私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

Oseitutu Miki さんのコメントへのお答え(2)

2007-09-19 11:20:25 | 日記・エッセイ・コラム
 「黒人」ファノンや「赤人」ミーンズの「ヨーロッパ弾劾」の言葉を不快なものとして受け取られる人は日本には多数おいででしょう。ヨーロッパとアメリカに憧れる気持の現れは我々の生活のあらゆる面に満ち満ちています。この頃、巷にますますあふれるカタカナ外国語を想ってみて下さい。我々の憧れには十分の理由があるのでしょう。古い話に限っても、シェークスピア、ゲーテ、バッハ、ゴッホ、ボードレール、・・・、すべて、ヨーロッパが生んだのですから。バッハひとつとるにしても、彼の音楽が我々の日々の時間をどれだけ豊かにしてくれていることか!
 しかし、だからと言って、ヨーロッパがこれまで犯してきた、そして、今も犯し続けている諸悪の巨大さに目をつぶることは許されません。右の左の、という政治論議ではないのです。「人間とは何か」という問題に関心のある人ならば、大きく目を見開いて、ヨーロッパの心の闇の奥を凝視しなければなりません。個々のヨーロッパ的人間にひそむ異常心理を探るのではありません。この世で、一番活発で有能で正常そうに見える人間たちが牛耳っているグローバルな政治経済システムが、自分たちの利益の追求のために、ほかの人間たちを如何に残酷無慈悲に扱ってきたか、扱っているか、それをしっかりと見据えることが必要なのです。復讐(いやな日本語で言えば、リベンジ)のためではなく、私たち人間全体が、お互いに折り合って、何とか幸せに暮すために、まず必要な作業なのです。ファノンは『地に呪われたる者』をこう結んでいます:
■ For Europe, for ourselves, and for humanity, comrades, we must turn over a new leaf, we must work out new concepts, and try to set afoot a new man. ■
ファノンはヨーロッパの人々を含む「人間」全体のことを思いながら死の床に就きました。このファノンは「For the world to live, ‘Europe’ must die.(世界が生きて行くためには、‘ヨーロッパ’は死ななければならぬ)」と喝破したラッセル・ミーンズ(9月12日ブログ)のように過激ではありません。しかし、ラッセル・ミーンズにしても、ヨーロッパという字句を括弧に入れています。現世界の状況に対する責任のほぼすべてを担うべき、これまでの‘ヨーロッパ’には、確かに、死んでもらわなければなりません。
 この‘ヨーロッパ’-これは,全世界にとって最大の問題です。勿論、日本もその一部と考えなければいけません。Mikiさんがおっしゃるように、このまま‘ヨーロッパ’風に世界がやって行けば、全人類の命は持てますまい。上に引用したラッセル・ミーンズの言葉の通りだと、私にも、思われます。これは、誰が優れていて誰が劣っているかの問題より、あるいは、誰が正しくて誰が正しくないかの問題等より、はるかに深刻です。しかし、百歩を譲って、一つの重要な設問の答えを求めてみましょう。
#歴史的に見て、最悪の失敗国家が群がっていたのは、アフリカか、ヨーロッパか?
松本仁一著『カラシニコフ』をお読みになった方は、すぐにも「アフリカ」とお答えになるでしょう。これに就いては、2007年2月21日付けのブログ「松本仁一著『カラシニコフ』(1)」を読み返して下さい。私の答えは「ヨーロッパ」です。この答えを、一瞬でも、奇異に感じた人は、世界史上最大の惨劇である第一次世界大戦(1914-1918)と第二次世界大戦(1939-1945)の記憶の喪失者です。僅か30年の間にヨーロッパは二度まで戦火によって荒廃し、兵士と一般市民の死者は5000万に及ぶと推定されます。死者だけです。お互いにこれ程の悪魔的な殺し合いを実行した国家群がヨーロッパに、つい先頃、たしかに存在したのです。これ程までに他国人と自国民の生命を無惨にも奪った国家群こそが「失敗国家」の原語「FAILED STATES」にふさわしい。ノーム・チョムスキーの著書「FAILED STATES」(2006年)には、アメリカ合衆国が横暴きわまる失敗国家の代表として論じてあります。イギリスの民間機関ORB(Opinion Research Business)によれば、2003年の米国軍のイラク侵攻以来の、戦火による一般市民の死者数は、2006年10月には65万、2007年9月には100万に及んでいます。これは、1994年、アフリカのコンゴ東部で起ったいわゆるルワンダ大虐殺の一般市民死者数80万をすでに凌駕しています。イラクの現状を前にして、アフリカとヨーロッパ、どちらの文化が優秀か、などといった設問は、暇人の戯言のように思われてなりません。

