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indigo liner(インディゴライナー)のcafe time blog

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トヨタ 4ランナー

2015年11月08日 | クルマネタ
場所や撮影日時は伏せておきますが、ある日発見したトヨタのSUV系の車両です。
一見ハイラックスサーフに見えましたが…。



しかし、ハイラックスサーフにしては姿カタチに違和感があるのが明白でした。というか、こんなカタチのトヨタ車なんて国内のラインナップに存在しません。ん?これはもしかしたら…。

正体は4ランナーです。いったい4ランナーとは何ぞや?という話になりますが、もともとはハイラックスサーフの北米仕様の名称でした。
かつて日本国内でも高い人気を誇ったハイラックスサーフですが、SUVの主力がフレーム付きトラックベースからモノコックの乗用車ベースに移行するにつれ需要が低迷していき、2009年に日本国内のラインナップからハイラックスサーフは消えました。
しかしながら、SUV大国のアメリカでは需要は根強く、ハイラックスサーフが消滅して後も4ランナーは北米専用車に特化して独自に世代交代され現在に至ってるわけです。画像掲載した4ランナーはハイラックスサーフ亡き後の北米専用車です。
つまり日本で正規に販売されていない日本車というわけです。コアなファンが並行輸入で購入されたのでしょうね。



30年前のホンダ車4態

2015年11月03日 | クルマネタ

30年前(1985年=昭和60年)に登場したホンダ車のお話です。同社のラインナップ上、重要な車種が目白押しで勢いがあった年でもありました。それらを並べてみましょうか。

それでは一番小さなクルマを。軽自動車のトゥディが登場しました。

1974年にライフとZが生産中止となって以来、ホンダとしては久しぶりの軽乗用車となりました。ただし、発売当初は商用車登録の4ナンバーのみで5ナンバー乗用は後年登場でした。低全高&低重心のパッケージング、それゆえに生まれた斬新なスタイリングやシャープな操縦性が特徴でした。また、低い全高ながらエンジンルームをコンパクトにしたり、フロア形状に工夫を凝らすなどして室内空間も確保されてました。なお、1993年に2代目が登場しますが、4ナンバー商用モデルは1998年10月まで継続されロングセラーとなりました。


対照的に当時のホンダ車としては最大の質量のクルマを。高級サルーンのレジェンドの初代が登場したのもこの年でした。

シビック→アコードというように順調に乗用車ラインナップを拡充したホンダにとって悲願となったフラッグシップで、当時協力関係だった英ローバー車との共同開発車でした。単に豪華なだけじゃなく本革や木目パネルの使い方などイギリスならではのローバーのノウハウも活かされました。エンジンはホンダ初となるV型6気筒(当初は2リッターと2.5リッター)が新たに開発され搭載されるなど、かなり力を入れられてました。また、後に北米で展開されるプレミアムブランド『アキュラ』発足の足がかりにもなりました。
その後2ドアハードトップの登場、エンジン排気量のアップあるいはターボ搭載、国産車初となるSRSエアバッグ採用など、こまめに進化していきます。


ミディアムカーのアコードとその姉妹車のビガーが世代交代されました。アコードが3代目、ビガーが2代目となりました。

基本的に実用的な4ドアセダンながらリトラクタブルヘッドライトを採用し、スメ[ティで空力的な雰囲気に変身されました。この世代は当時の前輪駆動車としては世界初となる4輪ダブルウィッシュボーンのサスペンション、アコード/ビガー初となるDOHC(ツインカム)のエンジンなどメカニズムも高度に発展されました。アコードはセダンの他、3ドアハッチバックのエアロデッキ、さらには北米からの逆輸入となるクーペもラインナップされ話題を呼びました。


インテグラの初代モデルが登場したのもこの年でした。

正式にはクイント・インテグラ。それまでのクイントのモデルチェンジ版でしたが、しかしながら実用車だったクイントとは対照的に、プレリュードや上に掲載したアコードを小型化したようなスタイリングを身に纏い、スポーツ&スペシャリティ色の強いコンセプトに変身しました。発売当初は画像のような3ドアクーペで登場、後に4ドアセダンや5ドアハッチバックも追加されました。エンジンもDOHCをメインにするなど高性能も売り物となってました。
販売不振だったクイントの汚名を返上することに成功し、スポーティさを特徴にホンダの中核車種として君臨する事になりました。また、上に掲載したレジェンドと共に北米のアキュラブランドでも販売されました。

これらもデビューから30年もの年月が経過したと思うと、時の流れは早いというか末恐ろしいですね…。


2日前のゑもの(ミツビシ ディグニティ)

2015年10月27日 | クルマネタ
2日前に銀色のクルマが目の前に現れたのですが…。

日産のフーガかと思ったら、フロントグリルが縦縞で三菱のスリーダイヤのエンブレムが見えました。これはプラウディアかと、それでもレアな存在には間違いはないのでつい激写してしまいましたが…。



ん?よく見たら何か違和感が…。車体が妙に長いですよ…。それにドア下のサイドスカートにメッキのモールが入っているし、アルミホイールのデザインも何か違うような…。

をゐ!!チョットまちんさいや!!アンタ!!

