短編を読む その37

「アローモント監獄の謎」(ビル・ブロンジーニ)
「密室大集合」(早川書房 1984)

刑務所内で絞首刑がおこなわれた瞬間、罪人が奈落から消え失せる。さらに所内では殺人も発生。頭をかかえた所長は、助言をもとめ、知人の謎めいた物書きバックマスター・ギルーンにこの出来事を話す。でも、この絞首刑からの消失法は実現がむつかしそうだ。

「箱の中の箱」(ジャック・リッチー)
(同上)

迷警部ターンバックル物の1編。密室殺人にでくわしたターンバックル警部は、その豊かすぎる想像力で、こみ入った推理を披露する。密室状態をつくり、わざと容疑者になろうとする犯人という点は、本書所収の「お人好しなんてごめんだ」の犯人に通じる。

「肉屋」(ピーター・ラヴゼイ)
「沼地の蘭」(早川書房 1984)

前の経営者の代からずっとはたらいている従業員が、きょうにかぎって出勤しない。すると冷凍庫のなかから現経営者の死体がみつかる。はたして犯人は出勤しない従業員なのか。ほかの従業員たちはさまざまな憶測をかさねる。

「沼地の欄」(ロジャー・ロングリッグ)
(同上)

近所の館に引っ越してきた、五十すぎの退役軍人と二十も年下のその妻。家具修理の仕事をしている〈わたし〉は、この妻と通じ、夫の殺害をたくらむ。タイトルは、夫の趣味が植物採集であることから。1人称の鼻もちならない文章が効果的。

「市庁舎の殺人」(A・H・Z・カー)
「誰でもない男の裁判」(晶文社 2004)

ドライアイスを散布することで雨を降らせ、水不足を解消した博士が、何者かに射殺される。それがちょうど市長選前日のこと。博士をやとった市長は大いに株を上げていたところだった。事件を担当した本部長は、今夜中に解決すべく博士の秘書や、博士の前にやとわれた技師、それに雨が降ると経営にさしつかえる遊園地の経営者といった容疑者たちと次つぎと面談。また、ドアに水平につけられた煙草の跡に事件の手がかりをみいだす。

「姓名判断殺人事件」(A・H・Z・カー)
(同上)

出版社の社長秘書の1人称によるスクリュー・ボール・コメディ風ミステリ。チェリントン社から出版された「薄衣の魅惑」が盗作だったことがわかり、社は多額の賠償金をもとめられる。盗作の事実を認めた作家は自宅で何者かに殺害され、社長は逮捕。それを濡れ衣だと信じる〈あたし〉は、社長を救うべく捜査に異をとなえる。タイトルの「姓名判断」とは、名前のアルファベットを組み合わせて単語をつくり、そこに意味を読みとる占いのようだ。

「レオポルド警部、ドッグ・レースへ行く」(エドワード・D・ホック)
「ショウほど素敵な犯罪はない」(早川書房 1989)

ドッグレース中、ウサギ操縦師がナイフで刺され死亡。レース場にいたのはギャンブラーとその妻、それに復帰したコールガール。それから大勢の客と従業員。レース自体は、操縦師が死んで犬がウサギに追いついたため無効に。なぜ犯人は、レース中に操縦師を刺したのか。

「アメイジング・ハット・ミステリー」(P・G・ウッドハウス)
「ドローンズ・クラブの英傑伝」(文芸春秋 2011)

ドローンズ・クラブのメンバー、ソラマメ君がけがで入院。お見舞いに訪れたカステラ君は、ソラマメ君(と看護婦さん)に、いまロンドン中を騒がせている怪事件について語り聞かせる。事件にはパーシーとネルソンの2つの帽子がかかわっている。恋に身を焦がしている2人は最上の帽子をもとめ、最高の店であるボドミンで帽子をあつらえたのだったが、2人ともそれぞれの相手から手ひどい不評を買ってしまう。澄み切った水のようなばかばかしさ。

「マック亭のロマンス」(P・G・ウッドハウス)
(同上)

ソーホーにある安食堂がなぜこんなに繁盛しているのか。その理由を給仕のヘンリーが聞かせてくれる。先代の旦那には息子のアンディと、旦那の亡くなった友達のお嬢さんで、養女のケイちゃんがいた。店は流行り、アンディはオックスフォードへ。ところが旦那は倒れ、学業をやめたアンディが店を引き継いだ。一方ケイちゃんは美しく成長。ダンサーとなり舞台に出演するように。ケイちゃんが仲間を誘ってきて店は大いに繁盛した。しかし頑固者のアンディはケイちゃんの活躍を認めない。O・ヘンリをほうふつとさせる下町人情もの。

「クリスマスツリーの殺人殺人事件」(エドワード・D・ホック)
「夜明けのフロスト」(光文社 2005)

引退したレオポルド警部が、昔の未解決事件の捜査にとりかかる。それぞれ別の赤いピックアップトラックに乗った3人の男が、2時間のあいだに相次いで射殺された。3台ともクリスマスツリーを積んでいた。もう一人、男が撃たれたが、その男は命に別条はなかった。銃弾は同じ拳銃から発射されたもの。35年以上前のこの事件を解決するため、レオポルド警部は関係者に会いにいく。


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短編を読む その36

「ユーモア感」(デイモン・ラニアン)
「犯罪文学傑作選」(東京創元社 1978)

