爆弾魔

「爆弾魔」(R・L・スティーヴンスン&ファニー・スティーヴンスン 国書刊行会 2021)

原題は、”The Dynamiter More New Arabian Night”
原書の刊行は、1885年。
訳者は、南條竹則。

本書は、「新アラビア夜話」の続編。
長年、名ばかり知っていたが訳書がなく、読めなくて残念に思っていた。
なので、今回の訳出はとてもうれしい。
昨年刊行された本のなかで一番うれしかったといってもいいくらい。
訳者と出版社にお礼をいいたい。

本書は短編連作。
ひとつひとつの短編がつらなって大きな絵を描いている。
そのため、構成が少々ややこしい。
そこでまず、目次を引用しておこう。

・「シガー・ディヴァーン」のプロローグ
・チャロナーの冒険――御婦人方の付添い役
  破壊の天使の話
・御婦人方の付添い役(結び)
・サマセットの冒険――余分な屋敷
  気骨のある老婦人の話
・余分な屋敷(承前)
  ゼロの爆弾の話
・余分な屋敷(承前)
・デスボローの冒険――茶色の箱
  美わしきキューバ娘の話
・茶色の箱(結び)
・余分な屋敷(結び)
・「シガー・ディヴァーン」のエピローグ

前作「新アラビア夜話」の主人公、フロリゼル王子は本作にも登場。
前作の末尾で語られたとおり、国を追われた王子は、ソーホーのルパート街にある「ボヘミアン・シガー・ディヴァーン」という煙草屋の主人になっている。
王子の名前も、いまではシオフィラス・ゴッドオールに変わってしまった。

この煙草屋で、3人の窮迫した若者が顔をあわせる。
ひとりは、26歳のポール・サマセット。
一応、法廷弁護士だが、親ゆずりの財産を蕩尽して、残りの財産は100ポンド。
偶然だが、もうひとりの若者チャロナー・エドワードの全財産も残り100ポンド。
さらにもうひとりの、ハリー・デスボローは100ポンド以下。

くすぶっている若者たちは、新聞に載っている、賞金200ポンドをかけられたアザラシの毛皮の外套をまとった男をみつけだそうかなどと相談する。
加えて、サマセットは、チャロナーが生活に無能なのは冒険心が足りないからだと決めつける。

《「…冒険が向うからやってきたら、両腕に抱きしめてくれ。それがどんな様子をしていても、汚らしくても、ロマンティックでも、そいつをつかんでくれ。僕もそうする。そいつの中には悪魔がひそんでいるが、少なくとも面白く遊べるだろう。…」》

そして、自分たちの出逢った運命のことを、ゴッドオールに聞かせるんだと、サマセット。

《「二人共、約束してくれるかい? やって来たチャンスをすべて歓迎し、あらゆる隙間に勇敢に飛び込み、用心深く目を見開いて、冷静な頭脳で起こったことをすべて吟味し、つなぎ合わせることを?」》

ここまでがプロローグ。
このあと、それぞれチャロナー、サマセット、デスボローの冒険が語られる。
ただ冒険が語られるのではない。
冒険の話のなかに、ご婦人が語る長い物語が挿入される。
ではまず、チャロナーの冒険から。

(本書は短編連作ということもあり、以下、作品の内容やオチに触れている場合がありますのでご注意ください)

「チャロナーの冒険――御婦人方の付添い役」
住宅地をのんびりと歩いていたチャロナーは、突如聞こえてきた爆発音にびっくり仰天。
爆発音がした家からは、2人の男とひとりの婦人が逃げだしていく。
チャロナーもあわててその場をはなれたが、逃げる方向が一緒だったのか、逃げだしたご婦人と再会。
チャロナーは公園のベンチで、ご婦人の身の上話を聞くことに。

「破戒の天使の話」
ご婦人の名前はアシーナスという。
英国生まれの父は合衆国に渡り、西部の奥地で出会ったモルモン教徒の母と結婚。
近所に住んでいたのは、なにかの研究に没頭している、医者のグリアソン博士。

アシーナスが17歳になったころ、父が脅迫の手紙を受けとる。
事業に成功していた父は、監視され、もっと教会に金を払うよう脅されたのだ。
一家はこの土地から逃げだそうとするが、すでに包囲されているのを感じてあきらめてしまう。

