タナカの読書メモです。
一冊たちブログ
闇の天使
「闇の天使」(ジャック・ヒギンズ/著 黒原敏行/訳 早川書房 1999)
原題は、“Angel of Death”
原書の刊行は、1995年。
巻頭に、オリヴァー・ウェンデル・ホームズの文章が引用されている。
「非情の日」や「テロリストに薔薇を」にも引用されていた、なつかしい一文だ。
ここにも引用してみよう。
《二つの集団がそれぞれ互いに相容れない世界を望んでいる時、その対立を解消しうるものは、私の見るところただ一つ――力だけだ……私にはすべての社会が人々の死の上に成立しているように思える。》
元IRA闘士にして、いまは英国特別情報機関のもとではたらくショーン・ディロンの活躍をえがいた、ショーン。ディロン・シリーズは、各巻の訳者あとがきなどをみると、ディロンが敵役として初登場した「嵐の眼」から数えるのが慣例のようだ。
そう数えると、本書はシリーズ4作目。
前2作は、消えた密書を追う話だったが、今回は要人警護。
アイルランド和平を背景に、無差別に暗殺をくり返す、謎のテロ組織〈一月三十日〉をめぐる物語だ。
では、まずプロローグから。
1994年、ベルファスト。
プロテスタント系テロリスト、ダニエル・クイン抹殺のため、ディロンは武器商人に扮して相手と接触。
1度目の接触のとき、クインはあらわれず。
2度目の接触のときは、すでにディロンの正体は露見していた。
あやうく殺されそうになるが、突然バイクに乗った人物があらわれディロンを援護してくれる。
このバイクの人物は何者なのか。
一方、ディロンが任務を遂行中、上司のファーガスン准将は、首相官邸で週に一度の定例会議に出席していた。
出席者は、首相と防諜局副長官のサイモン・カーターと、北アイルランド省政務次官ルパート・ラング。
それから、特別情報機関〈グループ・フォア〉の責任者であるファーガスン准将。
会議の議題は、保安上の諸問題について。
ロンドンで活動しているテロリスト・グループと、新たな脅威となりつつあるイスラム原理主義グループのことなど。
〈一月三十日〉というテロリストのことも話題にのぼる。
無差別に暗殺をくり返し、一貫性がないため、正体が判然としない。
ただ、使用している武器はつねに同じ。
ところで。
情報提供者はたいてい組織の上部にいるというのが、ヒギンズの小説作法だ。
これは冒頭ですぐ明かされるから書いてもいいと思うが、本書では北アイルランド省政務次官ルパート・ラングがそれに当たる。
会議後、ラングはロシア大使館の上級文化担当官ユーリー・ベロフを訪問。
ベロフはGRU(ロシア軍情報部)のロンドン支局長をつとめる大佐。
ベロフはディロンのことを知っている。
また、ダニエル・クインがベイルートに発つことも知っている。
ベイルートで、クインはKGB、ロシア・マフィア、イスラム原理主義のヒズボラがからんだ武器取り引きをするという。
GRUとKGBはライバル関係にある。
ベロフにとって、クインの取り引きがうまくいくのは面白くない。
できれば、ディロンにはベルファストで殺されたりせず、ベイルートにいってもらいたい。
そこで、ラングはクイーンズ大学で客員教授をしているトム・カリーに連絡。
たまたま、女優のグレイス・ブラウニングもリリック・シアターでひとり芝居をしており、仲間である2人はホテルのバーで落ちあう。
このとき偶然、同じホテルにいたディロンと顔をあわせる。
というわけで、ディロンを援護したバイク乗りは、なんと女優のグレイス・ブラウニングだった。
さらに、事件のあと、〈一月三十日〉の声明がだされる。
ルパート・ラングとユーリー・ベロフ、それにトム・カーリーとグレイス・ブラウニングの4人は、〈一月三十日〉と名乗ってなにをしているのか。
それが、プロローグのあと語られる。
トム・カリーは1949年、ダブリンでプロテスタントであるイギリス系アイルランド人の家庭に生まれた。
外科医の父親は、5歳のとき他界。
母親は、アイルランドの混乱の唯一の解決法はマルクス主義だと信じる人物。
それを息子に教えこんだ。
1966年、17歳のとき、ケンブリッジ大学トリニティ学寮に入学。
ここで、ルパート・ラングと知りあう。
ラングは貴族階級出身の、なにごとにも関心をもたない学生。
2人は同性愛の関係を結ぶ。
卒業後、カリーはモスクワに留学。
GRUの誘いに応じ、休眠工作員(スリーパー)となる。
ラングは一族の伝統にしたがい、サンドハース士官学校をへて陸軍へ。
1972年1月30日。
近衛歩兵第一連隊から落下傘部隊に転属し、北アイルランドのロンドンデリーで中尉として勤務していたラングは、“血の日曜日”事件に遭遇。
