戦闘でなく戦争を議論せよ

2014-06-12 20:53:17 | 塾あれこれ
『集団的自衛権』を中心に、主に与党間で議論が
なされています。

いかにもヘラヘラした解釈変更の説明は、私などには
どうにも分かりかねるものがあります。
議員の方々は、よほど粗っぽい論理で平気なのですかねえ。

素人談義で恐縮ですが、国政の元は一般市民の
ひとつひとつの意思にあるのですから。


何だか、レアなケースを引っ張り出して
この場合我らは撃てないのか、という話です。

では、他のケースはどうか?

まったく違うケースが出てきますが、話はまた
特殊なケースに終わります。

いずれにせよ
①アメリカ軍の下請けとなるための一歩
②自衛隊が防御の自由を得ること

この二つが大きな目的です。
日本人が乗った米艦など小さな例にすぎません。

米軍の存在は日本の軍国化を抑えるため、という
ビンのふた、論争が以前盛んでした。

そこで米軍は保険をかけたのですね。
自衛隊の徹底的な下請け化です。

これで本体の米軍には歯向かえません。

つぎに、子分を使いたいな、ときたのが
今回の集団的自衛権です。
安倍政権にエサをまいたら喰いついた!
「今じゃなきゃ」という思いもあるようです。


「~の場合、○○力を行使できる」

よく言われるように、そこから深化拡大することも
あります。

確かに目先、力がないとフィリピンやベトナムのように
なりますから、あらゆることを想定し、場合に寄れば
実力行使もやむをえません。
(一触即発、もかなり現実味があります)

しかし今まず国民が検討すべきは、各個の戦闘ではなく
戦争ということ。
小さなきっかけで大戦争が起こりうるのですから。

今は昔より政府の統制が利かない国ばかりですから。

直通電話を設けるくらいでは不十分きわまりない!

お互いに相手都市に被害を与えようとするでしょう。

エネルギー、食糧、経済物資、・・・
すべてがぜい弱なまま、万一にでも戦争になる道を
安易に選べますか?

勝利などはない、痛み分けの戦争を。

旧友の電話

2014-06-12 14:36:04 | 塾あれこれ
30年ぶりか、いや20年か。

ともあれ旧友からの電話です。

そういうことに似合わない私は昼寝の入りかけ、
寝ぼけた声で電話口にでたものです。

もともと薄い私の人間関係は、オタク状たる現在
まったく機能していません。

それはそれで、つらくもしんどくもなく、気楽なもの、
・・というのは貧乏生活とも似通います。
なってみりゃ、案外平気よ、ああた。


若いころの人間的な関係だけなら良いのですが
大人になってからの社会的、政治的な部分までが
人格を覆ってくると面倒でね。

君ら利益がなければ付き合わないのか?

「いまどうしてる、仕事。出世。」
まさかそこまでは聞きませんが
その価値だけの人間関係ならご免ですね。

「塾へ行かせたいんじゃが」なんてロコツな話も
ありましたね。
嫌だ、嫌だ。

よって同窓会には参りません。

(冴えない自分)を守る見栄、かもしれないけれど。

ま、悪たれは良い加減にしましょう。


旧友でしたね。
S君。

中学高校と一緒で、大変に世話になりました。

あちらはスポーツマンで明朗活発、交友範囲も
広く、かつ、きらびやかです。
大学では自治会長だったかな。

彼の仲間に私を入れて頂いたのが不思議なくらい。
あのころは細い糸でも友達になれました。

私は、ご存じ、どんくさい貧乏たれで、スポーツも
勉強も、できず、暗い生活をしていました。
そもそも私立の学校へ行くのが間違いだったかなあ。

ま、そこへ手を差し伸べてくれた何人かの有徳者が
当時の私の友達であったわけです。

S君は特にフランクだった。
細やかな神経に裏打ちされていたようです。

「Sです。君のブログをみつけどうしてるかな、と。
 その後、体調はどう?」

会話っちゅーものに慣れない私は、とりとめのない事を
口走ったに違いありませんが、上手に受け止め
キャッチボールを成立させます。
さすが還暦すぎ。

何の用とてない電話でしたが、やはり有り難いもので
昔を思い出したりしました。

そのうち同窓会名簿とか、また電話を頂くでしょう。


ブログを見つけたというのは、たぶんウソ。
もちろん引きこもる相手を気遣ってのものです。

突然、何の電話と思いますからね。

・・あいつならブログやってるようだよ。
  もう時代遅れだろうに。

・・ん、でもそれでいってみるか。
  気がほぐれやすい導入だね、
  何しろ変わってるからな、中身もないくせに。

という具合だったのでしょう。

どこかでそんな話があったとすれば、それもまた
有り難いことです。

何はともあれ、S君に感謝。


で、同窓会などに呼ばれたら?

行きません。金もないし。