ホワイトハウス・コネクション

「ホワイトハウス・コネクション」(ジャック・ヒギンズ/著 黒原敏行/訳  角川書店 2003)
原題は、“The White House Connection”
原書の刊行は、1999年。

ショーン・ディロン・シリーズの第7作目。
今回は、暗殺をくり返す老女をめぐる物語。

プロローグ。
みぞれ混じりの雨が降る深夜のニューヨーク。
マイケル・コーハン上院議員を始末するため、議員の邸宅前で待っていた老女は、暴漢から乱暴されかかった女性を成りゆきで助ける。
暴漢2人を射殺し、議員を殺すのはまた次の機会を待つことにし、待たせていたリンカーンに乗り去る。

老女の名前は、ヘレン・ダーシー。
1933年、ボストン屈指の裕福な家に生まれる。
オックスフォードに留学中、社交界の人気者となり、24歳のときに出会った15歳以上年上のサー・ロジャー・ラングと結婚。
33歳のとき、息子のピーターをさずかる。

ピーターは、イートン校と陸軍士官学校(サンドハースト)を卒業し、父と同じ近衛歩兵第3連隊に入隊。
数年後、SAS(特殊空挺部隊)に転属。
ボスニア紛争、湾岸戦争に参加し、1996年3月、北アイルランドでIRAの爆弾により死亡。

すっかり消沈してしまった夫は、息子を追うように1年後に亡くなる。
ヘレンの父はそれ以前に亡くなっており、娘に富豪数人分の財産を残した。

ヘレンは、ロンドンの邸宅と、ノーフォーク州北部のコンプトン・プレイスと呼ばれる領地の邸宅で暮らす。
専属の運転手は、ヘドリー・ジャクソン。
ニューヨークのハーレム出身。
18歳で海兵隊に入隊し、ヴェトナムでたたかったあと、ロンドンでアメリカ大使館の警備任務に就く。
結婚後、ラング家の運転手に。
妻と息子が交通事故で亡くなり自暴自棄となったものの、ヘレンが辛抱強く面倒をみてくれたおかげで立ち直る。

ヘレンは困ったひとはだれでも助けた。
なので、コンプトン・プレイスの村人に慕われている。
へドリーもまた村人に受け入れられている。
以前、高潮と豪雨のため村全体が水浸しになりかけたとき、へドリーが何度も水のなかに潜り、水路の閘門の古い留め金をはずし、水門をひらいた。
おかげで村は救われたのだった。

ある日、夫の副官であり、のちに外務次官をつとめたトニー・エムズワースからヘレンに電話がかかってくる。
訪ねると、肺ガンでもう長くはないというエムズワースは、自分は秘密情報部に勤務していたのだと、ヘレンに告白する。
エムズワースは、北アイルランドでの極秘任務を遂行する部署の責任者だった。
そして、ヘレンの息子ピーターを含む、北アイルランドに送りこんだ男4人女1人の工作班を、全員同じ週に失ったのだった。

アイルランドの過激派組織は、カトリック側もプロテスタント側も多くの分派を生んだ。
なかでも悪質なのは、フランク・バリーが率いる〈エリンの息子たち〉と名乗る共和派のグループ。
フランク・バリーは殺されたが、甥のジャックが活動を引き継いでいる。

ジャック・バリーの運転手をしていた、現在逮捕され服役中のドゥーリンという男によると、イギリスの秘密工作班殲滅には〈コネクション〉と呼ばれるアメリカ人の協力があったという。
北アイルランドの和平交渉がはじまってから、イギリスの秘密情報部とホワイトハウスはつながりが強まった。
ホワイトハウスに渡された情報が、なんらかのかたちで〈コネクション〉を経て、〈エリンの息子たち〉に流されていたらしい。

じつは、ピーターは爆弾で死んだのではない。
拷問のすえ、死体をコンクリート・ミキサーに投げこまれた。
秘密情報部は、以上のことを全て秘密にしておくことにした。
ホワイトハウスには、当たりさわりのない情報ばかり送ることになった。

その後、調べてみると、ニューヨークに〈エリンの息子たち〉というダイニング・クラブがあることが判明。
会員には上院議員もいる。
辻褄のあう話だ。

エムズワースは、ヘレンにあやまる。
そして、〈エリンの息子たち〉の会員についての調査書類をヘレンに渡す。
その書類には、アメリカ大統領の直属組織〈ペイスメント〉や、ファーガスン准将たちのことなども書かれている。

ヘレンはコンピュータについて学ぶ。
元陸軍工兵隊の大尉で、いまは車イスで生活しているローパーからコンピュータの使いかたを教わる。
おかげで、国防省のコンピュータにも侵入できるようになる。

例のファイルには、5人の名前が。
上院議員、マイケル・コーハン。
実業家、マーティン・ブレイディ。
全米輸送労組の有力幹部、パトリット・ケリー。
建設業界の大立者、トマス・キャシディ。
ロンドンのギャング、ティム・パット・ライアン。

ヘレンの趣味のひとつは射撃。
手元には、母の趣味をよく知るピーターが、ボスニア土産にもってきたコルト25口径とホロー・ポイント弾、それに消音器がある。

さて、一方。
ファーガスン准将、ディロン、バーンスタイン警部の面々も、ロンドンのギャング、ティム・パット・ライアンには目をつけていた。
IRAに物資を提供しているのはまちがいないのだが、立証できない。

