短編を読む その32

「ブラック乳母」(マイクル・M・ハードウィック)
「恐怖通信」(河出書房新社 1985)

田舎の屋敷に引っ越したチャップマン一家。その屋敷には幽霊がいて、家族や召使いのあいだに、次第に恐怖がひろがっていく。一体なにが原因で幽霊があらわれるのかわからない、といったたぐいのゴースト・ストーリー。

「銭形平次ロンドン捕物帳」(北杜夫)
「大日本帝国スーパーマン」(新潮社 1987)

ホームズに呼ばれ、ロンドンにやってきた銭形平次が、姿を隠せる隠れマントをつかった盗難事件を解決する。平次の口調はこんな風。「ところでホームズさん、何でまたこのあっしを、遠きも遠きイギリスくんだりまで呼び寄せなさったので。日本はまだ鎖国中なもんで、外国船に乗って沖に出るまでヒヤヒヤの連続でしたぜ」 また平次は、いざというとき「親分、てえへんだ、てえへんだ」と叫ぶようにホームズに頼んだりする。

「呂栄の壺」(久夫十蘭)
「湖畔・ハムレット」(講談社 2005)

慶長16年、島津義弘の命でルソンまで茶壷をさがしにいくはめになった吉之亟の冒険。けっきょく徒労に終わるのは、いかにも十蘭作品らしい。

「刺客」(久夫十蘭)
「黒い手帳」(光文社 2022)

書簡体小説。精神医学を学ぶ学生が、秘書という名目で暮らすことになった家には、ハムレットを演じている最中に事故にあい、以後、自分をハムレットと思いこんで暮らしている男がいた。しかし、男はとっくに正気をとりもどしているのではないか。十蘭の名作「ハムレット」の原型作。「ハムレット」のラストは、舞台が戦時中でないとつかえない。戦前に書かれた「刺客」は、それとは別の、1人称を利用したラストを用いている。作品の凝縮度という点では、「ハムレット」のほうがはるかに上だ。

「黒い蜘蛛」(ゴットヘルフ)
「怪奇幻想の文学6」(新人物往来社 1977)

スイスの作家による中編。祖父が、孫の洗礼式の日にあつまったお客に、家の柱に古く汚い木がつかわれている、その由来を語る。枠物語の形式をとっており、冒頭の洗礼式の描写が長ながしい。祖父が語る物語は、悪魔との契約譚。これが途方もない迫力。大長編といういいかたがあるなら、この作品は、その比類ない迫力も含めて大中編とでも呼びたい気がする。でも、クリスティーナは少々かわいそうだ。この作品は岩波文庫では一冊で出版されている。

「手と魂」(ダンテ・ガブリエル・ロセッティ)
同上

不遜な性格から、ある程度の名声を得たのにもかかわらず、納得できる仕事を残すことができない画家のキアロ。そんなキアロのもとに、突然天使めいた若い女性があらわれる。芸術家小説。

「道」(シーベリイ・クイン)
同上

これは中編。ローマ時代、北欧人の剣闘士エクラウスは、ヘロデ王の軍に追われる子連れの夫婦を助ける。その後、イエスが十字架にかけられる現場に立ちあい、妻を得、ローマ帝国の滅亡を目にし、十字軍に参加。ラプランドで気のいい妖精たちに出会い、幼子に贈り物をすることに。サンタクロースの縁起譚。

「N」(アーサー・マッケン)
同上

ロンドンの片隅に、キャノン公園という、だれも知らない美しい場所があるらしい。そのことについて語り合う3人の老人たち。また、ある牧師が書いた、グランヴィル氏という人物が美しい景色をみせてくれたという本の記述。さらに、老人3人組のひとりによる実地探索により、キャノン公園には昔、精神病院があり、一時期そこを脱走した病人がいたという。これらの話が混然となり、ある雰囲気をかもしだす。

「幸運の25セント金貨」(スティーブン・キング)
「幸運の25セント硬貨」(新潮社 2004)

