「ヴァルハラ最終指令」「裏切りのキロス」

今回もジャック・ヒギンズ作品について。

「ヴァルハラ最終指令」(ハリー・パタースン/著 井坂清/訳  早川書房 1983)
原題は、“Valhalla Exchange”
ハリー・パタースン名義。
原書の刊行は1976年。

第2次大戦もの。
特派員の《わたし》が、ボリビアで、米国准将ハミルトン・カニングから、終戦まぎわのドイツで起こった話を聞くという、枠物語の体裁をとった作品。
なぜボリビアなのかといえば、ナチスの指導者で総統秘書、国家指導官であるマルチン・ボルマンがこの地で亡くなったという知らせがあったため。

本編は3人称多視点。
ヒトラーが自殺した4月30日前後を中心に進行する。
ドイツのアルルベルク城に、有名人捕虜と呼ばれるひとたちが捕えられていた。
ピアニストだったり、ヴィシー政権の内務大臣だったり、男爵だったり。
カニング准将もそのひとり。

この有名人捕虜を利用するため、マルチン・ボルマンは替え玉をつかいベルリンを脱出。
途中、フィンランド傭兵部隊を配下におさめ、SS少佐カール・リッターとともにアルルベルク城をめざす。

いっぽう、アルルベルク城の指揮官、マックス・ヘッサー中佐は、敗戦を見越し、部下を連合軍に接触させようとしていた。
その部下が接触したのは、イギリスの野戦病院。
そこには、カール・リッター少佐に壊滅させられた、アメリカ軍の生き残り、ジャック・ハワード大尉とその部下たちがいた。

ハワード大尉とその部下たちは、有名人捕虜救出のため、ぶじアルルベルク城に到着。
が、脱出前にカール・リッター少佐があらわれる――。

有名人捕虜のなかに内通者がいたり、たまたまけがをした村人の治療のために城をでていた捕虜が、ボルマン一行にでくわしたりと、たくみな小技をつかってよく読ませる。
が、いかんせん本筋が弱い。
ボルマンが一体なにを狙っているのかよくわからないのが致命的。
替え玉と本人、どちらが本物なのかを読者にわからなくしたことも――思わせぶりな書きかたで読者の興味を引きつけようとしたのだろうが――失敗しているといえるだろう。


「裏切りのキロス」(ジャック・ヒギンズ/著 伏見威蕃/訳 二見書房 1986)

原題は“The Dark Side of the Island”
原書の刊行は、1963年。
ハリー・パタースン名義で刊行されたと、訳者あとがき。

3人称多視点。
「地獄島の要塞」と同じく、エーゲ海が舞台。
3部構成で、現在・過去(戦時中)・現在と展開する。

主人公は、元英国軍大尉、ヒュー・ロマックス。
現在は、カリフォルニア在住の脚本家。
第2次大戦中、キロス島でたたかったロマックスは、17年ぶりにこの島にもどってくる。
が、島民には、「わしらをドイツに売った裏切り者」と、あからさまに敵意をしめされる。

昔、知っていた酒場におもむくと、亭主のアレクシアスがナイフを片手に迫ってきて、危うく殺されそうになる。
巡査部長のキトロスがきてくれ、ことなきを得るが、ロマックスはこんな目に遭うとは納得がいかない。

さて、戦時中の話。
当時、ドイツ軍に占領されていたキロス島に、ロマックスは仲間とともに潜入。
目的は、ドイツ軍が聖アントニウス修道院につくったレーダー基地を破壊するため。

ロマックス一行は、協力者であるアレクシアスの兄の家に潜伏。
が、ドイツ兵がやってきて、応対したアレクシアスの姪、カティナに乱暴をはじめたので、ロマックスはこのドイツ兵を倒してしまう。
また、この騒ぎで、アレクシアスがけがをしてしまう。
そこで、医者であり、また作家であるオリヴァ・ファン・ホルンにアレクシアスのもとへいってもらい、治療してもらう。

ファン・ホルンはイギリス人だが、いまでは島で唯一の医者なので、ドイツ軍は手をださない。
島の司令官、シュタイナ大佐は、週に一度、チェスをしにファン・ホルン邸を訪れる。
ファン・ホルンはチェスで負けてやり、大佐から医薬品の供給を受けるという関係。

その後、作戦は遂行され、修道院を爆破。
が、島からは脱出できず、仲間は死に、ロマックスは負傷。
捕虜となり、Eボートでクレタ島に送られるが、Eボートはロマックスたちを迎えにくる予定だった海軍特殊戦隊の船に沈められる。
ロマックスは運よく救助され、戦線をはなれる。

現在にもどり――。
ロマックスが島をはなれたあと、島の住民はドイツ兵から報復を受け、フォンチの収容所に入れられたり、慰安所にいかされたりしていた。
ロマックスは本当の裏切り者をさがしだすべく、当時の知人を訪ねるが、そのうちに殺人事件に巻きこまれ、容疑者と目されて監房に入れられてしまう。
さらに、ロマックスを裏切り者だと考える島民たちは、暴徒と化し、監房に押し寄せる。
カティナの助力で監房を脱出したロマックスは、島のなかを逃げまわり――。

裏切り者はだれかという謎が最後まで維持される点、推理小説に近い。
主人公が殺人事件の容疑者にされてしまうところなどは、ウィリアム・アイリッシュの作品のようだ。
でもまあ、アイリッシュは自然のなかでの冒険を書くことはないか。