なんと、正体はプラウディアじゃなくディグニティでした!

プラウディアはフーガのOEM供給車ですが、ロングボディとなるディグニティはシーマのOEM供給車であります。シーマ自体が高価かつ少量生産車ゆえ、そんなに市場に出回ってませんが、そのミツビシ版となると果たしてどれだけ数が出ていることやら…。とんでもない希少車、あるいは珍車といえるでしょう。

参考までにフーガのOEM供給車のプラウディアはコチラを参照のこと。
http://happy.ap.teacup.com/indigo-liner/497.html


三菱にはかつてデボネアがフラッグシップとして存在してましたが、1999年12月の世代交代にてプラウディアへ名称変更されました。併せて全長とホイールベースを延長してロングボディ化したディグニティも同時発売されました。しかし、もともと高価なうえに需要が三菱系企業の役員や幹部、社用車などに限られていたのが現実でした。さらに三菱の経営悪化の影響もあり、2年経たないうちに生産終了となりました。しかしながら、少数とはいえ、三菱系企業のための大型セダンが必要だったのでよう。2012年8月に日産からフーガとシーマのOEM供給を受けることでプラウディアとディグニティが復活したのでありました。


スズキ X-90

2015年10月24日 | クルマネタ
たまにはクルマネタを…。過去に撮影したネタから一点ほど。

今回取り上げるのはスズキのX-90です。



ちょうど20年前の1995年11月に発売されました。初代エスクードをベースにした2シーターのオフロードクーペというような成り立ちでした。直線基調かつ質実剛健なエスクードとは対照的にその外観デザインも丸みを帯びたキュートな雰囲気となってました。屋根はTバールーフで脱着可能な構造になっており、オープンカー感覚で乗ることも出来ました。
一方で機構面はエスクードに準じており、可愛らしい見た目とは裏腹にシャーシは堅牢なラダーフレーム構造で駆動系はパートタイム4WDとなっており、エスクード同様に悪路での走破性能も重視されてました。エンジンは1.6リッターの直4のみで当時のエスクードのように2リッターV6や2リッターディーゼルの設定はありませんでした。

Tバールーフなど凝った構造のわりにはエスクードより廉価な価格設定でしたが、しかしながら2シーターかつその奇抜なコンセプトではさすがに販路は限られたようで、わずかな台数が販売されたのみで2年前後で生産中止となってしまいました…。

奇抜なわりには存在感は希薄だったようで、ワタシ自身撮影していたどころかこのクルマの存在自体をすっかり忘れておりました…。

ベース車両だったエスクードが最近フルモデルチェンジされ4代目へ移行されました。歴代のエスクードを思い浮かべるうちにX-90というクルマの存在が久しぶりに脳裏に浮かんできた次第であります。

トヨタ サイノス

2015年09月06日 | クルマネタ
完全に当ブログは諸事情により放置プレイ状態でしたが、久しぶりに…。
トヨタにかつて存在していたスペシャリティカー、サイノスを取り上げてみましょう。たまたま撮影した個体を2点ほど。

1991年1月に初代モデル(EL40系)が登場しました。

かつて存在してたコンパクトカー、ターセル/コルサ/カローラⅡをベースにした2ドアクーペでした。
ターセル系同様に手ごろな車体サイズや廉価な価格設定で、手軽に乗れるファッショナブルなパーソナルカーとして重宝されました。
メカニズムはターセル系と同じでエンジンは直4の1.5リッターのハイメカツインカムで低出力版(5A-FE)と高出力版(5A-FHE)の2パターンでした。駆動は4WDはなくFFのみでした。
上級車種のレビン/トレノやセリカのようなハイスペックな仕様は存在せず、そのことからもファンッション性を重視にしたコンセプトが伺えました。


1995年9月、2代目(EL50系)に世代交代されました。ターセル系のモデルチェンジにあわせてサイノスも一新されました。

初代のコンセプトを引き継ぎながらも、より洗練された雰囲気となりました。基本構造は先代からの踏襲ですが、搭載エンジンは1.5リッターに加えて、より廉価な1.3リッター(4E-FE)がラインナップされました。同じくハイメカツインカムです。後期型になるとさらに進化した衝突安全ボディの採用、両席エアバッグやABSの標準化など安全対策も力が入れられました。
それと、2代目はクーペの他にコンバーチブル(オープンカー)がラインナップされました。これは日本で製造した車体を北米で艤装して再度日本へ送り込むと製造工程を採ってました。これはセリカコンバーチブルと同じ手法でした。


1999年、これまでのスターレットやターセル系が終了し、新たに登場にたヴィッツ、ならびにヴィッツから派生した車種の投入でトヨタのBセグメント級のコンパクトカーは抜本的に車種ラインナップが見直されました。そうした流れを受け、また、市場変化や嗜好の多様化によりデザイン重視のクーペの需要が低迷していき、サイノスも車種整理の対象となり歴史に終止符が打たれることになりました。
ただ、サイノスだけでなくレビン/トレノ、セリカ、スープラ、ソアラなどトヨタのクーペはやがて段階的に終了していくことになりました。時代の流れといわれればそれまでですが…。