ほるほる

矢作川のほとりで枝下(しだれ)用水を、
徐福・百済王で中韓日の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

お誕生日おめでとう

2012-05-26 10:35:43 | シホのホ(雑記帳)
昨日は朝のテレビの星占いで、
「お疲れ気味のあなた、気が向かない仕事は断って!」なんて言われていたので
いったいいつ気が向かない仕事が飛び込んでくるんだろうとファイティングポーズで構えていたのだけれど、
なんだか昨日は実に良い日で、NOなことが何もありませんでした。
やっぱり星占いは良いことしか信じないでおこう!

で、なんでそんなに良かったかというと、
先ず、昨日は研究所から編集ミーティングのために朝のうちに水源事務所に行かなくてはならないのだけれど、
矢作川上流に調査に行く仲間がついでだからと水源事務所まで送ってくれて、
事務所に着くと、大きな箱を抱えたスタッフのNさんが「食べますかー」といって袋に入れてくれていた。
その箱には鳴門の渦潮の前で阿波踊りをしているかなり歴史ある絵が書いてあって、
徳島県鳴門市里浦漁協の糸わかめという乾燥わかめが入っているのです。
海草類大好きなので「もらうもらう」といってすぐに鞄にしまって編集ミーティング。
(昨夜、早速夕食の時にいただきましたが、歯ごたえあってとってもおいしい!)

作業もはかどり、美味しいコーヒーを飲みながらそろそろ本日のゲストKさん登場かな(来週の聞き取り調査の打ち合わせ)という時に
写真の姿で現れたKさん。(いやいや写真撮るためにポーズとっていただいたんで
まさかろうそくの火までつけて登場はしませんでした)
「今日、誕生日なんですよー」とおっしゃるので
「なんだかこっちが用意したらよかったのにスイマセーン」といったら
Kさんがフィールドにしているフィリピンでは自分の誕生日には自分で用意してみんなを招くのが普通だそうで、
サプライズでお祝い(してあげる)!なんていう日本のスタイルではないそうなのです。
それは大変嬉しいことだというわけで、昼食後、みんなで歌を唄ってもりあがり、
来年もまたよろしく、来年は土曜日だ!この日を編集会議にしようとかいって、美味しくいただきました。

ケーキで頭にいい具合に糖分が入って良く頭が回転し(?)、
良い流れで打ち合わせが進み、私は研究所へもどりました。

するとすると同僚のHさんから、これまたサプライズ。
大好きなフレイバーのメープル味のシフォンケーキをいただきました。

今日は良いことありそうとニコニコしながら机に座っていたら、
矢作川研究所は川の研究所なので川や海に関わる研究者が行き交うところでもあるのですが
その一人Mさんが以前注文してあったウナギの白焼きとジャコを下げてやってきてくださいました。
ウナギは碧海養鰻漁協からのもの(1尾1500円)、
今年は鰻の値段も上がっているのでなかなか食べられず?今回この漁協から初めて注文しましたが、これははまりました。
実はちょっとけちって2尾注文していたのですが、中を見ると3尾。
見たらやっぱり一人一尾は食べたいところ。白焼きをわさび醤油で、そしてつれあいは甘辛好みなのでタレをかけて。
やっぱりどちらも。持ってきてもらって良かった。3人で大満足でした。(また必ず注文します!)
そしてジャコもまたまた美味しい。これは1キロ買って3人の同僚と分けました。

というわけで昨日はとても美味しい一日でした。
いつも贅沢はできないけれど,ちょっと良いもの、美味しいものを食べるとなんだかとっても幸せになります。
私のお近くにいらっしゃる方々、買い物情報になったでしょうか?

