ほるほる

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逵(つじ)志保のページです

4月28日~5月5日まで三重県熊野市・七里御浜海岸「泳げ!鯉のぼりくん」

2019-04-22 22:26:23 | シホのホ(雑記帳)
週末からGWですね。4月28日~5月5日まで三重県熊野市・七里御浜海岸にて、
獅子岩から太平洋の大海原をバックに約250匹の鯉のぼりを掲げるイベント「泳げ!鯉のぼりくん」が実施されます。
是非お出かけください。



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3月10日まで 津島市のひなまつり展が面白い

2019-02-24 00:30:04 | シホのホ(雑記帳)
津島市文化財保護審議会委員をしています。
2月20日、いつもは津島市役所内でおこなう文化財保護審議会が
この日は津島神社斎館でおこなわれることになり、久々に津島神社に出かけました。
委員のみなさんは長年津島市の文化活動に携わってきた方なので、ただただ勉強になるのですが、
今回は津島神社蔵の重要文化財を間近で拝見することができ、箱書きに書かれた文面を楽しみました。
4月に宝物展があるようですので、是非お出かけください。

神社の宝物館を拝見したあと、堀田家住宅に「ひなまつり展−嫁入り道具と雛あそび−」を案内していただきました。
堀田家住宅そのものが初めてだった私は、家屋と雛飾り、そして古い写真を存分に楽しむことができました。
いろんなところでひなまつり展はありますが、手作り感のある津島も面白いなと思いました。

3月10日まで、平日は予約制のようですが土日祝日10:00〜15:00は公開されているようです。



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2019年2月16日 宮本雄二 元駐中国特命全権大使 特別講演会

2019-02-03 21:05:27 | シホのホ(雑記帳)
東海日中関係学会では下記の通り、特別講演会をおこないます。ぜひご参加ください。(私は司会で会場におります。)
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宮本雄二 元駐中国特命全権大使 特別講演会
「米中新冷戦と日中新時代の行方〜中国外交の内幕を読み解く〜」

日時:2019年2月16日(土)14:00〜16:30 入場無料
会場:名古屋商工会議所ビル2階ホール(名古屋市中区栄2-10-19)
   地下鉄伏見駅(東山線・鶴舞線)下車 5番出口より南へ徒歩5分

14:00 開会の辞 川村範行・東海日中関係学会会長

14:10~15:10 第1部 特別講演会
宮本雄二 講師プロフィル
 1946年福岡県生まれ。69年外務省入省。90年中国課長、94年アトランタ総領事。2002年駐ミャンマー特命全権大使、04年沖縄担当特命全権大使のあと、06年から10年まて駐中国特命全権大使を務め、退官。
現在、宮本アジア研究所代表、日本日中関係学会会長、日中友好会館副会長。
著書に『習近平の中国』(新潮新書)、『強硬外交を反省する中国』(PHP新書)など。

15:10〜15:30 休憩

15:30〜16:30 第2部 座談会 
司会進行 加藤直人・中日新聞論説委員
宮本雄二・元駐中国特命全権大使
大野大介・東海日中貿易センター常務理事
小原道雄・名古屋外国語大学非常勤講師
土屋康夫・岐阜県日中友好協会理事長
武 小燕・名古屋経営短期大学准教授 

主催 東海日中関係学会
共催 (一社)東海日中貿易センター、(一社)日中文化協会
後援 愛知大学国際中国学研究センター、(一社)愛知華僑総会、中日新聞社、名古屋銀行
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ご参加につきましては、メールでの申し込み、あるいはFAXでお願いいたします。
お問合わせ・申込み先:
東海日中関係学会事務局(㈱ハヤカワカンパニー内)
TEL:052−551−3101/FAX:052-571-2906/E−mail:tokai.n.c.a@gmail.com

                  
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2019年 よろしくおねがいします

2019-01-04 22:37:57 | シホのホ(雑記帳)


新年おめでとうございます。
2019年もどうぞよろしくおねがいします。

年末に全員集合し、ひさびさの「ほるほる」の正月を迎えることができました。
それぞれに好きなことをやり、そしてこうしてたまに会う、
だからでしょうか?近況報告の面白さと言ったらありません。

そしてこんなこと覚えていたの?なんてこともあって。
そうそうワタルがコンビニから帰ってきて
「これ食べるよね?」とパピコの片身をくれたときには驚きました。
私、パピコのコーヒー味が大好きだってこと、忘れていました。
子どもたち、もう大人だけれど、彼らに映っている私ってどんなだろうと思いました。

2019年、今年も面白い一年にしたいと思います。
どうぞよろしくおねがいします。






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三浦周二朗さん(高橋ますみさんの息子さん)が本を出しました

2018-12-07 14:02:31 | シホのホ(雑記帳)
演劇人・三浦周二朗さんが母親の介護をきっかけにペンを持ち、『記憶は消えてしまうから-認知症の母と暮らしながら書いたエッセイ-』を自費出版しました。
私のまわりの方には「高橋ますみさんの息子さんの」と頭につけたほうが、うんと共感を呼ぶことでしょう。



