オンブレ

「オンブレ」(エルモア・レナード/著 村上春樹/訳 新潮社 2018)

原題は、“Hombre”
原書の刊行は1961年。

本書には、短篇「三時十分ユマ行き」が併録されている。
原題は、“Three―Ten to Yuma”
1953年に、雑誌「ダイム・ウェスタン・マガジン」に掲載されたとのこと。

「オンブレ」は、「太陽の中の対決」というタイトルで1967年に映画化されているそう。
また、「三時十分ユマ行き」は、1957年に「決断の3時10分」のタイトルで、2007年には「3時10分、決断のとき」として映画化されている。

このうち、2007年の「3時10分、決断のとき」は映画館でみた。
ラッセル・クロウが主演の映画で、面白かった。
今回原作を読んでみたら、ラストが映画とちがっている。
でも、映画のラストもエルモア・レナード風だ。

本書は西部劇小説。
「オンブレ」の舞台はアリゾナ。
1884年8月12日の火曜日と、その前後のできごと。
1人称〈私〉による視点から書かれているけれど、主人公は〈私〉ではない。
〈私〉はナレーターにすぎなくて、主人公はオンブレ――スペイン語で「男」の意味――との異名をもつ、ジョン・ラッセルだ。

本書は、この物語をどこから書きはじめたらいいのかという、〈私〉の自問自答からはじまる。
この書きだしは、「オタバリの少年探偵たち」にそっくり。
もちろん、その後の展開は児童書とは似つかない。

〈私〉は、「ハッジ&ホッジズ」という駅馬車会社に勤めている。
「ハッジ&ホッジズ」は、南行きの駅馬車路線を閉鎖し、スイートメアリから撤退するところ。
〈私〉も別の仕事をみつけなければいけない。

そんなスイートメアリの町に、陸軍がひとりの少女を連れてやってくる。
17歳の娘、マクラレン嬢。
チリカワ族――アリゾナ州に住むアパッチの部族――の襲撃にあって連れ去られ、4、5週間後に救出された。
陸軍は、まだ南行きの駅馬車が運行していると思い、少女を連れてきたのだった。

それから、除隊兵があらわれる。
トーマス砦からやってきた、一週間後に結婚する予定という除隊兵は、ビスビーまでいきたいと告げる。

さらに、ドクター・フェイヴァーという人物が、15歳年下の美しい妻を連れてあらわれる。
サン・カルロスで2年ほど、インディアン管理官をしていた人物。
ドクター・フェイヴァーは、個人的に馬車と御者を雇えないものかと、〈私〉の上司であるミスタ・メンデスにかけあう。
営業所には、ここを引き払うさいにつかう馬車――主に雨天用につかわれるマッド・ワゴンという馬車――が一台残っている。
それをつかえないか。

スイートメアリからでたがっている〈私〉も、ドクター・フェイヴァーの申し出に加勢。
マクラレン嬢も連れていけば、道中で親しくなれるかも。

交渉の末、ミスタ・メンデスは特別運行の馬車を走らせることに。
乗客は、〈私〉、マクラレン嬢、ドクター・フェイヴァー、その妻、除隊兵、ジョン・ラッセル。
それから、御者をつとめるミスタ・メンデス。

出発直前、フランク・ブレイデンという名前のならず者があらわれる。
典型的なならず者として、ブレイデンはこう描写される。

《すべてが同じ材料から作り上げられ、兄弟みたいな同質の連中と一緒でなければ、微笑みを浮かべることはまずない。そして仲間たちと一緒にいるときには、彼らは常にうるさい。大声で話し、大声で笑う。》

フランク・ブレイデンは、除隊兵に難癖をつけ、馬車の切符をとりあげてしまう。
しかし、その後のことを考えれば、除隊兵は運がよかったのかもしれない。

ともかく馬車は出発。
途中、デルガド中継所による。
そこから、ドクター・フェイヴァーの希望で、閉鎖されたサン・ペテ鉱山を通る道をゆくことに。
サン・ペテ鉱山に着いてみると、これは駅馬車のルートではないと、フランク・ブレイデンは腹を立てる。

休憩し、再び出発。
本来の駅馬車のルートではないので、道は険しい。
そして、強盗があらわれる。
結果、乗客たちは、灼熱の荒野で逃避行をつづけることに――。

この作品の主人公、ジョン・ラッセルは複雑な生い立ちの人物としてえがかれている。
血筋の4分の3は白人で、4分の1はメキシコ人。
メキシコで暮らしていたが、アパッチの襲撃を受け、連れ去られた。
イシュ・ケイ・ネイという名前をつけられ、チリカワ族に育てられ、部族の副酋長のひとりであるソンシチェイの息子となった。
アパッチのもとで暮らしたのは、6歳から12歳くらいまで。

その後、ジョン・ラッセルは、陸軍への物資補給を請け負う馬車隊をもつジェームズ・ラッセル氏と出会う。
ラッセル氏がトーマス砦にいるとき、少年ラッセルがほかの虜囚と一緒に連行されてきたのだ。
ラッセル氏は商売を譲渡し、ラッセル少年とともにコンテンションで暮らすことに。
ラッセルは学校にまでいく。

が、16歳くらいでラッセルはそこを去り、全員がアパッチであるインディアンの自治警察に入隊。
そこで3年をすごしたのち、マスタンガー――野生馬を捕獲し、飼い慣らして鞍を置けるようにする仕事――となる。

ラッセルが駅馬車に乗るのは遺産相続のため。
ジェームズ・ラッセル氏が亡くなり、コンテンションにある地所が遺されたのだ。
ところが、ラッセルはいくのを渋っている。
友人であり、商売仲間であるミスタ・メンデス――ミスタ・メンデスはラッセルから馬を買っていた――の説得で、ラッセルはようやく駅馬車に乗ることにし、そしてこの事件に遭遇したのだった。

ラッセルは冷静沈着で、なにを考えているかわからない。
これは、〈私〉というナレーターを通して人物をえがくときの利点だろう。
ラッセルは英語ではなく、スペイン語で話そうとする。
そんなラッセルを、ミスタ・メンデスは白人の世界にもどそうとしている。

エルモア・レナードは会話を書くのがすこぶるうまい。
会話はつねに緊迫感に満ちている。
ならず者のフランク・ブレイデンが、除隊兵から駅馬車の切符をとりあげる場面をはじめ、本作でもそんな場面は枚挙にいとまがない。

スイートメアリからデルガド中継所までいく駅馬車の車内で、ラッセルはサン・カルロスで警察の仕事をしていたことをもらす。
居留地の警察は全員がアパッチ。
車内には重苦しい沈黙がただよう。

デルガド中継所に着くと、ドクター・フェイヴァーはミスタ・メンデスに、ラッセルと同席したくない旨をもちかける。
ミスタ・メンデスはラッセルにそのことを告げる。
少しごねるラッセルを、ミスタ・メンデスは説得する。

《「言い合いをする価値のあることなのか?」とメンデスは言った。「ことを荒立て、みんなを不愉快な気持ちにさせるほどのことか? ああ、みんなは間違っている。しかしここで全員を説得することと、それをただ忘れちまうことと、どっちが簡単かね? おまえにもそれくらいはわかるだろう?」
「学んでいるところだよ」とラッセルは言った。》

こうして、ラッセルは御者台に乗ることに。
後半、強盗のあと、荒野をさまようはめになった乗客たちは、皆ラッセルを頼る。
かれだけが、苦境から逃れるための知識や経験や技術をもっている。
でも、ラッセルはリーダーのように振る舞ったりはしない。
ただ、皆がついてくるのを黙認するだけだ。

社会の規範からはなれ、なにもかも個人の決断に還元される状況。
そんな状況下で、ラッセルは際立った人物像をみせる。
これは、エルモア・レナードの他の作品にもいえることかもしれない。

「三時十分発ユマ行き」
これは3人称。
主人公は、ビスビーの保安官補ポール・スキャレン。

スキャレンは、無法者ジム・キッドを護送しているところ。
コンテンションの町で、ユマ行きの列車に囚人を乗せなければいけない。
しかし、ジムの仲間がジムを奪還しようとしている。
くわえて、ジムに弟を殺された男が、ジムの命を狙っている。
スキャレンは、ぶじユマ行きの列車にジムを乗せることができるのか――。

この作品もまた、緊張の糸が途切れない。
レナード作品の、緊張の糸は鋼鉄でできているかのようだ。

ところで。
本書を読んで、一番驚いたのは、村上春樹さんによる訳者あとがきに書かれた、「エルモア・レナードは売れない」ということばだった。

《少し前に――エルモア・レナードが――亡くなってしまったのはとても残念だし(2013年没)、その作品が日本でアメリカ本国ほどの人気を博さなかったことも、僕としてはいささか不満に思うところだが(各社の編集者はみんな「レナード、思うように売れないんですよね」とこぼしていた)、本書に収められたような西部小説で、少しでも新しい読者を掘り起こせればなあと、レナード・ファンとしては微かな期待を寄せている。》

