私の闇の奥

藤永茂訳コンラッド著『闇の奥』の解説から始まりました

リビア挽歌(2)

2011-08-31 10:48:55 | 日記・エッセイ・コラム
  いま、リビアについての我々の関心は(好奇心は)、カダフィが何処でどのようにして捕まり、どのように処分されるかに釘付けにされているようですが、我々の本当の関心は、今回のリビア内戦でNATOが何をしたか、何をしているかに集中されるべきだと私は考えます。
  カダフィの政府軍による大虐殺からリビア国民を守るという名目の下に開始されたNATOによるリビア空爆は、想像を絶する物凄さで行なわれました。8月23日のNATOの公式発表、:
http://www.jfcnaples.nato.int/Unified_Protector/page190905552.aspx
によると、過去五ヶ月間にNATO空軍機の出撃回数(sorties)は2万回を超えました。一日あたり130回の物凄さです。
  対地攻撃を行なった戦闘爆撃機が一機に複数の爆弾や誘導ミサイルを搭載しているとすると、正確激烈な破壊力を持った数万の爆弾やミサイルがリビアの人々の上に降り注いだことになります。リビアの人口約650万人、人口的には福岡県と佐賀県を合わせた位の小国です。ミサイルの標的が戦車であれ、輸送車両、船舶であれ、カダフィの住宅であれ、放送局、大学であれ、無人ではない場合が普通でしょうから、多数の人間が殺傷されたに違いありません。8月上旬に、NATO空爆による死者2万という報道がちらりと流れたことがありましたが、あり得ない数字ではありません。しかも、NATOの反政府軍支援は空爆に限られたわけではありません。大型ヘリコプターなどによる兵器,弾薬,物資の補給も行なわれ、地上でも多数のNATOやCIAの要員が間接的に参戦した模様です。しかし、こうしたNATOの活動の具体的報道は殆ど完全な管制下にあります。これだけの規模の軍事暴力が、国際法的には全然合法性のないままで(UNの決議内容をはるかに超えて)、人口数百万の小独立国に襲いかかったのです。まことに言語道断の恐るべき前例が確立されました。カダフィと息子たちの今後の命運など、この暴虐行為の歴史的意義に較べれば、三面記事の値打ちしかありません。
  カダフィと言えば、一人の異色の人物が歴史のちり箱の中に投げ込まれようとしています。為にするメディア報道が描き続けて来た彼の虚像しか我々が知らないままに。Robert Fiskという、私が定常的に耳を傾けている中東関係のジャーナリストがいます。彼は、最近のリビア論考のなかで、これまでにカダフィに与えられてきた無数の形容詞を集めて書き並べています。:
■ We have chosen many adjectives for him in the past: irascible, demented, deranged, magnetic, tireless, obdurate, bizarre, statesmanlike (Jack Straw's description), cryptic, exotic, bizarre, mad, idiosyncratic and ? most recently ? tyrannical, murderous and savage. ■
暇のある方は辞書を片手にお読み下さい。私もそうしました。カダフィを一度は「立派な政治家みたい」と言ったジャック・ストローは英国の有力な政治家ですが、彼とコンドリーザ・ライスあたりの謀略に、老練の独裁者カダフィも、最後には、見事に絡めとられてしまいました。
  このブログの7月20日の記事『現代アメリカの五人の悪女(2)』の冒頭に私は次のように書きました。:

# 7月15日、リビアの命運を決する重要な会議が、アメリカ政府主導の下で、トルコのイスタンブールで行なわれました。ヒラリー・クリントンは、会議の後で、いかにも彼女らしい欺瞞に満ちたスピーチを行いました。私の耳には、彼女の毒々しい声だけでなく、彼女の対リビア政策の形成に積極的に参画したこと間違いなしの他の4人の魔女たちの声がそれぞれ具体的に聞こえて来ます。皆さんの意識にはこの会議のことなど影を落としてはいないでしょうから、朝日と産経の記事を引用します。:
■(朝日)リビア反体制派を政府として承認 欧米・中東主要国 (2011年7月15日23時25分)
 リビア問題をめぐる欧米、中東主要国の「連絡調整グループ」会議が15日、トルコのイスタンブールで開かれた。反体制派、国民評議会(TNC)を「リビア国民を代表する唯一の正統な統治組織」と位置づけることで各国が合意した。TNCを事実上、政府として承認することで、リビア凍結資産を引き渡す枠組み作りを加速する狙いがある。AP通信によると、会議に出席したクリントン米国務長官は、米国はTNCを政府承認したと語った。 <中略>・・・・一方、NATOの軍事行動に批判的なロシア、中国は今回の会議への参加を拒否した。政治解決や資金支援をめぐって、新たな国連安保理決議や関連決議の修正なども検討されているが、安保理主要国間でなお意見の隔たりもある。(イスタンブール=石合力)■ #
この“欧米、中東主要国の「連絡調整グループ」会議”には日本も参加して、早々とTNCをリビアの正式国家代表機関として承認しましたが、TNCが既に政権掌握の正式勝利宣言をした現時点(8月29日)でも、アフリカ大陸の黒人国家の過半数は、いまだ、TNCを承認していません。その代表は南アフリカ共和国で、その現大統領ジェイコブ・ズマはマンデラ、ムベキに続く三代目の南ア大統領で、政府与党ANC(African National Congress)の三代目の議長でもあります。ANCはリビアの内戦の始めからNATOによる爆撃に一貫して反対し、その停止を求めてきました。党青年部幹部の一人は「国外に侵略行為を及ぼさず、国内の市民の大部分が平和で順調な日常生活を営んでいる独立国に対して、外国が一方的に軍事攻撃を加えて、その市民の生活を破壊することは断じて許すことが出来ない」と発言していました。私も全く同感です。NATO側は「リビア国民の一部から強く頼まれたからだ」というでしょうが、それがどういうことであったかは、恐らく、2、3年の内に、はっきりするでしょう。       
  今度のリビア紛争については、インターネトや単行本などを漁って随分と調べ、考えてみましたが、結局、はっきりとは判断がつかないことが沢山残ったままです。その根本的な理由は、何らのバイアスもかかっていないニュース源は原理的にあり得ない、ということにありますが、私が求めるものはごく普通の庶民の間での情報交換のようなものです。コーヒーショップでぼんやりと暇つぶしをしている私に、一人の外国人が「普通の日本人はまあまあ満足して毎日暮らしていますか」と問いかけてきたとします。私は、この質問に答えるのに苦労するでしょうし、自分の意見が偏見と不正確さに満ちていることも自覚しながら、会話を始めることでしょうが、それにしても、同じテーブルに座って、しばらく会話を交わしているうちに、問いかけてきた異邦人に、漠然とした、しかし、あまり真実から外れていない答を与えることが出来るような気がします。リビアの普通の庶民の声を求めてネット空間を彷徨ううちに、私は、次に掲げるサイトでそれを聞くことが出来たのではないかと思いました。:
http://libyanqa.wordpress.com/2011/05/22/complete-diana-interview/
リビア情勢が今のようになってしまったので、翻訳紹介する元気も失せてしまいましたが、興味のある方は覗いてみて下さい。ダイアナという、ごく普通の知的なリビア女性の声を聞くことが出来ると思います。
藤永 茂 (2011年8月31日)