客が残していった――客にいわせると幸運の――25セント硬貨のチップ。メイドがあきれながらも、ホテル備えつけのスロットマシンで、その25セント硬貨をつかってみると、なんと大当たり。得た金で、メイドは帰り道にカジノに寄り――。

「こだまが丘」(フレドリック・ブラウン)
「未来世界から来た男」(東京創元社 1992)

なぜか発言が本当になる力を得た男。くたばりやがれというと、相手が本当に死んでしまう。この力をつかって世界を支配するため、男は山にこもり計画を練る。が、そこで致命的なミスをおかしてしまう。


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短編を読む その31

「ブグリマ市の司令官」(ヤロスラフ・ハシェク)
「不埒な人たち」(平凡社 2020)

革命軍事評議会により、〈わたし〉はブグリマ市の司令官に任命される。ブグリマ市がどこにあるのかもわからなければ、味方が市を確保しているのかも怪しい。旅費や生活費も支給されず、市に到着した〈わたし〉は、まず税金の取り立てを命ずる。これもまた作者の実体験をもとにしたというエピソード集。だれが敵でだれが味方なのか、さっぱりわからない。こんなときでもハシェクの筆致は悲壮感がみられない。

「犯行現場にて」(レオ・ブルース)
「レオ・ブルース短編全集」(扶桑社 2022)

自分で犯罪をおかしたくなった警部。ある事務員2人が銀行から全従業員の給料をタクシーではこぶという話を耳にした警部は、下調べを開始。いまはタクシーの運転手をしている前科者をパートナーとし、犯罪を実行にうつす機会をうかがう。

「逆向きの殺人」(レオ・ブルース)
同上

召使いの老人が亡くなったことに疑念をいだいた警部。しかし医師の診断ではまったく問題がない。3年後、今度は雇い主である老人が亡くなったが、こちらも不審なところは見当たらない。にもかかわらず、警部は老人の息子を逮捕する。

「跡形もなく」(レオ・ブルース)
同上

莫大な資産をもつ姉が失踪したと、その弟がグリーブ巡査部長に訴える。姉の面倒をみるために、弟は屋敷の一翼を空けたのだったが、引っ越してきた姉は、運転してきた車ごといなくなってしまった。本書に収められた「休暇中の仕事」と同様のアイデア。

「インヴァネスのケープ」(レオ・ブルース)
同上

ビーフ巡査部長の回顧譚。裕福な老姉妹のうち、姉のほうが殺害される。目撃した妹によれば、殺したのは同居している甥だとのこと。犯行時、甥は鳥打帽にインヴァネスのケープを着ていたというのだが、当の甥は、ケープは使用人に預け、つくろってもらっていたと話す。

「手紙」(レオ・ブルース)
同上

うっかりものの妻の過失を利用して、彼女を殺害した夫。すべてがうまくいったと思ったが、妻の不注意が原因で犯行があばかれる。

「幽霊」(オーガスト・ダーレス)
「恐怖通信」(河出書房新社 1985)

殺された女性が幽霊となり、殺した男にとりつく――と思ったら。1人称をうまくつかった作品。

「ヴェルサイユの幽霊」(フランク・アッシャー)
同上

ヴェルサイユ宮殿に観光にでかけた2人の英国人女性が、マリー・アントワネットなど、当時のひとたちの幽霊と出会う。ゴーチエの「ポンペイ夜話」のよう。

「愛しのサタデー」(マデリーン・レングル)
同上

夏、マラリアにかかった〈ぼく〉は、ある廃屋に入りこむ。そこは昔、南北戦争で戦死した大佐と、そのあとを追うように命を絶った妻が住んでいた屋敷だった。廃屋には魔女と少女がおり、魔女にマラリアを治してもらった〈ぼく〉は、彼女たちと親しくなる。

「悪魔の手下」(マレイ・ラインスター)
同上

知りあいの女性が魔法をかけられたことに責任を感じたジョーは、元魔女のばあさんの助けを借りて、魔法をかけた男を打ち倒しにいく。ジョーは、昔の少年マンガの主人公のように元気がいい。


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