腕を負傷する。
その後、ラングは父親の選挙区を継ぎ、国会議員に。
ラングと再会したカリーは、自身の管理指揮官である35歳のGRU少佐、ユーリー・ベロフにラングのことを話す。
それからまた年月がたち。
1985年。
カリーはロンドン大学の政治哲学の教授に。
また、ベルファストのクイーンズ大学の客員教授でもあり、かつ北アイルランド委員会のメンバーにもなっている。
国会議員のラングは、院内幹事に。
ある日、カリーはベロフから連絡をうける。
KGBのロンドン支局長、ボリス・アシモフ大佐から紹介され、アリ・ミハドというアラブ人と会うことになった。
仕事の分担があり、アラブ関係はGRUが扱うと決まっている。
しかし、大使館の文化部がおこなう催しに出席しなくてはいけない。
いって、ブリーフケースを交換してきてはくれないか。
ハミドは、〈アラーの風〉という原理主義グループからはじきだされた男。
いってみると、ハミドは消音器付きのベレッタをカリーにむける。
カリーは、揉みあったあげくハミドを殺し、自身も負傷する。
けがをしたカリーは、ラングの家を訪ね、自分は工作員であるという、いままで話していなかった話をする。
話を聞いたラングはベロフに連絡。
この事件をきっかけに、カリーとラングとベロフは仲間に。
どうも、KGBはベロフを狙っていたよう。
ハミドは名の知られたテロリストなので、当局はすぐ身元を割り出すだろう。
そこで、当局を混乱させるために〈一月三十日〉というグループをでっちあげ、その名で犯行声明をだすことに。
ラングは、カリーを殺すところだったアシモフ大佐に復讐。
また犯行声明をだす。
その後、カリーとラングは、ベロフに情報を流し続け、混乱を惹起するためにときどき暗殺に手を染める。
この3人に、女優のグレイス・ブラウニングがどうかかわってくるのか。
グレイス・ブラウニングは1965年、ワシントン生まれ。
父親は〈ワシントン・ポスト〉の記者で、母親はイギリス人。
12歳のとき、暴漢に襲われ両親が死亡。
以後、母親の姉、レディ・ハントのもとで育つ。
セント・ポール女子学院に転入し、演劇部のスターとなり、王立演劇学院に進学。
ちなみに、王立演劇学院はディロンも入学した学校だ。
卒業後、たちまち女優として成功。
ハリウッド映画にも出演したが、これは一作のみ。
レディ・ハントが白血病にかかって死ぬまでの一年間は、看病のため舞台から遠ざかる。
伯母が亡くなると、遺産を相続して裕福に。
仕事も自由に選べるようになる。
1991年、グレイスはブレンダン・ビーアンの「人質」に出演することに。
場所は、ベルファストのリリック・シアター。
ホテルには、たまたまカリーとラングがいて、グレイスは2人と知りあい、舞台に招待する。
舞台のあと、カリーとラングは、暴漢に襲われたグレイスを目撃。
いろいろあり、拾い上げた拳銃でグレイスは暴漢を殺してしまう。
この事件も、例によって犯行声明をだすことで処理。
以後、グレイスは3人の仲間となる。
話はもどって――。
ダニエル・クインがベイルートでする取り引きとは、プルトニウムのことだった。
もし、テロリストが核をもったら大変なことになる。
そこで、取り引きを阻止するために、ディロンとハンナ・バーンスタイン警部はベイルートへ。
でも、このエピソードは本筋とあまり関係ない。
本筋と関係ない話が、ディロン・シリーズにはよく含まれる。
後半の焦点は、北アイルランド和平問題。
IRAが開く秘密会議に、アイルランド系のアメリカ上院議員パトリック・キーオーが出席し、和平を支援する演説をすることになる。
ファーガスン准将、ディロン、ハンナ・バーンスタイン警部が上院議員の警護に。
そして、混乱を望む〈一月三十日〉が、上院議員の命を狙うという展開になる。
本書で印象深いのは、女優にして暗殺者という、グレイス・ブラウニングの造形だろう。
だいたい、ヒギンズのえがく女性はみな凛々しい。
加えてディロン・シリーズには、たびたび凛々しい女性が敵役として登場する。
前作「密約の地」のアスタ・モーガンしかり、次作「悪魔と手を組め」のキャサリン・ライアンしかりだ。
ディロン・シリーズは、ヒギンズ版007といわれているそうだから、ボンド・ガールに擬しているのかもしれない。
また、後期のヒギンズ作品は、国から国へ気軽に移動するようになった。
ディロン・シリーズはスピーディーな展開と相まって、政府専用機をタクシーのようにつかう。
本作でも、ベルファスト、ベイルート、ワシントン、アイルランドと大忙し。
政府側についたほうが移動は快適だと、ディロンは思っているだろうか。
