ウィスキーと2人の花嫁

DVD「ウィスキーと2人の花嫁」(イギリス 2016)

時代は、第二次大戦中。
英国スコットランドの北端、アウター・ヘブリティーズ諸島の小さな島が舞台。

妻に先立たれた島の郵便局長マクルーンには、2人の娘がいた。
どちらにも結婚を望んでいる相手がいて、姉のペギーのほうは、兵隊のオッド軍曹。
妹のカトリーナのほうは、島の小学校の先生をしているジョージ。
ジョージは、謹厳で高圧的な母親にいつもおびやかされている。

郵便局長はさみしくなるので、2人の娘を嫁にだしたくない。
郵便局は、島の郵便局らしく雑貨屋もかねている。
さらに電話の交換局でもあり、住居でもある。

さて、ウィスキーの配給がストップし、全島が悲しみに包まれたある日のこと。
島の沖合の岩場に貨物船が座礁。
積荷はなんと、NY行きのウィスキー5万ケース。
そこで船員たちの救助を終えた村びとたちは、こぞってウィスキーの隠匿をたくらむ。

村びとがウィスキーを隠匿するのをこころよく思わない人物もいる。
民兵の大尉で、超堅物のワゲットがそう。
村びとたちからは敬して遠ざけられている

ワゲット大尉は、村びとの窃盗行為を阻止しようと、部下のオッド軍曹に指示をだす。
が、オッド軍曹は、結婚の許しをもらいにいった郵便局長からこんなことをいわれてしまう。

《婚約しないと結婚はできない。夫になる男は、婚約パーティーの許しを、女の父から得なければならない。婚約パーティーにはウィスキーがいる。つまり、婚約するには父親が好きなウィスキーを用意せんとな…。》

オッド軍曹が、村びととワゲット大尉のどちらにつくかは明らかだ。
それに弱気なジョージには、ぜひともウィスキーがいる――。

この映画は実話にもとづいた作品とのこと。
島の風景がとても美しい。

村びとみんなで悪事をはたらくという、同じ趣向の映画として、「ウェールズの山」や、「ウェイク・アップ・ネッド」などを思いだす。
(なぜか皆イギリス映画だ)

盗みをはたらく村びとたちは、同時にとても信心深い。
ウィスキーをとりに貨物船に向かおうとしたそのとき、日付が変わり安息日になってしまう。
安息日にはなにもしてはいけない。
仕方なく、うらめしそうに貨物船をながめる村びとたちが可笑しい。

このあと、村びとはぶじ貨物船からウィスキーをもちだす。
が、村人の悪事をなんとしてもあばこうとするワゲット大尉は、関税消費税庁に連絡。
役人がくるのを察知した村びとは、ウィスキーを島のあちこちに隠し、妨害作戦を展開し――と、話は続く。


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殺人保険

「殺人保険」(ジェームズ・ケイン 新潮社 1962)

原題は、”Double Indemnity”
原書の刊行は、1943年。
訳者は、蕗沢忠枝。

主人公ウォルター・ハフによる、〈僕〉の1人称。
保険勧誘員をしているハフは、自動車保険のことでナードリンガー氏を訪ねるが、氏は留守。
代わりに、氏の妻であるフィリスが応対にあらわれる。
このときは、会っただけで終わった。
が、後日フィリスから連絡があり、再び会うことに。

フィリスは内密に、夫に傷害保険をかけたいという。
掛け金は自分で払うから。

それがなにを意味するかよくわかっているハフは、その場を去ろうとするが、フィリスに魅入られ立ち去れない。
その晩、フィリスはハフのもとに訪ねてくる。
翌日もまた。
2人は決定的なことばを避けながら意気投合する。

《「じゃあなたは、――あたしとお金を得るために、ご自分の会社を欺(だま)し、あたしの手伝いをなさろうと仰言るのね」》

傷害保険で保険会社が大金を払うのは、鉄道事故にかぎられている。
鉄道事故だと、倍額の割増金がでる。
ナードリンガー氏が自動車保険に加入するさい、氏にさとられずに署名を入手。
氏に傷害保険の説明をするときは、フィリスの義理の娘であるローラを立ち会わせる。
そのさい、フィリスは傷害保険には反対というふりをする。
あとで、ナードリンガー氏が家族には内密に、自分で傷害保険に入ったと偽装するためだ。

