きぶり。

印象に残ったものをいくつか。

「死後の栄誉」
「私」がマリエッタという娼婦の葬儀を回想したもの。
舞台は大恐慌時代のハンブルグ。
労働者たちは温室や邸宅から略奪した大量の花を墓にささげる。
作者の作品は、
「精密なディティールが書きこまれた簡潔性を特徴としている」
と、訳者あとがきにあるけれど、これもそんな作品。

「死者の百科事典」
ストックホルムにある死者の百科事典をおさめた図書館で、娘が亡くなった父の生涯を知るという話。
娘の語りによる回想。
これはもう、「死者の百科事典」というアイディアにつきる。
そこには無名のひとたちの生涯が、徹底的にディティールをおさえて記されているという。
なぜそれほど細部にこだわるのか。
それは、「人間の生命はくり返すことができないし、あらゆる出来事は一度かぎりであると編者たちが考えているから」。
ここではアイロニカルとよりも、抒情が勝っている。
話も時間どおりで読みやすい。
本をとじて、いちばんおぼえていたのがこの作品だった。

「未知を映す鏡」
これは幻想譚。
ある少女が手鏡のなかで殺人事件を目撃する。
作者は作品ごとに手法を変えているのだけれど、この作品はたいへん映像的。
映像がどんどんオーヴァーラップしていくよう。
こんなに映像的な作品を読んだことがあったかと思ったほど。

最後に「ポスト・スクリプト」。
ここで作者は楽屋話をして、全作品を相対化する。
小説をひとつの解釈にとじこめないようにする強靭な意志を感じる。
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