ほるほる

矢作川のほとりで枝下(しだれ)用水を、
徐福・百済王で中韓日の渡来人伝説を楽しむ
逵(つじ)志保のページです

大学後期の講義が始まりました

2012-09-26 00:37:29 | シホのホ(雑記帳)
中国では9月に新学期が始まるせいもあって、ワタルは中国で何度も学校は?と聞かれていました。
だいたいは10月が後期のスタートでしょうか?
私が後期勤める大学は先週末から後期が始まり、
私も今日から講義が始まりました。

嫌だよー、やりたくないよー、は学生も教員も一緒のように思いますが、
今日は初回だから?とても静かに話を聞いてくれて、
終わったあとも私の話した内容から、きっとこのこと知ってるんじゃないかと
声をかけて来てくれた人や部合宿で休むことの話など
生き生きとした話を聞かせてもらいました。

半年間、みなさんよろしくお願いします。
コメント

ワタルとの旅を終えて

2012-09-24 00:37:51 | シホのホ(雑記帳)
9月23日21:30、新千歳空港から中部国際空港に向かう機内で書いています。

ワタルが帰省したのが9月3日、11日から18日を一緒に中国に行き、
20日から22日をフェリーで北海道へ、

苫小牧から道央自動車道に乗るところを日高自動車道に乗ってしまい(我が愛車のナビのせい)、
沙流川を遡って(これはよかった!)道東自動車道の占冠ICから本別IC
(これも本当は終点まで走るべき。ナビのせいで1つ手前で降りてしまった)、
そこからひたすら白糠までは山道、そして最後は海沿いを釧路まで、約5時間半をひた走り、ようやく釧路へ。
ワタルは「帰ってきたぞー」と声をあげた。

まだ初心者だからと付いて行った私だが、結局自宅から1回も運転せず、
「スピード気を付けて」「わかってる」、「赤だよ」「知ってる」、「左OK」「お母さんうるさい」と嫌がられながら、
それでもあれこれとアホな話やたまに真面目な話、なにより美味しい話に盛り上がった。

23日、今日はワタルから聞かされていた鮭が口の中でとけるお店「鮭番屋」(港のすぐそば)で
鮭といくらの親子丼を食べ(とけた!)、
一度家に戻って、今回ワタルが撮ったたくさんの写真をデータでもらい、
もう一度、今度は和商市場まで送ってもらって、そこでワタルと別れた。

ワタルは夕方から早速アルバイトを入れていて、
でも私が出発するまでは付き合わないと悪いかなあという風だったけれど、
ワタルだって久しぶりに友だちと会いたいだろう。
家にいると「ワックン、自転車貸してー」とか、「おーひさしぶり」なんて友だちが訪ねても来る。
ここがきちんと拠点になってきたんだと思うと、
夏のオープンキャンパスから1年ちょっとで、すっかり北海道人なんだなと感心した。

私だってワタルのせいで何度北海道に来たことか。嬉しいじゃないか!
市場では「なんか顔見たことある」とまで言われた。
釧路で気になっていた古本屋の2階の喫茶店は残念ながらお休みで、ちょっと早く釧路空港に到着。
直行便がないため新千歳空港に飛び、そこで気になっていた函館「あじさい」の塩ラーメンをやっと食べる。
隣の席の家族の特にお父さんがちょっと引いてしまうくらい大きな声で、
「なんでこんなにうまいんだ」「この店は塩ラーメンだ」「血圧あがっても今日は汁を飲むぞ」と感動しまくっている。

そういえば今回の中国、そしてフェリー、この「いいね」「おいしいね」をワタルと言い合えたことが、
一層旅を楽しませてくれたのかもしれない。
「ワタル君がいなくて寂しくない?」とよく言われるけれど、本当に寂しいという気持ちはない。
だってワタルは本当に楽しんでいるようだし、遊びほうけてもいるようだし、
そんな様子近くで見てたら、結構イライラするかもしれない。

