ほるほる

矢作川のほとりで枝下(しだれ)用水を、
徐福・百済王で中韓日の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

2015年 ありがとうございました

2015-12-31 22:33:04 | シホのホ(雑記帳)
今年の大晦日はつれあいとふたりで、変わらずこたつで紅白歌合戦を見て過ごしています。
思えば22年ぶりの静かな大晦日です。

ワタルはグアテマラのシェラというところにいるそうです。
4月に出発して、いまも世界を放浪中。
遠くにいるのによく様子を知ってるねと言われますが、
ニュースソースはワタルのブログ「ワタル世間は夢ばかり」です。
どこにいてもなにが起こるかわからない時代、
たくさんのことを乗り越えて、良い顔して帰ってきて欲しいと思っています。

サホは新潟の上越で初の年越しです。
成人式があるから年末は帰らないよとのこと。
そろそろ雪も積もったことでしょうか?
先日はボードをしに行ったらスキー場休業だったと
雪の上で得意のVサインした写真が送られてきました。

というわけでふたりの大晦日、恒例の餃子を忘れずに半量(ここ大切!)つくって食べました。

さて間もなく2015年を終えるわけですが、
今年は春の『枝下用水史』刊行から、矢作新報、朝日新聞、中日新聞、読売新聞、ケーブルテレビの取材などの対応があり、
その全てを監修のFさん不在のため、責任持って進めねばならず、
また同時に編集委員会は発展的解消をし、豊田土地改良区資料室として活動をはじめました。
そういう時には相乗効果なのか、徐福伝説の周辺でも新たな動きがでてきて、
佐賀や中国・連雲港、韓国・済州島でも徐福のイベントがおこなわれました。
(済州島の報告がまだできていない!関係者のみなさまごめんなさい。)
徐福伝説では、初のラジオ出演も緊張したけれど楽しい経験でした。

そして最後になりますが、ご報告を。
長らく活動してきた特定非営利活動法人SKIP
先週12月26日に臨時総会を開催して、法人としての解散を決議しました。
チケット購入、チラシ配布、広告を出してくださったみなさま、
本当にありがとうございました。
わたしのいまはSKIPの経験が支えてくれているように思います。

終わるにあたり、わたしたちSKIPの歩みをかたちにしておこう、
成功だけでなく失敗もきちんと文字にしよう、
そう考えてブックレットを作成中です。
実をいうと、その編集を始めてもうすぐ2年が経とうとしています。
新たな発見あり、自分たちを振り返る日々はまさに久々にSKIPを楽しんでいるという感じです。

まだまだありますが、みなさん2015年本当にありがとうございました。
どうぞよいお年を。
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2015年 日々の暮らしに新たな楽しみ

2015-12-30 16:48:54 | シホのホ(雑記帳)
いつもは6時起床の我が家ですが、今日12月30日は9時30分、窓からの日差しが眩しい時間になって起き出しました。
すっかり寝坊…ではないのです。

家から歩いて3分のスーパー、引っ越す前からわたしはここのスーパーを使っているのですが、
昨日の新聞広告にそのスーパーが30日には駐車場を使って恒例の朝市をやると書いてあり、
なんだかとっても安そう!
本当の朝市で、時間は5時から6時、駐車場でというので、4時50分に起きて行ってきました。

つれあいは私以上にこういうイベントが好きなので、ふたりとも防寒着で身を包み、お店に向かいます。
まだ真っ暗。
物好きだなあ、だってこんなに近いからねと話しながら歩き始めたら、前方ではどんどんどんどんスーパーに入っていく車、
いやもう出て行く車もあったりして、これはすごそうだぞとちょっと早足になったところで朝市に到着しました。



すごい人出、そしてすごい活気でした。
上白糖が1キロ80円、玉子が2パック180円、油がこんにゃくが…ワーイと喜んで買っていたら、
筋力トレーニングみたいな帰り道になってしまいました。
これでどんどん詰めてくれるチョコレートでもあったら、アメ横なのにって感じでした。
まあ重いとはいっても3分だからたいしたことなく、初めて年越しの買い物の雰囲気を味わえた気がします。

