ほるほる

矢作川のほとりで枝下(しだれ)用水を、
徐福・百済王で中韓日の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

「2017年岐阜県日中友好協会新春のつどい」でお会いしましょう

2017-01-29 23:16:15 | 徐福伝説
昨日は旧暦の元旦。スマホのWeChat(中国版LINE)がもうすごいことになっています。
コケコッコーと鳴きながら、縁起良い動画がどんどん送られてくるのですが、
そのなかに「故郷に帰ろう」というしみじみバージョンがありました。
確かに生活がどんどん変わって、この時期は国内・海外旅行だと出かけていく人が多くなっているのでしょうね。

さて、今年は岐阜県日中友好協会の新春のつどいにお招きいただきました。
徐福は縁起いい話なのと、この寒い時期に海をわたってきたという伝説があちこちにあります。
いま物凄い勢いで動き出している徐福。
そのいまをお話したいと思います。

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師走祭りが終わらない

2017-01-22 23:31:22 | 百済王伝説
予定通りであれば、20時には中部国際空港着。ところが予定通り出発した飛行機は紀伊半島上空でプロベラの不具合を発見。雲の中を潜れる状態でないことがわかり、雲のない空港は宮崎空港だけということで、もとに戻って宮崎空港着。本日もうフライトなし。こんなことは初めて。
急ぎ手続きを済ませ、宿を探す。幸い宮崎駅からものの5分で着ける宿を探し出し、入ると、当日急なことだったからか、角部屋のかなりゆったりとした部屋に泊まることができた。
というわけで、あー、と自宅で伸びをするところ、今夜はまだ宮崎で過ごしています。
トラブルも旅の楽しみの一つ。
明朝からいつもの暮らしが始まります。ちょっとした休みのプレゼント。
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2017年1月22日師走祭り最終日(下りまし)

2017-01-22 18:09:12 | 百済王伝説
あっという間の3日間。朝、前日の祭りの様子を思い出して1時間以内でササッと書いて社務所に向かうという時間設定もすっかり定着した。
宿の会計を済ませようとしたら、都城から来たという方と出会った。「もう、10年ほど来ているんですけれど、いつもは迎え火だけで帰るんです。でも今回泊まって昨日の夜神楽見たら、やっぱり泊まってよかったわ」との声。「そうでしょう?また泊まってくださいね。」やっぱり祭りは最後まで味わってもらわないと。
宿のご主人らと挨拶を交わし、社務所へ。昨日の晩のあの大きな魚ニベが美味しそうな刺し身になっていたので、早速いただく。こんなに美味しい白身魚。ニベってどんな字書くんだろう?
10時30分の祭事へグロ塗りまでは時間があるので、すかさず南郷山霧温泉へ。比木神社からのお供の方で神戸からいらしている同世代の女性と山道を温泉に向かった。「都会にいると、この地域の人たちの暖かさに触れて、自分がなんて小さな人間かと思いますね」という声に全く同感。誰もが全身でむかえてくれる姿に、本当に故郷に帰ってきたような安堵感で数日を過ごす。「逵ちゃん帰ってくるのって娘が帰ってきたようなものだよ」と言われると、そうでしょうそうでしょうと本当に甘えてしまう。

さあへグロ塗り。みなで互いに顔に墨を塗る。今年は墨づくりを手伝ったので、いい感じに塗れているかなと気にしながら。なかなかのいい出来。
11時、比木神社とお別れ。一行が見えなくなるまで「おさらばー」とみなで叫んだ。寒い。本当に寒い。この師走祭りが神門の一番寒いときだとは言われているけれど、それにしても今年は本当に寒かった。いまのところみんなで今年は寒かったと思い出すだろうと言い合っている。これ以上寒かったらたまらない。

見送りを終えて鳥居まで戻り、記念写真を撮った。カメラマンいないのかと誰かが言ったけれど、ここで記念写真撮り始めたのは私です。いつの間にか記念写真撮る場所ってことになって、私も中に入ることができるようになった。みな、墨だらけのいい顔!