こののち、父はモルモン教徒に連れていかれ殺され、望みを失った母はグリアソン博士の手にかかり亡くなる。
グリアソン博士は、アシーナスをロンドンに送り、自分の息子と結婚させるという計画をアシーナスに打ち明ける。
グールド嬢という偽名を名乗ったアシーナスは、さまざまなひとの手引きにより、大西洋を渡ってロンドンの下宿屋へ。

その後もいろいろあるのだけれど、ここは省略。

「御婦人方の付添い役(結び)」
身の上話を聞いたチャロナーは、警察にいくようにご婦人にいうが、そんなことをしたら殺されるとご婦人。
チャロナーは、従姉妹に届けてほしいと、ご婦人から手紙とお金を預かり、グラスコーへ向かう。

指示された住居を訪ねると、でてきたのはあごひげを生やした男。
俺がフォンブランク嬢だと、あごひげ男はいう。
――本書は、この種のユーモアにこと欠かない。

渋っているチャロナーに、あんたを使いにだしたのは、きっとクララにちがいないと、あごひげ男。

あごひげ男が合言葉を知っていたので、チャロナーは預かっていた手紙と金を渡す。
あごひげ男はすぐさま逃げだし、残されたチャロナーは自分がはこんできた手紙をみる。
なかにはだいたいこんな内容が。

親愛なるマグワイア。
隠れ家は知られている。
わたしたちはまた失敗した。
時計仕掛けが30分進んでしまった。
ゼロはすっかり落胆している。
この手紙とお金を届けるのに、あのうすのろしかみつけられなかった。

気がつくと住居は警官にかこまれており、チャロナーもあわてて逃げだす。
チャロナーのことを仲間だと思った一味に助けられ、翌日チャロナーはよろよろとロンドンに戻る。

チャロナーの冒険は以上。
続くサマセットの冒険は次回に。


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探偵ダゴベルトの功績と冒険(承前)

続きです。

「ある逮捕」
最近貴族に列せられたヴァイスバッハ男爵に招待された祝賀会での出来事。
この祝賀会の席で、ダゴベルトは得意の探偵術で失敗し、ヴァインリヒ博士にしてやられたのだと、グルムバッハはヴィオレット夫人に話す。
しかし、実際はそうではなかったとダゴベルト。
事の真相を、ダゴベルトは夫人に話す。

祝賀会で、ダゴベルトは控室にかけてある上着から、だれかがシガレットケースを盗んでいるところを目撃した。
その男は、トラウトヴァインという庭師。
が、ダゴベルトはたまたま知っていたのだが、トラウトヴァインは本当の名前をアントン・リーダーバウアーといって、元強盗殺人犯だった。
ヴァインリヒ博士は、現在もこの男の行方を追っている。

いまはパーティー中でもあるので、荒事は避けたい。
リーダーバウアーの捕り物は優雅におこなおうとダゴベルトは決意。
ダゴベルトは会食の席上で、シガレットケースは自分が盗んだと告白し、ヴァインリヒ博士を呼んで、博士が真相にたどり着くようにとりはからう。

「公使夫人の首飾り」
X国公使アームストロング家の自宅でおこった盗難事件。
アームストロング夫妻は、きのう避暑にでかけたのだったが、前の晩にパーティーがあり、そのとき身につけた装身具をまだしまっていなかった。
召使いが夫妻を馬車まで見送り、もどってくると、一番大きく高価なダイヤモンドの首飾りがなくなってしまっていた。

警察を呼び捜索してもらうと、なぜか邸内にいたカヘタン・モーハルトという大学生が発見される。
モーハルトは裏庭の鍵までもっていたのだが、容疑を否認。
この事件の担当は、無能なシュクリンスキーであり、シュクリンスキーはこのモーハルトを逮捕してしまった。

ヴァインリヒ博士は官吏のため、担当しているシュクリンスキーに余計な口出しはできない。
そこで、民間人であるダゴベルトに協力をもとめる。

モーハルトは、アームストロング家の所有である、大きな碧玉(ジャスパー)がはめられているロゼットをもっていた。
この碧玉についての迷信から、ダゴベルトは真相にいたる。

「首相官邸のレセプション」
首相邸の夜会に出席したグルムバッハ夫妻は、ダゴベルトが案内役をつとめてくれなかったことに立腹。
パーティーの最中は仕事中だったのですと、ダゴベルトは弁明する。