エルモア・レナードが売れないなんて、ちっとも知らなかった。
こんなに素晴らしく面白いのに。



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ミサゴのくる谷

「ミサゴのくる谷」(ジル・ルイス/作 さくまゆみこ/訳 評論社 2013)

原題は、“Sky Hawk”
原書の刊行は2011年。

児童書。
〈ぼく〉の1人称。
舞台はスコットランドの村。
主人公はカラムという、11歳の男の子。

3月遅く。
カラムと、友だちのロブとユーアンは、川でやせっぽっちの赤毛の女の子と出会う。
女の子の名前は、アイオナ。
アイオナは川に手を入れ、ブラウントラウトを手づかみで捕まえる。
が、そんなアイオナに、ロブが突っかかっていく。

ここはカラムの川だ。
おまえは泥棒だ。
おまえのおふくろも泥棒だった。
おれのおやじの金を盗んで逃げたんだ。

カラムとユーアンがとめるのも聞かず、ロブはアイオナから魚をとりあげる。
アイオナは、コートと運動靴を残したまま、向う岸へ。
でも、途中、川に落ちてしまい、向う岸にはい上がる。

ロブとユーアンが去ったあと、カラムはアイオナのことを心配する。
アイオナはコートも着ていないし、靴もはいていないし、服はびしょぬれ。
うろうろしてたら凍えてしまう。

森でアイオナに会ったカラムは、コートと靴を返す。
すると、アイオナは、またこの農場にきていいのなら秘密を教えてあげるという。
条件は2つ。
だれにもいわないこと。
あたしをこの農場からしめださないこと。

カラムは了承。
あしたの朝、2人は湖で会うことに。

家に帰ったカラムは、父さんに農場の秘密について訊いてみる。
「なんの秘密も思いつかないな」と、父さん。

翌朝、カラムは農場の手伝いもそこそこに湖へ。
アイオナは、オークの木の上に居心地のいい場所をつくっていた。
古い木箱で椅子をつくり、古いハリケーンランプを枝にかけ、毛布やビスケットもおいてある。
でも、アイオナの秘密はこの場所のことではなかった。
アイオナにうながされ、湖の島にあるアカマツの木立に目をやると、ミサゴが巣をつくっている。
「ミサゴがこの農場にいるなんて!」

カラムは、近くの自然保護区で2羽のミサゴが巣をつくっているのをみたことがある。
ミサゴが巣をつくった木は、人間に卵を盗まれないように、鉄条網でかこわれ、監視カメラが設置されていた。

アイオナは、オス鳥が巣をつくるところを最初からみていたという。
あしたの午後、メスのミサゴがくるよと、アイオナ。
次の日、また2人でミサゴをみていると、アイオナがいったとおりメスのミサゴがあらわれる――。

ミサゴのことは2人の秘密。
だから、だれにも話せない。
カラムは、父さんや母さんや、兄のグレアムや、ロブやユーアンをごまかさなければならない。

また、カラムはアイオナの家庭のことも徐々に知るように。
アイオナは、イカレタじいさんとあだ名をつけられた、おじいさんの小屋で暮らしている。
お母さんはダンサー。
ロンドンの舞台にでていると、アイオナはカラムに説明する。

アイオナは、カラムのクラスに通うようになる。
でも、みすぼらしい格好をして、お弁当ももってこないアイオナは、クラスのみんなにバカにされるばかり。
カラムも、ロブやユーアンの目を気にして、アイオナを邪険に扱ったりしてしまう。

2人はしばらく疎遠になってしまうのだけれど、そこに大変なできごとが。
アイオナに呼ばれ、カラムが駆けつけてみると、ミサゴのメス鳥が釣り糸にからまり木の枝からぶら下がっている。

こうなると、もう秘密などとはいってられない。
カラムは父さんを頼り、父さんは自然保護区のヘイミッシュに連絡。
ヘイミッシュはすぐきてくれ、ぶじミサゴをすくいだしてくれる。
さらに、発信器もとりつけた。
これでアイリス――アイオナがつけたミサゴの名前――がどこにいても、グーグルアースでわかるように。

父さんたちは、オークの木の上にツリーハウスをつくってくれる。
夏休みになると、カラムとアイオナはそこでほとんど毎日アイリスを観察。
卵からひなもかえり、すっかり大きくなった。
ミサゴは渡りをする。
もうすぐアフリカに向かうはず。

このあたりまで読んで、アイオナの家族の過去の話が、いろいろと物語にからんでくるのだと思ったのだけれど、この予想ははずれた。
このあと、物語は急転直下。
ミサゴの渡りと歩調をあわせ、物語は外へ外へと向かっていく。

アイリスはフランスに渡り、ピレネー山脈を越え、地中海を通って、アフリカのガンビアへ。
しかし、そこで3日もうごかない。
アイリスになにかあったのだろうか。
救うためにはどうしたらいいか。
カラムは懸命に考える。

自然や環境といった題材と、小道具としてのテクノロジーが、児童書という枠のなかでうまくひとつになっている。
ストーリーが思いがけず国際的になるのも楽しい。

この本はカバーをとると、木の上にいるカラムとアイオナの絵があらわれる。
これもまた、思いがけない楽しさだ。



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「マラマッド短篇集」「喋る馬」「レンブラントの帽子」

バーナード・マラマッドは1914年、ユダヤ系ロシア移民の子としてニューヨークのブルックリンに生まれた。
亡くなったのは、1986年。

マラマッドの短篇集を読んだらやめられなくなり、立て続けに3冊読んだ。
読んだのは、
「マラマッド短篇集」
「喋る馬」
「レンブラントの帽子」
の3冊。
収録作は以下。

「マラマッド短編集」(加島祥造/訳 新潮社 1979)

「最初の七年間」 The First Seven Years
「弔う人々」 The Mourners
「夢に描いた女性」 The Girl of my Dreams
「天使レヴィン」 Angel Levine
「見ろ、この鍵を」 Behold the Key
「われを憐れめ」 Take Pity
「牢獄」 The Prison
「湖上の貴婦人」 The Lady of the Lake
「夏の読書」 A Summer's Reading
「掛売り」 The Bill
「最後のモヒカン族」 The Last Mohican
「借金」 The Loan
「魔法の樽󠄀」 The Magic Barrel

巻末の訳者あとがきで、加島祥造さんはマラマッドの作品を3つに分けて紹介している(加島さんによれば、ある批評家の分類とのこと)。

1.ニューヨークのユダヤ人もの
「最初の七年間」「弔う人々」「天使レヴィン」「われを憐れめ」「掛売り」「借金」「魔法の樽󠄀」

2.ユダヤ人の登場しないニューヨークもの
「夢に描いた女性」「牢獄」「夏の読書」

3.イタリアもの
「見ろ、この鍵を」「湖上の貴婦人」「最後のモヒカン族」

収録作のなかで好きなのは、まず「天使レヴィン」
それから、「弔う人々」「夢に描いた女性」「われを憐れめ」「夏の読書」

マラマッドの作品は、貧乏話が多い。
「喋る馬」の訳者あとがきで、柴田元幸さんがいうところの、《貧乏抒情》。

《貧乏なのに美しい、という背反でもなく、貧乏だからこそ美しい、という手放しの肯定でもない。貧乏と美が否応なしに、好むと好まざるとにかかわらず合体させられている。》
(否応なしに傍点)

でも、貧乏話でも、「掛売り」「借金」は、痛ましくて読むのが辛い。
その点、「天使レヴィン」「われを憐れめ」などは、ファンタジックな要素がある分、民話のような味わいがあり、読んでいて助かる。

イタリアものはあまり買わない。
少々冗長すぎる気がする。
貧乏話の凝縮さのほうが好ましい。

「喋る馬」(柴田元幸/訳 スイッチ・パブリッシング 2009)
カッコ内は、「マラマッド短篇集」でのタイトル。
初出情報も掲載されていたので、一緒に記しておく。

「最初の七年」(最初の七年間) 1950
「金の無心」(借金) 1952
「ユダヤ鳥」 The Jewbird 1963
「手紙」 The Letter 1972
「ドイツ難民」 The German Refugee 1963
「夏の読書」1956
「悼む人たち」(弔う人々) 1955
「天使レヴィーン」(天使レヴィン) 1955
「喋る馬」 Talking House 1972
「最後のモヒカン族」 1958
「白痴が先」 Idiots First 1961