そうそう追記
一昨日、研究所の近くを散歩していて鰹節の山六 花かつお店さんをみつけました。ささ花(宗田節)100グラム280円、これで出汁とったら泣けました。
それからそれから
その前日、
矢作川漁協の鮎の甘露煮をいただきました。これもまた料亭の気取った感じでない、ごはんが進む良い味でした。

・・・結局いつも美味しいもののことばかり考えているのでした。
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上海・研究室便り その3

2012-05-18 08:26:03 | 徐福伝説
17日、都心部への移動は13時出発にしていたので、朝のうちに荷物をまとめる。
宿舎に近い郵便局は9:30から15:00と営業時間が短いので、この開店を待って北京の友人Dさんに本を送ってから研究室に移動する。
Dさんというのは少し前にこのブログに書いた、著名な韓国の詩人・高銀さんの詩集を中国語訳している友人だ。
高銀さんのもう1冊を日本から持ってきていて、上海で読み終えて送ろうと思ったのに、とてもその時間がなかったのでそのまま送った。

研究室でやりたいことがあったのだけれど、いまいちうまく同室のYさんに説明できなかったので
宿舎からお願いしたいことを日中翻訳をしてメールで送っておいて作業に入った。
これが笑い話になるようにしたいものだ。

研究室ではうまく話は通じていて、午前中の作業ははかどった。
今回は自分のためだけのような作業で終わったけれど、今後相談していく内容についてはどんどん浮かんできて、
現場にいることって大きいなあと思った。


【1億元かけて建てられた図書館。半分は企業が出しているのでその企業の名前がついている。
ソフトも充実!】

昼食を済ませ、通訳の学生と都心部へ。
初日から大学内にとまっている観光バス、それも何台もあって気になっていたが、これが都心部にあるもう1つのキャンパスと
このキャンパスを往復していることがわかった。
教員はこのキャンパス間、約1時間を通っている人も多いのだと言う。私の研究室にいるSさんも通っていることをここにきて知った。

民生路のキャンパスにつき、荷物をホテルに置いて、徐福関係の古い友人がオフィスで待っているというので研究室のSさんと通訳の学生Mさん、Rさんと行く。
Fさんは新聞記者だということは知っていたけれど、その新聞社のことをこれまで全く知らなかった。
「新民晩報」という新聞は、上海ではかなり知られた新聞のようで、それはもうちょっとした社会科見学だった。
その新聞社のビルはとても高く、43階から上海を360度見渡すことができた。
このビルの多さはなんだ!高さはなんだ!



夕方になって今回の企画を立ててくださったSさんも合流。みなで上海料理をいただいた。
これまでそれぞれにお会いしていた関係ではあったけれど、
こうして時間をかけて徐福談義をしていると、とにかくみな徐福って面白いよねという話に行き着く。
言葉はまだまだ不自由だけれど、こうして遥か2222年も昔の人物に想いをはせ、話せること、
本当に徐福が私にくれたものは不死薬よりもありがたいものだとおもう。

今回の上海便りはここまでです。
ひさびさのほるほるでした。







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上海・研究室便り その2

2012-05-17 00:52:40 | 徐福伝説
6:30に起きて朝食のパンを買いにいく。
昨日のサンドイッチがしっとりと美味しかったので、きょうはそこのホットドックにしてみたらやっぱり美味しかった。
パンが柔らかいと褒めたら、きっと中国の学生は怒るかもしれないけれど、
1985年の頃にホテルで食べたパンはぱさぱさだった。2週間ほどの旅程の中でおいしい!と思ったパンが一回だけあった。
聞くと名古屋のシキシマパンで修業してきた人が焼いているという。今になってもそのことを覚えているくらいだから余程だったのだ。
8:10宿舎を出る。
研究室までのコースは15分、毎日の縄跳び(続けています!毎晩300回)の分を歩こうと思ったら
ちょっと遠回りして20分かかる方が良いかなと思って「航海家の揺りかご」モニュメント(写真)を通るようにしてみた。
ちょっとコースを変えるときりっとした制服姿が増える。商船学部の学生たちのようだ。

研究室の鍵を開けて窓を開け、一人午後の講義の準備をする。
11:30に今日の通訳の学生Rさんが来てくれる。研究室の二人と一緒に教員用食堂で昼食を食べ、
午後までの時間に持ってきた民俗関係の資料を送りたい方があったので、郵便局に行くことにする。
宿舎に帰り、ついてきてくれたRさんに私が準備する間に宛先を書いておいてと言ったら、
ここに書くのですか?名前を書いて住所を書きますか?などというので、
国際郵便じゃないんだからいつものように、と言ったが、後でその意味が分かった。
彼女は生まれて初めて郵便物を出すことになったのだった。
郵便局に入ったら、初めてですというので半ば信じがたかったが、見ていると本当にどうしたら良いのかわからないらしい。
これが「一人っ子」かとからかったが、今は郵便を出すことももらうこともほとんどないらしい。