原題は、“Angel of Death”
原書の刊行は、1995年。
巻頭に、オリヴァー・ウェンデル・ホームズの文章が引用されている。
「非情の日」や「テロリストに薔薇を」にも引用されていた、なつかしい一文だ。
ここにも引用してみよう。
《二つの集団がそれぞれ互いに相容れない世界を望んでいる時、その対立を解消しうるものは、私の見るところただ一つ――力だけだ……私にはすべての社会が人々の死の上に成立しているように思える。》
元IRA闘士にして、いまは英国特別情報機関のもとではたらくショーン・ディロンの活躍をえがいた、ショーン。ディロン・シリーズは、各巻の訳者あとがきなどをみると、ディロンが敵役として初登場した「嵐の眼」から数えるのが慣例のようだ。
そう数えると、本書はシリーズ4作目。
前2作は、消えた密書を追う話だったが、今回は要人警護。
アイルランド和平を背景に、無差別に暗殺をくり返す、謎のテロ組織〈一月三十日〉をめぐる物語だ。
では、まずプロローグから。
1994年、ベルファスト。
プロテスタント系テロリスト、ダニエル・クイン抹殺のため、ディロンは武器商人に扮して相手と接触。
1度目の接触のとき、クインはあらわれず。
2度目の接触のときは、すでにディロンの正体は露見していた。
あやうく殺されそうになるが、突然バイクに乗った人物があらわれディロンを援護してくれる。
このバイクの人物は何者なのか。
一方、ディロンが任務を遂行中、上司のファーガスン准将は、首相官邸で週に一度の定例会議に出席していた。
出席者は、首相と防諜局副長官のサイモン・カーターと、北アイルランド省政務次官ルパート・ラング。
それから、特別情報機関〈グループ・フォア〉の責任者であるファーガスン准将。
会議の議題は、保安上の諸問題について。
ロンドンで活動しているテロリスト・グループと、新たな脅威となりつつあるイスラム原理主義グループのことなど。
〈一月三十日〉というテロリストのことも話題にのぼる。
無差別に暗殺をくり返し、一貫性がないため、正体が判然としない。
ただ、使用している武器はつねに同じ。
ところで。
情報提供者はたいてい組織の上部にいるというのが、ヒギンズの小説作法だ。
これは冒頭ですぐ明かされるから書いてもいいと思うが、本書では北アイルランド省政務次官ルパート・ラングがそれに当たる。
会議後、ラングはロシア大使館の上級文化担当官ユーリー・ベロフを訪問。
ベロフはGRU(ロシア軍情報部)のロンドン支局長をつとめる大佐。
ベロフはディロンのことを知っている。
また、ダニエル・クインがベイルートに発つことも知っている。
ベイルートで、クインはKGB、ロシア・マフィア、イスラム原理主義のヒズボラがからんだ武器取り引きをするという。
GRUとKGBはライバル関係にある。
ベロフにとって、クインの取り引きがうまくいくのは面白くない。
できれば、ディロンにはベルファストで殺されたりせず、ベイルートにいってもらいたい。
そこで、ラングはクイーンズ大学で客員教授をしているトム・カリーに連絡。
たまたま、女優のグレイス・ブラウニングもリリック・シアターでひとり芝居をしており、仲間である2人はホテルのバーで落ちあう。
このとき偶然、同じホテルにいたディロンと顔をあわせる。
というわけで、ディロンを援護したバイク乗りは、なんと女優のグレイス・ブラウニングだった。
さらに、事件のあと、〈一月三十日〉の声明がだされる。
ルパート・ラングとユーリー・ベロフ、それにトム・カーリーとグレイス・ブラウニングの4人は、〈一月三十日〉と名乗ってなにをしているのか。
それが、プロローグのあと語られる。
トム・カリーは1949年、ダブリンでプロテスタントであるイギリス系アイルランド人の家庭に生まれた。
外科医の父親は、5歳のとき他界。
母親は、アイルランドの混乱の唯一の解決法はマルクス主義だと信じる人物。
それを息子に教えこんだ。
1966年、17歳のとき、ケンブリッジ大学トリニティ学寮に入学。
ここで、ルパート・ラングと知りあう。
ラングは貴族階級出身の、なにごとにも関心をもたない学生。
2人は同性愛の関係を結ぶ。
卒業後、カリーはモスクワに留学。
GRUの誘いに応じ、休眠工作員(スリーパー)となる。
ラングは一族の伝統にしたがい、サンドハース士官学校をへて陸軍へ。
1972年1月30日。
近衛歩兵第一連隊から落下傘部隊に転属し、北アイルランドのロンドンデリーで中尉として勤務していたラングは、“血の日曜日”事件に遭遇。
腕を負傷する。
その後、ラングは父親の選挙区を継ぎ、国会議員に。