私が子育て時代、20年くらい前になるでしょうか、名古屋地域で(いやもっと広範囲だったと思いますが、私たちの地域という意味で)女性グループを牽引してくださっていた方がありました。
高橋ますみさん、おっかさんという感じの親しみやすい方で、私は彼女が代表をつとめるグループ・ウィン女性企画に出入りしていました。出入りしていたというのは、私たちは妹分のようなSKIPという託児付きイベント企画のグループで活動していて、ウィン女性企画はその姉貴分、子育ての次の女性の自立や、高齢社会への眼差しをもって活動していましたので、機会があれば勉強させていただいたり、わたしにもできる仕事があればその時は仲間に入れていただいたりしていました。上野千鶴子『ナショナリズムとジェンダー』の読書会。なかなか集まってはできないからとウィン女性企画内での読書会とともに紙面読書会を重ね(その小冊子の編集を担当していました。SKIP会報『やっほぉ〜』、豊田土地改良区資料室ニューズレター『枝下用水日記』など、形を変えて通信発行をしている私です。)、最終回には上野千鶴子さんを囲んでの湯谷温泉読書会なんていう贅沢な集まりもありました。素敵な先輩たちの心地よいグループでした。そのグループの心地よさは高橋ますみさんの人柄がみんなにじわっと広がっている感じでした。
いまでも思い出すのは初めてウィン女性企画に行ったときのこと。ますみさんは誕生日を聞くのです。それは覚えておいてプレゼントをあげましょうというのではなく、誕生日を聞いた私(ますみさん)のことを覚えておいて、年になったら自分の誕生日に私を訪ねてね、そしたら私のところには毎日人が来てくれるからとおっしゃっていました。ところが私が「2月2日です」というと、ますみさんは「ああ、それは私の息子と一緒だわ。かぶるわね」とおっしゃいました。そうか、息子さんは2月2日なのかと、それはますみさんのおっしゃる通り、忘れない出来事となって頭の中にありつづけました。

ますみさんが認知症になったときいたのはもう10年も前になるでしょうか?年賀状が息子さん・三浦周二朗さんから届き、また後にはNHKの番組に母がでますという知らせをいただきました。認知症のことを扱う番組でした。お母さまに寄り添い、献身的に介護なさっていることがこんなやり取りからも伝わってきていました。
その三浦周二朗さんから、『記憶は消えてしまうから-認知症の母と暮らしながら書いたエッセイ-』が送られてきました。
こんなことを書くと不謹慎でしょうが、これまで他からいただくこうした本は亡くなってから出るものが多く、手にしたとき、はじめドキッとしました。ですが同封のメッセージを読んでああよかったと思いました。「母がアルツハイマー型認知症になってもう15年ほどの時間がたちました。」周二朗さんはいまも「認知症の母と暮らしながら」この本を書いたのでした。
私たちが当時接してきた高橋ますみさんとは全く違う、いや全く変わっていないところも、周五朗さんの文章から伝わってきました。そしてこの本は介護と向き合うばかりの本ではなくて、そんな母と暮らしながら自分のこれまでを思い出し、書くことできっとときには嫌なことを忘れたり、その後にもう一度目の前のことに取り組む元気を自分で奮い立たせてきたんだろうなと感じられるエッセイでした。

私はまだ介護と向き合うというところまでは行っていないのですが、それでも両親の日々を気にかけながら過ごしています。毎日仕事帰りの車の中で母から父の様子を聞き、またそれを話す母の様子を確認しています。でもそれは過ぎていく日々で、今回、一冊になった日々のエッセイを手にし、書くこと記録していくことの大切さが身にしみました。周二朗さんが何気なく書いたであろう母の様子のことが、ああそういうことかと私にはよく分かることなどがありました。

周二朗さんからいただいたメールにこんな一文がありました。
「介護に関しては、先に教えておいてくれたら良かったのに!と思うことはたくさんあります。認知症初期には同居家族はやることがたくさんありすぎて、情報収集をしているヒマがないんですね。私自身が認知症関連の本を読み出したのは、志穂美さんと結婚して、介護にかなりゆとりがでてきてからなのです。知っていればなんということもないことがたくさんありました。」
本当にそうです。私も父の病気を見つけるのにずいぶん時間がかかりました。かといって私たちは日ごろそんな話をあれこれ周りの人と話してはいないのです。

そうそう、周二朗さんに文頭の誕生日の話をしましたら、驚くような返事でした。
「私は1月8日生まれです。誕生日の話は多分、ますみさん自身と同じ誕生日なのではないかと思います。母は2月11日生まれという事になっていますが、実際はそれよりも前で、祖父母が建国記念日に合わせたのだという話を聞いたことがあります。昔はそこら辺ゆるかったんですね。」

なーんだ、息子と一緒じゃなくて、自分だったんだ。私は高橋ますみさんと同じ誕生日だったのかもしれませんね。そう思ったらうんと元気がでてきました。だってあんなに周りを奮い立たせ、素敵な仕事をなさってきた高橋ますみさんと同じ誕生日なのですから。

ぜひみなさん、読んでみてください。ご注文は下記まで。
http://www002.upp.so-net.ne.jp/shujiro/
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