ほるほる

矢作川のほとりで枝下(しだれ)用水を、
徐福・百済王で中韓日の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

SKIP終活宣言

2014-02-22 14:49:45 | シホのホ(雑記帳)
昨夜はSKIPの2014年通常総会でした。
SKIPは私が子育て中に出会い、育て育てられてきたグループです。

  SKIP
  私たちの活動の原点は「子どもを産んでからの生活」にありました。
  なぜ小さい子を連れていると、芸術・文化と無縁の生活を送らなきゃいけないんだろう?
  小さい子どもを連れた私たちが参加できるような条件で開催される催しは無いのだろうか?
  無いのだったら、いっそのこと自分たちで作ってしまおう!
  こうして、名古屋市女性会館の託児付き講座でであったメンバーが、
  子育てで忙しい毎日ではあるけれど、「‘わたしらしさ’を大切にしたい」
  という思いでおおいに意気投合し、1993年秋、企画グループ「SKIP」を結成しました。
  http://blog.canpan.info/skipnagoya/

そして今年、私たちは次のような決意をしました。

  2014年度及び次年度以降の活動について
  1年間の充電期間を経て、2013年度はSKIPの20周年記念コンサートを開催いたしました。
  しかしながら、今の事務局体制でこれまで同様の目的をもった大きな行事を支えていくこと、
  その役割は終ったということを実感した1年でもありました。
  それでも、本公演を無事に終えることができたのは、なによりも皆様のご協力の賜物と、心より感謝申し上げます。
  私たちの活動の原点は、子どもを産んでからの生活にありました。
  子どもの成長した今、そこにまた新たな活動を見出すことも、そのための事務局体制を整えていくことも、
  実質的な問題だけでなく、そろそろ卒業してもいいのではないかと考えるに至りました。
  そこで、今年2014年の1年を「終活」の年と捉え、
  これまでの20年の活動を、小冊子などなんらかの形にまとめる作業を行い、
  今年度をもってNPO法人SKIPとしての解散手続きを行い、一旦区切りをつけたいと考えています。
  (SKIP会報「SKIP NOTE」55号、2014年1月25日発行 より)

このブログを読んでくださっているたくさんの方の中には
私たちのモーニングコンサートにおこし下さった方、
託児付講演会に参加くださった方、
様々なかたちで応援くださった方があるかと思います。
本当にこれまでありがとうございました。
私たちの仲間の多くが私と同じように子育てを卒業しようとしています。
あのころ、ベビーカーを引いて出かけ、コンサートの準備に真剣に話し合った日々は
ただただ懐かしく、あの頑張りが間違いなくいまの自分のスタートになったと思っています。

はい終わり!でもかまわなかったのですが、
この名古屋の地で託児付イベントを定着させた私たちの活動、そのときの山ほどの資料を
もう一度開いて、残していけるものにできないだろうかと考えています。
どうぞ最後のSKIPの活動を応援ください。

最後になりましたが、
通常総会は名古屋伏見の「お待っとさん」を使わせていただきました。
いろいろと無理を聞いていただき、感謝!
この便利な場所の居酒屋さん、みなさんも是非使ってみてください。


仕事人市場 お待っとさん
電話 050-5518-7061
〒460-0008 愛知県名古屋市中区栄2-9-5 東海ビルB1
地下鉄東山線伏見駅5番出口徒歩1分/地下鉄鶴舞線伏見駅5番出口徒歩1分
月~土 : 17:00~24:00(L.O.23:30)
定休日 毎週日曜日 祝日
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まもなく卒業、まもなく帰国

2014-02-22 13:05:34 | シホのホ(雑記帳)
今日土曜日もサホは高校の補習授業に出かけて行きます。
でも来週には大学2次試験、そして帰宅したら卒業式です。
ということは、本日のお弁当がワタル・サホとトータル8年間続いた、長い子どもたちのお弁当生活の最終日?
ならば心して作りたかったのですが、作ってから気付いたので、いつもの感じで作ってしまいました。
でもまあ母として弁当持たすことはもうないかな?と記念撮影。

サホは最後のお弁当を持って出かけて行きました。

そして今日はこのところ痛いほど寒かったのですがとってもいい空、いい天気!
不安いっぱいで出かけて行ったワタルが明日には帰国します。
わずか3ヶ月ではあったけれど、ワタルはどんな風に変わって帰ってくることでしょう。
今日は布団を干してやりました。