靴にペーパーマッチをさしこみ、点火するいたずらが好きなジョーカー・ジョー。だが、フランキー・フェロウシャスにも、そのいたずらをしたのはよくなかったと、多くの連中は考える。またジョーカー・ジョーの愛妻ローザがフェロウシャスのもとに走ったという因縁も2人のあいだにはあった。2人の争いはじき派手になり、ジョーカー・ジョーの仲間や弟が袋づめで発見されることに。それでもジョーの奇妙なユーモア感覚は変わらない。ジョーは、自分が袋づめになってフェロウシャスのもとにいき、やつにピストルを突きつけるといういたずらを思いつく。

「修道士(マンク)」(ウィリアム・ウォークナー)
(同上)

マンクと呼ばれた不幸な生い立ちの若者についての物語。亡くなった老婆の家にいた、まだ幼い、けもののようなマンクは、ガソリンスタンドを経営するウィスキー密造者の老人のもとで成長。老人が亡くなり、別のガソリンスタンドではたらいていたのだが、そこで男がひとり殺され、ピストルをもっていたマンクが逮捕される。のちに真犯人による自白があり、マンクが犯人でなかったことがわかったのだが、所長に献身的につかえ、模範囚となっていたマンクは出所をこばむ。ところが、そんなマンクが、よりにもよってピストルで所長を射殺するという事件が起きる。

「闇にきかせた話」(リルケ)
「神さまの話」(新潮社 1982)

語り手の〈僕〉が語った13の話をまとめた連作短編集。その最後の話が本作。12年ぶりに帰省したゲオルグ・ラスマン博士は、幼年時代に親しくつきあったクララという少女を思いだし、姉やその夫に消息をたずねる。身をもちくずしたというクララを、博士はミュンヘンに訪ねる。噂とちがい、クララは質素ながらも自足した暮らしをしていた。幸福とはいえない育ちかたをしたのに、なぜこんなにクララは華やいでいるのかと、博士は不思議に思う。

「黒猫に礼をいう」(都筑道夫)
「女を逃すな」(光文社 2003)

北海道に引っ越すことになった〈わたし〉。住んでいた西洋館の地下室をセメントで修繕していると、家の面倒をみてくれていた若者がやってきて手伝いをしてくれる。若者が、家だけでなく妻の面倒までみていたことを知っていた〈わたし〉は、若者を脅しはじめる。タイトルはポーの「黒猫」から。ジョン・コリアの「死者の悪口を言うな」と同趣向の話。いや、地下室での夫婦殺人はすべて「黒猫」のヴァリエーションだろうか。

「クレオパトラの瞳」(都筑道夫)
(同上)

宝石店のショーケースに飾られている「クレオパトラの瞳」という一対の黒真珠。それをみていた〈私〉は、「あれは自分の眼なのだ」という老人に声をかけられる。ある占い師に盗まれてしまった眼は、海外に売られ、各地を流転してきたのだと老人は語る。アポリネール風の味わい。

「支払いはダブル・ゼロ」(ウォーナー・ロウ)
「スペシャリストと犯罪」(早川書房 1984)

実直な青年がカジノのディーラーとして雇われる。青年は、客としてあらわれた老人とその若い妻の2人組の不審さを、カジノの経営者に熱心に訴えるのだが。二重の伏線に、なめらかな展開、気の利いたラストと楽しい作品。

「金銭愛」(J・I・ワゴジョー)
(同上)

舞台はケニア。軍を辞め、興信所を経営する〈わたし〉のもとに、保険会社の部長が訪ねてくる。契約者が、車にかけている保険金をだましとろうしている疑いがあると部長。〈わたし〉は警察で事故の概要を調べ、契約者の以前の勤め先である自動車会社を訪ねる。犯罪実話のような雰囲気のオーソドックスなミステリ。金銭愛というテーマでうまく話をまとめている。

「マダム・ウーの九匹のウナギ」(エドワード・D・ホック)
(同上)

舞台はバンコク。賭け闘凧(カイト・ファイティング)の名手であるアメリカ人には、ベトナム戦争当時、暗殺者に渡すべき金を着服し、逃亡したという過去があった。いつかだれかが自分を訪ねてくると思っているアメリカ人のもとに、カイト・ファイティングを教えてほしいというアメリカ人の若者がやってくる。メロドラマ調のミステリ。奇妙なタイトルは、タイでは9は縁起のいい数字で、9匹のウナギを放流すると幸運がもたらされるという習俗からとのこと。アメリカ人の恋人マダム・ウーは、カイト・ファイティングにのぞむアメリカ人の幸運を祈るため、放流用のウナギを浮浪児から買いもとめ、運河に放す。

「九時から五時までの男」(スタンリイ・エリン)
(同上)

9時から17時まで、きっちりはたらくキースラー氏の物語。几帳面なキースラー氏の犯罪生活が、細ごまと書かれる。

「お人好しなんてごめんだ」(マイクル・コリンズ)
「密室大集合」(早川書房 1984)

隻腕探偵ダン・フォーチューン物の1編。店の経営者から、共同経営者がなにかたくらんでいるので見張ってほしいとの依頼を受けた探偵。じき店内で、共同経営者が殺害される事件が起こる。宝石や金庫の中身は盗まれ、探偵に依頼をしてきた経営者は、店内の物置に閉じこめられていた。探偵をミスリードするために密室状態がつくりだされたこの事件。おかげで探偵はほぼ完敗してしまう。


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