藤永 茂 (2007年9月19日)



最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
初めまして。私は小説を書いている者です。 (藤谷治)
2007-09-24 15:34:35
初めまして。私は小説を書いている者です。
現在の日本の全体主義的傾向への危惧から、アーレント「全体主義の起源」を読み、そこから「闇の奥」再読、そしてここへ参りました。
このブログを前編コピーして最初からプリントして、ほとんどを拝読させていただきました。数日かかりましたが大変有益でした。
古典的文学作品の翻訳者が、その作品に心酔せず、逆にきわめて批判的であるというのは、私の知る限り前代未聞で、その点でも興味深く、小説という一種の「精神の器」について、さまざまに考えさせられました。
小説家ですから、最初は、文藝の翻訳者にはもっと官能的であってほしいと思っておりましたが、今は違います。藤永先生のコンラッドに対する姿勢は、実にまっとうなものです。むしろ彼に加担するポストコロニアム批評のほうが、私には文藝理解を妨げると思います。――少なくとも、先生の紹介されている批評は、コンラッド擁護というようなものですらないと思います。想像ですが、恐らくコンラッドは、自分がイギリスの帝国主義政策に加勢していることを、いささかも恥じてはいなかったでしょう。

ただ単に、ひとつの見事な小説として「闇の奥」を読んだだけの人間としては、先生が批判する、「コンラッド反帝国主義説信奉者」の頑迷ぶりには、ただキョトンとしてしまうばかりです。
日本に住む現代の日本人として、虚心坦懐というか、何の予備知識もなく「闇の奥」を読めば、これはマーロウという凡人が、当時の常識的風潮だったアフリカ収奪の機運に乗じて船に乗り、現地でクルツという石川五右衛門みたいな男の噂を聞いたが、実際に見てみると見かけ倒しの悪党だった、という物語です。
クルツもマーロウも、アフリカを簒奪するイギリスのちんぴらやくざであることは、中野好夫訳で読んだときから明らかでした。

にもかかわらず、私が「闇の奥」を恐ろしい傑作だと信じるのは、ここにいわば「文明というデコレーションをいやおうなく剥ぎ取られた人間」とでもいうべきものが、瞬間的にではありますが、立ち現れているからです。瞬間的、というのは、マーロウはアフリカから戻って以後は、また一個の社会人に戻ってしまうからです。
これはヒーローもしくはアンチヒーローの小説ではありません。もしこの小説にヒーローがいるとしたら、それはこれを「読む人間」ではないでしょうか。チヌア・アチェベや藤永先生のような「読み」を触発したことこそ、コンラッドの藝術的達成というべきです。