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「シバ 謀略の神殿」「地獄島の要塞」

去年、手元にある、未読のジャック・ヒギンズの本を読もうと志を立てた。
ジャック・ヒギンズの本はひと山ある。
それが書棚の一角を占領し、もう何年にもなる。
これらの本を読破し、きれいさっぱり片づけるのだ。

という訳で、せっせと読み進んではいるものの、まだ全て読み終わらない。
古本屋で、手元になかった本をみつけると、うっかり買ってしまったりするのがいけないのかもしれない。
全て読破した上で、メモを整理してここに載せようと思ったけれド、それにはまだ時間がかかりそうだ。
そこで、読んだはしから、メモを載せることにする。
整理は、今後の課題ということに。

「シバ 謀略の神殿」(ジャック・ヒギンズ/著 黒原敏行/訳 早川書房 1999)
原題、”SHEBA”
原書の刊行は1994年。
訳者あとがきによれば、この作品は、1963年にヒュー・マーロウ名義で刊行した「Seven Pillars to Hell」に手を加え、新作として発表したものだとのこと。

第2次大戦もの。
3人称多視点。
1939年3月末日、ナチス・ドイツは、9月1日に予定しているポーランド侵攻にあわせて、スエズ運河の爆破を計画した。
その拠点として、サウジアラビアの南、「虚無の地域」という意味をもつルブ・アル・ハーリー砂漠で発見された、シバの神殿をつかうことをたくらむ。
シバの神殿とは、あのシバの女王が建てたとされる神殿。
神殿は、ベルリン大学の教授が発見したもので、まだ世に知られていない。

ところで、アデン湾には、ギャヴィン・ケインという名のアメリカ人船長がいた。
考古学者で、コロンビア大学で講師をしていたが、妻と離婚したあと空軍に入隊。
1年間の飛行訓練と4年間の予備役兵の訓練を受けたのち、アメリカの考古学調査隊の一員として、ヨルダンで発掘に従事。
それからも転々として、現在はダーレインで暮らしている。
このギャヴィンが本書の主人公。

8月、このギャヴィンを、ルース・カニンガムというアメリカ人女性が訪ねてくる。
学者である英国人の夫が、内陸のシャブワ地域に向かったまま行方不明になってしまった。
ローマの将軍が残した、シバの神殿をみつけたという古文書を、夫は解読していたという。

フランス人とアラブ人のラシード族のハーフである、実業家のマリー・ペレの元で、ルースの夫がシャブワ地域に向かったという確証を得たギャヴィンは、マリーの助力でルースとともに現地におもむく――。

再版にあたり、作者が手を加えたというのは、冒頭のナチス・ドイツがスエズ運河爆破計画を練っているあたりだと思う。
この冒頭は、素晴らしくテンポがいい。
本編に入ると、雰囲気はあるものの、話がなかなか進まないという、ヒギンズ初期の作風があらわれる。


「地獄島の要塞」(ジャック・ヒギンズ/著 沢川進/訳 早川書房 1974)
原題は、“Night Judgment at Sinons”
原書の刊行年が記されていない。
「廃墟の東」の巻末に載せられた著作リストによれば、原書の刊行は、1970年。

〈わたし〉の1人称。
主人公は、42歳のアイルランド人、ジャック・サヴェージ。
戦中戦後と、英国海兵隊特別攻撃隊に所属。
1958年に退役し、現在はエーゲ海でサルベージの仕事をしている。

冒頭、サヴェージはエジプト軍からの依頼で、海底に沈んだイスラエル軍の戦闘機ミラージュをサルベージすることに。
が、イスラエルの情報員だった相棒のダイバーが――そのことはサヴェージも知らなかった――、ミラージュを爆破してしまう。
サヴェージは、撃たれた相棒を助けようとするが、けっきょく相棒は死に、サヴェージはサルベージ事業をふいにする。

驚いたことに、この冒頭のエピソードは本筋にはかかわらない。
ただ、登場人物の紹介が手際よくなされるだけだ。

その後、サヴェージはキロス島の沖で海綿採りをして糊口をしのぐ。
そんなサヴェージに、アレコという富豪が接触してくる。
ギリシア内戦中、共産党軍が占拠していた要塞から、捕虜になった将軍を助けだしたという、サヴェージの経歴を知っているアレコは、サヴェージにある仕事をもちかける。

ギリシアの軍事政権転覆をたくらむ者たちが、ある場所で集会を開いた。
そこで、反政府人物たちのリストがつくられた。
そのリストは、無理に開けようとすると爆発する装置が仕掛けられたアタッシュケースに入れられ、特使の手首に鎖でつながれて、飛行機ではこばれた。
が、エンジンの故障のため、飛行機はクレタ島沖合に墜落。
パイロットだけが助かり、シノス島の政治用監獄に収容されている。
このパイロットが口を割る前に、シノス島から救いだしてほしい。

ところで、富豪のアレコには、サラという義妹がいる。
奥さんの妹だったが、奥さんは亡くなった。
サラは、イギリス人で、19歳。
美人で、伯爵令嬢で、お金持ちの叔父がいて、白血病をわずらっている。
とまあ、あんまり出来すぎた設定でちょっと笑ってしまう。
サヴェージはサラと恋仲になる。

サヴェージはアレコの依頼を一度は断る。
しかし、アレコの策謀にはまり、船を失うことになる。
サラと結婚すれば遊んで暮らせるにもかかわらず、サヴェージはアレコの依頼を受け、政治犯の救出に向かう――。

ここが、全体の3分の2あたり。
展開がいかにも遅い。
しかし、ここからがぜん面白くなる。
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