都内の某ホテルでのこと。
「おい、△×!」 うしろのほうから声がした。△×とは私の苗字である。
振り返った私に、車いすの老人が笑いかけていた。傍らには、屈強な若者が3人。
「………?」 私には見覚えのない4人だった。
「オレだ、Qだよ」 車いすの老人が言った。満面に笑みを浮かべている。
「オー、Qか!」 その笑顔を見て、私は思い出した。まさしくQだ。車いすに走り寄った。
「お前、爺さんになったなァ」 私の両手を握り返しながら、Qが言った。
「お前こそ!」 私も言い返した。2人は大笑いをした。その様子を、若者たちは距離を置いて眺めていた。
車いすの老人は、まさしくQであった。高校時代の同級生。私がQを老人と見たように、Qも私を老人と見るわけだ。
「元気そうじゃないか」 私を頭からつま先まで眺め、Qが言った。
「うん、なんとか元気だよ。お前は……?」 車いすの老人に、元気かい?とも訊きにくい。
「こんな具合だが、まあまあだな」 Qは照れくさそうに言って、「いろいろあってね」と続けた。
「病気かい?」
「ああ、もう歳だよ」
「そりゃァ、お互いにナ」
「ウン、そうだよなァ」 Qは感慨深げに言った。そして、若者たちを見やった。
「それじゃ行くぜ。元気でナ!」 Qは手を差し出した。暖かい手のひらが、強く握ってきた。
「もう行くかい。じゃァ、お前も元気でいろよ!」 私もQの手を強く握りながら揺すった。
3人の若者が、軽く会釈をした。そして、車いすを押して去って行った。わずか数分の再会であった。一瞬私の胸に、風が吹き抜けるほどの穴が空いた。悲しさに似た感情が湧いた。
Qと私は、高校時代の一時期、クラスメートだった。密な間柄と言えたかもしれない。しかし、親友ではなかった。
彼はボクシング部で、私は柔道部。2人とも格闘競技部に属していた。
彼は頭のいい高校生だったが、勉強は嫌いだった。学業などはどうでもいいと思っていた。
戦後の荒んだ時代が、そんな彼を生んだのだろうか。
カンニングの手伝いをしたことは多かった。ラブレターの代筆もした。
間もなく卒業というのに、彼は事件を起こした。学校としては、見逃せない事件だった。温情をかけるわけにもいかず、彼は退学処分を食らった。18歳になる年の春だった。
それ以来、私たちは会わなくなった。
23~4歳のころ、偶然に再会した。都内の盛り場だった。
そのころの彼は、ある組織の「若頭」的な立場になっていた。
そこへ行けば、3度に1度は会うことができた。
私も若かったから、恐いもの知らず。彼に会うのが楽しかった。刺激的だったし、ずいぶん無茶もした。今もなお、その頃の具体的な事柄は言えない。
「おい、お前はカタギだ。もうここには来るな。お前のためにならんぞ!」
ある日、彼が言った。カタギである私とのケジメだった。私に迷惑をかけたくない配慮だったのだ。
そのとき以来、彼とは会っていなかった。
彼の名が、新聞に報じられたこともあった。名誉な内容ではなかった。
大変な出世(?)をした様子が、雑誌に掲載されたこともあった。多くの配下を引き連れ、盛り場を闊歩している写真を見たこともある。
会わなくなってから、もう50年の歳月が過ぎ去っていた。
先日は偶然な再会だった。しかし、呆気ないほどのヤリトリで別れた。私は懐かしさのあまり、もっと話したかったのだが、彼はそれを許さなかった。
昔も今も、彼には厳しいケジメがあった。その反面、私は大甘な男だった。
やはり、住む世界が違うようだ。
今日は嫁さんの墓参り。もちろん、義父母や義姉のお墓もお参りする。
明後日は実家のほうへ。両親の墓参りだ。弟妹と会えるので、それも楽しみだ。
いよいよ秋も深まってきた。
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ひよどりさんの人間味をあらためて知ることが出来ました。
立派なけじめと、言えば笑われるでしょうか?
しかし、こころに残るものがあります。
生きてきた人生とこれからの人生すべてにスジを通して生きている・・・
そんな生き方ですね
男同士の美を感じるのはおかしいでしょうか?
会うべくして会った時と思います。
いいお話・・・
恥ずかしい古疵めいた話で、恐縮しております。
ケジメと言えば、一つのケジメだったのでしょう。
いろいろあるものですね。
私はただ懐かしかっただけだったのですが、
Qの心には、こだわりがあったのだろうと思います。
私には計り知れない何かがあったのかもしれません。
運命の神の思し召しで、会うべくして会ったのかもしれませんね。
男で残念でした。
けじめですね。
だいじなことですよね。でも難しい
まあまあで流れてしまうことが多々あって、自分の甘さをいつも思います。
スジをとうして、けじめをつけて、凛と生きたいものです。が、私には、ただの願望で終わりそうです
私も甘くなってしまいます。
ケジメは難しい。
きちんとできる人は少ないですね。
今度のことも、Qに教えられた感じでした。
ひよどりさんの周りには思い出深い方が大勢いらっしゃるんですね
50年ぶりの再会 相手の方ももっとお話がしたかったと思います。
だから声をおかけになった
でもそこが確りとしたけじめなんですね。
心にしみるお話です。
とっさに声をかけてきたものの、カタギとのケジメもあって、きっとQは迷ったと思います。それだけ、まだ重要な地位にいたのかもしれませんね。