それからご神体を本殿に収め、社務所にて火祭りをおこない、直会へ。まだ神事があるのに、餅がいい具合に焼けていき、みなで砂糖醤油でつまむ。神門の米も最高に美味しいけれど、今回、餅の美味しさにも改めて目覚めた。米は既にここから購入しているけれど、餅米も今後お願いすることにした。こんなに美味しい餅はない。


祭りの一切を仕切る宮司はとにかく目配り心配りが細やかで、今回も、私が直会のあと日向市内に帰るときに誰に乗せてもらうかまで考えてくれていた。長く付き合いのある伶人のHさんが日向市内に出るということで、車中あれこれと地域の話しをしながら、あっというまに日向市に出てきた。
同じように空港までJRに乗り、空港に到着する。そしてまだまだ直会の続いている社務所から電話がかかってくるというのも、いつもの流れ。
今年もみなさんに本当に良くしていただきました。
この時期に、すべての仕事を忘れ、みなさんのもとにかえってくることは、ああまた今年1年を乗り切ろうという元気が湧く貴重な時間です。
この師走祭りがこれからも帰ってくる場所としてあるように、私なりに見つめ、考えていきたいと思います。

オサラバー。また来年、帰ります。その時までどうぞお元気で!
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2017年1月21日師走祭り中日

2017-01-22 07:29:37 | 百済王伝説
朝8時、常宿「いちもり」を出発し、神門神社社務所で比木神社のお供の方たちと一緒に朝食をいただき、その後、速攻で南郷山霧温泉へ向かう。速攻といってもかなりの坂道を上る。この地域の方たちはとにかく足腰が強い。年配の方たちがぐんぐんと上っていくのを見ると、自分の運動不足を痛感。来年はもっとはつらつと上りたい。
温泉はとろっとしたなんともいえない、いい湯。初めて入ったという比木神社のお供の方が感激していたので、私はここで基礎化粧品揃えているんですよと宣伝。これもほんとうに感激モノ。

9時、祭りの由来に関わる七人衆の子孫が毎年集まってのお祓い。気を抜いて拝見していたら、一般代表で玉串奉典をするように言われ慌てた。七人衆の子孫のうち、おふたりとFBでつながっている。なんとなくこの1年会えているような不思議な感じ。終わって焚き火で暖を取りながらしばし歓談。この地域を流れる小丸川の話を聞く。
午前中、本殿でお衣替えの神事がおこなわれている間に、A-coopと「いっつもや」で地元のものをあれこれ調達しながら再び南郷山霧温泉へ。温泉の売店コーナーが充実しているのだ。昔は留守番の子どもたちが喜ぶものと考えたものだけれど、楽になったと言いたいところ、釧路のワタル・上越のサホから柚子胡椒や炭火地鶏などのリクエストがあり、買い物を済ませてここからまとめて自宅に送ってもらう。受付のKさんとはもう何年もこの時に挨拶を交わす。今回もいろいろとおすすめをいただいてしまった。
本殿に戻り、祭事がおこなわれるわきで総代さんたちからいろんな話を聞かせていただいた。1936年生まれの伶人Aさんが途中で指を切ってしまったため、総代さんの方に下がってきてくれたので、そこからは戦中戦後の話、最近牛が急に高値になった話など、神門地域のあれこれを聞く。
神事が終わり、拝殿で餅を焼き、煮炊きものと一緒にいただく。午後からも仕事があるからと言いながら、この祭りは焼酎を飲むのが一つの仕事みたいで、みなさん豪快に飲んでいく。

午後、もう例年になってきたように思うけれど、近隣のダンスグループによる西の正倉院前での演舞披露。
14時より午後の祭典が始まる。山に登り川に降りと祭事が続く。

周りの和気あいあいとしたはやし声などをきいていると、そうしながら、祭事は伝承されていくのだなと思う。かなり階段、坂道のある神門神社は、この午後の祭事についていくだけでもかなりこたえる。
へとへとになって直会へ。もうだいたい顔見知りで、いろんな方と再会し、話し、ひたすら焼酎を注ぐ。知らない焼酎があると私もいただく。気持ちも身体もホクホクになって夜神楽へ。
神小屋には囲炉裏が切ってあり、神楽の周りでは引き続き焼酎と焼き餅とで世間話をするのだけれど、昨日私が小丸川の鮎が食べられなかったことを覚えていてくれたKさんが囲炉裏で鮎を焼いてくれていた。

時間をかけてゆっくりと焼いた鮎のなんとも美味しいこと。周りの人が私たちはいつでも食べれるから食べなさいと言ってくれて、結局3串もいただいてしまいました。釣師Kさん、本当にありがとう。そのKさん、かなりの腕前の釣師のようで、社務所には今朝釣ったというニベという魚が奉納されていた。