この作品集では、「マラマッド短篇集」にあった3つの分類に加えて、さらに2つの要素がみられるように思う。
ひとつは、「ユダヤ鳥」「喋る馬」のような寓話的作品が加わったこと。
これらの作品では、物語の最後にファンタジーが恩寵のようにあらわれるのではなく、最初から鳥や馬がしゃべっている。

もうひとつは、「手紙」のようなスケッチ風の作品が加わったこと。
作品の頭と尻尾を切り捨てて、そのあいだだけをごろんと転がしたような作品。
切れる前の弦のような緊張感がある。

「レンブラントの帽子」(小島信夫/訳 浜本武雄/訳 井上謙治/訳 夏葉社 2010)

「レンブラントの帽子」 Rembrandt‘s Hat 1973
「引き出しの中の人間」 Man in the Drawer 1968
「わが子に、殺される」 My Son the Murderer 1968

「レンブラントの帽子」は、少し詳しくみていきたい。
主人公は、アーキンという名前。
ニューヨークの美術学校で教える、34歳の美術史家。
この作品は、3人称アーキン視点。

ある日、アーキンは学校で、ひとまわり年上の彫刻家ルービンがかぶっている帽子をほめる。
それ、とてもいい帽子ですね。
レンブラントの帽子そっくりなんですよ。

ところが、それからというものアーキンはルービンに避けられるように。
一体なぜ避けられなくてはいけないのか。
アーキンは訳がわからない。

2、3か月過ぎても、アーキンはルービンに避けられる。
気を揉むたちのアーキンは、ルービンになにか失礼なことをいったかと思い悩む。
そのうち、だんだん仲がこじれて、2人は互いを避けあうように。

そうなると逆に、2人あちこちの界隈で出くわすことになる。
2人はお互いを、うんざりするほど意識している。
ある日、一時限授業に駆けつけた2人は、校舎の前でぶつかってしまう。
かっとなった2人は、お互いをののしりあう――。

マラマッドは、気を揉むひとを書く。
たとえば、「マラマッド短篇集」に収録されている、「牢獄」
夫婦で生活用品などを売る店をやっている、その夫が、店のものを万引きする女の子をみつけて気を揉む。
あの子が菓子をくすねたって、たいした損じゃないだろ、くすねさせておけ、と思ったり、おまえはお人好しすぎるぞと、自分のことを叱ったり。
気を揉む様子が作品になるという作風。

「レンブラントの帽子」も、そんな作品のひとつ。
ただ、この作品の場合、彫刻家のルービンがなぜそんなに気分を害しているのかが、アーキンにはわからない。

校舎の前でぶつかってから、半年くらいたったころ、アーキンはルービンのアトリエに入る。そして、ルービンの作品をながめているうちに、アーキンはルービンの気持ちの一端がわかったような気になる。
また、ルービンの身になり、ルービンがどう感じたのかアーキンは考えてみる。

というわけで、アーキンがルービンの気持ちを理解する過程が、この作品となっている。
人情の微妙さを、ユーモラスで精妙な筆致でえがいている。
とにかく大変な完成度。
大筋のあいまに、過去のエピソードが挿入されるところなど、精密な部品がはめこまれたときのカチッという音が聞こえてくるよう。
この作風で、これ以上の完成度はもう望めないのではないか。

「引き出しの中の人間」
これは、イタリアものの変奏というべき作品。
イタリアもののひとつである、「最後のモヒカン族」では、画家の落伍者を自認する主人公のファイデルマンが、ジョット研究をしにイタリアにやってくる。
そこで、スキンドというイスラエルからきたユダヤ難民と出会い、悩まされる。

「引き出しの中の人間」の舞台は、イタリアではなくソ連。
妻を亡くし、ソ連に旅行にきた〈私〉は、タクシーの運転手であるユダヤ人、レヴィタンスキーと出会う。
運転手をしているものの、レヴィタンスキーは本来作家であり、国外で出版してくれないかと、〈私〉に原稿をみせる。
みせたのは、英語に翻訳された、4つの短篇。
〈私〉は、その出来映えに感心。
でも、ソ連体制下で原稿を国外にもちだそうとしたら、どんな目にあうかわからない。
かくして、〈私〉は煩悶するはめに。

ほかのイタリアもの同様、この作品も長すぎる気がする。
でも、4つの短篇のあらすじが紹介される最後の場面は忘れがたい。

「わが子に、殺される」
これはスケッチ風の短篇。
1人称と3人称が入り乱れ、会話にカギカッコがつかわれない。
内容は、心を開かない息子と、息子を心配する父親の話。

息子のハリィは22歳。
部屋に閉じこもり、煙草を吸い、新聞を読み、夜は戦争のニュースばかりみている。
職探しにでかけても、せっかくみつけた働き口を自分から断ってしまう。

父親のレオは息子のことが心配でならない。
勤め先の郵便局で2週間の休暇をとり、息子の部屋の前の廊下に立ち、話しかける。
ハリィに届いた手紙をこっそり読み、それがばれ、
《おれのことをコソコソ調べたりしやがって。殺してやる。》
などと、ハリィにいわれる。

息子が外にでると、父親はあとをつける。
ハリィが浜辺に立っているのをみつけたレオは、息子のそばに駆けよる。
「自分で自分を孤独にしてしまった息子」に、レオは語りかける。

《ハリィ、どう言ったらいいのかな。でも、人生なんて決して楽なもんじゃないんだよ。それだけしか、わしには言えない。……》

ここでは、《貧乏抒情》は影をひそめている。
代わりに、悲痛さと抒情がないまぜになったものがあらわれて、ひとを打つ。

本書の装丁は、和田誠さん。
バーコードが嫌いな和田誠さんらしく、ISBNのバーコードは帯に印刷されている。
カバーには、レンブラントの絵がえがかれているけれど、カバーをはずすと、少し困ったような顔をしたおじさんの絵があらわれる。
きっと、ルービンにちがいない。

また、巻末には、荒川洋治さんによる、「レンブラントの帽子について」という文章がついている。
そのなかで、荒川さんは「レンブラントの帽子」について、こんなことを書いている。

《四〇〇字詰の原稿用紙なら、三〇枚を少しこえるていどの短いものだが、人間の心の色どりと移ろいが、これ以上なく哀切に、精密に、劇的に、あたたかみをもって描かれている点で、マラマッドの短編の代表作であるだけでなく、二〇世紀アメリカ文学のなかでも屈指の短編であろうと思われる。》

《最後の場面は、胸にせまる。人間が放つ光を見た。そんな気持ちになる。》


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灼熱

「灼熱」(シャーンドル・マーライ/著 平野卿子/訳 集英社 2003)

「トーニオ・クレーガー」が面白かったので、同じ訳者の本を読んでみた。
作者のシャーンドル・マーライはハンガリーのひと。
カバー袖の略歴を引用してみよう。

《1900年、コショ(現スロバキアのコンツェ)に生まれる。
 フランクフルト大学及びベルリン大学に学ぶ。
 その頃、無名のカフカを見出し、ハンガリーで翻訳。
 1930年代にハンガリーを代表する作家になるが、48年に亡命。
 作品はすべて発禁処分となり、やがて忘れられた。
 1989年、ベルリンの壁崩壊の直前、亡命先のサンディエゴで自殺。
 1990年、祖国ハンガリーで出版が再び開始される。
 90年代末、本書の国際的な成功により、20世紀の最も重要な作家のひとりに名を連ねることとなる。》

訳者あとがきには、もう少し詳しい紹介が載っている。

マーライは、ドイツ移民の家庭に生まれ、生家は貴族に列せられたブルジョアだった。
ベルリンで同郷のローラと出会い結婚。
当時の有力紙、「フランクフルト新聞」の特派員としてパリに住む。

1929年、ハンガリーにもどり作家活動に入る。
1934年、自伝的小説「ある市民の告白」で大成功をおさめる。
第2次大戦後、共産主義に反対。
1948年、妻とともに亡命。

亡命先は、イタリア、アメリカ、再びイタリア、カナダ、アメリカ。
雪解けの時代に出版の誘いがあったものの、共産主義体制下のハンガリーでの出版をマーライは拒み続ける。

1985年、85歳のとき、最後の亡命地であるアメリカのサンディエゴの警察学校で銃の訓練を受ける。
1986年、妻のローラが亡くなる。
1989年1月15日、日記に「時は来た」と記し、自らに銃口を向ける。
享年89歳。
国をでてから41年後のこと。

で、本書の話。
タイトルの「灼熱」は、直訳すると「蝋燭が燃えつきる」となるそう。
登場人物は、回想シーンをのぞけば、ほぼ3人。
物語のなかの時間も、やはり回想をのぞけば一昼夜にしかならない。
ストーリーは、主人公が親友と再会し、語りあうというだけ。
ほとんど、お芝居のよう。