出で行く子、帰ってくる子、そしてまた出て行く子、
というわけでまもなく日々の子育てはゴールです。
「さみしくない?」とよく聞かれるけれど、なんでなんで?めっちゃ嬉しいです。
・・・そうそう、サホはまだ受験生でした。
この期待、
「と思っていましたが」にならないよう、頑張ってほしいと思います。

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ゴリとの再会

2014-02-18 22:40:07 | シホのホ(雑記帳)
仕事帰り、高速道路を降りてすぐのところにあるアオキスーパーに寄って、さっさっさっと買い物をする。
昨晩もいつも通り、食材だけ見ながら、さっさっさっ・・・。
「シホ?」
えっ?どこから?誰?
私を「シホ」と呼ぶのは高校から大学時代の友人、あとは親戚くらいか。
頭を上げると、こっちを遠慮がちに見ている人がいた・・・「ゴリ!」、
高校時代、バスケットボール部でともに汗し涙したキャプテンのゴリだ。

わーっと思わず抱き合ってしまった。(スーパーで異様な風景?)

「元気元気?」
バタバタと近況をはなし、夕食時なので仕方なく別れた。

帰りの車の中、ゴリ、全然変わってなかったなあ。でもお互い白髪が少し。
あれからもう約30年も経つんだもんなあとちょっと信じられない気がした。
だいたい「ゴリ」ってなあ。すごいあだ名だ。こっちはシホで良かった。

「シホ」
こんな風に呼んでくれる友人は近くにはいなくなった。
いや、ゴリも(カネコも)近くに住んでいるのだけれど、
それぞれに自分の生活があって、いつの間にか疎遠になってしまっている。

「ツッツン」そんな風にも呼ばれていたっけ?
東京の中学3年生時代の恩師が、クラス会をしようよと声をかけてくださった。
東京から離れてしまっている私は誰に声をかけたら良いの?と思ったけれど
幸い、幼なじみYさんが当時の男子学級委員のUさんをWeb上でみつけてくれて
今年に入ってようやく連絡が取れた。
よし、「ツッツン」と呼んでくれていた仲間に今年は会おう!
ゴリとのわずかな再会に気を良くして、そんな気持ちになった。








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2014年3月17日 東京日本橋三重テラスにて熊野学セミナー「熊野古道と徐福」

2014-02-10 22:40:50 | 徐福伝説



「日程が決まったら知らせてください」と言われていた方に、お知らせしたところ、
「もうHPで確認しています」と言われてしまいました。
熊野古道 伊勢路~幸結びの路~
イベント情報に掲載されていますのでご興味ある方、ご確認ください(申し込みが必要です)。

三重県熊野市波田須に伝わるとびっきりの徐福伝説をお話ししたいと思います。
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熊野の旅

2014-02-10 00:55:27 | シホのホ(雑記帳)
2ヶ月も前から、「では2月8日に松阪で!」と楽しみにしていた熊野の旅がありました。
熊野の旅に欠かせないのはKさん、Tさん。
いったい今までこのおふたりにはどれだけ熊野をスタートにお世話になってきたことでしょう。
あのころのこと、きっとかつてのHP「ほるほる放送局」に書いていたよなと振り返ったら、出てきました。