ダゴベルトに仕事を頼んできたのは首相夫人。
夜会のときだけものが盗まれるという。
盗めるものはなんでも、金や銀のスプーン、コートまで盗まれたこともある。
夫人の甥も鎖を切られ、時計を盗まれた。
主人にはまだつたえていないし、できれば騒ぎを大きくしたくないという。

ダゴベルトは鎖の切り口から、犯人は国際的なスリ、ヴァインシュタインと推理。
ヴァインシュタインは、ラカセ侯爵と名乗り、その夫人とともに社交界に出入りしては窃盗をくり返している。

ダゴベルトは騒ぎを起こさないように配慮しながら、ヴァインシュタインが盗んだものをさらに盗みとる。

「ダゴベルトの不本意な旅」
2か月ぶりに姿をあらわしたダゴベルトから、ヴィオレット夫人はそのあいだのダゴベルトの冒険を聞く。

医者に病気を指摘されたダゴベルトは、毎朝散歩をするように。
散歩のときに目にする果物市の売り手のなかに、ひときわ優美な女性の姿を認める。
彼女の店で何度も買いものをするが、相手の気を引けない。
警察の手づるをつかい、素性を調べてみると、女性はアンナといって、夫は漁師。
アンナはなかなか育ちが悪いよう。
無作法な客を𠮟りつける、その悪口雑言にダゴベルトはおじけづく。

アンナの店に悪党面の紳士があらわれ、両替をしていく。
ダゴベルトは紳士のあとをつけ、警察で犯罪者写真帳を閲覧。
さらに指紋を手に入れ調べたところ、紳士はマックス・グランという押しこみ強盗だったことがわかる。
2週間前にも、証拠はないものの陸軍中尉の家に押しこみ、手さげ金庫を奪ってきた疑いがある。
ダゴベルトは、グランを捕まえるべく策を練るが、相手は姿をくらませてしまう。

そこで、アンナの夫ブルクホルツァーを訪問。
ブルクホルツァーのそばで釣りをすることで、徐々に親しくなる。
アンナはブランと一緒になるはずだったが、ブランが監獄送りとなったのでブルクホルツァーと結婚した。
が、ブランが最近出所してきたので、自分は殺されるのではないかとブルクホルツァーは恐れている。
狙い通りブルクホルツァーのもとにあらわれたブランのあとを、ダゴベルトは尾行するのだが――。

本編は、めずらしく上流階級が関係しない。
タイトルにある「不本意な旅」とは、このあとダゴベルトがハードボイルド小説の登場人物のような思いがけない目に遭うためだ。

解説は大変充実。
ダゴベルトは探偵とはいうものの、上流階級の不祥事を処理するのがおもな役割の、いわゆる忖度探偵だ。
そのため、真相をあばくだけでなく、真相をどんなふうに隠蔽するかも面白さのひとつになっている。
(これは少々意地悪な見方。ダゴベルトに隠蔽に対するうしろめたさはない(と思う)。ここが、たとえばチェスタトンの「知りすぎた男」(東京創元社 2020)とはちがうところだ)

では、ダゴベルトは真相を隠蔽して一体何を守ろうとしていたのだろう。
ひとことでいえば、崩壊寸前の二重帝国の社会ということになるだろう。
このあたりのことを、解説はこう表現している。

《(…)ダゴベルトが探偵活動と称するものの多くは、弥縫と揉み消しにほかならない。》

《(…)ダゴベルト・トロストラーは崩壊寸前の二重帝国において最適化された探偵であった。ちょうど諸権力が抗争するロサンジェルスでフィリップ・マーロウが最適化された探偵であったように。あるいは因習渦巻く田舎町で、金田一耕助が最適化された探偵であったように。》

でもここは、ダゴベルトが守ろうとしたのはヴィレット夫人との優雅な会話だとしておきたい。

また、こうして一作ずつみていくと、本書の配列の妙にも気づかされる。
最初に、主要な登場人物たちの知人にかんする作品を並べたあと、一番長い「ダゴベルト休暇中の事件」を置く。
その後3作並べたあと、いささか毛色のちがう「ダゴベルトの不本意な旅」をもってくる。
見事な配列だ。


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