それでも帰省中、小学校の頃の担任の先生に会い(そうそう、幼稚園の先生にも会えた)、
ワタルにとってこの先生との出会いは大きかったようだけれど、
先生も教員になって初めての年の教え子が、小学校の先生を目指して教育大に進み、こうして再会するなんて、
「夢みたい」と先生は何度も言っていたそうだけれど、本当にお互い幸せなことだと思う。
先生と話をして大いに刺激を受けたらしい。
自ら「遊んでばかりいちゃいかん」と言っていた。

ワタルとふと中国の話題になった時に、
「コさん(南京でお世話になった)のこと思い出すと、中国のことひどく言う人のこと許せないと思うね」といわれて、
連れていって良かったあと思った。そう、ワタルにもそういう出会いを重ねて欲しいのだ。

空港でサホに約束していたお土産をいくつか買った。しばらく寂しい思いをしてたかな?
今夜からまたいつもの生活に戻ります。

間もなく着陸。今年はいろんな思いも込めて、充実の秋になりそうです。
コメント (4)

9月20~22日 太平洋フェリーで名古屋港から苫小牧港へ

2012-09-22 22:44:28 | シホのホ(雑記帳)
ワタルのせいで、釧路まで我が愛車キューブを運ぶことになった。
ワタルは免許取り立て。
しかも釧路には高速道路がないから、自動車学校での高速道路講習は映像を見てのシュミレーションだったという。
これはもう付いて行かねばと覚悟して、無理矢理仕事をこじあけた。
(職場のみなさま、中国に引き続き、感謝!)
が、帰省中のワタルの走りっぷりを見ると、なんだか付いて行くのがアホらしい感じ。
強いて言えば、道の狭さに困っていたが、広い道のところに行くのだから問題ない。
でももうフェリーも帰りの飛行機も私の分のチケットを買ってしまっていたから、ここは潔く長旅を決めた。

20日19:00、名古屋港出港。
17:30には手続きをしなくてはならないのと、冬用タイヤを行く途中で詰め込まなきゃいけない(H倉庫に感謝!)、
途中で夕食も買い込まなきゃいけない、「もう一足靴が欲しいんだよね」とワタル。
結局15:00には山ほど荷物を積み込んで我が家を出発した。
(ワタルは船旅用に海外ドラマのレンタルビデオを山と借りてきた。返却は私?甘え過ぎじゃ!)
港に近い「イオンモール名古屋みなと」を経由。
ええっ、ここってアウトレットショップだった?
なんでも今月15日に改装したというからまだ行った人は少ないのでは?
ここは長島アウトレットのように膨大ではないけれど、
こじんまりしてイオンの中に普通のお店と一緒に入ってる感じで買いやすそう。
ビレバンのアウトレットもある。
ワタルは靴と言ってたはずなのに、オープニングセールでバカ安のパーカー(5900円→900円!)があり、また買わされてしまった。

夕食(和幸のカツ弁当)と朝食用のパンとイオンで飲み物とを買い込んで乗り込む。船内に入って驚いた。
イマドキのフェリーはあの雑魚寝の大きなフロアが並ぶ感じではないのだ。
このフェリー「新いしかり」は就航1周年記念。
旅客定員777名のところ、我らが2等和室は68人分しかない。
ほとんどの人が特等と1等個室。しかも2等でもきちんと寝る場所は決まってる。
小さい頃、三宅島に行った時、2等和室のテレビで「まんが日本昔ばなし」を放映していて、
それがちょうど友だちのお父さん(プロデューサーだった)にアフレコを見せてもらったその作品で、とても嬉しかったこと、
夜中に船が揺れて船室のカーテンが右に左にザザー、ザザーと流れていたこと、
あちこちに丸くなって家族がいてあれこれみんな食べていて、
そんな光景を今も思い出すが、なんだかもうそういう感じではない。
部屋にテレビはもちろんなく、食事や携帯はダメ、個室のない私たちはラウンジみたいなところ(たくさんある)で過ごす。
ついつい家だと寝転がっちゃって、ああまた仕事が進まなかったというのと同じで、
この公共の空間は、私語していいよというちょっとゆるめの図書館みたいで最高に集中できる。
船内のジュースは150円、缶ビールも270円と、なにも買い込んでくる必要がない。
売店では古い海図を使ってブックカバーやレターセットが売られていた。
食事もカレーやピラフなどは500円、夕食ビッフェ2000円はステーキもある(ワタルは4枚食べた)。
昼食のビッフェ1000円と併せて3000円の食事券セットは、ただいま就航1周年記念で500円の船内利用券が付いてくる。
ショップで海事手ぬぐいというちょっとおしゃれな手ぬぐいがあったのでそれを買う。
残ったお金でこれは仕事用で?仙台四郎の手ぬぐいも購入。
決して高くないというと、昔はわずかな値段にもこだわったのに、なんかちょっといい気になってるんじゃないの?と思われるかもしれないが、
これまで大阪港→門司港、宮崎港→大阪港、博多港←→韓国・釜山港、中国・上海(外灘)→中国・岱山島と
思い起こせば結構船旅もしているが、隔世の感があった。