冒頭から昔話だったのにまた言ったらおばさんモードだけれど、
1985年、私と中国の親友レイアンは10年近く文通をしていた。
当時は高校生訪中団で引率してくださった故Kさんから、文通したいなら中国で切手を買って必ず同封してやれ。
学生が国際郵便出すのは大変なんだと教わり、郵便には返信用の切手を同封した。
レイアンは手紙は出したいから出すんだ、これじゃ同等じゃないとひどく怒った。
だから私も切手を入れるのを止めた。私たちが続いたのは何を書いていたかすっかり忘れたけれど、
あのときの文通があったからだと思う。
あのころのポストを楽しみにする日々が懐かしい。

研究室に帰り、みなで外国語学部に異動する。
講義は日本語科の学生50人ほどだったが、何人かの先生方もいらしていて、みな熱心に聞いてくれた。
でも本日の反応の一番よかったのは佐賀の筑後川の風景、「これ「のだめ」で千秋先輩が追いかけてきたところだね」といったらワーっと湧いた。
(これは事前に通訳の学生にいろいろ聞いておいたから。ねらい通りだった!)

講義の後、招いてくださったSさんと、この研究室についての打ち合わせをした。
遠い先と今の問題、国際的なものにするためには何が必要か、
(でやっぱりお互いの言葉が話せた方が良いねえということになる。)
とにかく研究者に閉じたものにせず、でも研究者を多く巻き込み、
各地方の意見を聞き、私たちはその舵取りをしていこうということになった。
そのために私が継続していける環境づくりもSさんの仕事になるが、
今回の訪問に関しては大学長に直接掛け合い、異例の待遇をしていただいた。
大学にとっても大きなプロジェクトなんだからあたりまえだというけれど、
たいした肩書きのない私をおすのはご苦労もあること、十分理解できる。
こうしたことの1つ1つに、中国中央、各地の方々の私に対する応援の声もあることを知り、
だからいまここにいることができるんだなと改めて感謝した。

というわけであれこれ話し、今回のプロジェクトはこれでおしまい。
たくさん仕事をしたら遊ぶことも大切、
明日は今日までの田舎暮らしとは逆に、都会の時間を過ごして帰ってほしいといわれ、
明日午後からは上海の中心地に移動することになった。
そこで私たちを迎えてくださる古くからの徐福関係者がいるのだ。

徐福、徐福、徐福、こうして過ごすことができたこと、
強引なほどに、先ずは大学に数日でも来てみてほしいといわれたこと、
きっと私がこの場に来たら「やります」ということがSさんにはわかっていたのだろうと思う。
来てみて本当に良かったとおもう。

通訳をしてくれた学生と夕食をとり、研究室に一人帰る。
昼はすっかり夏のような暑さなのに、晩になると半袖は寒い。
19:00に研究室を出て、スーパー(百貨超市)で土産のお菓子を買い、隣のローソン(羅森)でビールを買う。
宿舎でほっとして、テレビの「魅力音楽」を聞きながら乾杯!
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6月2日 第11回百済武寧王生誕祭

2012-05-16 21:06:11 | 百済王伝説
実行委員会のFさんから送られてきた下記のご案内に、
ああもう11回目なのかと驚きました。
新鮮な魚のバーベキュー、忘れられません。
是非お出かけください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

第11回百済武寧王生誕祭
ー唐津市加唐島は百済第25代武寧王の生誕地ですー

インターネット回線利用で韓国(公州市)とライブ中継!

【と き】平成24年6月2日(土)
【ところ】佐賀県唐津市鎮西町加唐島
【集合場所および時間】鎮西町名護屋港 午前9時10分(集合)(出港 午前9時20分)
【参加費】3,000円(海鮮バーベキュー・船代・保険料含む)当日集合場所にてお支払下さい。
【募集人員】先着 90名(定員になり次第締め切ります)
【申し込み方法】
  FAXまたはお電話にてお申込みください。FAXでのお申込書は裏面をご利用ください。
  申し込み・お問い合わせ先
 ☎ 090-1974-1324(中里)   〒847-0317 唐津市鎮西町加唐島464-2
 FAX 0955-82-9366      加唐島-島づくり事業実行委員会(加唐島汽船内)
【その他】
    ※ 荒天波浪などで開催不能の時は、前日の午前10時までに開催の有無を決定しますので
     お問い合わせ下さい。