ラングと再会したカリーは、自身の管理指揮官である35歳のGRU少佐、ユーリー・ベロフにラングのことを話す。
それからまた年月がたち。
1985年。
カリーはロンドン大学の政治哲学の教授に。
また、ベルファストのクイーンズ大学の客員教授でもあり、かつ北アイルランド委員会のメンバーにもなっている。
国会議員のラングは、院内幹事に。
ある日、カリーはベロフから連絡をうける。
KGBのロンドン支局長、ボリス・アシモフ大佐から紹介され、アリ・ミハドというアラブ人と会うことになった。
仕事の分担があり、アラブ関係はGRUが扱うと決まっている。
しかし、大使館の文化部がおこなう催しに出席しなくてはいけない。
いって、ブリーフケースを交換してきてはくれないか。
ハミドは、〈アラーの風〉という原理主義グループからはじきだされた男。
いってみると、ハミドは消音器付きのベレッタをカリーにむける。
カリーは、揉みあったあげくハミドを殺し、自身も負傷する。
けがをしたカリーは、ラングの家を訪ね、自分は工作員であるという、いままで話していなかった話をする。
話を聞いたラングはベロフに連絡。
この事件をきっかけに、カリーとラングとベロフは仲間に。
どうも、KGBはベロフを狙っていたよう。
ハミドは名の知られたテロリストなので、当局はすぐ身元を割り出すだろう。
そこで、当局を混乱させるために〈一月三十日〉というグループをでっちあげ、その名で犯行声明をだすことに。
ラングは、カリーを殺すところだったアシモフ大佐に復讐。
また犯行声明をだす。
その後、カリーとラングは、ベロフに情報を流し続け、混乱を惹起するためにときどき暗殺に手を染める。
この3人に、女優のグレイス・ブラウニングがどうかかわってくるのか。
グレイス・ブラウニングは1965年、ワシントン生まれ。
父親は〈ワシントン・ポスト〉の記者で、母親はイギリス人。
12歳のとき、暴漢に襲われ両親が死亡。
以後、母親の姉、レディ・ハントのもとで育つ。
セント・ポール女子学院に転入し、演劇部のスターとなり、王立演劇学院に進学。
ちなみに、王立演劇学院はディロンも入学した学校だ。
卒業後、たちまち女優として成功。
ハリウッド映画にも出演したが、これは一作のみ。
レディ・ハントが白血病にかかって死ぬまでの一年間は、看病のため舞台から遠ざかる。
伯母が亡くなると、遺産を相続して裕福に。
仕事も自由に選べるようになる。
1991年、グレイスはブレンダン・ビーアンの「人質」に出演することに。
場所は、ベルファストのリリック・シアター。
ホテルには、たまたまカリーとラングがいて、グレイスは2人と知りあい、舞台に招待する。
舞台のあと、カリーとラングは、暴漢に襲われたグレイスを目撃。
いろいろあり、拾い上げた拳銃でグレイスは暴漢を殺してしまう。
この事件も、例によって犯行声明をだすことで処理。
以後、グレイスは3人の仲間となる。
話はもどって――。
ダニエル・クインがベイルートでする取り引きとは、プルトニウムのことだった。
もし、テロリストが核をもったら大変なことになる。
そこで、取り引きを阻止するために、ディロンとハンナ・バーンスタイン警部はベイルートへ。
でも、このエピソードは本筋とあまり関係ない。
本筋と関係ない話が、ディロン・シリーズにはよく含まれる。
後半の焦点は、北アイルランド和平問題。
IRAが開く秘密会議に、アイルランド系のアメリカ上院議員パトリック・キーオーが出席し、和平を支援する演説をすることになる。
ファーガスン准将、ディロン、ハンナ・バーンスタイン警部が上院議員の警護に。
そして、混乱を望む〈一月三十日〉が、上院議員の命を狙うという展開になる。
本書で印象深いのは、女優にして暗殺者という、グレイス・ブラウニングの造形だろう。
だいたい、ヒギンズのえがく女性はみな凛々しい。
加えてディロン・シリーズには、たびたび凛々しい女性が敵役として登場する。
前作「密約の地」のアスタ・モーガンしかり、次作「悪魔と手を組め」のキャサリン・ライアンしかりだ。
ディロン・シリーズは、ヒギンズ版007といわれているそうだから、ボンド・ガールに擬しているのかもしれない。
また、後期のヒギンズ作品は、国から国へ気軽に移動するようになった。
ディロン・シリーズはスピーディーな展開と相まって、政府専用機をタクシーのようにつかう。
本作でも、ベルファスト、ベイルート、ワシントン、アイルランドと大忙し。
政府側についたほうが移動は快適だと、ディロンは思っているだろうか。
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