テイラー・オブ・パナマ

DVD「テイラー・オブ・パナマ」(2001 アメリカ)

原作は、「パナマの仕立屋」(ジョン・ル・カレ/著 田口俊樹/訳 集英社 1999)
スパイ映画であり、嘘と欺瞞についての物語だ。

舞台はパナマ。
外務大臣の愛人に手を出したため、英国情報局の諜報員オズナードはマドリードを追放。
パナマに左遷させられる。
引退資金を得るため、オズナードはパナマで仕立屋をしている英国人ハリー・ペンデルに目をつける。

ハリーはサヴィル・ローで仕立てを学んだといっているが、それは嘘。
じつは刑務所で学んだので、そのことは運河委員会に勤める妻にも秘密にしている。
仕立屋としては、銀行家や大統領のスーツまで仕立てている。
が、農園を買ったため銀行に500万ドルもの借金があり、首がまわらない。

オズナードは、このハリーにたくみに食いつく。
金を渡し、秘密を暴露すると脅し、情報提供をもとめる。

ハリーには、ノリエガ時代に反政府運動をしていた、いまは酒びたりのミッキーという友人がいる。
また抵抗運動で顔に傷を負った、マルタという女性を秘書にしている。

ハリーは乞われるままに、ミッキーに情報を渡す。
ミッキーがまだ抵抗運動を続けていると嘘を告げる。
加えて、国は金を得るために、運河を売ろうとしているなどという、とんでもないでまかせを並べる。

オズナードは、この情報を喜び、ハリーに金を提供。
おかげで、ハリーは借金を帳消しに。

オズナードは、ロンドンやワシントンを説得するため、さらに情報をもとめる。
ハリーは深みにはまり、妻がもち帰った仕事の資料をカメラにおさめたりする。
また、ミッキーたちは武器を大量に調達する予定だと、嘘に嘘を重ねる。

ハリーの知人である記者のテディは、ハリーの挙動を怪しみ、ハリーに接触。

さて、ハリーから得た情報を、オズナードは上司へ報告。
上司はCIAにその情報を流し、アメリカはパナマへの侵攻を計画する。
さらに、運河を売ろうとする政府を倒すため、抵抗勢力に資金を提供することに。
資金を、存在しない抵抗勢力に渡すのは、もちろんオズナードだ。

一方、記者のテディは、反政府運動のことを内務省に密告する。
結果、ミッキーやマルタが体制側に追われることに。
こうして、ハリーがついた嘘は大惨事へとつながっていく――。

オズナード役は、ピアース・ブロスナン。
元ジェームズ・ボンド役のブロスナンが、堕落したスパイを演じているのが面白い。
オズナードにとって、情報は正しかろうが間違っていようが、どうでもいい。
利益になりさえすればいい。
オズナードが手にする利益と、引き起こされる惨事のアンバランスは途方もないものだ。

ハリーの息子役は、まだハリー・ポッターをやる前のダニエル・ラドクリフ少年が演じている。
ジョン・ブアマン監督によるコメンタリーで、ラドクリフ少年が登場すると、監督は「ハリー・ポッターがいる」という。
そして、

《これから3、4年映画一色で子供時代をなくすと思うと、いい子なだけに可哀想だ》

と、ラドクリフ少年に同情している。


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悪魔の麦

「悪魔の麦」(ロス・トーマス 立風書房 1980)

訳者は、筒井正明。
原題は、”The Money harvest”
原書の刊行は、1975年。

ロス・トーマスの作品は、どんなストーリーが進行しているのか、読んでいる最中でも皆目見当がつかない。
かといって、つまらないわけではない。
シチュエーションが興味深く、会話が面白いので、章ごとは楽しく読める。
ただ、全体のストーリーはどんなものなのか、ちっとも見通せない。

本書も、終わりの数章にいたるまで、なにが起きているのかさっぱりわからなかった。
思えば、全体のストーリーがわからないのに面白く読めるというのは、すごいことだ。

3人称多視点。
93歳になるクローダット・ジルモアが、ある朝、2人の黒人の強盗により射殺されてしまう。
ジルモア老人は弁護士であり、政界の黒幕といった人物だった。
ジルモア老人に縁のある人物は3人のみ。

ひとりは、老人の事務所で後継者としてはたらいていた、アンセル・イースター。
2人目は、孫娘のフェイ・ヒックス。
もうひとりは、ジェイク・ポウプ。

ポウプは、ロサンゼルスで俳優を志望していたが、すぐ見切りをつけ、判事のもとで調査員としてはたらき、頭角をあらわす。
のち、上院委員会調査官になり、ジルモア老人と知りあい、老人が後見していた女性と結婚。
が、結婚から10日しないうちに、事故により女性は亡くなり、ポウプは多額の遺産を相続することになった。

ところで、ジルモア老人は亡くなる前日、イースターと連絡をとっていた。
クラブのトイレで2人の陰謀者の話を立ち聞きしたというのがその内容。
7月11日になにかが起きるという。
イースターは、ジルモア老人に会って詳しく話を聞く予定だったが、その前に老人は亡くなってしまった。
イースターからその話を聞いたポウプは、かくして調査を開始する――。

本書は3人称多視点であり、悪事側の人物の行動もえがかれる。
ひとつは、無軌道な強盗をくり返す黒人2人組の動向。
ジルモア老人を射殺したのもこの連中だ、

それから、ドクター・ハックスという人物。
ハックスは農業経済学を専門とする、農務省に勤める36歳の官僚。
子どもはなく、妻のアミーリアと2人暮らし。
アミーリアは大変な浪費家であり、ハックスはよく妻を殴っている。

このドクター・ハックスを中心として、悪事が渦を巻く。
ノア・ドグラフェンライトという、いかがわしい詐欺師的人物がハックスに接触。
ハックスの窮状と、鬱屈した上昇志向につけ入り、ある行為をもちかける。

ドグラフェンライトの後ろには、カイル・タ―という元下院議員がいる。
そして、カイル・ターの後ろには、フルビオ・バルベシィというマフィアが。
選挙のとき、ターはバルベシィから寄付を受けていた。
が、その金を申告していなかったのだ。

ポウプとイースターによる調査が進み、ハックスの身元や状況が徐々に判明していく。
7月11日というのは、農務省が小麦の推定生産量を発表する日だった。
報告書は、厳重に保管されており、その鍵のひとつをもっているのがハックス。

――だれかが、小麦相場を操作して大収穫をたくらんでいる。
と、イースターは農務長官に情報を提供する。

というわけで、本書のアイデアの中心は、小麦の相場操作だ。
しかし、このアイデアをこんなプロットに展開できるのは、ロス・トーマスだけだろう。

本書は訳が古くなっている点も興味深い。
単語の日本語訳が奇妙なことになっている。

《フレンドリー酒店の店主は金銭登録器のほうに行くと、ソフトドリンクのキーで八十三セントを打ち、登録器に一ドル紙幣を入れて、十七セントの釣りを出した。》

この、「金銭登録器」というのは、きっとレジのことだろう。

《ひとつの窓には灰色の板すだれがつき、すだれの小板は開いていた。》

この「板すだれ」は、きっとブラインドのことにちがいない。
板すだれとはよく訳したものだ。

本書の刊行は1980年。
レジやブラインドはまだ普及しきっていない単語だったのだろうか。


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