沖縄 8 Scene

沖縄で生まれ沖縄に生きる
      8郎家の日記

キャンバスの描き方

2024年04月13日 | お仕事

 2024年度が始まって2週間が経とうとしています。年度明け早々の4月3日に大ニュースが飛び込んできましたね。朝の出勤時に発生した「台湾東部沖地震」でした。ここ沖縄地方にも数メートル規模の津波警報が発表され、沿岸部の住民らが高台に避難するなど混乱しました。結果的に津波は最大でも30㌢ほど。大きな被害がなくてよかったです。一方で震度6が直撃し、被災された台湾の方々には深くお見舞い申し上げます。この地震を象徴する傾斜したマンションには本当に驚かされました。

 年度初めの沖縄は雨天続きでした。記録的な渇水状態だったダムも多少改善されたようです。下写真は8郎宅のベランダ、いや絶景テラスから東南方向を撮影したもの。普段は首里城が見えるのですがこの日は空全体が灰色のキャンバスに塗りつぶされていました。

 

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 さて、本題に入る前に、サラリーマン8郎の人事にまつわる話を書き残しておきます。年度末に書き残しておくのを忘れていたので追記となります。昇進、異動ともになし、でした。去年異動したばかりなので異動なしは願ってもないことですが、相変わらずの「昇進なし」には怒りすら覚えずに笑ってしまいました。なにがおかしいかって? 毎年恒例なのですが、「またあいつ(人事権者)が最後の最後で握りつぶした。あいつはそれを楽しむ人間だ」という情報が日を置くほどに五月雨で入ってくるからです(こんな腐った会社でもクサレ人事権者の密室の愚行を8郎に教えてくれる心ある先輩が多少はいるのです)。悲しいことに2代続くクサレ人事権者のおかげで8郎はここ10年、ほぼ昇進なしです。そして毎年恒例ですが、その余波をくらった意味不明で不要なスクランブル辞令も発生したそうです。急に特進した後輩がいたようなので火種はその辺りだったのでしょう。

 ま、8郎は証拠隠滅と自己保身に全エネルギーを注入する老害クサレとその取り巻きどもに評価されるつもりは全くないので、自分が決めた道を進むだけです。毎日出勤できる会社があること、当面は家族を養える給料が出ているだけでもありがたいです。10年ほぼ昇進なしとは言っても年功で昇級はしており、貧困率全国一の沖縄においては恵まれた生活ができており不満はありません。会社には心底感謝しています。

 以上のてんまつはいつか振り返るためだけにサラリーマン記として残しておきます。でも、正直、書き残すほどもない情けない社風です。。。

 

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 はい、本題です。先日所用あって母校であるR大キャンパスに行く機会がありました。卒業してから四半世紀、その間に一度や二度は入ったことはあると思いますが・・・あまりに懐かしい風景に卒業以来初めて的な感覚になっていました。激ナツ感満載です。これも年をとった証拠かな。2日連続で行ったので雨天と晴天の写真になっています。ちなみにキャンバスとキャンパスって全く違う言葉って知ってました? どうでもいい話ですいません(笑)。

 8郎が属していた文系棟。バイトに明け暮れほとんど勉強しなかったけど懐かしさでいっぱいです。四半世紀前にお世話になったN教授や同級生の顔ぶれが浮かんできました。

 いつかも書きましたが、わがR大は国立大学としては偏差値は低いですが、戦争で荒れ果てた沖縄の地から沖縄のために貢献できるウチナンチュ人材を育てようという設立目的は崇高なものがあります。県民の付託を背負っており、ウチナンチュ8郎にとっても誇り高き母校です。2浪しましたが(笑)。

 新入生歓迎の看板が設置されていました。学費を稼ぐために家庭教師を数件掛け持ちせざるを得なかった8郎には無縁でしたね。本当はバイトなんかせずに野球部やプロレス同好会に入りたかったのですが、経済的に無理でした。楽しさとは無縁の灰色キャンパスに終わったことが今でも悔しくてなりません。

 でも、灰色のキャンパスではありましたが、R大卒であることは、その後の人生のキャンパスを大いに彩ってくれましたよ! それが言いたかったのです。

 いろいろと思いをはせた母校散策でした。

 

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 ナカユクイで、おいしゅうざいましたシリーズです。

 先日、たまたま入った喫茶店レストランが面白かったのでご紹介します。沖縄市の『タコベル』さんです。ステーキとタコスの店と書いてありました。急遽時間をつぶすことになりグーグルマップで検索し、駐車場が空いていたので即入りました。店内は、オーナーさんの作品でしょうか、昭和のスターや風景を多様なサイズのキャンバスに油絵として描いていました。力作の迫力はまさに異空間ですね。

 8郎が座った席の真正面には昭和の大スター故・石原裕次郎氏(亡くなった後にセクハラ告発をされていましたね)と、今を時めくメジャーリーガー大谷翔平選手の肖像画が。異色のコラボですね。大谷選手のやつは油絵ではなく等身大コピーかもしれません。それにしても圧のある2人が正面にいると食べにくい。。。

