「形」の謂れ(いわれ)-3・・・・煉瓦の色

2011-06-19 22:23:37 | 形の謂れ
若菜家の作業蔵の壁の煉瓦の色は、一階と二階で色が違います。下は、作業蔵をクローズアップした写真です。



喜多方の煉瓦造の煉瓦の色は、大半が作業蔵の一階の外壁の煉瓦の色、あるいは味噌蔵の外壁の色、暗赤色です。
ところが最初に紹介した樋口家の煉瓦造の蔵は、かなり明るい赤色です。前回の写真をクローズアップしたのが下の写真。



この二つの建物で使われている煉瓦は、いずれも樋口窯業の登り窯でつくられたもの。

なぜ、このような色の違いがあるのか。
もちろんそれは、「こんな色にしたい」、というような「当代風な願望」の結果ではありません。

暗赤色の煉瓦は、素地に釉薬をかけて焼いてできる色。釉薬は、当初は「灰汁」だったようです。
わざわざ、素地にこの釉薬をかけて焼成したのです。

その「謂れ」は、樋口家の煉瓦造の腰の様相に始まります。

煉瓦は多孔質です。
したがって、一定程度、水を吸います。
煉瓦が水を吸い、その段階で気温が下ると、孔に吸い込まれている水も凍結し、体積が増えます。ひどいときは、その結果、煉瓦は粉砕され、アンツーカ( en tout cas )のようになります。

また、降った雪が壁際に積ると、壁の温度は雪・外気よりも多少は高いですから、接触面で雪は溶けてきます。溶けた雪・水は、夜になり外気が冷えてくると再び凍ります。その結果、雪と煉瓦は氷によっていわば一体になります。

朝になり、気温が上がってくると、雪は再び溶けてきて沈下し始めます。
そのとき、壁際では、まだ雪と煉瓦壁は一体の様相を呈していますから、雪の沈下につれて、煉瓦の表面が削り落とされてしまうのです。いわば、壁面を滑る氷河。
樋口家の蔵の壁の下部にみえる凹みや傷は、その結果生じたものです。

この現象を避けるには、煉瓦の焼成温度を1,200度よりも高くするとよいとされます。硬く焼けて、破砕しなくなるからのようです。
しかし、登り窯では、どの煉瓦をも1,200度にするのは難しい。どうしてもムラが生じる。

   樋口家の煉瓦の削られた孔は、煉瓦の端ではなく、中央部にあります。
   これは、焼成のとき、素地の外面と中央部では焼成温度が違う、端部は高く、
   中央部が相対的に低いからだと思われます。

そこで、喜多方では、煉瓦の表面に水を通さない層・膜をつくり、水の吸い込みを防止する方策が考えられたのです。
それは、素地の表面に釉薬をかける方策でした。
釉薬の中に、煉瓦素地をくぐらせるのです。全面ではなく、外面に現れる面に釉薬をかけます。
釉薬は、通常の食器などでも使われます。素焼きでは水を吸ってしまうため、それを防ぐ手だてです。

もっとも容易に得られる釉薬が灰汁、木の灰を水で溶いたもの。喜多方では、当初、これが使われました。
この釉薬は、焼き上がると暗赤色になります。それが若菜家の作業蔵の一階と味噌蔵の外壁の色。
後に、同じような色に焼き上がる益子焼の釉薬を使うようになります。

喜多方では、瓦にもこの釉薬がかけられています。瓦の凍害を防止するためです。

   なお、中国地方の北部、山陰地方を中心に、
   喜多方の瓦や煉瓦よりも明るい、黄色味を帯びた赤色の瓦を多く見かけます。
   これも凍害防止を意図した瓦です。
   瓦焼成の最終工程で塩水をかけるのだそうです。
   そこから「塩焼き」と呼ばれています。
   この工程によって、瓦の表面にガラス質の皮膜が生じるのです。
   この地域の建屋は大半がこの瓦で葺かれていたため、独特の風景を醸し出しています。
   もっとも、最近は、塩焼きではなく、釉薬をかけて同じような色に仕上げています。


このように、喜多方独特の煉瓦の色は、塗料見本やタイル見本のなかから、お好みの色を選んだわけではなく、そうなる「謂れ」があるのです。
ある時代までの建物の形や色などは、そのどれにも「謂れ」がある。そうなるべくしてそうなっている、のです。
その背後にあるのが、建物をつくる「本当の技術」
なのだ、と私は考えています。

    それにしても、最近の新興住宅地に建てられる建屋の屋根葺材や外装の「多様さ」はいったい何なのでしょう。
    建物の建つ地域特有の「環境条件」への対応など、《最新の科学技術》で整えられる、と思っているらしい。
    それゆえ、そこには、その地ゆえの「そうでなければならない謂れ」が見当たりません。
    一言で言えば、《住宅メーカー》という「建築家」の、勝手のし放題。
    私の見るかぎり、諸地域の屋根や、煉瓦造や石造、あるいは木造、RC造・・・特有のそれを模したもの。
    その材料の選択の根拠は、いったい何処にあるのでしょう。ベルラーヘの言を思い起こします。
    「まがいものの建築、すなわち模倣、すなわち虚偽(Sham Architecture;i.e.,imitation;i.e.,lying)」
    後世の歴史家は、この「現象」を、どのように解釈するのでしょうか。

   蛇足 
   石材でも多孔質の石材は凍害を受けます。
    ところが、同じ多孔質の石でも、凝灰岩の大谷石は、雪が積っても凍害を受けません。
   よく分かりませんが、多分、組成物質の結合力が強いからではないでしょうか。
   寒冷地である栃木県日光市内に、大谷石造の教会があります。
   大正頃の建設ではないかと思いますが、健在(のはず)です。
   また、大谷石は火にも強い。暖炉を花崗岩でつくると割れてしまいますが、大谷石は割れません。
   ライトも暖炉を大谷石でつくっています。

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