先週末はKATO本社で行われたベスト オブ レイルコンテストのイベントに演者として参加してきました。
“01逢いたや”をテーマに6人の演者が話をします。
総合司会は水沼先生。
斎藤晃さん、長谷川進吾さん、杉江弘さん、山下修司さん、そして私が話をします。
建て替わって初めて訪れたKATO本社です。 まさに「偉容」です。
私たち演者控室は3階でした。
講演で使う資料を整理している水沼先生です。
実は「パソコンの不調」という突発事故が有り、リカバー実行中です。
時間となり5階の会場へ進みます。
会場は窓が開くと明るいですが、電動でブラインドが下がります。
総合司会水沼先生が口火を切ります。
そして元祖“01逢いたや”斎藤晃さんが“01総論”を含めたお話です。
1974年のドレスデンが出てきたのは衝撃でした。
続いて長谷川進吾さん“幻の麗機を追って”
http://www.rail-way.com/railfan_magazine/railfan-101~200/railfan_magazine-122.html
ここで水沼先生から01を中心とした東西ドイツと日本の蒸機の比較年表が示されました。
“東西ドイツを結ぶ01急行”の杉江弘さん
http://www.rail-way.com/railfan_magazine/railfan-101~200/railfan_magazine-143.html
その次が私の出番です。
私の場合、まずは増田泉さんの話から始めなければ成りません。
この日話したことに加えて記憶に有る限り補填して説明します。
1971年頃から毎年ドイツに蒸機撮影行っていたこと。
Hofの01撮影などで西独人‘鉄’の友人が出来て様々な情報を得ていたこと。
西独人は東独には入境できないのです。
西独以外の人が東独を通過するときの目撃情報だけが「東独蒸機便り」だったこと。
1973年、日本と東独の国交が樹立されました。
1974年夏、増田泉さんは単独で東独に乗り込みます。
第2次世界大戦に敗れたドイツは国土を減らされた上ソ連、アメリカ、フランス、イギリスの4国に分割統治されました。 そのうちソ連管轄部分が東独(ドイツ民主共和国)となり、それ以外の3地域が西独(ドイツ連邦共和国)となります。
ベルリン~ドレスデンに01(それもC53の様な横長の大きなワグナーデフを付けた原形タイプ)在りや?との情報が有ったので、ライプチヒ~コットブス線に乗って立体交差駅ドーベルルークキルヒハインに至り、此処で本線の急行列車を牽いて眼前を驀進していく原形01(01 204)を確認出来た事に始まるわけです。
01はベルリン~ドレスデン間(太い赤線)で優等列車に充当されていたわけですが、此処には多くの国際列車(赤い線で示すルートへ往来していました)が存在していました。
1976年頃のトーマスクック時刻表です。
「A」は動力車列車でVT175形(我々は「潜水艦」と呼んでいました)この区間で01牽引では無い唯一の優等列車です。
http://de.wikipedia.org/wiki/DR-Baureihe_VT_18.16
「B」 バルト-オリエントEX (ベルリン~ドレスデン~ブダペスト~ブカレスト)
「E」 メリディアン (北欧連絡船~ベルリン~ドレスデン~ブダペスト~ベオグラード)
「N」 パンノニアEX (ベルリン~ドレスデン~ブダペスト~ベオグラード~ソフィア)
「O」 イストロポリタン (ベルリン~ドレスデン~プラハ~ブラチスラバ~ウィーン)
「P」 メトロポール (ベルリン~ドレスデン~プラハ~ブダペスト)
この Table 87 に載っていない東独~チェコ間国際列車“ヴァルノウ”(ロストック~ベルリン~ドレスデン~プラハ)や国内急行列車も多数有りました。
東独で単独での撮影は余りにも危なく、増田さんは井門をスカウトします。 そこから2人組珍道中が始まるわけです。
私、井門は東独時代5回訪問していますが、8回捕まっています。
一人で居る時に捕まってパトカーで連行されたときが一番怖かったです。