去年も大きな鯛をいただいたけれど、このニベという魚、私は初めてなので、きっと明日の直会でいただけると思うので楽しみ。
食べる話ばかりになってしまったけれど、神楽にはたくさんの人がやってきて、声をかけてくれる。初めて調査に来たときには中学生だったSさんが、今年はママになってふわふわの赤ちゃんを連れてきてくれた。そして20日に92歳になったKさんも、逵さんに会えるかもと思ってきたと言ってくれた。去年足が悪くなって、足をひきづって来てくださったKさんは今年はだいぶ良くなって安心した。いつも元気な様子しか見せないNさん、去年はいろいろ大変だった話を聞かせてくれて、来年は良い話できるといいわと言ってくれた。
神楽に集う人たちの神楽の周りはどこもそんな再会や話やらで溢れている。
ああ、今年も新しい顔があって、古い顔があって、この祭りはきっと長く続くなと思いながら宿に帰った。
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2017年1月20日師走祭り初日上りまし

2017-01-21 07:41:58 | 百済王伝説
朝6時自宅を出発。いつもの電車にのり、いつもの飛行機に乗り、いつもの特急に乗って日向市駅着。
名古屋で言えば寿がきやになるだろう「天領うどん」でうどんを食べ、時間を潰す。
13時、神門行きのバスが来て乗車。昨年はバスが通る時間に巡行の列が道をそれて神事を行っていることを忘れて先まで乗ってしまったので、今回は路線図をみながら「中水流(なかづる)」で下ろしてもらう。荷物を持って伊佐賀神社へ。数名のカメラマンが下で構えていたので、ここでよかったなと安心して上っていく。
神門神社の軽トラックをみつけて一安心。総代さんが法被を用意しておいてくださったので、急いで着て祭りの一行に溶け込む。
伊佐賀神社は昨年来れなかったからなのか、確認しなくてはいけないけれど、参道入口に立派な鳥居が寄進されていた。

そこからはいつものようにみなさんと話をしながらひたすら歩く。小雨がぱらつくなとおもっていたら、いつの間にか粉雪に変わってきて、すこぶる寒い。
塚ノ原につくと、百済の里づくりのキーパーソンのTさん、前総代長のKさんなどなど懐かしい顔と再会。
このあと小丸川での禊がある。雪のなかの禊なんて、つくづく入厄人しての参加でなくてよかったと思う。1977年生まれの彼らに聞いたところ、今年の参加は12人。同級生の数は40人と言うからかなりに人数が参加しているのかと思ったら、地元同級生の参加は7人とのこと。あとの5人は南郷(旧南郷村)以外の人たちなんだそうだ。そもそもこの祭りは神門の祭りで、南郷は4地区に分かれているため、調査を始めた15年ほど前には、地域外というときには神門以外を指していた。それが2006年南郷村が合併すると、もう1つ大きな枠組みになって捉えられている。彼らは雪降るなか川に飛び込んだ。

例年通り、禊をおこなうこの旅所では美味しい甘酒と蟹汁をいただく。塚ノ原で再会した前村長Tさんのご自宅だ。Tさんとどぶろくで再会の喜びをかわす。
いよいよ迎え火へ。今年も26基が準備された。これは本当に美しい光景なのだけれど、良い写真を撮れた試しがない。煙と火の粉を避けて歩くのみ。
神社に到着し、神事を終える。雪の寒さで最後の神楽が気持ち短かかったことに感謝。
そして直会へと続くが、今回は早々に抜けてきた。
迎え火の櫓が立つところで、櫓ごとに酒宴が開かれている。これは社務所で直会が開かれている時間帯のことなので、これまでその様子を見ることができなかった。

知り合いの集まりに入れてもらう。この祭りがあったから、こういう場が新たにつくられたのだと感じていたけれど、聞けば、場所が変わっただけでしょうとのこと。彼らは私たちとは違う集まり方をしているのだと思う。このあたりはもう少し聞きたいところ。同年齢の町議会議員のMさんとも久しぶりに話ができた。
あと10分早ければ小丸川の鮎が食べられたという。ああ残念、宿に帰る。
帰り道、バス停で臨時便を待つ山口県からのカメラマンと再会する。来るときに同じバスに乗っていた方だ。いまからお帰りですか?と聞いたら、泊まれることを知らなくてという。初めての師走祭りの撮影だったらしい。地元の方がとっても暖かくて、また来年来たいと思いますと話していた。
私もそうして15年ほど通っています。みなさんの暖かさに触れて、こんなに寒いけれど、やっぱり来てよかった!の祭りの一日が終わりました。
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