ほるほる

矢作川のほとりで枝下(しだれ)用水を、
徐福・百済王で中韓日の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

朝日カルチャーセンター受講の感想

2006-12-20 22:44:50 | シホのホ(雑記帳)
12月18日の記事「朝日カルチャーセンター講座終了」を読んでくださったブログつながりの方から、一度聴いてみたいわと冷やかしや励ましをいただいているところ、受講してくださったM野さんから、その様子をまとめてくださったような丁寧なメールをいただきました。私は受講生にはメールアドレスや住所・電話番号等を公開しているのですが、2週間毎の講座の間に、毎回講座の感想を送ってくださる方、絵手紙をくださる方、そんな時間を積み重ねてくださいました。
そういえば夏の講座のときは10月1日の記事にあるように、Mさんがまとめてくださったのでした。
反面教師という言葉のとおり?本当に熱心な受講生に恵まれて嬉しく思っています。今回はM野さんにお願いし、そのメールを公開させていただきます。

  楽しい講座を、ありがとうございました。
  先日の桃太郎のお話は、殺人事件のないしゃれたミステリーを読んだあとのような
  おもしろさがありました。
  きのうの御嵩町のマリア像のお話はコメディタッチの映画にしたらもおもしろいだろうなと
  思いました。
  伝説というと古い方が値打ちがあるというような気分があって、
  新たに話題にして大げさにしたものや理由もなく作られたようなものは
  なんとなくうさんくさいと思っていました。
  そうすると、楊貴妃伝説でにわかに村おこしをしたとか、
  八王子のように伝説を作ってしまおうとかいう動きは、
  少しさみしい気がします。
  けれど、どんな伝説もどこかの時期に作られたわけですし、
  どんな形にしろそれを残そうとする動きがあって現在に残っているはずです。
  「風土記」に記録された伝説がそれを編纂するという動きがあって集められ
  残されたように、それぞれの時代にそういった動きや働きがあったのですね。
  楊貴妃も桃太郎もマリア像も、その時代の必要性によって作られたのですが、
  これからも残そうという心や動きがあれば残っていくのでしょう。
  御嵩町のマリア像などは新たに奇跡の伝説を生んで信仰の対象として生き始めるようですね。
  伝説は時代を反映して、時代の必要性によって生まれ生かされ残されるということ、
  「いまに生きる伝説」というのはそういうことだったのかと納得しました。
  私事ですが、T市職員として長く勤務していましたが体調を崩して9月に退職、
  なにかおもしろいことはないだろうかと思っていたときに、
  この講座に出会いました。こどものころからの本好き、おはなし好き。
  大好きな昔話や伝説、説話にもう少し深くかかわりたいと思ったのです。
  現在は方向、方法を模索中です。
  こんなにおもしろく楽しい時間、それをもっと持ちたいと願っています。
  そんな機会にまためぐりあえるよう、ご案内いただければ幸いです。
  楽しい時間を、ほんとうにありがとうございました。

好意的に聴いてくださると、こんなにステキにまとめていただけるのですね。
ありがとうございます。他の方から異議ありといわれないよう、頑張ります!!
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いじめ…文化人類学の視点から

2006-12-20 08:49:24 | シホのホ(雑記帳)
本日12月20日の朝日新聞朝刊「私の視点」の欄で、文化人類学者の稲村哲也さんが「いじめ問題 アルパカから学ぶもの」という記事を書いてみえます。
稲村さんから「文化人類学からも発信しなければ、という意図です。」と連絡をいただき、期待して朝を迎えました。
詳しくは記事を直接御覧いただきたいのですが、「今の日本は、自己家畜化が高じた自縄自縛状態にある。社会の中に「野生」を少しはとりもどす必要があるだろう。」(自己家畜化というのは人類学で用いる専門用語。)として、都会と田舎の子どもたちが一時期生徒を交換するという、「放牧システム」に触れています。

我が子は?と思うとき、その「放牧」を満喫する姿は熊野や加唐島など、私の調査地に連れていったときに見ることができます。広い海を見ていると、自分のちっぽけさがわかる、そんな気がします。でも私が思い浮かぶ子どもたちの嬉しそうな顔は自然に触れたときの顔ではなく、そこで話しかけられて、照れたような顔して話しているときのその顔です。そこに暮らす人と出会った時に、とってもいい顔をしているなあと思うのです。

ちょっと私自身のことに触れると、私はいじめをしなかったとは言えません。苦い思いとともに思い出すことがあります。
そしていじめられたこともあります。中学一年の時の担任は私を「人間が丸くない」と言って、ことあるごとに非難しました。学級委員に手を上げたときも(小学校では立候補で全てが決まっていたので手を上げるのに抵抗がなかったのです)「人から推薦されるような人間にしか学級委員は任せられない」と言われました。…でもいつだってクラスの友だちが放課に机に来てくれて、「あんなこというのおかしいよ」なんて言ってくれたし、母なんかわざわざクラスの委員になって、父母会の席で私のことを名前を伏せて非難する担任に、「今の話はシホのことみたいですね」なんて言ってくれていたと聞きました。
翌年、他校から転任してきた先生が担任になり、その先生はあっさりと、「シホ、問題児なんだってね」と真っ先に声をかけてきてくれました。「なにいってんのよね」っていう新しい担任と出会って、私はとっても嬉しかった。翌年の担任も高校入試発表の時に、既に転勤してしまった中一の担任に合格の電話をかけてやれと中学の職員室からわざわざその学校に電話を入れてくれました。
「中学生が人間丸くなってどうするのよ」って言ってくれた周囲がいて、私は今思うといじめられたなあって思うけれど、かなり元気だった気がします。周りが同調しないでくれたから。だから私は「いじめる」「いじめられる」の範疇にない人が実は一番重要なのではないかなって思っています。

本当はじっくりと腰をすえて話さなくてはならない内容ですが、新聞記事を手がかりに、ちょっとした感想でした。

コメント (7)
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ノロウィルスの記憶

2006-12-20 00:22:14 | シホのホ(雑記帳)
テレビでは「ノロウィルス、ノロウィルス」と恐竜でも呼ぶみたいに騒いでいますが、我が家はその怖さを、一年前のワタルの様子で覚えています。
ブログって便利だなあとこういうときに思うのですが、昨年ワタルが小学校の修学旅行から帰ってきて夜中に噴出すように嘔吐して、ノロウィルスが検出されました。→2005年5月1日の記事
その発症がどう考えても修学旅行の中で起きたことでありながら、原因を突き止めることをしない保健所の姿勢に納得できなかったことがありました。→2005年5月7日の記事
この記事を読み直してみると、今だったらきっと検査もしただろうにと思います。そして今後、こんなことがあったなら、きっと検査することになるでしょう。わずか一年前のことで、こんな風に扱いが変わってくるのだなあと現在の報道を見ていて思います。
それにしてもノロウィルスの流行によって、カキを養殖している業者が大打撃だとか。O157の流行のときは貝割れ大根が大変なことになりました。今も昔のような勢いはもう貝割れ大根にありませんね。本当に気の毒に思います。ミニトマトも大打撃だったのだと先日美味しいミニトマト屋さんのYさんからお聞きしました。こんな噂は笑えない!死活問題ですよね。
絶対、鍋物にたくさんカキ入れて食べるぞー!

みなさん、どうぞ用心してください。
コメント (3)
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