1977.01.02ドレスデン中央駅D924 01 066
ドーム屋根の下の写真は絶対必要と言うことで3枚だけ用意した写真のうち1枚はコレです。
機関車は現在ネルトリンゲンBEMの保存機 01 066
1976.12.27 ヴァインベーラ~ベーラ D924 01 204
1977.08 ベーラ~ヴァインベーラ D371“Pannonia EX”01 118
晴れた日に此処でギラリを撮りたくて2年間通った地点で僅かこの1回だけ晴れました。 (雑誌からのスキャン写真ですみません)バケペンで流しています。
何故か西独フランク・コスモス社からの写真集には使って貰えなかった写真です。
次は山下修司さん。
ワレサ委員長の『連帯』が暴れて石炭炊きの蒸機を大復活させた時期、ザールフェルトを中心にじっくり回った話です。
写真は東独国鉄時刻表です。
水沼先生から「01の現在」です。 写真は今年9月「01祭」に於ける01三重連です。
最後にこの講演のスポンサーである(株)関水金属から関良太郎さんと加藤社長のご挨拶です。
長谷川進吾さんが持って来られたホンモノの01のプレート類です。
チェックディジットを採用するために全面的に6桁に統一するため外された旧プレートです。
http://e-words.jp/w/E38381E382A7E38383E382AFE38387E382B8E38383E38388.html
01234という素晴しい番号ですが、この機関車は02形から01形に改造された機関車です。
レーゲンスブルク鉄道管理局ホフ機関区所属です。
ナンバープレートの裏に機関区職員が書き込んでくれた文字が素晴しいです。
ヘンシェル製造№20462 1925年 02 003 として製造、新製配置エルフルト 1938年 01 234 としてホフ配属と言う歴史が書き込まれています。
休憩時間の後は廣田尚敬さん、泉さんによる“鉄道写真の今”講演です。
名取編集局長の司会で進められました。
この写真は名取さんが自身所有の廣田尚敬写真集『ヨーロッパのSL』の中、01を捉えた写真を紹介しているところです。
講演終了後、2階に移動して招待者によるパーティーが開かれました。
明日講演を予定されている東武鉄道博物館花上名誉館長の発声による乾杯です。
直ぐ食い気に走る井門です。
P;名取
KATOの総務の女性に撮って貰い、次は一緒に写ってもらいました!
顔の大きさの違いに衝撃を受けます! NとHOですね。
JMLCの押田さんです。
こ、こんなところにお皿を置いて写真とは! 衝撃的な展開に目がくらみそうです。
廣田さんのご挨拶です。 まもなく写真展が有ります。
http://railf.jp/event/2014/11/26/090000.html
記念写真いろいろいろいろです。
折角「ベスト オブ レイルコンテスト」ですからコンテスト入賞作品を見せていただきます。
優秀賞(モジュールコンテスト部門)
共立女子中学高等学校・地理歴史部“桃源郷の千枚田”
合宿して観察した千枚田、此処に彼女たち自身の姿も表現していると言うところが素晴しい!
興味津々の女子の作品からの紹介ですみません!
来場者が選ぶベストワン賞
理事長特別賞(モジュールコンテスト部門)
白梅学園清修中高一貫部鉄道模型デザイン班“愛の宅急便”
優秀賞(モジュールコンテスト部門)
千葉県立千葉高等学校鉄道研究部“Overlapping”
JR中央線の線路をNゲージスケール「1/150」で狭軌にしています。 素晴しい!!!
文部科学大臣賞
学生が選ぶベストワン賞
加藤祐治賞(モジュールコンテスト部門)
明治学院東村山高等学校鉄道研究部“東京都渋谷区代々木1丁目”
富士そば→富そばですが吉野家→吉野家ですね。 しかしこの楽しさは素晴しい!
日本共生党です。
最優秀賞(一畳レイアウト部門)
加藤祐治賞
東京都立大崎高等学校ペーパージオラマ部“レーテッシュバーン・アルブラ線”
山の上にはおじいさんの山小屋があり、ハイジがブランコで空を飛んでいます!?!