そのため、描写は大変濃密。
作品全体に、緊張感と不穏さがみなぎっている。

3人称。
主人公の名前はヘンリク。
作中では、回想をのぞくと、将軍と書かれる。

城館に住む、75歳の将軍のもとに一通の手紙が届く。
41年ぶりに、親友のコンラードがやってくるという。
将軍は、ニニという名前の乳母を呼ぶ。
ニニは91歳になる、なにもかもおぼえている女性。
将軍はニニに、コンラードを迎えるための準備を相談。
ニニはすぐ段取りをととのえる。

以下、回想シーンへ。
将軍の父は近衛将校。
1850年代、パリの公使館で特使をつとめていたとき、舞踏会で伯爵令嬢である母と出会い結婚。
母はハンガリーの城館にやってくる。

8歳のとき、将軍はパリにある母の実家へ。
そこで体調をくずし、将軍の乳母であるニニが呼ばれる。
ニニは4日後に到着。
将軍は一命をとりとめる。

その後、少年の将軍は母やニニとともにブルターニュへ。
ブルターニュからもどると、父がウィーンで待っており、士官学校へ入れられる。

この士官学校で、将軍は親友となるコンラードに出会う。
コンラードの父親は、ガリツィアの役人で男爵。
母親はポーランド人。
コンラードは寡黙で注意深く、笑うと子どもっぽいスラブ風の表情が浮かぶ少年だった。

結核のおそれが生じたため、将軍は一時城館に帰る。
そのとき、将軍の願いでコンラードも同行。
コンラードはヘンリクの両親に受け入れられる。
それからというもの、2人は夏やクリスマスになると城館にやってくるように。

あるとき、2人はコンラードの両親を訪ねる。
コンラードの両親は、困窮しながら自分の子どもを育てていた。
コンラードは将軍にいう。

《「僕は軍人だ。だから殺し、殺されるように教育された。僕はそれを疑わなかった。でも、もし僕が殺されなければならないのなら、なぜ両親はこんなことを引き受けなければならなかったんだ?」》

コンラードは音楽に魅入られる性質があった。
将軍にそれはない。
あるのは将軍の母。
あるとき、将軍の母とコンラードは、われを忘れてショパンの「幻想ポロネーズ」を弾く。
その姿をみた将軍の父は、将軍に、「コンラードは決していっぱしの軍人にはなるまい」という。
「別種の人間だからだ」

やがて2人は若い将校となり、ウィーンで同じ部屋を借りて住みながら軍務につくように。
将軍は社交生活に余念がない。
が、コンラードは規則正しく、僧のように暮らしている。
僕の財産をつかってくれと、将軍はコンラードにいうが、コンラードは受けとらない――。

ところで。
この小説は全20章からなる。
これまで要約したあたりが、だいたい7章目まで。
8章目から時間が現在にもどる。
コンラードが城館にやってきて、将軍と会うのがちょうど9章の最後。
章立てとしては、コンラードの登場は半分あたりからとなるけれど、作品全体の分量としては、ここが3分の1くらい。

ここまで読んでくると、当然いくつかの疑問が浮かぶ。
ともに育った親友と41年間会わないとは尋常ではない。
将軍がコンラードと最後に会った日付を正確におぼえているのも妙。
一体、2人のあいだになにがあったのか。

将軍が、城館に到着したコンラードと再会してから、ストーリーは2人の会話で進んでいく。
2人は会っていなかった歳月について、また様変わりした世の中について語りあう。
食事を終え、暖炉と蝋燭の光のなかで話を続ける。
会話は螺旋をえがくように、謎の中心に向かっていく。

将軍はクリスティーナという女性と結婚する。
小さな町の質素な家で、病気の父親と物静かに暮らしていた女性。

このクリスティーナとコンラードとのあいだに、なにかがあった。
そしてコンラードが将軍の前から去った、1899年7月2日、2人で狩りにでかけたその日に、決定的なことが起こった。
それは一体なんなのか。。
41年間そのことについて考え続けてきた将軍は、精緻に、明晰に、長ながと、その日起こったと思われることについてコンラードに語り続ける。

本書の文章は固有名詞がほとんどない。
抽象度が高く、比喩が多く、硬質で断定的。
おとぎ話の文章をまわりくどくしたよう。

この文章が、41年間親友を待っていたという、おとぎ話のような物語をよく支えている。
例として、将軍とコンラードの友情について書かれた部分をみてみよう。

《ふたりの友情は生涯通用するあらゆる重要な感情と同じく、真摯で言葉のいらないものだった。そして、それらの感情のように、これもまた恥と罪の意識を含んでいた。人を奪い、わがものとしたら、罰を受けずにはいないのだから。》

41年の歳月は、謎に対する答えをすでにどうでもいいものにしている。
正解もなければ、だれかを裁くということもない。
人生があたえた一撃については考え続けるほかない。

《「生き残った者は誰でも常に裏切者なのだ」》

という将軍のことばは痛切だ。

本書の登場人物は将軍とコンラートの2人だが、もうひとり、将軍の乳母であるニニがいる。
ニニもまた、おとぎ話の登場人物のようで、大変魅力的。
赤ん坊の将軍に、最初に乳をあたえたのはニニだった。

《年は十六で、とてもきれいな娘だった。小柄だが筋肉質で、まるで身体のなかに秘密の力が備わっているかのように落ちついていた。》

そして、現在91歳になったニニはこう書かれる。

《ニニの力は建物や人間、壁や家具調度、そのすべてにくまなく行きわたっていた。もしニニがいなかったら、この館も様々な調度も、古い古い布のように触れたとたんに崩れてばらばらになるのではないか、人々はこう感じることがあった。》

登場人物も少なく、構成もシンプル。
にもかかわらず、文章の力だけで一冊の作品として成り立っている。
おそるべき豪腕ぶり。

訳者あとがきによれば、本書はドイツ語からの重訳だとのこと。
作者のマーライが亡くなったのは、国をでてから41年後のことで、それは将軍がコンラードを待っていた年月と重なる。

《それだけでなく、マーライの前半生と後半生の明暗までもが、ヘンリク(将軍)のそれとぴったり重なるのは、偶然とはいえ、興味深い。》

と、訳者の平野卿子さんは記している。


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見習い職人フラピッチの旅

「見習い職人フラピッチの旅」(イワナ・ブルリッチ=マジュラニッチ/作 山本郁子/訳 二俣英五郎/絵 小峰書店)

イワナ・ブルリッチ=マジュラニッチは、クロアチアの名高い作家。
「昔々の昔から」は、あんまり素晴らしかったのでメモをとったおぼえがある。
「昔々の昔から」「昔々の昔から(承前)」

その「昔々の昔から」にくらべると、本書のほうがより親しみやすい。
視点が、主人公フラピッチの行動からはなれることはないし、児童書のもつイメージの範疇に物語がよくおさまっているし、宗教色や郷土色も少ない。
それに、ストーリーの面白さはずば抜けている。

訳者あとがきによれば、本書はクロアチアのひとならだれでも知っている物語だそう。
1913年に初版が出版されて以来、ずっと読みつがれているとのこと。

文章は、3人称のですます調。
ときどき作者が顔をだして語りかけるスタイル。
小学校中学年向けくらいの読者を想定しているといえるだろうか。

主人公は、靴屋の見習い職人フラピッチ。
両親のいないフラピッチは、ムルコニャ親方のもとではたらいている。
このムルコニャ親方は、昔、悲しいできごとがあったため、すっかり冷たい性格になってしまった。
親方の奥さんは逆に、もっと心のやさしい性格になったのだけれど。

さて、ある日のこと。
あるお金持ちが、自分の息子のためにブーツを注文した。
が、できあがったそのブーツがきついと、お金持ちはブーツを受けとらず、お金も払わなかった。
腹を立てたムルコニャ親方は、フラピッチにやつあたり。
フラピッチは怒鳴られたり、殴られたりする。

その晩、フラピッチは親方のもとをはなれ、旅にでようと決意。
火にくべろと親方がいった例のブーツをはき、置き手紙を書き、パンとベーコン、突き錐、糸、革の切れはし、ナイフといった仕事道具をカバンにつめ、いたんでいた帽子のまわりに、革の切れはしを縫いつけて、さあ出発。

夜、親方の家を抜けだしたフラピッチは、明け方には町はずれに。
そこで、苦労して牛乳配達をしている老人と出会う。
フラピッチは老人を手伝い、建物の4階まで牛乳をはこんでやり、配達先のお手伝いさんには、牛乳を下までとりにいくようにお願い。

老人と別れて草むらで寝ていると、親方の家にいた犬のブンダシュがあらわれる。
ブンダシュも、親方のところから逃げてきたのだ。
フラピッチとブンダシュは道連れに。

その後も、フラピッチは愉快に旅を続けていく。
青い星のついた家で、お母さんと2人で暮らしている少年のために、見失ったガチョウをさがしたり。
石切工たちと出会ったり。
が、旅の3日目にして災難に。
雷雨をさけて橋の下にもぐりこんで寝たところ、大事なブーツが盗まれてしまった。
盗んだのは、先に橋の下にいた、黒い男。
たとえ10年かかってもブーツをとりもどすんだと、フラピッチははだしで出発。