当日の日程
生誕祭式典       … 10:30~11:30
加唐ソーラン       … 式典終了後
昼食(海鮮バーベキュー)  … 12:00~

アトラクション
●小惑星『武寧王』命名式
●いかさまレース
●『 韓(ハン)ソリ』太鼓演奏
●『おやじカフェ』ショータイム   お楽しみに!!    ※ イベントの事故について主催者は、保険の範囲内のみ対応致します
【お帰りの時間】
加唐島港発 15時30分
名護屋港着 15時50分

加唐島で楽しい一日を過ごしてみませんか?
《主催》加唐島‐島づくり事業実行委員会(斯麻王会) 《共催》武寧王交流唐津市実行委員会
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上海・研究室便り

2012-05-16 00:07:24 | 徐福伝説
今日は午前一コマ分、午後一コマ分くらいで
一緒に机を並べるYCさん、SYさんとひたすら徐福談義。
2人とも専門は航海史のようでYCさんは17-18世紀の中国とベトナムの貿易の研究、
SYさんは鄭和研究から今に至るという。
明代の航海家の鄭和は日本では高校の世界史で見たくらいのことだろうけれど、
中国では相当研究者もいるらしく、徐福はだいぶかっても違うようだ。

私が中国語が話せないので、
今回は日本語科の学生、Kさん、Mさん、Rさんが交替で通訳をしてくれる。

今日は研究室につくともう私のデスクの脇に座って待っていてくれた。


ふと彼女たちのノートを見ると、予習のメモ、
新宮の徐福の墓について話したら、言ってもいないのに徳川頼宣と言ったから驚いた。
彼女たちの熱心さと言ったらただもう頭が下がる。
決して完璧な通訳とはいえないけれど、現在のところ、充分役はこなしてくれていて、
なにより中国の学生の今を知るのはとても面白い。
食事の心配もしてくれて、これで2日とも学生食堂で混雑する前の16:30に夕食をとった。

今日の夕食時に、北京にいるFさんから電話が入る。ただいま夕食中と言ったら「早すぎるやろー」と遠い北京から突っ込んでいた。
自炊ができる北京暮らしはまた楽しいようだけれど、
活気ある食堂でそれは教員用の食堂にしてもあの豪快な食べっぷりの中に身をおくと
中国だなあと実感する。
実感と言えば、昨日の夕方散歩をして、帰りにスーパーでペットボトルの烏龍茶を買って
よーし歩いたぞー、ダイエット成功か?と烏龍茶を口にして、ヘナヘナとなった。
そう、中国の烏龍茶は甘いのだった。
このことを忘れていた自分にもヘナヘナとなった。

今日はやりたいこともあって、早い夕食後、研究室に再び向かう。
宿舎からは頑張って歩いて15分。
写真の向こうの建物のもっともっと向こうで、歩かなくては行けないところが
ダイエットしたい私には最高に良い。



歩きながらふと遠い昔を思い出した。
私は大学時代、中国に留学したくて、でもそれがかなわなくて
泣いたときがあったのだ。
今の自分は学生ではないし、あの時留学していたら、
徐福に取り組もうなんてきっと思わなかったから、
これまでの自分で充分に満足しているのだけれど、
いま、この歳になって中国の大学でこうして研究室にむかって歩いている自分が
一年前に想像できていただろうかと思ったら
今日のこの日の今いる自分になんだかもううるうると泣けてきそうになった。

夕食後5:30から2時間、研究室でこの大学で見れる検索サイトで徐福を見る。
まだちょっとこの検索サイトがよくわからないのだけれど、
SYさんが開いてくれたページで年を追っていくと、
私たちが中国各地で参加してきたことも、既に記録となってこうしてみれるようになっており、
思えばこの25年間そのものが研究史でもあるのだということを改めて思った。
自分たちの行動そのものも記録となっているのである。

外が真っ暗になったので宿舎に帰る。
このまま食べなかったら痩せるぞと思いながら、宿舎の前がローソンやスーパーのあるところなので
ついつい入ってしまい、プラムとビールを買ってしまった。
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