軽量化する事に努力したとも聞きました。
フジサンケイビジネスアイ賞
理事長特別賞(モジュールコンテスト部門)
滝川高等学校鉄道研究部“52年の「積み重ね」”
交通科学博物館です。 梅小路への移動統合が心配で残念な感じがします。
最優秀賞(大学生モジュール部門)
京都大学鉄道研究会
“飛べ!カトー!!”宮田亮平
私も演者の一人だったわけですが物凄い刺激的な一日でした。
KATOと鉄道模型コンテストのますますの発展を本当に応援する気持ちです。
“01逢いたや”をテーマに6人の演者が話をします。
総合司会は水沼先生。
斎藤晃さん、長谷川進吾さん、杉江弘さん、山下修司さん、そして私が話をします。
建て替わって初めて訪れたKATO本社です。 まさに「偉容」です。
私たち演者控室は3階でした。
講演で使う資料を整理している水沼先生です。
実は「パソコンの不調」という突発事故が有り、リカバー実行中です。
時間となり5階の会場へ進みます。
会場は窓が開くと明るいですが、電動でブラインドが下がります。
総合司会水沼先生が口火を切ります。
そして元祖“01逢いたや”斎藤晃さんが“01総論”を含めたお話です。
1974年のドレスデンが出てきたのは衝撃でした。
続いて長谷川進吾さん“幻の麗機を追って”
http://www.rail-way.com/railfan_magazine/railfan-101~200/railfan_magazine-122.html
ここで水沼先生から01を中心とした東西ドイツと日本の蒸機の比較年表が示されました。
“東西ドイツを結ぶ01急行”の杉江弘さん
http://www.rail-way.com/railfan_magazine/railfan-101~200/railfan_magazine-143.html
その次が私の出番です。
私の場合、まずは増田泉さんの話から始めなければ成りません。
この日話したことに加えて記憶に有る限り補填して説明します。
1971年頃から毎年ドイツに蒸機撮影行っていたこと。
Hofの01撮影などで西独人‘鉄’の友人が出来て様々な情報を得ていたこと。
西独人は東独には入境できないのです。
西独以外の人が東独を通過するときの目撃情報だけが「東独蒸機便り」だったこと。
1973年、日本と東独の国交が樹立されました。
1974年夏、増田泉さんは単独で東独に乗り込みます。
第2次世界大戦に敗れたドイツは国土を減らされた上ソ連、アメリカ、フランス、イギリスの4国に分割統治されました。 そのうちソ連管轄部分が東独(ドイツ民主共和国)となり、それ以外の3地域が西独(ドイツ連邦共和国)となります。
ベルリン~ドレスデンに01(それもC53の様な横長の大きなワグナーデフを付けた原形タイプ)在りや?との情報が有ったので、ライプチヒ~コットブス線に乗って立体交差駅ドーベルルークキルヒハインに至り、此処で本線の急行列車を牽いて眼前を驀進していく原形01(01 204)を確認出来た事に始まるわけです。
01はベルリン~ドレスデン間(太い赤線)で優等列車に充当されていたわけですが、此処には多くの国際列車(赤い線で示すルートへ往来していました)が存在していました。
1976年頃のトーマスクック時刻表です。
「A」は動力車列車でVT175形(我々は「潜水艦」と呼んでいました)この区間で01牽引では無い唯一の優等列車です。
http://de.wikipedia.org/wiki/DR-Baureihe_VT_18.16
「B」 バルト-オリエントEX (ベルリン~ドレスデン~ブダペスト~ブカレスト)
「E」 メリディアン (北欧連絡船~ベルリン~ドレスデン~ブダペスト~ベオグラード)
「N」 パンノニアEX (ベルリン~ドレスデン~ブダペスト~ベオグラード~ソフィア)
「O」 イストロポリタン (ベルリン~ドレスデン~プラハ~ブラチスラバ~ウィーン)
「P」 メトロポール (ベルリン~ドレスデン~プラハ~ブダペスト)
この Table 87 に載っていない東独~チェコ間国際列車“ヴァルノウ”(ロストック~ベルリン~ドレスデン~プラハ)や国内急行列車も多数有りました。
東独で単独での撮影は余りにも危なく、増田さんは井門をスカウトします。 そこから2人組珍道中が始まるわけです。
私、井門は東独時代5回訪問していますが、8回捕まっています。
一人で居る時に捕まってパトカーで連行されたときが一番怖かったです。
1977.01.02ドレスデン中央駅D924 01 066