しばらく歩いていくと、前に奇妙な女の子が。
女の子の名前はギタ。
きれいな格好をして、肩に緑のオウムをのせている。

話を聞くと、ギタはサーカスの団員。
病気をして、元気になったらあとからくるようにと、ある村に置いていかれた。
で、いまサーカスを追いかけているところ。
ギタもまた、フラピッチとともに旅をすることに。

古典的な児童文学の主人公らしく、フラピッチは勇敢でやさしく、非の打ちどころがない。
朝、ブーツが盗まれたことに気づいたフラピッチついては、こう。

《だれだって、あんなすてきなブーツを盗まれたら、泣きだしてしまうでしょう。はだしで長い旅に出なければならないとしたらなおさらです。
 でも、フラピッチは泣きませんでした。しばらく考えていましたが、とつぜん立ちあがり、ブンダシュを呼んでいいます。
「さあ、ブンダシュ、あの男をさがしに行こう。たとえ十年かかってもさがしだして、ブーツをとりもどすんだ。たとえ、王宮の煙突につるしてあったとしても」
 そういってフラピッチは、ブーツをさがしにはだしで出発しました。》

また、フラピッチとギタは農家で草刈りの仕事を手伝うことに。
でも、ギタはサーカスの仕事のほかはよく知らない。
すぐ飽きてさぼるので、農夫に追い払われてしまう。
そのとき、フラピッチはこう思う。

《「だれも仕事を教えてやらなければ、仕事がわからないのは当然だから、ギタが悪いんじゃない。いっしょに旅をしているからには、ぼくがギタのめんどうをみなければ。夕食も半分分けてやろう」》

このあとも、フラピッチの旅は波乱万丈。
火事にでくわし、火を消すのを手伝ったり、盗まれたブーツをとりもどしたり、市場で貧しいかご売りが、かごを売るのを手伝ったり。
そのときかぎりと思われた登場人物が、後半ふたたび登場したり。
思いがけないことがたくさん起こり、最後は大団円。
あれもこれもみんな伏線だったのかという展開には、思わず拍手をしたくなる。

訳者の山本さんは、この本を訳してるというだけで、クロアチアのひとにほめられたという。
なるほど、クロアチアのひとたちが自慢に思うだけのことはある。

絵は、二俣英五郎さん。
あたたかみのある絵で、物語をより親しみやすいものにしている。


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ひみつの白い石

「ひみつの白い石」(グンネル・リンデ/作 奥田継夫/共訳 木村由利子/共訳 冨山房 1982)

これは児童書。
作者のグンネル・リンデはスウェーデンのひと。
カバー袖にある作者紹介を引用しよう。

《1924年、スウェーデンのストックホルムで生まれたグンネル・リンデは、物語をつくるのが大好きな少女でした。おとなになってからも、新聞記者、ラジオやテレビの番組プロデューサーなどをしながら童話を書き、1958年の「透明クラブとトリ小屋舟」で児童文学作家としてデビュー。その後も次々と作品を発表し、1964年の「ひみつの白い石」には、ニルス・ホルゲルソン賞が与えられています。》

また、奥田継夫さんによる訳者あとがきには、作品のタイトルと出版年が記されている。
少々重複するけれど、これも引用しておこう。

《1958年、「透明クラブとトリ小屋舟」でデビュー。
 1959年、「煙突横丁」で名声を確立。
 1964年、「ひみつの白い石」でニルス・ホルゲルソン賞。
 1997年、すでに冨山房から翻訳出版されている奇想天外なメルヘン、「ママたちとパパたちと」。
 1978年、ラブ・ストーリーの「人生がだいじなら」。》

本書は3人称。
女の子と男の子の、友情の物語だ。

物語の最初と最後に、作者が顔をだしている。
いわば、エピローグとプロローグ。
この部分だけですます調なので、本編に入ると違和感がある。
でも、じきそんなことは忘れてしまう。

舞台は、スウェーデンの小さな町。
夏休みの終わり、あと一週間で新しい学年がはじまるというところ。

主人公のひとり、フィアは、黒い髪をした背の低いやせぽっちの女の子。
お母さんはピアノの先生。
小さな町では、ピアノの先生などは無用の長物と思われている。
そのため、フィアも学校ではからかわれ、肩身のせまい思いをしている。

フィアのお母さんは、判事さんの家に間借りしている。
判事さんの家には、マーリンおばさんという家政婦がいて、このひとが大変な意地悪。
フィアは、マーリンおばさんのことを、「エプロン魔女」と呼んでいる。

もうひとりの主人公は、ハンプスという名前の男の子。
親を亡くし、靴屋をしているおじさんの世話になっている。
おじさんには、自分の子どもだけで6人の子が。
半年ごとに引っ越しするので、どの土地にいっても、新しい靴屋さんと呼ばれている。

ハンプスはなかなかの暴れん坊。
いつでも厄介ごとを起こすので、すぐ引っ越すのは都合がいい。

そんなわけで、判事さんの家の前に引っ越してきたハンプスは、判事さんの家の門から外をながめているフィアと出会う。
ハンプスに名前を訊かれたフィアは、とっさに「フィデリ」とこたえる。
まるでプリンセスのような名前。
同じく、フィアに名前を訊かれたハンプスは、ちょうど通りかかったサーカスの車に貼ってあったポスターをみて、「スーパーヒーロー」と名乗る。

フィアには、お守りにしている白い石がある。
小さな、すべすべした、大事な石。
その石がほしくなったハンプスは、フィアに交換条件をもちだす。

《「ね、教会の時計台にさ、目と鼻と口をかきくわえたら、その白い石をおれにくれるかい?」》

フィアは了承。
その夜から、さっそくスーパーヒーローは行動を開始。
仔細は略すけれど、みごとに時計台に顔を描いてみせる。

翌朝、それを知ったフィアはびっくり仰天。
約束どおりハンプスに会い、白い石を渡す。
すると、ハンプスはフィアにこんなことをいう。

《「一日じゅう、だまりっぱなしで、人がなにをいっても、すごくおこっても、返事をしなかったら、この石、返してやる。できる?」》

もちろん、フィデリであるフィアは、この試練に立ち向かう。
ごちそうさまをいわなかったために、マーリンおばさんにからまれたり、判事さんに誘われてお母さんと一緒にサーカスをみにいったり――フィアはハンプスのことをサーカスの子だと思っているので、時計台にいたずら描きをしたのがだれかばれてしまうと気が気ではない――しながら、フィアは難題をやりとげる。

次の日、フィアはハンプスに会い、白い石をとりもどす。
そして、こんどはフィアがハンプスに難題を。

《「サーカスの象を学校の女の先生の前にくくりつけること」》

こうして、白い石を仲立ちに、フィアとハンプスは親しくなっていく。

2人がだしあう難題は、作中では案外あっさりと乗り越えられる。
それが、この作品をファンタジーがかった愉快なものにしている。
2人がおたがいをよく知らず、別の名前で呼びあうことは、このファンタジー性を保証しているものだろう。

訳文は調子がいい。
よすぎるくらい。
木村由利子さんの翻訳に、奥田継夫さんが手を入れたのではないかと思うけれど、どうだろうか。

時計台に顔を描くときのような、おもに行動を書くときは、調子のいい文体でかまわない。
でも、エプロン魔女のマーリンおばさんの意地悪さを表現するときは、調子のいい文章では間にあわなくなってくる。
そのため、この作品は、やけに調子がいいところと、そうでないところが混在しているのだけれど、ストーリーが楽しいので読んでいるときは気にならない。

マーリンおばさんの意地悪さは、妙にリアリティがある。
でかけるときマーリンおばさんは、わざと判事さんのワイシャツにアイロンをかけないでおく。
判事さんが、しつけの悪い子ども――フィアのこと――と、その母親を放っておくなら、くしゃくしゃのワイシャツを着ることになっても仕方がないと思っている。

ところが、帰ってみると、ワイシャツにはちゃんとアイロンが。
フィアのお母さんであるペターソン夫人が、気をきかせてアイロンをかけたのだ。
しかし、マーリンおばさんは逆恨み。
わたしの留守をねらって点数かせぎしようとしたのね。

そこで、マーリンおばさんは、アイロンのかかったワイシャツの上にどっかりと腰をおろす。
――シャツをたんすにしまうってことに気がつかなかったのは、ペターソンさんが悪いのよ。
マーリンおばさんは、つねに自分を正当化することを忘れない。