ワタルはやたらと寝る。
でも見ていると若い子は本当にどの子もよく寝ている。
そういえば私も学生時代にお金がなくて、和歌山県新宮まで四日市から急行で早朝から昼過ぎまで乗っていた時、
JRの車掌から「もう起きなさい」と言われたことを思い出した。
それから25年、今はこの緩やかな揺れに眠くもなるが、
「ラウンジでバイオリンとピアノのコンサートがあります」と言われれば久々に生演奏いいじゃないと出かけて行く。
(ただしこれはSKIPが良いもの聴かせてくれてたんだなあと実感)
「船がすれ違いますよ」と言われれば出て行って互いの汽笛を聴いて、いいわあと思い、
「日の出は5:27」と言われれば目覚ましセット(バイブの目覚ましアプリを入れた)。
ちょっと身体が冷えちゃったわと朝風呂にも入る。
館内放送で「パンが焼き上がりました」と言われたら、すぐにお店に向かっていた。
誰がこの大海原で焼きたてパンが食べられると思っただろうか!

「お母さんて体力あるよね」と感心されるけれど(いや、バカにしてる?)、
日常の中で外に出る機会がどんどん多くなってきて、外にいても無駄な緊張をしないような過ごし方になっているんだと思う。
いや、そういう人たちの影響をうけて、同じようになってしまったという方が正しそう。つまり緊張しない人としか過ごさない、これだ。
・・・といいつつ、今船内の自分を書いたら、ひどくオバチャンという感じで悲しくなった。

・・・船旅の悲しいのはインターネットが通じないところ。携帯も圏外に。
でも途中21日16:40には仙台港に入る。
3.11の震災以来、余震があっていつ出航ということになるかわからないということで船内から出ては行けなくなったのだそうだ。
でなければ牛タンくらい食べたかった。
でも仙台港の前後は電話が使えるから、その時間までに『枝下用水120年史資料集』その2の最終校正をしておいて、
事務所にいるクマちゃんとこの時間を使って、調整をした。ただいま5校。間もなく出来上がります、お楽しみに。

仙台港までで一仕事を終えて、次は来月締め切りの論文に取りかかろうと思ったけれど、ちょっとその前に乃南アサを読もう、
と思ったら読み続けてしまった。5月の熊野市観光大使委任式でご一緒して以来、彼女の小説だけでない魅力に結構はまっている。
最近も『凍える牙』が韓国で映画化され、日本に来ているらしい。

それにしてもこの船旅では3.11の震災以降直接見ることのなかった東北の光景を海側から見ることのなるのかと思っていたが、
仙台港出港が19:40のため、何も見えなかった。
ただ名古屋港から出発したときはずーっと灯りを辿って行くように船が走っていたのだけれど、
その時とは違って、仙台港を出たあとは怖いくらい真っ暗が続いていた。先の灯りが見えるあたりまでの闇は震災の後の様子なのか、
これまでもそうだったのかはわからないけれど、テレビでは点でしか見ていなかった震災の様子が、
船で何時間もの間の長い長い範囲に渡っていたことを実感した。