ドーム屋根の下の写真は絶対必要と言うことで3枚だけ用意した写真のうち1枚はコレです。
機関車は現在ネルトリンゲンBEMの保存機 01 066
1976.12.27 ヴァインベーラ~ベーラ D924 01 204
1977.08 ベーラ~ヴァインベーラ D371“Pannonia EX”01 118
晴れた日に此処でギラリを撮りたくて2年間通った地点で僅かこの1回だけ晴れました。 (雑誌からのスキャン写真ですみません)バケペンで流しています。
何故か西独フランク・コスモス社からの写真集には使って貰えなかった写真です。
次は山下修司さん。
ワレサ委員長の『連帯』が暴れて石炭炊きの蒸機を大復活させた時期、ザールフェルトを中心にじっくり回った話です。
写真は東独国鉄時刻表です。
水沼先生から「01の現在」です。 写真は今年9月「01祭」に於ける01三重連です。
最後にこの講演のスポンサーである(株)関水金属から関良太郎さんと加藤社長のご挨拶です。
長谷川進吾さんが持って来られたホンモノの01のプレート類です。
チェックディジットを採用するために全面的に6桁に統一するため外された旧プレートです。
http://e-words.jp/w/E38381E382A7E38383E382AFE38387E382B8E38383E38388.html
01234という素晴しい番号ですが、この機関車は02形から01形に改造された機関車です。
レーゲンスブルク鉄道管理局ホフ機関区所属です。
ナンバープレートの裏に機関区職員が書き込んでくれた文字が素晴しいです。
ヘンシェル製造№20462 1925年 02 003 として製造、新製配置エルフルト 1938年 01 234 としてホフ配属と言う歴史が書き込まれています。
休憩時間の後は廣田尚敬さん、泉さんによる“鉄道写真の今”講演です。
名取編集局長の司会で進められました。
この写真は名取さんが自身所有の廣田尚敬写真集『ヨーロッパのSL』の中、01を捉えた写真を紹介しているところです。
講演終了後、2階に移動して招待者によるパーティーが開かれました。
明日講演を予定されている東武鉄道博物館花上名誉館長の発声による乾杯です。
直ぐ食い気に走る井門です。
P;名取
KATOの総務の女性に撮って貰い、次は一緒に写ってもらいました!
顔の大きさの違いに衝撃を受けます! NとHOですね。
JMLCの押田さんです。
こ、こんなところにお皿を置いて写真とは! 衝撃的な展開に目がくらみそうです。
廣田さんのご挨拶です。 まもなく写真展が有ります。
http://railf.jp/event/2014/11/26/090000.html
記念写真いろいろいろいろです。
折角「ベスト オブ レイルコンテスト」ですからコンテスト入賞作品を見せていただきます。
優秀賞(モジュールコンテスト部門)
共立女子中学高等学校・地理歴史部“桃源郷の千枚田”
合宿して観察した千枚田、此処に彼女たち自身の姿も表現していると言うところが素晴しい!
興味津々の女子の作品からの紹介ですみません!
来場者が選ぶベストワン賞
理事長特別賞(モジュールコンテスト部門)
白梅学園清修中高一貫部鉄道模型デザイン班“愛の宅急便”
優秀賞(モジュールコンテスト部門)
千葉県立千葉高等学校鉄道研究部“Overlapping”
JR中央線の線路をNゲージスケール「1/150」で狭軌にしています。 素晴しい!!!
文部科学大臣賞
学生が選ぶベストワン賞
加藤祐治賞(モジュールコンテスト部門)
明治学院東村山高等学校鉄道研究部“東京都渋谷区代々木1丁目”
富士そば→富そばですが吉野家→吉野家ですね。 しかしこの楽しさは素晴しい!
日本共生党です。
最優秀賞(一畳レイアウト部門)
加藤祐治賞
東京都立大崎高等学校ペーパージオラマ部“レーテッシュバーン・アルブラ線”
山の上にはおじいさんの山小屋があり、ハイジがブランコで空を飛んでいます!?!
軽量化する事に努力したとも聞きました。
フジサンケイビジネスアイ賞
理事長特別賞(モジュールコンテスト部門)
滝川高等学校鉄道研究部“52年の「積み重ね」”
交通科学博物館です。 梅小路への移動統合が心配で残念な感じがします。
最優秀賞(大学生モジュール部門)
京都大学鉄道研究会
“飛べ!カトー!!”宮田亮平
私も演者の一人だったわけですが物凄い刺激的な一日でした。
KATOと鉄道模型コンテストのますますの発展を本当に応援する気持ちです。