寒い朝だったので、すっかり目が冷めてしまったと言って5時半には朝食。
でも食べたら睡魔が襲ってきて、そこからもう一度寝ることにしました。
今日はもう一切なにもやらない日。
パソコンに溜まったメールの返信や、年内に片付けなくてはならない仕事をモタモタと片付けています。
めったに日中に家にいないため、ぽかぽかと窓から日が差してくるのも気持ちよく、
何度もうとうとしながらの作業になってしまいました。

2015年夏、閉鎖になることになった県の教職員住宅(3階建てアパート)からどこに引っ越したらいいかと困っていたところに
Kさんにいまの借家をみつけてもらいました。
いまではお隣さんになったKさんには、本当に良い環境をみつけてくれたと感謝感謝です。
車でわずか10分ほどの距離への引っ越しでしたし、先述のようにスーパーも変わっていないほど、
そして大きくなったと言っても、古い民家はそんなに大きい訳ではありません。
それでも周囲の落ち着いた暮らしぶりに接し、私たちも大きく大きく変わったように思います。

これまでも楽しんできたつもりでしたが、
今年は暮らすことが本当に楽しく思えるようになった年でした。

2015年もあとわずか。
穏やかな年末を過ごしています。
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今日はいいことたくさん

2015-12-21 00:18:38 | シホのホ(雑記帳)
昨日、学会の用事で上京した際、見ておきたかった展示を見に行った。
永青文庫(東京都文京区目白台)で開催されている「春画展」だ。
2013年に大英博物館で開催されたものの、日本では引き受けてくれるところがなく、
細川護熙さんが永青文庫でと手を上げてくれたらしい。
朝日新聞で瀬戸内寂聴さんがこの展示のことを書いていて、
細川さんから来れないだろうからと豪華な図録を送ってくださったとも書いていた。

大変な人気で、私がついた時には入場制限があったが、10数分待って入ることができた。
18歳未満はダメというのが、なんかなあと思ったけれど、
もうお腹いっぱいというくらい見ることができて、その絵や版画に圧倒されて、
この世界がこれまでしっかり封じられていたこと、
その結果、私はほとんど知らないできたことがわかり、見えない力の大きさ怖さを感じた。
春画は武運長久とか子孫繁栄とか、持っていると縁起のいいものだったらしい。
図録は電話帳くらいに厚くて重くて4000円もする三重苦だったから、洒落た版画の絵葉書を買った。

そしたら思いがけず、私のところにいいことがやってきた。
今日、つれあいの買い物の付き合いということで、午前中、近くのアウトレットにでかけた。
いつもは気にかけないコーナーをふと見たら、前に欲しかったけれど高かった文具が
福袋の中に入って安価で売っていた。
ラッキー!
帰宅したら、隣のKさんが今朝採れたてだという野菜を子どもたちと一緒にワッセワッセと運んできてくれた。
ラッキー!
そして夕方、約束していたみづろうが母娘で来てくれた。
みづろうには新しいスケジュール帳の余白に作業のチェックリストを書き込むためのはんこを注文していた。
そして毎年お願いするお年玉袋。今年は親戚の入学祝いもあるのでそれも一緒に。
いつも私は「こんなものあるといいな」とみづろうに伝える。
みづろうはそれを私が思った「いいな」以上に仕上げてきてくれる。
今回も、本当に素敵なはんこになった。
1ページに2列押せるようにねと言っていたけれど、もちろん押せるのだけれど、
みづろうからは「そんなにたくさん仕事しないで」と1ページ1列押しを提案された。
そうだね、あれもこれもと欲張らず、そしてできなくて次週に回すということにならないよう、
2016年はみづろう指定の17枠はんこでいこう。
そしてそして素敵なクリスマスプレゼントもいただきました。
みづろうがセレクトしてくれたピアスはやっぱりセンスが良くて、ひとつはみづろうとお揃いのもの。
もうひとつもこういうの見たことない!とってもおしゃれなもの。
そうそう、あとフィナンシェにいろいろはいった感じの美味しいお菓子もいただいたんですが
すぐに私たちのお腹に入ってしまいましたので写真忘れ。


今日は私の少し早いクリスマスでした。
明日からまた頑張ろう!












