「虚しき楽園」「豹の呼ぶ声」「アメリカを買って」「シュロック・ホームズの迷推理」

「虚しき楽園 上下」(カール・ハイアセン/著 酒井昭伸/訳 扶桑社 1998)
東日本大震災が起きたとき、まず思いだしたのは、
――まだ、ハイアセンの「虚しき楽園」を読んでなかったなあ
ということだった。
震災にかぎらず、なにかが起きたとき、いつも読んでなかった本のことを思いだしてしまう。
これはもう、性分なのでしかたがない。

で、先日ようやく「虚しき楽園」を引っ張りだして読んでみた。
舞台は、いつものハイアセン作品と同じくフロリダ。
今世紀最大のハリケーンがやってきた、そのフロリダの被災地で(だから地震のとき思いだした)、小悪党たちが右往左往するという犯罪小説だ。

まず、すっかり破壊された見知らぬ家に入りこんで保険金をせしめようとする、女詐欺師のイーデイー・マーシュと、その乱暴な相棒スナッパー。
新婚旅行中ハリケーンに出くわし、大喜びで被災地にカメラをむける、無神経を絵に描いたような広告屋のマックス・ラム。
このマックス・ラムに嫌気がさしてしまう、新妻のボニー。
飛行機事故の保険金により、お金には苦労しないものの途方に暮れている、頭蓋骨をつかったジャグリングが趣味のオーガスティン・ヘレラ。
安全基準にばっちり合格していますなどと、あることないこと並べたててトレーラーハウスを売っていた、セールスマンのトニー・トーレス。
いいかげんかつ効率的な建築監視員であり、ハリケーン被災後は屋根直しの詐欺でひと儲けたくらむ、アーヴィラ。
それから、警官のカップル、ジムとブレンダ。
それに、マックス・ラムを誘拐する、もと州知事にしてホームレス、自然を極端に愛するハイアセン作品のシリーズ・キャラクター、スキップ。

とまあ、こんな連中がくんずほぐれつする。
大きな自然災害が起こると、人間の姿は小さくなり、そのぶん風景は大きく立ち上がる。
そういうものだと思っていたけれど、、本書では風景が立ち上がることはない。
カメラの真ん中にはつねに登場人物がいて、被災地はその背景にすぎない。
――被災地を舞台にしても、こんなにいつもか変わらないのか
と、ハイアセンの強固な手法に感じ入ったものだ。。


「豹の呼ぶ声」(マイクル・Z・リューイン/著 石田善彦/訳 早川書房 1998)
もうだいぶ前のことになるけれど、友人からこの小説面白いよと薦められたのが、アルバート・サムスン・シリーズの「A型の女」(早川書房 1991)だった。
でも、その頃ミステリといえば、ディスクン・カーとハメットしか読んでいなかった。
なので、面白いのかあと思ったものの、読むまでにはいたらなかった。

で、先日。
古本屋にいったら、「豹の呼ぶ声」が50円で売られていた。
アルバート・サムスン・シリーズの7作目。
読んでみたら、素晴らしく面白い。
主人公のアルバート・サムスンは、1人称で書かれた探偵のくせに、ぜんぜんタフではない。
怖い目にあうと、震えたり、もどしたりする。
扱う事件も妙。
妻がいるふりをしていた詩人が、妻を殺してほしいといってきたり。
動物の仮面をつけた連中が、仕掛けた爆弾をさがしてほしいと依頼してきたり。
ぜんたいにファルス風なところが好ましい。

こんなに面白いとは思わなかった。
不明を恥じるばかりだ。
友人が面白いといっていた、「A型の女」も読んでみなくては。


「アメリカを買って」(クロード・クロッツ/著 三輪秀彦/訳 早川書房 1983)
本の後ろに記されたあらすじに、「近未来SF悪漢小説!」と書いてある。
舞台は1989年。
この本が出版されたころは、まだ未来。
世界は多国籍企業の手に落ち、各国の元首たちが手にしていた権力は、なしくずしになくなりつつある時代。

主人公の名前は、レオナール・タンツーフル。
世界中を放浪し、あらゆるカジノで莫大な財産をつかい果たし、娼館を経営し、アフリカの王様になり、絵画を盗難した人物。
このレオナールが、6P2R作戦という、暗殺計画を請け負う。
これが第一部。

第2部では、6P2R作戦を成功させ、恋人のニュー・エロイーズと悠々自適に暮らすレオナールが何者かに襲われる。
レオナールとニュー・エロイーズは世界中のあちこちに逃亡。
カジノで遊び、わざと敵にみつけさせ、返り討ちにしていくレオナールの活躍がえがかれる。

つまり、本書はルパンものの大掛かりな亜流。
他愛のないところが大変楽しい。
じき、読んだことすら忘れてしまうだろう。
ところで、逃亡生活中のレオナールと、ニュー・エロイーズは日本にもやってくる。
1989年の日本ではペタンクが流行っているというのが驚きだ。


「シュロック・ホームズの迷推理」(ロバート・L.フィッシュ/著 深町真理子/ほか訳 光文社 2000)

ロバート・L.フィッシュの短編集。
シュロック・ホームズものが11編と、それ以外の短篇が5編収録されている。
シュロック・ホームズは、タイトル通りホームズのパロディ。
火のないところに火をみつけ、別なところに火をおこす、見事な迷探偵ぶりをみせるシュロック・ホームズの活躍がとても楽しい。
いつも伏線が2重になっているところは感心してしまう。

シュロック・ホームズものは、早川文庫からでていたものは全部読んだ(と思う)。
今回は再読だったのだけれど、ひとつ面白いことに気がついた。
「シュロック・ホームズの復活」と「奇人ロッタリーズ氏」にでてくる、エプスワース卿というのは、ウッドハウスのエムズワース卿からのイタダキだろう。
エプスワース卿はブローティングズ城に住んでいて、300ポンド以上もあるブローティングズ公爵夫人と呼ばれるブタを飼っているという。
まず間違いない。
そして、この行方不明になったブタを、シュロック・ホームズはもちまえの創造的な推理力によって、解決したりしなかったりする。

シュロック・ホームズもの以外の5編も、それぞれ面白かった。
とくに短いものが、テンポがよくていい。
――ロバート・L.フィッシュは短篇のほうが面白いのではないか。
と、何度か「亡命者」に挑戦しては挫折した身としては思った次第だ。


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