このほか、いくつかの技術的な課題をクリア。
あとは鉄道事故。
なによりも、まずナードリンガー氏に鉄道に乗ってもらわなくては、そもそも事故が起こらない。

するとチャンスがめぐってくる。
ナードリンガー氏が足を骨折した。
そのため、出席する予定だったクラス会に、車ではなく汽車でいくことになった。

その晩、ハフは自宅から会社に電話し、自宅で仕事をしているかのように装う。
ナードリンガー氏と同じ服装をし、氏を駅まで送る途中の、フィリスが運転する車に忍び入る。
そして、ナードリンガー氏を殺害する。

その後、足に包帯を巻いたハフはナードリンガー氏の松葉杖をつき、氏のふりをして汽車に乗りこむ。
目的地に着くと、展望車からとび降り、フィリスと合流。
ナードリンガー氏の死体を線路に投げだす。

ナードリンガー氏の転落死は、もちろんハフの社内で話題になる。
社長のノートンは自殺説をとなえるが、ベテランでうるさ型のキースは、他殺であり、細君が怪しいと断言。
検死の結果、展望車から転落して首の骨を折ったのだと、警察も結論づけたのだが、キースは納得しない。
ナードリンガー氏の松葉杖をついて、ほかの奴が代わりに汽車に乗ったんだ。

キースがあまりに真相に近いことを話すので、ハフはおびえる。
ノートンは、保険金の支払いを拒否するという手段にでる。
フィリスに告訴させ、事故かそうでないかを調査するためだ。

フィリスには保険会社の監視がつくように。
もう会わないほうがいいと、ハフはフィリスに告げる――。

夫を殺した2人は、夫を殺したために会えなくなる.。
なんとも皮肉な展開。

ストーリーはほとんど会話で進む。
地の文は芝居の書割りのよう。
会話は端的で、無駄がなく、それでいて多分に含みがあり、見事な手際だ。

男が妻とともに夫殺しをたくらむという点では、同じ作者の「郵便配達夫は二度ベルを鳴らす」によく似ている。
実行した結果、皮肉な状況に置かれるという展開も同様。
ただ後半は大きくちがう。
この点、この作品は「郵便配達夫は二度ベルを鳴らす」の別ヴァージョンのように読める。

後半クローズアップされるのは、フィリスの義理の娘であるローラの存在。
ローラは、実母が亡くなったのは、当時実母の看護婦をしていたフィリスが関係しているのではないかと疑っている。
また、ローラのボーイフレンドだったサシェッティは、事件後にフィリスのもとに入り浸っている。
ひょっとして、2人が父を殺したのではないかと、ローラは疑う。

ローラに相談をもちかけられ、ハフはローラと頻繁に会うように。
殺した相手の娘であるローラに、ハフは恋をする。
皮肉な展開は、いよいよ皮肉さを増す。
こうなると、父親を殺したことは知られてはならない。
知っているのはただひとりだ――。

映画化された「深夜の告白」(1944 アメリカ)は、この作品の要素をうまく拾い上げ、ハフとキースの友情を中心に、コンパクトにまとめている。
これもまた素晴らしい手際。
「深夜の告白」は、犯罪映画の古典的傑作となった。

「深夜の告白」のプレミア上映のとき、原作者のケインは、監督であるビリー・ワイルダーを抱きしめて、自分の小説をさらによいものにしてくれた、と喜んだという。
ずっとのち、「情婦」のロンドンでのプレミア上映のとき、アガサ・クリスティが同じことをしたと、これは「ビリー・ワイルダー自作自伝」(ヘルムート・カラゼク 文芸春秋 1996)に書かれている。

ただ映画では、ストーリーをコンパクトにした分、フィリスとサシェッティのかかわりをすっかりカットしてしまった。
フィリスという女性にはまだ奥があることをえがかなかった。

原作のフィリスは、恐ろしい。
森のなかの一軒家に魔女が住んでいたというような――実際はロサンジェルスの邸宅だけれど――怖い昔話のような不気味さがある。


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