探偵ダゴベルトの功績と冒険

「探偵ダゴベルトの功績と冒険」(バルドゥイン・グロラー 東京創元社 2013)

訳は、垂野創一郎。

本書は、20世紀初頭のウィーンを舞台に、素人探偵ダゴベルトの活躍をえがいた短編集。
解説によれば、1910年から1912年に書かれた全6冊18篇のなかから、9篇を訳出したとのこと。
なお、「世界短篇傑作選」(江戸川乱歩/編)にも一篇ダゴベルト物が収録されているという。
本書の収録作は以下。

「上等の葉巻」
「大粒のルビー」
「恐ろしい手紙」
「特別な事件」
「ダゴベルト休暇中の仕事」
「ある逮捕」
「公爵夫人の首飾り」
「首相邸のレセプション」
「ダゴベルトの不本意な旅」

ダゴベルトは独身で、一線から身を引いた道楽者で、音楽と犯罪学に情熱をもつ資産家。
《手を染めたいかなる分野でも、彼はアマチュアであり、情熱的なディレッタントのままでいた。》
という人物。

作品はおおむね、ダゴベルトが古い友人であるグルムバッハと、その夫人ヴィオレットに、自分が手がけた事件を語って聞かせるという形式をとっている。
解説では、このダゴベルトの語りを、《ダゴベルトものの持ち味であるシェエラザード性》と呼んでいる。
会話が多いため、全体として読みやすい。
その会話は古い探偵小説らしく、含みが多く率直でない、いささか迂遠と感じられるような高雅なものだ。
では、簡単に各作品のメモを。

「上等の葉巻」
ダゴベルトとグルムバッハ、それにヴィオレット夫人についての説明が冒頭にあるので、この作品は全18篇のなかの最初の作品なのではないかと思う。

本作は、ダゴベルトがシェエラザードのように話す形式の作品ではない。
喫煙室の葉巻箱から、葉巻が何本かなくなったことをグルムバッハから聞かされたダゴベルトは、一本の毛と、葉巻の吸殻から犯人を推理する。
その結果は、夫人の貞節についての微妙な問題で、ダゴベルトは自身の判断で、この問題を手早く片付ける。

「大粒のルビー」
グルムバッハの知人、フリーゼ男爵が巻きこまれたトラブル。
妻が保養中、友人たちと野外の舞台をみにいった男爵は、ある女優と知りあいに。
昨日は女優の家で、その母親と一緒に晩餐をとったのだが、今朝になり女優の使いがやってきて、男爵がルビーを盗んだという手紙をもってきた。
調べてみると、なんと知らぬ間に上着にルビーの指輪が入っている。

女優にそれを返却すると、いいかげんにしてください、この指輪は偽物ですという返事。
そして、あっという間に話がこじれ、指輪を返却するか、6000クローネ支払うかしなければ、法廷に訴えると女優は宣言する。

明らかに脅迫。
ダゴベルトは男爵につきそい相手方と会見することに。
その会見の模様は、直接には書かれない。
事件が解決したあと、ダゴベルトと男爵によって、グリムバッハとヴィオレット夫人に語られる。

「恐ろしい手紙」
今回は、ヴィオレット夫人の友人、ケーテ伯爵夫人のトラブル。
元女優のケーテ夫人は、展覧会で古い知りあいの、オスカル・フェルト弁護士と出会う。
じつは、フェルトはある事件で弁護士資格を剥奪され、いまは詐欺師をしていた。
この詐欺師は、昔夫人が書いた手紙をネタに、夫の個人秘書の職を要求する。

前回に引き続き、上流階級のスキャンダル。
ダゴベルトは、この詐欺師を自分の個人秘書にしたうえで罠にかける。

本書には、ときどきユーモラスな表現があらわれる。
秘書として有能だった詐欺師について、ダゴベルトはこんなことをいう。

《わたし自身にしても、このような秘書がいてくれて、天国にいるような気持ちです。(…)いずれは彼と別れなければなりませんが、ほんとうに残念なことです。》

「特別な事件」
いつものように、グルムバッハ家にいたダゴベルトのところに、警察顧問のヴァインリヒ博士から電話がかかってくる。
ダゴベルトが博士のもとを訪ねると、夜の2時、ゼンゼン小路で撲殺死体が発見されたとのこと。