さて、このあともフィデリになったフィアと、スーパーヒーローになったハンプスは、たがいに試練をだしあい、乗り越えていく。
コーヒーショップのピアノを弾くこと。
ゆで玉子を判事さんのベッドのなかに入れること。
さらに、判事さんのベッドに入れたゆで玉子をとりもどすこと。

この最後の試練のために、ハンプスは判事さんに捕まりそうになり、2人は窮地に立たされる。

ハンプスはフィアのおかげでこの町が気に入り、もう引っ越しはしたくない。
また、フィアもハンプスと一緒に学校にいきたいと思っている。
はたして、2人の願いはかなうのか。

子どもは子どもの理屈で行動する。
その理屈はときとして、大人には思いもよらない。
本書では、それがうまく表現されている。
物語の最後のほうで、フィアとハンプスはこれまでの経緯を判事さんに説明するのだが、判事さんは2人のいうことがわからない。
そこで、2人は顔をみあわせる。

《かわいそうな判事さん! 救いようがないほどおとなになってしまった判事さん!》

それから。
フィデリとスーパーヒーローは、フィアとハンプスにもどらなければいけない。
学校がはじまれば、どうしたってもどらないわけにはいかない。
そのことに触れているエピローグは秀逸。

さし絵は、エリック・パルムクビストというひと。
登場人物のからだのうごきをたくみにとらえたペン画で、物語をより楽しいものにしている。


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リリー・モラハンのうそ

「リリー・モラハンのうそ」(パトリシア・ライリー・ギフ/作 もりうちすみこ/訳 吉川聡子/画 さ・え・ら書房 2008)

原題は、“Lily‘s Crossing”
ニューベリー賞オナー賞受賞。

3人称リリー視点。
ほとんどリリーの1人称といえる。
舞台は、1944年夏。
数週間前に、連合軍がフランスに上陸した頃。

リリーは5年生。
お母さんは小さい頃に亡くなり、お父さんと祖母と3人暮らし。
ことしの夏も、別荘のあるニューヨーク郊外の避暑地ロッカウェイで過ごす予定。

リリーはピアノが嫌いだけれど、お父さんは習わせたい。
そのため、ことしは別荘にまでピアノをもっていくはめに。

ロッカウェイには、友だちのマーガレット・ディロンがいる。
2人ともニューヨーク州のクイーンズ区に住んでいるけれど、会うのは夏のロッカウェイだけ。
ことしも2人は再会するが、すぐマーガレットはデトロイトに引っ越してしまう。
お父さんがB24をつくる工場につとめるため。
リリーはマーガレットから、ディロン家の裏口の鍵をもらう。

マーガレットはいなくなってしまったけれど、近所のオーバン家にアルバートという少年がやってくる。
やせっぽちで、もじゃもじゃ頭、真っ青な目をした少年。

リリーの大好きなお父さんも、軍の仕事ででかけることに。
どこにでかけるのかは教えられない。
手紙をだしても検閲される。
《「おれは、ぜったい、なんとかして、おまえに居場所を知らせるよ」》
と、お父さん。

リリーは、お父さんが自分よりも先に祖母に、でかけることを話したことに立腹。
お父さんの出発にも立ち会わなかった。
リリーはそのことをとても後悔する。

ところで、リリーは想像力がたくましい。
すぐに嘘をついてしまう。
そのことに、自分でも困っている。

リリーは、アルバートのことをスパイだと確信する。
ことばにはなまりがあるし、真夜中にオーバン家にやってきたし、すぐに姿をくらます。
でも、オーバンさんの夕食に招待されたときに、アルバートの素性が判明。

アルバートは、2年前にハンガリーのブダペストから逃げてきた少年だった。
両親はナチスを批判したために逮捕されてしまった。
アルバートと妹のルースは、オーストリア、スイスを抜けてフランスへ。
ところが、ルースは旅の途中ではしかにかかってしまった。
そのため、船に乗ることができなかった。
アルバートがひとり船に乗り、カナダに住むオーバンさんのお兄さんの家に身をよせることになった。

ちなみに、アルバートのお父さんは、オーバンさんの弟。
そしてアルバートは、夏のあいだオーバンさんのところに遊びにきたのだった。

リリーとアルバートは、捨てネコを拾い、マーガレットの家でこっそり飼いはじめたことから、仲良くなっていく。
ルースはまだフランスの修道院にいるはずだと、アルバート。

《「ナジママ(お祖母さん)はぼくたちにいった。はなれちゃだめだ。どんなことがあっても。いっしょにいるかぎり、ひとりぼっちにならずにすむって」》

そんなアルバートに、リリーは嘘をついてしまう。
夜、ボートをこいで沖にでる。
軍艦に近づいたら、あとは泳ぐ。
その軍艦に乗って、お父さんのところまでいく。

リリーのことばを、アルバートは本気にしてしまう。
ぼくも連れていってくれる?
ぼく、泳ぎを練習する。
そして、ヨーロッパに帰ってルースをさがす――。

戦時中が舞台のため、戦争の色が濃い。
オーバンさんのA型フォードのヘッドライトは、爆撃機に狙われないようにと上半分を黒く塗ってある。
黒く塗るのは、リリーも手伝った。
夜は灯火管制が敷かれ、サーチライトが夜空を照らしている。

マーガレットのお兄さんのエディーは兵隊となり、戦場で行方不明に。
リリーと祖母は、教会にお祈りにいく。

ストーリーはこびは、少々ぎくしゃくとしている。
ひとつのエピソードの途中で、別のエピソードが割りこんでくる感じ。
でも、最後には、ストーリーは落ち着くべきところに落ち着く。

リリーは、あんまり素行がよろしくない。
すぐ嘘をつくし、ピアノの練習はさぼるし、映画はただ見するし、鍵をもらったとはいえ、ひとの家にあがりこむ。
そんなリリーも、アルバートとの交流をきっかけに変わっていく。

リリーは、泳げないアルバートに泳ぎを教える。
まず浮けるようにならなくちゃとリリーがいうと、「浮く練習なんかするひま、ぼくにはない」と、アルバートは口答えする。
それを聞いて、自分がピアノの練習に文句をいうのとまるで同じだとリリーは思う。

また、マーガレットとの手紙のやりとりから、お父さんがいなくなって祖母もさみしがっていたことをリリーは知る。
口うるさい祖母がさみしがっていたなんてと、リリーは驚く。
そんなことは、一度も考えたことはなかった。
こうして、周囲とのかかわりのなかで、リリーはひとの気持ちに気づくようになっていく。

巻末には、作者による「読者のみなさんへ」という文章が載せられている。
《わたしは、1944年の夏をおぼえています。》
と、作者。

《こわがっているのは自分だけとおもっていたのに、ほかの子どもたち、ときにはおとなさえ、おなじような思いをいだき心配していると知ったときには、おどろきました。》

吉川聡子さんのさし絵が、物語を理解する手助けをしてくれる。
また、桂川潤さんによる装丁は、ピンクのしおりひもが鮮やかだ。



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さらば、シェヘラザード

「さらば、シェヘラザード」(ドナルド・E・ウェストレイク/著 矢口誠/訳 国書刊行会 2018)
原題は、”Adios,Scheherazade”
原書の刊行は1970年。

作者のウェストレイクは、2008年に亡くなったミステリ作家。
ひと口にミステリといっても、いろんなミステリがある。
そのいろんなミステリ、――ハードボイルドからユーモアものまで――を、ウェストレイクはたくさん書いた。
なかでも、不運な泥棒ドートマンダーを主人公とする、ドートマンダー・シリーズが有名。
ウェストレイク亡きあと、こんな風に、コミカルでユーモラスで、かつ都会的といった作品を書くことができるミステリ作家はいるのだろうか。

その2008年に亡くなったウェストレイクの作品が、去年の2018年に刊行された。
それが本書。
なんでまたいまになって。
でも、ファンとしてはありがたい。

本書はミステリではなく、なんというかまあ、ジャンル分け不能のケッタイな小説。
訳者あとがきによれば、マニアのあいだでささやかれていた幻の作品だったとのこと。
内容は、ポルノ小説のゴーストライターが、ポルノが書けなくて困り、なおかつどんどん困っていくという、哀れで滑稽な物語だ。

主人公は〈ぼく〉、エド・トップリス。
エドは、追いつめられている。
あと10日のうちにポルノ小説を一冊仕上げなければいけない。
なぜ、こんな状況におちいったのか。

1964年、大学を卒業したばかりのエドは、すでに結婚していて、実家で母親と同居していた。
キャピタルシティ・ビール卸売販売という会社ではたらいていて、そのとき妻のベッツィーは妊娠7ヶ月だった。
そんなエドのもとに、大学のルームメイトで、いまは作家のロッドがもうけ話をもちこんでくる。
それがポルノ小説のゴーストライター。