 ステーキとタコスの店、ということなので、8郎は迷わずトンカツ定食を注文しました。はい、KYおじさん登場です。裕次郎と翔平ににらまれても自我を押し通す頑固者です。

 トンカツ定食は量は少なめでしたが、昭和のおじさんを郷愁の世界に誘うお味でした。個人的には好きですね。機会があればまた行きたいです。

 ただし、タバコのにおいが充満しているのでタバコがNGな方は避けたほうが無難です。

 

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 ところで、トンカツが大好きな8郎。理由を考えると、小学校3年生のころに時を戻すことなります。当ブログに時折突然現れる50歳おじさんの回想記に、お暇な方はお付き合いください。

 姉妹ともに父親に追い出され、母子家庭だった8郎。借金取りに追われスナック勤めの母の収入は無いに等しく、水道光熱費は滞納、姉弟3人でオキコラーメンにかじりつく毎日でした。とある日、8郎だけ父親に呼び出され車で食堂に連れていかれました。呼び出された理由は覚えていませんが、母や同居するチンピラの情報収集だったのでしょう。はっきり憶えているのは、父が好きなものを注文していいというので、注文したカツ丼の美味しさです。

 久しぶりに会う父に「給食費が払えなくて毎日恥ずかしい思いをしている」「ママの相手がママを毎日殴っている」と助けを求めたかったのですが、父は「お前たちのママは最悪のダメ女だ。パパもそれでずっと苦労してきた」としか言わないのは分かっていたので、口にしませんでした。そんな気まずい雰囲気でも、その時食べたカツ丼の美味しさは一生忘れられないのです! 口の中が変になる、という表現は変ですが、それくらい感動しました。もちろん貧しい生活の反動もあったでしょうが。その時、幼き8郎は強く誓いました。「大人になったらカツ丼を自分のお金で買えるんだ。それまで頑張ろう」と(笑)。プロ野球選手になるという夢はすぐにあきらめざるを得なかった小学校3年生でしたが、たかだか一杯のカツ丼のおかげで、あまりに幼くて現実的ではありますが、夢を、そして将来像を描くことができたのです。食べ物の力って恐ろしいですね。

 以上、8郎がトンカツを好きな理由です。どうでもいい話にお付き合いいただきありがとうございます。

※その店があった道を最近車で通りました。建物はまだありましたが、食堂は別の店に変わっていました。近隣も区画整理で激変していました。40年の時の流れを感じました。

 

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 閑話休題、話を戻します。出世とは全く無縁の8郎のサラリーマン人生ですが、苦しかった幼少期に将来のキャンバスとして描いた「カツ丼を食いたいときに食えるだけの給料をもらう大人」にはなっています(笑)。ステーキとタコスの店で迷わずトンカツを頼んでしまうのは、そういう屈折した思い出が身に沁みついているからかもしれません。

 ところで、なぜ、今回こういうせこい人事から母校の思い出、さらにはトンカツまでと全く脈絡のない記事を書いてきたかと言うと、8郎にとってここ数年来の最大の課題が「55歳以後のキャンバスをどう描いていくか」であることを自ら再確認するためです。個人的理由ですみません。なぜなら、いくらキャンバスは自由だと言えども、アフター55の世界に関しては自分の好き勝手には描けないからです。もちろん愛息10郎の大学受験シーズンともかぶるからです。R大卒という経歴が8郎の人生にもたらしてくれた財産を息子にも得てほしいと考えています(もちろんR大よりもっと上の大学を目指してほしいのですが、一人っ子なので地元でもいいかなと最近勝手に夢想しております。笑)。子育てにおいて最後にして最大かつ最も大事なお金が出ていきます。

 そのころにはわが社の経営はかなり厳しくなっていると強く懸念しています。雇用形態も激変していることでしょう(何しろ会社という社員全体のキャンバスに自己顕示欲しか描けない人間が2代続けてトップに居座っているのですから)。それでも親として言い訳をせずひとり息子の最終学歴の獲得に責任を取れるような生き方の構図を描いておかなければなりません。

 そして、そのための準備時間はどんどん減ってきています。焦る心を落ち着かせつつ、1杯のカツ丼で将来のキャンパスを描けた初心に戻って頑張ります。例えカツ丼でも具体的な夢があれば道は切り開けるんだ!と(笑)。クサレ人事権者が密室でネチネチ考えあげたクサレ人事に反応しているひまなぞ8郎にはありませんので(時間のクソ無駄です)。

 ということで、これからA4用紙というキャンバスに8月試験本番までのスケジュールを描きます。そのキャンバスがアフター55の未来像につながると信じて。

 はい。キャンバスを描く前に宅シネマを1本観ようと思いますので(観るばー)、今日はこれにて。


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