この事件を担当したのが、無能なシュクリンスキー上級警部。
ダゴベルトはシュクリンスキーを大いにおだてながら、事件の概要を聞く。

被害者は、富裕層の医学生。
帽子には、打撃の痕(あと)が鮮やかについている。
また学生は、婦人用の柄付き眼鏡(ロルニヨン)をもっていた。

シュクリンスキーは、体操用の棍棒をもっていた被害者宅の管理人を確保する。
が、ダゴベルトの見解では、棍棒では、帽子にあるような打撃の痕はつかない。
新聞などがうるさくなってきたので、とりあえず事故か自殺の線でおさめるよう、ダゴベルトは提案する。

それから8か月後のグルムバッハ家。
事件を解決したダゴベルトは、ヴィオレット夫人やヴァインリヒ博士に真相を語る。

今回も、上流階級のスキャンダルにからむ事件。
恐るべき無能さを誇るシュクリンスキー上級警部がユーモラス。
ダゴベルトの活躍により事件はすっかり揉み消され、ヴァインリヒ博士はその如才ない沈黙により勲章を授与される。

「ダゴベルト休暇中の仕事」
本書中、一番の長さ。
ダゴベルトは、ヴィオレット夫人に、この2か月の休暇中に起こった出来事について話す。

ことの起こりは、ダゴベルトのもとに手紙が届いたことから。
60年前、自分の母が、別の子どもととりちがえられたのではないか。
真相が解明されたら、母に少なからず遺産がもたらされるのではないか、という内容の手紙。
興味をおぼえたダゴベルトは、この母子のいるロートホーフ村を訪ねる。

母親のローデヴァルド夫人によれば、養父は1848年の革命の前から、庭師としてあるハンガリー貴族に雇われていた。
養父と養母は、子どもに恵まれなかった。
革命の余波で、伯爵の家は崩壊せんばかりになり、サルミゼゲトゥシャからドイツへ引っ越しするさい、わたし(ローデヴァルド夫人)をもらい子として連れていった。

ローデヴァルト夫人は、その後牧師と結婚し、息子のフリッツを産む。
子どもが生まれてから、宙に浮いた富が気にかかるようになり、受洗証明書を手がかりに、かのサルミゼゲトゥシャを訪れたが、父というのはただの酔っ払いだった。

フリッツは、パリとスイスで修業した時計職人で、新しい卓上時計を発明し、このロートホーフ村を時計職人の村にしようとしている。
しかし、いかんせん資金が乏しい。
フリッツがダゴベルトに手紙をだしたのもこのため。

そこで、ダゴベルトは助力を申しでる。
これで生産向上のための機械が導入できるし、恋仲になっている身分が上のお嬢さんと結婚ができるだろう。

話はこれで終わらない。
ロートホーフを去ったダゴベルトはデュッセルドルフに寄り、展覧会を見物。
そこで偶然みたハンガリー貴族の肖像画が母子にたいそうよく似ている。

このアドリアン伯爵の家系について調べあげたダゴベルトは、サルミゼゲトゥシャにいき、パリウス城に住む現在の女伯爵を訪ねる。

ダゴベルトのシェエラザード性がよくあらわれた一編。
物語にハンガリー革命がからんでいるのも興味深い。
巻末の傍注にはこう書かれている。

《作者グロラーがハンガリー生まれだったせいか、作中の描写にはひときわ熱がこもっているようだ。》

――長くなってきたので続きは次回に。


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DVD「ブランカニエベス」

DVD「ブランカニエベス」(2012 スペイン・フランス)

