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ルーフォック・オルメスの冒険

「ルーフォック・オルメスの冒険」(カミ/著 高野優/訳 東京創元社 2016)

本書の出版は、ことし一番の快挙だと、まずいいきってしまおう。

カミは、フランスのユーモア作家。
代表作は、「エッフェル塔の潜水夫」だろうか。
カミの作品として、本書もよく知られたものだったけれど、長く入手困難で、読むことがむつかしかった。

このところ、カミの「機械探偵クリク・ロボット」(早川書房)と「三銃士の息子」(早川書房 2014)が訳出されてきたけれど、まさか「ルーフォック・オルメスの冒険」が読めるようになるとは。
訳者および、訳者に翻訳を勧めてくださったという、東京創元社の井垣真理さんに深い感謝をささげたい。

それにしても、訳者あとがきによれば本書の全訳はじつに74年ぶりとのこと。
ハレー彗星じゃないんだから。

「ルーフォック・オルメスの冒険」はコント集。
コントなので、ストーリーは簡単なト書きと、登場人物によるセリフで進んでいく。
オルメスとは、ホームズのフランス風の読みかた。
ルーフォックは、「ちょっといかれた」を意味する。
と、これはカバー裏表紙に載せられた内容紹介から。
内容紹介には、

《フランス式ホームズ・パロディ短篇集。必読の一冊。》

とも書かれているけれど、必読の一冊はいいすぎだろう。
しかし、バカバカしい小説が好きな向きにはそういいたい。

さて、本書には短い、ナンセンスなミステリ・コントが34篇おさめられている。
ざっと、その収録作をみてみよう。

第1部
ルーフォック・オルメス、向かうところ敵なし

「校正者殺人事件」
「催眠術比べ」
「白い壁に残された赤い大きな手」
「骸骨盗難事件」
「ヴェニスの潜水殺人犯」
「警官殺人事件」
「奇妙な自殺」
「禿げの女曲馬師」
「本物の嗅覚」
「証拠を残さぬ殺人」
「空飛ぶボートの謎」
「愛による殺人」
「列車強盗事件」
「聖ニャンコラン通りの悲劇」
「ふたつの顔を持つ男」
「後宮(ハーレム)の妻たち」
「生まれ変わり」
「シカゴの怪事件―鳴らない鐘とおしゃべりな卵」
「ミュージック・ホール殺人事件」

第2部
ルーフォック・オルメス、怪人スペクトラと闘う

「血まみれのトランク事件」
「《とんがり塔》の謎」
「〈クラリネットの穴〉盗難事件」
「ギロチンの怪」
「大西洋の盗賊団」
「チェッカーによる殺人」
「人殺しをする赤ん坊の謎」
「スフィンクスの秘密」
「真夜中のカタツムリ」
「道化師の死」
「競馬場の怪」
「血まみれの細菌たち」
「地下墓地(カタコンブ)の謎」
「死刑台のタンゴ」
「巨大なインク壺の謎」

――以上。

訳者あとがきで、訳者の高野優さんは、カミの作品を訳していると落語の滑稽話を思いだすと書いている。
ナンセンス味があり、語呂合わせでオチをつけるところなど、たしかにカミの作品は落語っぽい。
八っつぁんクマさんのような、バカバカしいやりとりも満載。
でも、いくらなんでもくだらなすぎるだろうという場面も多々ある。
たとえば、「ヴェニスの潜水殺人犯」
(以下、少しネタバレがあります)

ゴンドラに穴を開けてひとを殺す潜水殺人犯は、ヴェニスを恐怖のどん底に落としている。
ヴェニスの潜水警察官も、殺人犯にはお手上げ。
そこで、ヴェニス警察から依頼を受けたオルメスは、忠実な助手とともにタンデムの自転車で運河の底を走り、殺人犯を追いかける。
なんだって運河の底を自転車で走らなければいけないのか。

で、やはり自転車に乗り運河の底を全速力で逃げる殺人犯を追っていると、途中、アンチョビの群れが。
アンチョビたちがタイヤのスポークのあいだを通ろうとするので、スポークは全部折れてしまう。
嗚呼、これでは殺人犯を追うことができない。

そのとき突然、大タコがあらわれる。
オルメスはいきなり大タコの腹を蹴りつけ、タコを昇天させる。
そして、死後硬直により固くなったタコをスポーク代わりに車輪にはめこんで、再び追跡を開始する―――。