ディロンは単身、独断でライアンに会いにいく。
ライアンが経営するパブにいき、ライアンを脅して去る。
ライアンはディロンを追いかけ、撃ち殺そうとする。
ディロンは、ライアンを返り討ちにしようとしたものの、足を滑らせ転倒。
自らテムズ川に落ち、難を逃れようとする。

ところが、浮かび上がったディロンを撃とうとしていたライアンは、逆に何者かに撃たれる。
もちろん、ヘレンだ。
ヘレンは、ディロンに声をかけて立ち去る。

ヘレンは自社のガルフストリーム機でアメリカへ。
大金持ちのため、保安検査はノーチェック。
アメリカで、ヘレンはマーティン・ブレイディを殺し、トマス・キャシディを殺し、パトリック
ケリーを殺す。
復讐に邁進する。

一方のディロン。
一度ヘレンに命を助けてもらったが、相手のことは全然わからない。
声だけで、姿もよくみえなかった。
そのヘレンとディロンたちは、どこで交差するのか。
IRAの武器取引にからんだ捜査が、その発端となる。

まず、長年武器売買にかかわっていた、トミー・マクガイアというアイルランド系アメリカ人が逮捕される。
マクガイアは取り引きとして、ジャック・バリーに関する情報を提供するともちかける。
マクガイアは、3日後に武器取引のためバリーに会う予定だった。
しかも、はじめて会うのだという。

そこで、別人をマクガイアになりすませて、バリーと接触させる計画が立てられる。
別人には、アメリカ英語を話すということで、〈ペイスメント〉のブレイク・ジョンスンに頼むことに。
ジョンスンは大統領にうかがいを立て、北アイルランド和平のためということで了承を得る。

ディロンとバーンスタイン警部のバックアップのもと、ジョンスンはベルファストでバリーの仲間と接触。
アントリム州沿岸にある城に連れていかれ、そこでバリーと対面する。
が、なぜかバリーは、ジョンスンがマクガイアに化けていることを知っていた。
ジョンスンは窮地に立たされる。

このあと活劇があり、ジョンスンはディロンたちに救出され、バリーは逃亡。
ディロンたちはロンドンにもどり、再びマクガイアを尋問し、マクガイアはバリーの運転手から聞いた話だとして、〈コネクション〉についての話をする。
これによりディロンたちは、情報がロンドンからホワイトハウスをへてIRAに流されているのではないかという疑いをもつにいたる――。

本書の魅力は、ひとえにヘレンの造形にかかっている。
息子の死に責任がある者を次々と殺していく富豪にして貴族の女性。
優しく、気丈で聡明。
趣味は射撃であり、コンピュータの操作をたちまちおぼえ、会社のジェット機で移動し、保安検査も受けずに入国する。
運転手はヴェトナム帰りの元海兵隊員。
おまけに、狭心症で余命いくばくもない身だ。

あんまり復讐者としての条件がそろいすぎていて、なんだか可笑しくなってしまう。
が、主人公のディロンだって、スキューバをし、飛行機をあやつり、変装の名人で数か国語を話す。
都合のいい設定は、ヒギンズ作品の身の上だ。

また、ヒギンズはしばしば心理学者ユングの唱えた共時性の概念をもちだす。
共時性とは本書によれば、「たまたま同時に起こった複数の出来事が、単なる偶然を超えた深い意味を持つと感じられるほど不思議な一致を示すことを指す」。
ディロンが危ういところでヘレンに命を救われたのも、共時性のなせる技。
できすぎた偶然は、ヘレンの魅力と相まって、本書に童話のような趣きをあたえている。

ディロン・シリーズは、登場人物を活躍させようとしすぎるところがあるから、構成が甘くなる。
その点、本書はシリーズのなかでも、よく引き締まっている。
これは復讐譚のたまものだろう。

本書の敵役であるジャック・バリーは、フランク・バリーの甥という設定。
フランク・バリーは「非情の日」「テロリストに薔薇を」に登場した敵役だ。
まさか甥まで登場するとは。

このあとは、コーハン上院議員の訪英にまつわる攻防がくりひろげられる。
ヘレンはもちろん、上院議員の命を狙う。
ジャック・バリーは上院議員の仲間だが、〈コネクション〉の示唆により、露見を防ぐため、やはり上院議員を狙う。
ディロンやファーガスン准将は立場上、上院議員を守らなくてはならない。

〈コネクション〉とは何者で、なにを目的としているのか。
この謎は、わりあい早く明かされる。
明かされたところで、サスペンス性はいささかも減じない。
堂に入った物語はこびだ。

ディロンがヘレンと4度目に出会う場面は素晴らしい。
――ちなみに、1度目は埠頭でヘレンに助けられたとき、2度目はエムズワースの葬儀、3度目は訪英したコーハン上院議員の泊まったホテル、そして4度目は大統領を招いておこなわれた富豪によるパーティー。
ヘレンは、息子の死の責任は大統領にもあると考えている。

この場面、ディロンとヘレンのあいだで、さりげないセリフのやりとりがあるだけなのだが、素早い場面転換を駆使してこれまで積み上げてきたエピソードが収斂し、強い光を放っている。
あくまでありげないところが効果的。
「双生の荒鷲」で、主人公の兄弟2人が海上で邂逅する場面に匹敵する名場面だ。


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