舌足らずなコメントで、しかも長々と失礼しました。
藤谷治さま (藤永 茂)
2007-09-24 20:55:19
藤谷治さま
私が一番ほしかったタイプのコメント、有難うございました。
ブログで何度も白状していますが、私にはまだコンラッドが読めてないと思えて仕方がないのです。藤谷さんのコメントを読んでいると、小説を読むとはこんな事なのだ、と納得し、うらやましくさえ感じます。
私は小説家というものにナイーブな、強い信頼の念を持っています。勿論、人間として好きになれない小説家もいますが、そうした人々も含めて、「炭坑の中に連れて行かれるカナリア」に対する敬意を私は持っているのだと思います。これは、藤谷さんが小説家であることを意識してのお世辞では決してありません。近いうちに、また『闇の奥』の原文に戻って、じっくりと’官能的’に読み直し、訳し直してみるつもりです。
藤永 茂
この度はわたしの拙いコメントに対して、さらに深... (Oseitutu Miki)
2007-09-25 12:20:16
この度はわたしの拙いコメントに対して、さらに深く考えさせられる内容をいただきましたこと、本当に感謝しています。恥ずかしながらミーンズはその名を知らず、ファノンは名前のみでその著書を読んだことがありません。さっそくファノンを読み始めたところです。
 先生のお考えを読ませていただき、先生がまさにサイードが定義するところの「知識人」であると感じました。それこそ、わたしのように、今の社会通念が何か変だぞ、どこか嘘くさいぞ、と感じているのにそれを表現できない人はきっと大勢いるはずです。先生はその声を代弁し、その意見の根拠を明快に説明してくださる数少ない知識人です。テレビには評論家が花盛りですが、社会に対してその責任を果たそうと真摯に発言している知識人は、今、日本に本当に少ないと思います。
 『カラシニコフ』は、連載中からうさんくさく感じていました。アフリカの悲惨をこれでもか、とばかりに書き連ね、結局のところ、その原因をアフリカに見つけているのはジャーナリズムとしてお粗末さを感じました。アフリカに駐在していながらアフリカを見ていなかったのでしょう。最近連載されていた『歌舞伎町のアフリカ人』も、やはり日本にいるアフリカ人のステレオタイプを書いただけで不愉快なものでした。アフリカには何百という民族がいて、それぞれ独自のことばがあって、本来アフリカ人というものはないというのに、アフリカ、というだけであるイメージが想起されるのはどういうわけでしょうか。サイードは、「パレスチナ人であるということは、暴力、狂信、ユダヤ人殺しと同義である。」と書きました。これに習うと、アフリカ人は怠惰、無知、混沌、そしてあらゆる負の言葉と同義になるでしょう。これは、まさに白人社会、それに追従する日本の自称「知識人」の責任だと思います。私たち大衆はパレスチナやアフリカをはじめ、いわゆる西側でない、と烙印を押されている人々のことをほとんど何も知らないし、知る機会を与えられていないのです。これほど「自由」な社会において、ある分野ではまったく知識に偏りがあると言うのは非常に問題ではないでしょうか。
 欧米社会が世界に多大な影響を与えてきた、与え続けていることに異論はないし、欧米人が言うように植民地支配によって良いこともした、と言える一面もあるかもしれませんが、わたしは、やはり現状を認めてその中で改善策を考える、というのには疑問です。現状では、彼らは決して本当の意味で植民地支配や奴隷貿易を反省していないし、したがって、彼らに利益をもたらさないような改善策を講じることはないからです。彼らが「援助してやってる」国々とどういう形で関わっていくのかを、彼らが考えなくてはいけない、と思います。そのためには、いかにしてフランスの核廃棄物がアフリカに投棄されるようになったのか、いかにしてシェラリオネの内戦があれほどまでの残虐性を帯びたのか、ルワンダとブルンジはなぜあのような部族配分になったのか、いかにしてナイジェリアの石油利権が海外企業にわたったのか・・・・植民地支配から連綿とつながる欧米諸国のアフリカ収奪の事実を白日の下にさらし、彼らがその卓越した人権感覚で自らの政府が行っている人権侵害を糾弾しなくてはならないでしょう。白人が白人至上主義を捨てること、それができたら世界は大きく変貌することでしょう。
 わたしの夫はよくこういって大笑いします。「黒人は弱い存在だけど、神は黒人に強い血を与えてくれた。いつか世界中の人間は黒くなる。白人だっていずれは黒くなるのさ。」これは黒人との混血児は必然的に黒人になる、ということです。わたしは夫のように気の長い希望は持てないのですが、常に差別を受ける立場の人間はこのように気の遠くなるような希望を見つめて生きてゆくものなのかもしれません。わたしは欧米のやり方を支持しないことをどういう形で表明できるのか、欧米側の人間として今後も考え続けてゆくと思います。
 今後もこのブログを読ませていただきます。
 

コメントを投稿