じつにまあ、素敵なくだらなさだ。
ルーフォック・オルメス作品は、どれもだいたいこんな感じ。

語呂合わせというか、ことばが現実化することによっておかしみをかもしだすのも、カミの得意技だ。
「空飛ぶボートの謎」では、警官に追いつめられた《虫も殺さぬ顔の盗賊団》の一味が、空飛ぶボートに乗って逃げていく。
一体、どうやってボートは空を飛んでいるのか。

じつは、この近くには無線電報局があった。
一味は、ちょうどここを通る電波にボートを乗せて逃亡したのだ。

「ボートに乗れば、波の上を行くのは簡単ですからね」

と、オルメスはきっぱりといいきる。
不思議なことなどまったくないというようだ。

ところで、この作品は、「新・ちくま文学の森」シリーズの1冊、「世界は笑う」(筑摩書房 1995)に、「飛行ボートの怪」というタイトルで収録されている。
「飛行ボートの怪」は、「空飛ぶボートの謎」とオチのことばづかいがちょっとちがう。
くらべて読むと面白い。

さらに、「ちくま文学の森」シリーズの1冊、「おかしい話」(筑摩書房 1988)にも、「怪盗と名探偵抄」というタイトルで、オルメス作品が2編収録されている。
「赤んぼうは渇く!」と、「インクは昇る!」がそう。
本書ではそれぞれ、「人殺しをする赤ん坊の謎」、「インク壺の謎」となっている作品だ。

大ダコのスポークや、空飛ぶボートの例でわかる通り、カミの作品は視覚的だ。
これは、カミが漫画も描く、視覚的な発想をするひとだったためだろう。
運河の底を走る自転車だって、見た目が面白いという以外に、そんなことをする理由がみつからない。
本書のカバーは、カミがえがいた、ルーフォック・オルメスがつかわれている。
鳥打帽をかぶり、コートの襟を立て、赤い花と目だけのぞかせたオルメスは、なかなかに格好いい。

ナンセンスであり、ミステリであり、視覚的であることから、カミ作品はときどきグロテスクに傾く。

「猟犬の鼻」において、オルメスは事件解決のため有名な整形外科医に、自分の鼻を切り落として猟犬の鼻をつけてくれと依頼する。
「血まみれのトランク事件」では、バラバラにされた何人もの死体が、756個のトランクにでたらめに入れられる。
人体を部品のように扱うのは、漫画のセンスだろう。
出帆社版の「ルーフォック・オルメスの冒険」(吉村正一郎/訳 出帆社 1976)におさめられた中編も、同様のセンスの作品だったと記憶している。

各作品の巻末には、訳者によるコメントがときどきつけられている。
このコメントがまた秀逸。
本書の「ボケっぱなし」というべき作品に、的確なツッコミを入れている。
おかげで、本書がより愉快な読み物となったのはまちがいない。

本書の作品中、もっとも気に入ったのは、「《とんがり塔》の謎」
オルメスによって捕まった怪人スペクトラが、とんがり塔と呼ばれる独房から脱獄を果たす。
この脱獄の仕方が、大変ナンセンス。
いやあ、まさか脱獄用のシーツを手に入れるのに、こんな方法があったとは……。


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開高健の「自戒の弁」 (タナカ)
2018-12-31 23:48:07
開高健に「自戒の弁 芥川賞をもらって」という文章がある。
たしか、「開高健ベスト・エッセイ」(筑摩書房 2018)に収録されていたと思う。
この文章に、「ルーフォック・オルメスの冒険」の「巨大なインク壺の謎」がでてくる。

「巨大なインク壺の謎」では、怪人スペクトラが巨大なインク瓶に作家を投げこみ、上からどんどんインキをそそいでいく。溺れたくない作家はどんどん書く。スペクトラはそれをどんどん売って大もうけする。

授賞の知らせがきたとき開高健は、
《私は一瞬、視界がまっ青にそまったような気がして胸苦しくなった》

そして、自分は遅筆なので、どんなにスペクトラに首をしめられても自重していくほかはないと、自戒の弁を述べている。

「自戒の弁」はここまでが前半。
後半は、感性的で気分的な文体から逃れようとする決意が述べられている。
 
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