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「師走祭り」を想うーさだみさん、感謝の気持ちを込めてー

2015-12-16 21:40:48 | 百済王伝説
今日、大学で講義がおわり、教室を出ようとしたとき、すっと入ってきた学生がありました。
なにかなと思ったら「はじめまして、はしぐちさだみの孫です」といいます。
胸がいっぱいになりました。
さだみさん、先月86歳で亡くなった宮崎県の師走祭りの比木神社元宮司のお名前だったからです。
秋になって、良くないみたいだという連絡はいただいていました。
父のようにさだみさんを慕っていたかたからの着信も、きっとこのことだとわかっていました。
今年1月の師走祭りに出られないことになって、
周囲も覚悟みたいなものはあったように思います。教わってきたことを受け継いでいこうと、
外から見たらわからなかったかもしれませんが、
神楽の一つ一つをかみしめていた今年の師走祭りでした。
だからこそ、もう一度元気な顔であの場に戻ってきて欲しかったです。

葬儀が終わって神門神社宮司からお電話をいただきました。
「つじちゃんの弔電、葬儀で聞きました」
思えばこれが今日教室に来てくれたナオトくんとの接点になったのかもしれません。
「おじさん(さだみさんの息子)から同じ大学にいるって聞いて、
おじいちゃんのこと、ありがとうございました。」
そう言われました。

なにをなにを。私はどれだけさだみさんにお世話になったかわからないのです。
いつからなんだ?といま写真のフォルダをかき回してみたら、
私が初めて師走まつりにでかけたのは12年前の2003年1月。
この時なにも知らなかった私に、丁寧に丁寧に祭りの話をしてくださいました。
わたしがいま知ったように言うことのおおかたはさだみさんに教わったことです。
祭りの道々にでる野菜の奉納も馬に乗って受け取っていた話を聞かせて下さいました。

祭りの主だったけれど、全然威張ったところがなくて、いつも本当にいつも笑顔で接してくださいました。
完全に他所者の私をなかに引き入れてくださいました。
巡行のときは長い距離を歩くことになるのを心配して、周りが車に乗せようとするのを振りきって
いつもしっかり歩き続けていらっしゃいました。
夜神楽のときは、さだみさんの太鼓が笛が光っていました。

来月の師走祭り、もういないんだなという寂しさがありますが、
こうして今日新たな出会いをつくってくださったことに本当に感謝です。
ナオトくんとは年が明けたらお昼でもご一緒しましょうと誘ったけれど、
あの感じでは遠慮して声をかけてこないかも。
このブログをご覧の関係者のみなさん、ナオトくんに伝えておいてくださいね。
たくさんたくさん写真を見せてあげたいし、おじいちゃんのお話も聞きたいです。

あれこれと探っていたら、2003年初めての師走祭りのときに書いた礼状が出てきました。

 神門も今夜は雪でしょうか。こちらは深々と降っています。
 27日、みなさんと師走祭りで歩いた道をもう一度たどりながら、バスに揺られ帰途に着きました。
 みなさんのあふれるほどの優しさに触れ、その感激が今も私を遠くから支えてくれているような気がします。
 本当に思い出深い調査となりましたこと、有難うございました。
 またきっと神門に寄せてください。
 2003年1月29日
 逵(つじ)志保

まさか「またきっと」があれから12年も通うことになるとは自分でも驚きです。
みなも驚いているでしょう?
でもそれはあのとき、さだみさんをはじめみなさんが本当に愛知に出て行った娘が帰ってきたかのように迎えてくださって、
以来、「今年はいつ帰ってくる?」と連絡くださって
いつしか「木曜には帰ります」なんて、あたりまえにいうようになっていったのでした。

今度の師走祭りは2016年1月22日(金)~24日(日)です。
さだみさん、私はこれからも通います。よろしくお願いします。
合掌

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