ロッドは以前ポルノ小説を書いていたが、いまはまともな小説を書いている。
ポルノ小説のほうは、ゴーストライターに書かせている。
ロッドのゴーストライターになれば、その原稿料は1200ドル。
200ドルは、名義料としてロッドへ、あとの1000ドルはゴーストライターへ。
ただし、10日で一冊書かなければいけない。
一冊の長さは5万語。
1章25ページで、全10章。

エドがキャピタルシティ・ビール卸売販売で得る収入は、年に3750ドルだ。
エドは、ロッドからポルノ小説の公式を教わる。
(若者が小さな町をでて広い世界へ……。あるいは、若い女性が小さな町をでて広い世界へ……)

こうして、エドはロッドのゴーストライターに。
最初は調子が良かった。
1日平均4時間書き、トータル40時間で一冊を書き上げた。
この生活を1年半ほど続ければ、お金も貯まり大学院に進学できるだろう。
そうエドは思ったが、実際はちがった。
1年半後、お金はぜんぜんたまっていなかった。
代わりに、借りた家に、家具やら車やらが増えていった。

さらにロッドの忠告。
「こんなクソを永遠につづけられるやつはいない」
このことばどおり、じわじわとポルノ小説が書けなくなっていった。

最初に締め切りを破ったのは、1967年6月。
24番目の作品、「熱く乱れて」のとき。
原稿は、ロッドのエージェントである、ランス・パングルに渡すことになっている。
とはいえ、ランスのオフィスにいるのは、いつもサミュエルという若者なので、サミュエルに渡す。

次の作品も遅れ、その次の作品も同様。
しかも、遅れる日数が増えていくように。
そして、ついにランスから電話が。
もう一度遅れたらバイバイだからな。
それが、11月10日のこと。

というわけで、エドは必死になってポルノ小説を書かなければならない状況にある。
が、なにも思いつかない。
でも、とにかくなにか書かなければ。
なぜ、こんな状況におちいったのかについて。
ガールズグループのメンバーだった、元歌手の母親や、双子の妹ハンナとヘスターについて。
ベッツィーとの出会いから、破綻しかかっている現在の結婚生活について。
エドは、1章25ページ分のくりごとを書き続ける――。

そのエドのくりごとが、この小説という趣向。
この趣向をあらわすため、本書では、1章も2章も3章も、すべて1という番号が振られている。
これからポルノ小説の1章目を書こうとする、エドの切ないあがきだ。

また、本書のページ上に振られているノンブルは、いつも1章分の25ページでストップする。
次のページからは、また1章目の1ページ目からスタート。
こうして、再び25ページ分のくりごとが続く。
(ちなみに、作品全体のノンブルはちゃんとページ下に振られている)

ときには、うまくポルノ風に話が進むときもある。
なんとか2章目に進むこともあるのだけれど、すぐにもとのくりごとにもどってしまう。

エドもただ手をこまねいていたわけではない。
ポルノ小説のゴーストライターという境遇から脱出しようとこころみたこともあった。
ミステリの短篇を書いてみたし、ノンフィクション記事にも挑戦した。
せめてゴーストではないポルノ小説家になろうと、サミュエルにもちかけたこともある。
しかし、サミュエルの返事はすげない。

《「あんたが一カ月にもう一冊書いてもうちには枠はない。枠をつくるにはほかの誰かを首にしなきゃならないわけだが、率直にいって、あんたに毎月二冊書いてもらうために誰かを首にしたくなるほど、あんたは優れちゃいない」》

どうしても、エドは作家にはなれない。

ウェストレイクは、実際にポルノ小説を手がけていたという。
また、メタフィクションの手法も用いている本書には、楽屋落ちがたくさんあると、訳者あとがきが教えてくれる。
たとえばエドが、映画「ポイントブランク」をみにいったりする。
「ポイントブランク」の原作者は、ウェストレイクだ。
また、本書はウェストレイクが離婚した翌年に出版されている。
だから、自分の経験を盛りこんでいるかもしれない。
巻末には、ウェストレイクの主要著作リストが掲載。

このあと、ストーリーは、エドが書いたくりごとをベッツィーが読んでしまったことから急転直下。
最後はドタバタに。

本書の面白さは、くりごとの面白さだ。
ただ、男の身勝手なくりごとだから、女性には不向きかもしれない。
訳文は、くりごとに切迫感があり、素晴らしい。

エドのくりごとは、手際がいい。
自身の置かれている状況を簡潔に述べ、これからどうなっていくのかと読み手を引きこむ。
書いている小説に、自分で口をはさみ、泣き言をいいながら、書くことをやめられず、書き続ける。

ポルノ小説家としては失格かもしれない。
でも、きみのくりごとはなかなか読みごたえがあるよ。
そうエドにいってあげたい。


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死のかげの谷間

「死のかげの谷間」(ロバート・C・オブライエン/著 越智道雄/訳 評論社 1985)

原題は“Z for ZACHARIAH”
SOSシリーズ第5巻。
2010年には、「海外ミステリーBOX」とシリーズ名を変え、新装版が出版されている。
1976年の、エドガー・アラン・ポー賞受賞作。

これは児童書。
といっても、児童書の範疇から、少しとびだした児童書。
内容は、ひとことでいえば、核戦争後に生き残った少女がサバイバルする物語だ。

主人公は、アン・バーデン。
作中で16歳になる少女。
将来の夢は、国語の先生になること。
本書はアンの1人称で、日記形式でしるされる。
その冒頭はこう。

《五月二十日
 こわい。
 だれか来る。》

この作品の舞台は、核戦争後のとある谷間。
この谷間は、たまたま放射能を逃れているが、ほかは全滅。
わずかな期間の戦争のあと、アンのお父さんと弟のジョセフ、いとこのデイビッドが近所のオグデンの町をみにいったが、そこはすっかり廃墟と化していた。
次の日には、店のクラインさん夫妻も加わり、アンを残した全員で、もっとはなれたディーン町にでかけていき、そして帰ってこなかった。
家畜の世話をするために、留守番をすることになったアンは、ただひとり残された。

ラジオ局は一局ずつ消え、ついにはなにも聴こえなくなる。
電気は停まり、ガスボンベは2本あるものの節約したい。
アンは、たきぎをつくり、暖炉で煮炊きをして冬をすごす。
ニワトリや牛の世話をし、野菜畑をつくる。

電気が停まったために井戸水がくみ上げられない。
小川からくんでくる。
谷間を流れる小川のうち、ひとつは汚染されているが、谷間の泉を源流とするもう一本は大丈夫。
この小川は池にそそぎ、池の魚は大切な食糧となる。

こういう生活をしていたアンのところに、冒頭の一文のような事態が。
最初にみつけたのは、焚火の煙。
それが、日を追って近づいてくる。
一体どんなひとがあらわれるのか。

万一を考え、アンは家畜を追い立て、野菜畑を掘り返し、ひとがいた形跡を消す。
22口径のライフルをもって、山腹の洞穴へ。
洞穴にはあらかじめ、水や保存食も準備しておいた。
ここから、あらわれた男を観察する。

男は、だぶだぶとしたウェットスーツのようなものを着ている。
背中には空気ボンベ。
ワゴンを引き、のろのろと歩いている。

男は緑の木々に驚く。
なにかの器具であちこちを測ってから、マスクをとり、歓声をあげる。
ひさりぶりに人間の声を聞き、アンもびっくり。

男はアンの家をのぞく。
が、家のなかで寝たりしない。
テントを張り、そこで眠る。
あのテントは、放射能をさえぎるものにちがいない。

こうして、ひそかに男を見張っていたアンだが、翌日、男は不注意にも汚染されている小川のほうで水浴びをしてしまう。
じき、男は体調をくずし、テントにもぐりこんだままに。
アンは意を決し、洞穴からでて男のもとにいく――。

男の名前は、ジョン・R・ルーミス。
のちにアンに話すのだが、ルーミスは化学者で、磁気を帯びたプラスチックによる防護服の開発に着手していた。
水のろ過装置や空気清浄機も開発し、生産にこぎつけようとしたところ、戦争が起きてしまった。
ルーミスは、シェルターで何カ月もすごしたのち、開発した防護服を身にまとい、外の世界を歩き続けていたのだった。

本書の登場人物は、アンとルーミスのみ。
ルーミスは、アンの看病とお祈りのかいあって、徐々に回復していく。

本書の科学的記述がどれほど正確なのかは、知識がないためわからない。
いま読むとリアリティをそこなっている記述があるかもしれない。
でも、サバイバル生活については詳しく書かれており、そこが読んでいて楽しい。