・・・船旅は最高の時間!はじめはとんだことだと思ったけれど、40時間の船旅は本当に贅沢な時間の旅だ。
また機会があったら是非してみたい。

参考:インターネット早割 名古屋港→苫小牧港 車と大人1人(2等)16500円
インターネット早割間にあわずの何か割り引き 大人1人(2等)9400円
コメント (5)

いざ北海道へ

2012-09-20 19:14:22 | シホのホ(雑記帳)
上海から帰ったのもつかのま、
名古屋港20日19時発の太平洋フェリーに乗って、
苫小牧港へ向かっています。
なぜ?
ワタルの車を釧路に運ぶのです。

到着は22日11時、インターネットは使えないときいています。
今回は枝下用水の仕事を山ともってきました。
でも乗り物の振動にすぐ睡魔が襲ってくる体質?
どこまでできるか?

先ずは乃南アサを読もうか?
お風呂に入ろうか?
ドラマ豪華客船殺人事件で使われた船だけあって、
とっても綺麗。
9月最後の夏休みと思って、
船旅を楽しみたいと思います。



コメント (2)

中国便り(その8、最終回)

2012-09-20 01:43:06 | 徐福伝説
2012年9月18日、明日までに完成しなくてはならなかった仕事、半分諦めていたものが、
今回思いがけず上海で時間ができ、午前中でおおよその目処が立った。
会って渡すはずだったモノも、宅急便みたいなものをホテルで紹介してもらって送ることができた。
ワタルは友だちから大丈夫かーみたいなメッセージをたくさんもらっている様子。持ってきた東野圭吾3冊目に突入。

午後、ホウさんを囲んでいま上海にいる徐福関係者が集まった。
ホテルはロの字型に部屋が配置されていて、まん中が吹き抜けになっていて、
中庭と称してみなが集まれるスペースがある。
こういう時とても便利で、しかも空港に向かうのにとても便利な場所。
またきっと泊まろう。
みなさんそれぞれにこれまでどこに行ったかを話し、
これからのことなども話しながら、記念写真を撮る。

なにかと買い物をしていて荷物が多いので龍陽路駅まではタクシーに乗り、
そこから磁浮(リニアモーター)で時速400キロ(一瞬だけれど)、10分ちょっとで浦東空港に到着。
食べ納めに簡単な食事をとる。

飛行機が1時間ほど遅れ、その間、北京のキンさんらに電話で帰国を伝える。
上海とは違う様子を聞く。

機内で青島ビールで一人乾杯。ワタルは疲れたのだろう、爆睡。そのため2食食べた。(これがいけない!)

空港に着き、これは最終列車に間にあわなかったら今日中に帰れないと焦ったが、サホが空港まで来てるよと知らせてくれる。
一人の時に滅多にそんなことはないのだけれど、2人で動いていると、こんなにサービスがいい。
外は大雨で、でもとても楽に帰ることができた。
12時30分、帰宅。

・・・・・・・・・・・・

19日の今日は朝から大忙し。
先ずは今日しか時間がなかったのでミニ人間ドック、午後場所を変えて乳がん検診。
昼の合間に張会長のお話をまとめた「中国便り(番外編)」をインターネットができない関係者にFAX。
また、直接話しておいたほうがいいところにあちこち電話。
みなさんそれぞれに現状を憂いている。

日本でこんな報道をされているとは知らなかったが、
これが中国の全てではないことも十分感じて帰ってくることができた。

今回の中国便りはこれでおしまいです。
いつも朝、前日の分を思うままに書いていましたが
日本に帰ってきたらその時間が取れないことに気づきます。
今朝は更新できなかったため、たくさんの方から「帰ってきた?」と心配の連絡いただきました。
いまさらながら、日常の暮らしから開放されていたことを実感。
いい親子旅ができました。
コメント (4)