ほるほる放送局2001年5月5日「じょふく、おたふく、ああ熊野おうふく!!」
 (2001年)4月28日から5月6日までの10日間を、三重県熊野でフィールドワークする予定でいました。ところが、サホの体調が芳しくなく、出発を遅らせることに。2日遅れて30日、サホと熊野に入りました。駅でミオさんが迎えてくれ、(彼女には宿泊までお世話になりました。感謝!!)早速、徐福の伝承地・波田須へ。
 ミオさんのお父様が連絡をとってくださり、波田須はヤマさんが丁寧に案内くださいました。ものすごい勢いでまわったのですが、「すり鉢」「火鉢」「半両銭」など、飛込みでは見せていただけない徐福に関係するお宝を、一気に見せていただき、また、知らなかった話もいくつも聞くことができました。熊野市民俗資料館には、既に亡くなった波田須の徐福を熱心に語っていた方の未整理の手紙が残っていて、それも見せていただきました。私が中国・韓国・日本の各地の研究者と知り合いなのは、良かったと思いました。手紙のやり取りのだいたいの見当がつくのです。今回の波田須は、本当にいいきっかけ作りができました。とにかく密度の濃い1日で、本当にお世話になりました。
 よし、これからの数日がんばるぞと意気込んでいたところ、翌朝、こともあろうかワタルがおたふくにかかったと、留守宅からのSOS!そんなことがあるのだろうか。半日をつないでくれる方がみつからず、やむなくその晩舞い戻ることになり、列車が出るまでの数時間、陣中見舞いにきてくださった寺口さんさんがKさんと共にお付き合いくださり、楽しい一日を過ごすことができました。帰りの車中、佐歩は石を並べて繰り返し、「今日は楽しかった」とご満悦でした。(熊野川でも七里が浜でも、石拾いをしたのです)!!
 ジョフクを追いかけ、オタフクに呼び戻される熊野オウフク!しっかり「ふく」つながりやねえ。ははははは。このようなことになるとはまさか思わず、周囲にも多大な迷惑をかけ、気落ちする部分もかなりありましたが、「ぼちぼちいこらいのし」…のんびりいきましょ。そんな言葉を地元の方に教えていただいて、頑張ってみようかと思っているところです。
 浜峰の干物をお土産にいただきましたので、GWの残り数日をお腹で熊野を味わおうと思います。


そうそうこの時が初めてお会いしたときで、あの頃はおふたりとも肩まで髪がありました(そんなわけはない)。
わたしもあの頃はガリガリでした(これもうそ!)。
あの時、モジモジしながら嬉しそうに石を拾っていたサホが今春大学生になると思うと、本当に時が経つのは早いものです(これは本当!)。

というわけで14年もお世話になっていたのかというKさん、Tさんに
今回は、これもまた10年以上になると思うのですが、私たち家族それぞれと関係が複雑にからんでいるsatokoさん、別名は私の専属似顔絵師。
人の迷惑を顧みず、あまりの似顔絵の上手さにその喜びを共有しようと、もっと描いて、この人もあの人もと
私の熊野でお世話になっている先生方、仲間たちをじゃんじゃん描いてもらって、
satokoさんは会ったこともないのに描かされ続け、
もういいかげん会おうじゃないかと企画されたのが今回の熊野の旅でした。
Tさんのおつれあいも参加くださることになって、もうメンバー考えただけで珍道中間違い無し!

スタートは2月8日、大雪の朝から始まりました。
とにかく松阪に向かうのだとsatokoさんのおつれあいをアッシーにして雪道を駅まで。
そこから松阪に向かい、Kさんと合流。
3人で老舗牛銀でランチ。ハンバーグ定食、美味しかったー!
そして松阪に来たらなんとしても食べたい源芳(松阪市湊町)のみたらしだんご。
松阪きたらはずせない!のはいつから?とほるほる内で検索してみたら
ほるほる2006年1月23日
が出てきました。家族で遊んでいた時期が懐かしい。

それから喫茶店でsatokoさんのプロ根性を知り(省略)、その後Tさんご夫婦と合流し、熊野へ。
楽しく美味しく面白く、あっという間に熊野の晩は過ぎていきました。

翌朝、松本峠から妙法山、那智大社、速玉大社、香梅堂(鈴焼き!)、新宮駅で逆方向に帰宅するTさんご夫婦とはお別れし、
私たちは新宮駅では乗らずに熊野市へ。
それはどうしても見たい景色があるからでした。


海の色が手前と奥とでくっきりと変わっているのがわかるでしょうか?
私の車だともうちょっと車高が低いのですが、Kさんの車はベストなんです。

時間の関係で今回は浜峰の干物は買えなかったのですが
熊野市駅までついて秋刀魚寿司とめはり寿司を買い込み(Kさん、ビールありがとうございました)
無事に帰路についたのでした。(行き同様、satokoさんのつれあいが迎えにきてくださいました。感謝!)

というわけで私たちにとってはいつもと変わらないちゃっちゃちゃっちゃと進む熊野の旅、
satokoさんは目が回ったのではないかと思います。
Tさんのおつれあい、Jさんにお会いすることができたのも、今回の旅を本当に嬉しいものにしてくれました。

明日からまたいつもの毎日が始まりますが、
熊野から帰ってくると、よっしゃ充電できたぞ!という気分になります。
明日からまた頑張ろうと思います。
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