機械に強いルーミスの指示で、アンはガソリンポンプからガソリンを得ることに成功。
トラクターをつかい畑をたがやすことができるように。

アンは娘らしく、10年後には子どもを連れて野草をつみにきているかもしれないなどと想像する。
が、ストーリーはそんな風には展開しない。
2人のサバイバル生活は紆余曲折のすえ、再びアンひとりのサバイバルへともどっていく。
その物語の緊迫感は相当なもの。

アンは大変なしっかり者で、かつはたらき者。
店にいけば、野菜や果物の種があるけれど、アンはその発芽率についても心配する。

《種だって一年くらいならいいけど、二年も放っておけば発芽率は落ちるだろうし、三年四年たつうちにすっかり使いものにならなくなってしまう》

またアンは、勇気があり、けっしてへこたれることがない。
こんなアンが、理不尽な目にあうのは痛ましい。
読後、どこかで国語の先生になれたらいいのにと思わずにはいられない。
それにしても、なんとまあきびしい児童書だろう。

原題の、“Z for ZACHARIAH”については、作中に説明がある。
アンが子どものころ読んだ「聖書の文字の本」が、このタイトルの元。
この本は、「AはアダムのA」ではじまり、「Zはザカリア」のZで終わっていた。
アダムが最初の人間だから、ザカリアとは最後の人間にちがいない。
そう、子どものアンは思っていた。

つまり、この原題は、「最後のひと」という意味なのだろう。


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モリーのアルバム

「モリーのアルバム」(ロイス=ローリー/作 足沢良子/訳 ジェニー=オリバー/絵 講談社 1982)

これは児童書。
作者のロイス・ローリーは「ギヴァー・シリーズ」の作者として高名。
本書は、ロイス・ローリーの処女作。
内容は、姉が難病にかかったため、成長せざるを得なくなった妹が、立派に成長する物語だ。

主人公は、13歳の〈わたし〉、メグ。
メグには15歳になる姉のモリーがいる。
メグは頑固で考え深い。
将来なりたいのは、こんなひと。

《――人々が敬意をもってわたしの名まえ、メグ=チャルマーズをいうようになる、そんななにかをやりとげたいのだ。》

一方、姉のモリーはこう。

《――おとなになったら、ちがう名まえ、つまり、だれかの夫人になって、モリーなんとかになり、何人もの子どもたちから敬意をもって「お母さん」と呼ばれること。》

モリーは美人で、おだやかでのんきで自信家。
メグは、そんな姉に引け目を感じている。

お母さんはモリーに似ている。
メグはお母さんに対し、こんな感想をもっている。
《自分自身が成長していくのをもういちど見るということは、とまどうことであるにちがいない。》

お父さんは大学の先生。
「風刺に関する弁証法的総合」という本を書いている。
お父さんがこの本を完成させるために、静かな環境をもとめて、一家は11月ごろ田舎にある1840年に建てられたという家に引っ越すことに。

新しい学校で、メグは「ナツメグ」というあだ名をつけられる。
引っ越し先での気に入った小部屋は、お父さんの書斎となってしまい、メグはモリーと相部屋に。
モリーのほうは、新しい学校でもたちまちボーイフレンドをつくり、チアリーダーの補欠要員となる。

そんなわけで、引っ越してからのメグは不本意な暮らしを強いられるものの、近所で新しい友人ができ、その生活に光がさす。
その友人とは、ウィル=バンクスという70歳になる老人。
ウィルは妻に先立たれひとり暮らし。
話してみると、メグが暮らしている家のことを、ウィルはなんでも知っている。
「あなたはあたしの家に住んでいたんですか?」とメグが訊くと、ウィルは笑う。
「あんたが、わたしの家に住んでいるんだよ」

このあたりの2つの家は、ウィルの祖父が建てたもの。
ウィルは2つの家を貸し、自分は昔使用人がつかってた家に移って暮らしている。
ウィルはメグをあたたかく迎え、メグのことを「美しいわかい娘さん」と呼ぶ。

メグは写真を撮るのが好きで、また得意。
前の学校では男の子たちをさしおいて、週間最優秀作品に選ばれたこともある。
ウィルは以前、将校としてドイツに駐屯していたことがあり、そのときカメラを購入していた。
ウィルは、ドイツ製のカメラを貸すから暗室のつかいかたを教えてほしいと、メグにもちかける。
暗室は、執筆にいき詰ったお父さんとメグが、小さな物置を改造してつくったもの。

こうして、2人は熱心に現像についての実験をくり返すことに。
「そんなにながく現像液のなかに置いちゃだめよ、ばかね!」とメグが怒鳴ると、ウィルは、「わたしはためしているんだよ」と怒鳴り返す。
「危険をおかさなければわからないだろう」

もう一軒の空き家には、ウィルが気に入ったベンとマリアという若い夫婦が引っ越してくる。
ベンはまだハーバード大学の学生で、論文を書くのに静かな場所をさがしていた。
マリアは、夏に赤ん坊がうまれる予定。
メグは、この2人とも仲良くなる。

ところで、姉のモリーのことだ。
モリーは2月ごろ、流感になり鼻血がとまらなくなる。
村の医者の見立てでは、寒い気候のせいで鼻の粘膜が傷つくからということ。
じき、治ったようにみえたのだが、そうではなかった。

ある夜、メグはモリーに、母さんと父さんを呼ぶようにと起こされる。
メグが両親を連れてくると、モリーは血まみれ。
両親はモリーを連れて病院へ。
メグは、きのうモリーとけんかをしなければこんなことにはならなかったと後悔する。

入院したモリーは、しばらくして退院。
だから、もうよくなったはずなのに、モリーは不機嫌で気まぐれでわがまま。
それなのに、両親はモリーのことを叱らない。
薬のせいで、モリーの美しい髪は抜けてきてしまう。

メグがウィルと出会ってカメラにより習熟したように、モリーはウィルのすすめで野の花をあつめ、押し花をつくるように。
ウィルは植物にとても詳しい。

しかし、モリーは再び入院する。
ベンとマリアの夫婦に赤ちゃんが生まれることをとても楽しみにしていたモリーは、「あたしがうちに帰るまで、赤ちゃんを産まないように、ベンとマリアに話して!」と、メグにいいのこす――。

こんな風に、この作品の要素だけをとりだして要約しても仕方がない。
この要素のすべてがないまぜとなり、メグの体験となるのだけれど、要約ではそれが失われてしまう。

本書の訳はずいぶん硬い。
例を引くとこんな感じ。

《家が建てられた年代で、それぞれ違いがあるということは、おもしろいものである。けれどそれは、わたしをおどろかせはしない。なぜなら、たしかに人の年齢というものは、モリーとわたしのように、大きな違いをつくるから。》

13歳の少女の1人称としては、出版当時ですら硬かったのではないか。
引用したのは冒頭近くの文章。
このあと、ウィルが登場するあたりから本書は面白くなる。
ストーリーがうごきだすだけではなく、会話が増える。
会話は、これほど硬くはない。

文章は、たいへん視覚的。
小道具としてカメラがつかわれているためもあるだろうし、作者のロイス・ローリーが写真家だったためもあるのだろう。
また、訳者あとがきによれば、本書はローリーの自伝的要素を含んだ作品とのこと。
メグがはじめてウィルの家をたずねた場面はこう。

《玄関ホールの反対がわには、台所があった。かれが居間を見せてくれたあと、バンクスさんとわたしは、そこへいった。まきストーブが燃えていた。織った青い小さな敷物が置いてあり、その上の青と白の鉢の中には、しずかな生活を好むように三このりんごが入っていた。すべてのものが、あらってみがかれ、かがやき、適切なところに置いてあった。》

メグは、好ききらいが強く、少々気むずかしい。
そのメグがはじめて自分が撮った写真をウィルにみせたとき、ウィルはその写真のよさを的確に指摘してくれた。
そのことはメグを感激させ、あたたかい気持ちにする。

《それは、ほんとうの友だちである人が、わたしとまったく同じ感受性をもっていたからなのだ。わたしにとっては、なによりも重要であることについて、その感じ方が同じなのだ。一生涯を通じてそういうことをけっして経験しない人たちがいることを、わたしは断言する。》

このあと、ベンとマリアの夫婦は、出産を撮ってほしいとメグに頼む。
それを聞いてウィルは心配するが、メグはその話を受ける。

《「だってウィル、冒険しないでどうやって学ぶことができる?」》

そして、出産に立ち会ったメグは、それまで会いにいかなかった病院にいるモリーに会いにいく。

《わたしは、モリーに会うのがこわかったのだ。いまは、こわくない。》

ほかにも、ウィルの甥が、ウィルの2つの家を手に入れようと狙っている話があったり、お母さんがつくっているキルトの話があったりとエピソードは盛りだくさん。

この作品は最後の1行が素晴らしい。
もちろん、そんな作品はたくさんあるけれど、でも、この作品の1行はまた格別だ。


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