無声映画のスタイルでつくられた映画。
白黒で、画面は正方形。
音声はなく、セリフはカットのあいだにはさまれる、黒地に白文字の字幕でみせる。
なぜか字幕は英語。

この白黒の画面と音楽が、とても美しい。
それに場面の状況をみせるのがうまいので、退屈さがまるでない。

タイトルの「ブランカニエベス」とは、白雪姫のこと。
この映画は白雪姫が闘牛士になるという、スペイン風の白雪姫の物語なのだ。

時代は1920年代。
プロローグは闘牛の場面から。
6頭の猛牛を次々に相手にしていた闘牛士アントニオは、牛に倒されてしまう。
そのショックで妻のカルメンは産気づき、娘のカルメンシータを産む。
カルメンは亡くなってしまい、アントニオは一命をとりとめるが、四肢が不自由になり車イスの生活に。

カルメンシータは、カルメンの母のもとですくすくと成長。
だが、この祖母も亡くなり、カルメンシータは父の屋敷に引きとられる。

アントニオは邪悪な看護婦エンカルナと再婚。
カルメンシータは絶対に2階にいってはいけないと、この継母にいわれる。
カルメンシータがあてがわれたのは、地下の石炭置場。
それからは、水をくみ、洗濯をし、石炭をすくってはかごに入れるといった下働きの毎日。
一緒に連れてきたニワトリのペペも、ニワトリ小屋に入れられてしまった。

が、ペペが小屋を抜けだし、屋敷のなかへ入りこんだことから、カルメンシータはいってはいけない2階へ。
そこではじめて、車イスの父と対面する。

以後、たびたびカルメンシータは父のもとへ。
童話を読んでもらったり、闘牛の手ほどきを受けたり。

だが、その幸せもつかのま。
父親は継母の手により亡き者にされてしまう。

こうなると、最後の邪魔者は成長したカルメンシータ。
継母の命令で、父の墓にそなえる花を摘みに森にいったカルメンシータは、そこで継母の下男に襲われてしまう。
が、カルメンシータは生きていた。
6人の小人の面々に助けられたカルメンシータは、記憶を失ってしまい、名前も思い出せなくなる。

小人たちは、旅芸人であり闘牛士。
訪れた町や村で、子牛を相手にしたコミカルな闘牛をみせる。
あるときアクシデントがあり、小人のひとりが子牛に倒されてしまう。
カルメンシータは驚くが、まわりの小人は、これが客に受けるんだよと意に返さない。

カルメンシータは衝動的に闘牛場のなかへ。
そして、本職の闘牛士のようにうまく子牛をあしらい、満場の喝采を得る。

カルメンシータは、おとぎ話から名前をとって、ブランカニエベスと名づけられる。
「白雪姫と7人のこびと闘牛士たち」として、各地で巡業。
次第に評判が上がり、ついには父が負傷した闘牛場に出演することに。
が、その評判を聞いた継母エンカルナも闘牛場に姿をあらわして――。

この映画は、無声映画のスタイルをとっているので、状況を視覚的にあらわすことによく注意を払っている。
幼いカルメンシータは、初聖体式のとき白いドレスをつくってもらう。
だが、祖母が亡くなると、そのドレスは黒に染められる。

また幼いカルメンシータが、成長した娘へと姿を変える場面。
洗濯ものを干しながら、闘牛士の真似事をしているカルメンシータが、シーツの陰にかくれ、あらわれると美しく成長している。
じつに見事なワンカットだ。

継母の悪辣ぶりもわかりやすくて楽しい。
着飾ったり、下男にまたがったり、肖像画を描かせたり。
無声映画のスタイルに凝ることができたのは、よく知られたおとぎ話の骨組みがあってのことだろう。

ブランカニエベスとなったカルメンシータは、一時、継母の手から逃れる。
とはいえ、それでカルメンシータの受難は終わらない。
カルメンシータが子牛から助けた小人は逆恨みをし、その後カルメンシータに恥をかかせる機会を狙い続ける。

最後には、ちゃんと毒リンゴも登場。
もちろん、継母がカルメンシータに渡そうとするのだが。


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